死の足音が聞こえる 4
「あ、ああ。翼。澪」
「なんだぁ? 隆哉、お前、今日は杏と一緒なのか? ははは、なんだよ、夢じゃなくて杏に乗り換えたのか?」
「な、ちょ、ちょっと……」
「うふふ。隆哉君。なかなかのプレイボーイぶりですね」
「み、澪まで……」
僕は慌ててしまった。
ああ。そうだ。この二人には話していないんだった。
でも、この二人に話していいんだろうか。
僕が夢の告白を断って杏の告白を了承したとなると、そんな奴とはもう口も利きたくないんじゃないだろうか?
……いや。でも実際その通りだしなぁ。
僕は言わなければいけないのだ。
翼と澪に。僕が杏と付き合っているということを。
「ふ、二人とも……実は――」
そう言おうとしたときだった。
僕は思いっきり後ろから引っ張られた。
「へ?」
と、そのまま僕は引きずられるようにして後ろ向きに進んでいく。
呆然としている僕のことを、同じく呆然として翼と澪が見ている。
何がどうなっている?
そう思って後ろを見る。
「あ、杏……?」
「ほら、隆哉。早くしないと学校始まっちゃうよ」
「え、ちょ……い、今、翼と澪と喋って……」
すると杏が僕を引っ張る手を止めた。
いきなり止めたので、僕はそのまま後ろ向きに倒れそうになってしまった。
「な、なんだよ……いきなり」
「……へぇ。他の子と喋るんだ」
「は?」
「隆哉の彼女は私なのに、他の女の子と喋るんだ」
まただ。
杏の瞳は焦点があっていない。
まるで、光を失ったように、虚ろな瞳で僕を見ている。
虚ろ、というか、ドス黒い。
まるで、そのまま飲み込まれてしまうくらいに。
「え……?」
「だって、そうでしょ。私だけでいいじゃない? 隆哉と喋るのは」
「で、でも……翼も澪も幼馴染だろ? なのに――」
「そんなの関係ない」
きっぱりと、そして、はっきりと杏はそう言った。
明らかに怒りの表情で僕を見ている。
「え、で、でも……」
「何? 隆哉、私以外の女の子と話したいの? おかしいよね? 私は隆哉だけしか見ていないのに、隆哉は私だけを見てくれないんだ……おかしいよ。絶対おかしい。ううん。おかしいというか、あっちゃいけないことだよ、そんなの」
会話、というかむしろ既に杏は一人でブツブツと呟いている。
その呟きの節々に「消す」とか「殺す」とかいう単語が聞こえるのは気のせいであってほしい。
「あ、杏?」
怖がりながら話しかけてみると杏は僕を見た。そのドス黒い瞳で。
「ねぇ、約束してよ。私以外の女の子とはしゃべらない、って」
「は、はぁ? お、おいおい……そんな――」
「約束しなさいよ!」
学校中に響くような大きな声で、杏はそう言い放った。
あまりの大声に周りを歩いていた生徒達が振り返って僕達を見る。
僕は慌てるばかりで何もできなかった。
「あ、杏……」
杏は黙ったままで僕を睨んでいる。
「……私、先、教室行ってるから」
それだけ言い残して杏は歩いていってしまった。
僕はその後姿をただ呆然と眺めていることしかできなかった。
なんだ……今のは……
あれが……杏?
あまりにも恐ろしくて何もいえなかった。というか、呆然としてしまった。
僕は周りから注がれる好奇の視線に萎縮しながら、教室へと向かった。




