決断の刻 7
「はい。隆哉。あーん」
目の前に差し出されたスプーンを前に僕は戸惑っていた。
「あ、杏……も、もういいよ。充分食べたし……」
「え……ダメよ。もっと食べられるでしょ?」
「そ、そうは言ってもね……」
すでに僕は一時間以上かけて食事を行っている。
目の前に置かれた豪華な食事の数々。全て、杏が作ったものだ。
それを食べる……いや、食べさせられている。
「じゃあ……この一口だけ食べなさい。いいでしょ?」
「ま、まぁ……」
「じゃあ、ね? あーん」
そういってスプーンを僕の口の前に差し出す杏。
僕は仕方なく口を開け、スプーンを頬張る。
もちろん、味に問題があるとかそういう問題じゃない。
問題があるのはただ一つ。食べさせ方だ。
そりゃあ、一時間ずっと自分の手ではなく、誰かに食べ物を口に運んでもらっているというのは中々に気分が悪くなるというか……
しかし、笑顔で杏はそれをやってきているため、下手なことは言えないのだった。
「どう? おいしい?」
「う、うん。おいしいよ」
「そう。よかった」
嬉しそうに満面の笑みを浮かべる杏。
僕もそれに曖昧に返す。ああ。それにしても、なんだか疲れてしまった。
別に杏といることが疲れるとかそういうわけではないのだが……
僕はふと時計を見る。
「あ……も、もうこんな時間だ。杏、帰った方がいいんじゃないの?」
と、僕はあくまで自然に切り出した。
もう時間は8時。そろそろ杏は帰った方がいいと思ったのだ。
しかし、杏の表情はなぜか怪訝そうなものだった。
「……何それ。私に帰れ、っていっているの?」
「え? そ、そんなわけないだろ。でも、僕は純粋に杏が帰った方がいいんじゃないかな、って思っただけで……」
「……差別だ」
「へ?」
「差別じゃない! 夢はいつも9時までこの家にいたのに、私はもう帰れ、って隆哉は言うの? 何!? やっぱり私のこと好きじゃないの?」
杏は立ち上がって僕を睨む。
僕は戸惑うばかりで杏に何も言い返せなかった。
なぜなら、杏の瞳は、今まで僕が見てきた幼馴染、逢沢杏のそれとは思えないほどに怒りに揺れていたからだった。
「え、あ……ち、違うよ……ぼ、僕はただ、杏のことが心配で……」
すると杏はすぐに落ち着きを取り戻した。それどころか、嬉しそうに僕を見ている。
「私のこと……心配してくれたの?」
「あ、ああ。そ、そうだよ」
「……嬉しい。だから、隆哉、大好きよ」
そういってそのままテーブル越しに僕に抱きついてくる杏。
あまりのことに僕は全身の血液が熱くなるのを感じた。
「あ、杏……い、いや……だ、だって、ご、ご両親が心配するだろ?」
「ご両親? ふふ。何言っているの? 私と隆哉の仲を邪魔する人なんてもうこの世には誰一人としていないわ。もし、いたなら、私が……消すから」
瞬間、身体に冷たいものが走る。
……消す?
僕は杏をマジマジと見つめる。
「どうしたの? 隆哉?」
「あ、いや……じょ、冗談だよね? 杏」
「何が?」
「あ……な、なんでもない」
杏はまたニッコリと笑う。
いやいや。まさか……そんなことはない。杏は僕が知る限り優しい子だ。
消す、だなんて……そんな野蛮なことを言う子ではないはずだ……




