7.ブーちゃんが止まらない
王命撤回の知らせがビレン領に届いたのは、春の終わりだった。
ホーさんは盆地に逃げていて不在だったので、カレル村長が代理で受け取った。
男爵領っていっても、人口百人の村ひとつだけだし、男爵はずっといないし、もうカレルさん領主でいいじゃん。
遅くなったのは、侯爵が説得失敗だけを告げて、その後の情報を王宮へ報告することを遅らせたためだ。
侯爵はどさくさにまぎれて、派閥の領地を増やせた。
契約書は手元にあるので、報告のタイミングを測りつつ、王子のお仕置き作戦を進めることにしたのだ。
同様に解決済みだとは知らない公爵は、王家に男爵の言い分を認めるように進言したが、王はプライドが許さないのか決断を先延ばしした。
そうしているうちに、王子はコケにされたとさらにヒートアップし、春先に20人ほどの兵士を引き連れてビレン領に向かってしまった。
ここでタヌキジジイふたりは、王子に暴走させてさらに叱責材料を積み上げさせる方向に作戦を変更した。
王子がビレン領への道を半ばまで進んだ約2ヶ月後、侯爵は満を持して事態の収拾が成功したことを王家と侯爵に報告する。
コンチェッタ侯爵は、ようやく自分が公爵にしてやられたことに気づき、あっさり敗北を認めて大笑いしたそうだ。
「おじさまたちにとってはお遊びみたいなものですからー、勝っても負けても楽しいんだと思いますー」
とは、経緯を知らせてくれたヴァネの感想だが、そのお遊びの駒にされる身としてはちっとも楽しくない話だ。
英雄の息子にあるまじきビレン男爵の行動は、侯爵にとっては見限るには充分だったらしく、ヴァネは相手にするなと命じられたそうだ。
今回はネタ元はガロヌ侯爵だから王命の時みたいに何か魂胆があるわけではないだろうが、極小規模まで落ちたビレン男爵領が、公爵にとって虫ケラ同然になったことはよくわかった。
いずれにせよ、侯爵の「手柄」の報告を聞き、王もようやく王命撤回決め、男爵領に使者が派遣されることになったわけだ。
「そんで、問題のブーちゃんの方は?」
「ブーちゃんにも別の使者が出されたそうですから、近々引き上げるはずですー」
そりゃよかった。
たっぷり2ヶ月も行軍させられて、何の成果もなしに引き上げさせられる兵士のみなさんには、遠くからお疲れ様の念を送りたい。
ブーちゃんはお家に帰って、パパや怖いおじさんからこってりと絞られるがいい。
これで一件落着かな。
とか思っていたけど、ブーちゃんはその後も進軍を続けた。
王子に同行する20人の兵士は、当初いわゆる下っ端で占められる予定だったが、ブーちゃんが精鋭を出せと騒いだのと王の過保護が爆発した結果、8名が上級クラスの兵士に置き換えられたそうで、その能力が一行を前に進ませていた。
途中の街の領主の話では、王子の執着はいつの間にかお宝からビレン領に替わっており、「手強い反逆者討伐」「巨大ダンジョン破壊」と得意そうに話していたらしい。
ブーちゃんの頭の中で、第3王子第3王子は救国の英雄に昇りつめていた。
それでも、引き上げの王命さえ届けば、少しは冷静になったかもしれない。
王命なので、悔しがりながらも引き返すはずだ。
だが、どうやらその王命は王子に届いていないようだった。
侯爵が原因を調べたら、またも王家のやらかしだった。
ビレン領への使者には転移陣を使ったのだが、王子には馬で使者を送ったのだ。
一応の理由としては、行軍中なので大まかな所在地しかわからず、転移陣の行き先を決められないというものだったが、ならばちょっと先回りするとかいくらでもやりようがあるでしょうに!
てか、ビレン男爵は王命がほぼ撤回されることは承知しているのだから、ケチってどっちかしか転移陣を使わないなら王子の方に使えよ!
この情報を最後に、王子の続報は一切入らなくなった。
侯爵が放置を決めたためだ。
王子は、帰ってきたら叱る。
一旦は男爵が王命を拒否したのは事実なので、使者が間に合わず王子が男爵を捕縛しても理由は立つ。
仮に、王子が暴走して男爵を殺すことになっても、英雄の父の名を汚す行為をしたのだから、それでも構わない。
逆に、万一王子が死ぬようなことがあれば男爵を処刑すればいい。そうすればお荷物がふたつ減ることになる。
公爵にとっても、それはいい結末だろう。
――男爵領はおもちゃところではなく、完全に見捨てられていた。
秋のはじめ、王子軍はついにファーレン領に入った。
ユードラさんもホーさんのことは見限っていたが、ヴァネに加え、ディオさんと私も出向いてお願いして、なんとか王子に帰還命令の件を伝えてくれることを了承してくれた。
それに期待するのはもちろんだが、私は王子が止まるとは思えなかった。
何か月もかけて目的地のすぐそばまで到達したのに、子爵が何か言ったくらいじゃ多分効き目がない。
そこに、侯爵からの伝言が届いた。
ヴァネにそれを託した侯爵は、軽かったそうだ。
使者が間に合えば帰ると思うけど、間に合わなかったら逃げてね。
でも、できれば死なない程度にいたぶって追い返してくれたら嬉しいな。
ダンジョンコアは破壊されるかもしれないけど、温泉なくなるだけだし、次の温泉は儂が魔道具を見つけてきてあげる。
住む場所はヴァネのところにくればいい。ダンマスならダンジョンがいいでしょ?
というのがその内容だ。
伝えるヴァネも、それを聞く私も、怒りを抑えるのが大変だった。
侯爵の伝言は、善意によるものだ。
彼は、コアのことは何一つ知らないのだ。
ダンジョンだからコアがあることは誰でもわかる。
でも、コアに意思があることやダンマスと絆については、ダンマスは語らない。
ダンマスは、ダンジョンコアが破壊されたら死ぬことも。
うちの家族も、分体リリに意思があることは知っていても、コアちゃんについては、私が「コアちゃん」と呼んでいることしか知らない。
魔物戦の時、強引に侵入してきたネーさんを除けば、コアルームに入った人はいない。
ヴァネもユードラさんにすら何も話していない。
コアの情報を秘匿するのは、ダンマスの本能だからだ。
ガロヌ侯爵様、お気持ちはありがたいですが、逃げるのも壊されるのもお断りします。
「迎え撃つよ」
「はい」
ディオさんも駆けつけてくれて、私たちはダンジョン防衛の検討に入った。
取り急ぎ決めた役割分担は、私はダンジョンの迎撃の準備、ヴァネはリムズデイルでの王子の足止め、ディオさんは情報取集。
私たちは、それぞれ動き出した。
そして、王子がリムズデイルに到着した。
ユードラさんが王子を出迎え、王命撤回と帰還命令が出ている旨を伝えたが、王子は「ならば王命書を持ってこい」と言うばかりだった。
王命書は基本的に一枚きり。それは、行方不明の使者が持っている。
再発行には高位貴族をわざわざ集めて、事情を説明して了承を取る必要がある。
もちろん、そんな手間を百人村のためにかけるわけがない。
予想通り、王子は止まらなかった。
ヴァネが足止めを敢行する。
王都のパン事業で貯め込んだ私財を使って、王子一行を全力で歓待し、反逆者討伐の前祝いを行った。
「20人でも王国正規軍の精鋭がお揃いです。
戦力などないに等しい男爵領に勝ち目などありません。
ダンジョンだけは少々不安材料かもしれませんが、あそこはただの温泉です。
何度も行ったことのある私が断言いたします」
「古龍のうろこが出るという噂があるが?」
「ご冗談を。あそこにそんなお宝が出るはずはありません」
「そうか! やはり噂はただの噂だったか。
お宝が出るなら迷っただろうが、そんなクズダンジョンなら、ためらいなく破壊できるな!」
そう言って、王子は行軍でもしぼまなかった腹を揺らしたそうだ。
リムズデイル一番の高級宿で英気を養った王子一行は、古くなっていた物資をすべて処分し、ファーレン子爵家から提供された物資を馬車に満載して、士気高く最奥の村に出立した。
リムズデイルから村までは、物資で重くなった王子の馬車で6日。
それが私たちに残された時間だった。




