6.ビレン男爵の闘争と逃走
使者は、リムズデイルに戻ると、馬をファーレン家に預け、その足でギルドの転移陣から王都に跳んだそうだ。転移陣の使用料を吹っ掛けられたことにも気づかないほど激怒していたらしい。
「王命拒否なので、最悪軍が派遣されるかもしれません。
私は、屋敷に戻って母様と連絡を取らなければいけないので失礼します」
ヴァネはそれだけ言うと、踵を返し、リムズデイルにとんぼ返りした。
ユードラさんは冬の王都なので、今のファーレンは領主代理のヴァネが舵取りをしなくちゃならない。
そんな中で、わざわざ知らせに来てくれたことには、感謝しかない。
「ディオさん、これってマズい?」
「ヴァネッサちゃんの様子から見ると、そうだと思うです」
「じゃあ、ホーさんのところに行くしかないか」
「はい。村長さんのところの転移陣、使わせてくれると思うです」
私たちは、村までデビリン号で急行し、村役場の転移陣でビレント村に跳んだ。
村長は、私たちの勢いに押されつつも、「ホカースをとっちめるのならどんどん使え」と快く使用を許可してくれた。
カレルさんに仕事を押し付けるためにホーさんが設置した転移陣が、こんなふうに使われるとは、ホーさんも思っていなかっただろう。
ホーさんは、いつもの調子で私たちを迎え入れた。
「明日あたり行こうと思ってたんだけど、そっちから来てくれて手間が省けた。
その様子だと知ってる感じ?」
「さっき聞いたです。
王命拒否したってほんとです?」
「うん。ほんと」
「出世するんだから、受ければいいじゃん」
「うん。最初はそう思ってたんだけど、念のため調べてみた。
ほら、前にミリが前払いしてくれた商人税があったじゃん。まだ、ほとんど手つかずだから、それを使ってギルマスに調査依頼出したのよ」
「ああ、そっか。依頼はできるね……」
ギルマスは盆地の件でホーさんと面識があるし、その後も温泉にちょくちょく来ている。
ギルマスへの依頼料は高いだろうが、私の前納額はサロン階層をユードラさんに売った1億タシュだから、充分払えるだろう。
「で、その調査結果って聞けたりする?」
「うん。問題ない。
それがけっこうひどい話でさ……」
ホーさんから聞いたギルドの調査内容は、確かにひどい話だった。
王命が出された経緯は、私たちが知っていた通り。
ただ、その裏側が無茶苦茶だった。
仕掛け人は、タヌキジジイことコンチェッタ公爵。
目的は、ガロヌ侯爵をトップとする西部貴族へのいやがらせだ。
公爵は、王子がビレン領に目を付けたのを知ると、王命を出せばビレン領が手に入ると囁いた。
侯爵がバックにいるファーレン子爵領ではなく、その隣。
関係の薄いビレン領をターゲットにしたのである。
英雄である先代ビレン男爵の後ろ盾だった侯爵へのいやがらせでもある。
侯爵が王子を阻止するために動けば、王命に逆らったと糾弾できる。
動かなければ、西部の重要貴族となりつつあるファーレン領のとなりに楔を打ち込める。
ヴァネにいち早く王命の情報を漏らしたのも、侯爵を焚きつけるためだった。
ここで侯爵が動けばタヌキ公爵の思うつぼだったが、侯爵はこらえた。
ビレン領が再び王領になるのは悔しいが、しょせんは最奥の小領。大勢に影響はない。
挑発に乗って、王命に口をつっこむ過ちは犯さなかった。
ビレン家の昇爵については、やっと前男爵が正当な評価を得ることになると喜んだそうだ。
「ひどいです!」
ディオさんが憤慨する。
「な? ひどいだろ?
山の村の代官だった親父を、さんざんこき使ったあげくに、何もない草っ原の開拓民にさせて、次の代では、お貴族様の遊びのためにまた領地替えしろとか、ふざけんなって」
「うん。それは私でも怒る」
「だから、おいらは使者に言ってやったのよ。『私にも貴族としての誇りがあります!』ってな!
だってさ、行けって言われた元子爵領って、山地で耕すとこないんだぞ?
おいらは平地が好きなのにそれはない。あと、そもそも引っ越しめんどくさいし」
「台無しだよ!」
せっかくかっこいい貴族っぽいこと言ったのに、結局耕したいだけじゃん!
ホーさんは、キョトンとして何が台無しかもわかってない様子だ。
「まあいいや。もう拒否しちゃったんだし。
それで、これから先どうするの?
ヴァネの話だと、最悪、軍が来るかもよ?」
「うん。かもな。
さすがにそれはマズいから、侯爵を引っ張り出そうかなって思ってる。
侯爵は親父大好きだから、おいらが昇爵を断ったって知ったら必ず説得に出てくる。
そこで交渉だな」
「何を交渉するです?」
「秘密。
侯爵と話したら、ヴァネッサちゃんがすぐ情報持ってくると思うから待ってな。
盆地も隠したし、多分ミリたちのダンジョンも安全だから、そんなに心配しなくていい」
ホーさんはそれ以上話す気はないらしく、私たちはやんわりと男爵邸を追い出された。
「まあ、何か考えはあるみたいだし、私たちは待つしかないか」
「ですね。兄弟子、バカですけど、ネー師匠は絶対に守るので、そこは信頼していいと思うです」
「だよね」
なんだかんだ言って、今までもホーさんが動くと、事態はなんとなく解決しちゃってた。
その意味では、あの自信を信じてもいいかもしれない。
どっちみち、私にできることはないんだし。
「あ、使者が帰ったから、リリを呼び戻すね」
「はい。リリちゃんも喜ぶと思うです。
商会のお店の看板娘なので、ジュリアンが残念がると思うですけど」
どこ行ってもすぐに看板娘になるな。
ついに、あのイケオジ副会長まで篭絡したか。
リリ、恐ろしい子!
リリが温泉仕事に戻って、親衛隊の面々は大喜びだった。
毎日来るので、地味に売り上げが上がった。
ガロヌ侯爵は、ホーさんの予想通りすぐに動いた。
呼び出しを受けたホーさんがリムズデイルに向かったと、村長が教えてくれた。
会談の日の夕方、「なる早で来る」と言っていたヴァネが、結果を持ってやってきた。
疲れた顔で「ちょっとお風呂入ってきていいですかあ?」とか宣うヴァネを押さえつけ、私たちは報告を急かした。
「男爵、頭おかしかったですー」
ヴァネは椅子に体を預け、深いため息をついた。
「結論から言うとー、ビレン領はニーニャ村とこの温泉ダンジョンだけになりましたー」
「え? どゆこと?」
「ガロヌのおじさまと母様が、王命を受け入れるように説得したんですけどー、男爵は拒否して、逆にとんでもないことを提案してきたんですよー」
「とんでもない提案?」
「はいー。
ニーニャ村とこのダンジョンを除くビレン領全部を、ファーレン領に譲渡するとか言い出してー、母様もおじさまも固まってましたー」
「は?」
ほんとに疲れる会談だったらしく、ヴァネはグダグダ愚痴を言い始めた。
その尻を、早く喋って温泉に行けと叩き、私たちは会談の全容を聞きだした。
領土の譲渡というのは、通常は寄り子領主の救済策、懐柔策として用いられるもので、両領主と侯爵以上の立会人のサインがあれば、王の承諾なしに成立する。
領の合併は王の承認が必要だが、一部譲渡なら領主間の問題とみなされるからだ。
ホーさんは書類まで準備し、ビレン領の一部、というか大部分をファーレンに譲渡することを提案。その立会人を侯爵に依頼したのだ。
両領主と立会人が揃っているのだから、合意すれば契約はその場で成立する。
ガロヌ侯爵とファーレン子爵は、契約書の隅々まで目を通し、どこにも自分たちのデメリットがないことがわかると、その場でサインしたそうだ。
ホーさんが帰ったあとに、侯爵が話したところによると、今回仕掛けてきたコンチェッタ侯爵とガロヌ侯爵は、ホーさんの王命拒否を受けて会談を持ったらしい。
そこで合意した内容は、
①ビレン男爵が説得を受け入れ王命に従うなら、旧ビレン領に王子を押し込む。
②男爵の言い分を王家が認めれば、王子にお灸を据えられる。
というものだった。
東西貴族の争いから、王子対策に方針を切り替えたのだ。
タヌキジジイどもは、タヌキだけに変わり身が早い。
侯爵は、さらに3番目の案として
③さらに混乱しそうだったら、領民救済を名目にビレン領をファーレンに吸収する。
という漁夫の利を狙うことまで想定していたらしい。
その第3案が向こうから転がり込んできたのだから、侯爵に拒絶する手はない。
むしろ男爵の気が変わらないうちにサインしてしまえ、ということだったそうだ。
「ガロヌのおじさまは今回の事態収拾を手柄にして王命撤回を働きかけるそうですー。男爵はおじさまに全て任せてどこかに身を隠すって言ってましたー。以上ですお風呂行ってきますー」
早口で話を終わらせたヴァネは、よろよろと温泉方面に去った。
「つまりホーさんは、王家にケンカ売って、財産の大部分を仲介者に渡して逃げたと……」
確かに、王命が撤回されれば、盆地もダンジョンも守られはするけど、領主としてそんでいいのか?
てか、それもう領主じゃなくてただの村長じゃん。
いや、村長はカレルさんがいるからただの農民?
アホっつうか、すげえっつうか……。
喜ぶべきか悲しむべきか判断がつかないまま、私たちは黙って冷えたお茶をすすり続けた。




