9.歓迎!侯爵様御一行
そして、ついにやってきたプレオープンの日。
モニタさんを迎える日も緊張したけど、今回の緊張はその比ではない。
吐きそう。
なんと言っても、昨日聞かされたプレオープンのお客さんがヤバ過ぎる。
前日まで教えないとかやめろよ。
「サプライズだ!はっはっは!」じゃねーよ!
喜ばせる要素ゼロ、委縮させる要素100%。そんなのサプライズイベントにはなんないの!
お客さんはアンブロシオ・ウルス・エスパルガル=ガロヌ侯爵様とその奥方。
王国の西部地域一の家格を持つ超大物貴族だそうだ。
最近まで自分の住む領主の名前さえ知らなかった私である。
その名を聞いても「覚えられっか!」という感想しか出なかったけれど(でも必死に暗記した)、西部貴族で逆らえるやつはいないとか、昔併合された国の王家の血筋だとか、領都の人口30万人超えとか教えられてようやくイメージが浮かんだ。
要するに、アカンやつじゃん!
もうちょっとマイルドな人とかいなかったわけ?
あのさあ、確かにここは超ラグジュアリー施設だよ?
でも、プレオープンの招待客にいきなりそういう人連れてきちゃダメだと思う。
不慣れで粗相とかしたら物理的に首が飛ぶでしょうが!
首が飛んでも私は復活はできるけど、DP半減だよ?
あのあとさらに魔石吸収したから、今うちの保有DP3万超えてんだよ?
1000DPが500DPになるのとはわけが違うの!
あーもう!
でも、思い出し怒りしたら、ちょっと落ち着いてきた。
今さらどうしようもないし、「そういう些細な事を気になさるような人物ではない」というユードラさんの言葉を信じてがんばりますかね。
そうこうしていると、到着を知らせるベルが鳴り、私たちは頭を下げてお迎えの態勢に入る。ド平民の私は一番端っこに立っている。
頭を下げたまま、上目づかいで、商会の転移部屋から出てくる足の数を数える。
先頭はユードラさん。見たことのある靴だ。
続くのは軍靴っぽいの履いた人が2名。護衛の人かな。
その後ろからは編み上げのごついブーツと厚底サンダルみたいなのを履いた華奢な足。
出てきたのはこの5人だから、最後のふたりが侯爵夫妻ってことになる。
ふたりがソファに腰を下ろし、私たちに頭を上げる許しが出る。
もちろんガン見はしないけど、ユードラさんと談笑する侯爵の姿を確認する。
侯爵様は貫禄のある上流階級の黒髪紳士。
骨太のがっしりタイプで、ダイエットの必要はあまりなさそう。
リラックスしていて、威張っている感じはないけど、大物オーラがにじみ出ている。
話の内容からすると、どうやらユードラさんの息子さんが、侯爵の末娘の婿になったようだ。逆玉おめでとう!
親戚なら色々多めに見てくれるかもしれない。ちょっとホッとした。
侯爵夫人のセシリアさんは、上品な老婦人。侯爵の隣で微笑みを絶やさない。
うちのお客さんにふさわしく、しっかりぽっちゃり体型だ。
サロンのターゲットはこっちだね。
さて、いよいよご案内タイムだ。
案内役はもちろんユードラさんだ。
まずは第一関門のダンジョンイン。
移動に関しては、場所を特定されないために、転移扉を使った入念な仕掛けがなされているので、気づかれないかドキドキする。
問題なくロビーに入る。
この手前、商会の建物内に転移部屋があって、正規のお客さんは自宅からそこに転移することになる。
元の洞窟第1層以外には外部からの転移はできないので、この方法しかなかった。
そして、ロビーの扉をくぐったところからがダンジョンだ。
本当の入口となる最初の転移扉は、注意を引かないように、デザインは敢えて地味なものに変更してある。
最初の大々的な転移で、直後の転移を隠すって作戦だ。
これは「この扉、地味だったら誰も気に留めないと思いますー」というヴァネッサさんのアイディア。賢い!
ロビーは豪華だけど、侯爵様的にはどうってことないらしく、先を促される。
次はお城フロアだ。
ここへの移動は、私たちが一番苦労したセキュリティーポイントである。
お客さんはロビーから「豪華な転移扉」を使って跳ぶ。
ロビーから下りる階段を作ればそんな必要はないのだが、お客さんは「大げさな転移」によって、商会地下から「どこか知らない遠い場所」に移動したように思い込む。
目に映るのは森と湖とお城。まさか地下だとは気づくまい。
実はこの転移扉もダミーだ。
使っているのは、私が日々使っているシンプルなダンジョン内転移と同じもの。
ほら、RPGとかでダンジョンの奥に飛ばされるでしょ?アレよ、アレ。
「うお! 何だここは!
城があるじゃないか!
誰の居城だ?
挨拶にいかねばならん!」
侯爵様、大興奮だ。
よっしゃ! 大成功!
私とディオさんは顔を見合わせ頷き合った。
国内トップクラスの有能貴族が気づかないなら、他の人に見破られる心配はほとんどなくなる。
「ご安心ください。城の形をしたホテルでございます」
「あれがか⁉
小さいが本物の城のようではないか!名のある建築家の作と見たが違うか?」
そりゃ本物のお城だからね。ダンジョンパーツだけど。
「いえ。作ったのは土魔導士です。
実力は十分なのですが、世間には知られておりませんでした」
「そうか、お前のところも隠しておったか。
儂のところにもそういう隠し札はいるが、あまり知られないように気を付けないといかんぞ。
この城は少々よくできすぎている」
「はい。ご指摘ありがとうございます」
「しかし、いい腕だな。一度儂に紹介してくれんか?」
「申し訳ありません。そうしたいのはやまやまですが、当人はこの大仕事で魔力を使い果たし、元からの病状が悪化し亡くなりました」
「死んだのか⁉」
「はい。残念ながら。全身の粘膜が糜爛する奇病で、治療の方法がありませんでした」
「そうか。それは残念だ……」
その会話の間、私は腹筋に力をこめて、必死に吹き出すのをこらえていた。
設定では、その土魔導士の名は「ジョゼッペ・ブリガンドーン」、演じるのはホーカス・ビレン男爵というはずだったんだけど、うちの男爵、登場前に出番なくなちゃったよ。
しかも、全身の粘膜の糜爛とか、勝手に設定追加してるし。
てか、そのネタ、オリジナルは私だかんね?著作権料請求するぞ?
私は一度だけ会った、少々イっちゃった目をして雑草の根について熱く語るビラン、いやビレン男爵の日焼け顔を思い出した。
実際、彼は土魔法に長けていて、修行すれば城くらい作れそうな気配はあるそうだけど、本人の興味は農地開拓にしかないらしいので、登場シーンなくなっても喜ぶだけだろうね。
ならまあ死んでも問題ないか。架空キャラだし、その方があとあとの面倒もないし。
侯爵様御一行は、その架空天才魔導士の遺作を絶賛しながら進む。
ほんとはダンジョンのパーツだから、私もなんか嬉しい。
スタートダッシュで侯爵の心をつかんだプレオープンは、順調にプログラムを消化していった。
お城地下のトレーニングエリアで心地いい汗を流し、露天風呂の解放感と風景に感動し、ユードラさんが連れてきたシェフの料理を堪能し、ダンジョンにもちゃんと訪れる日暮れまで、侯爵様たちは全ての施設を楽し気に動き回った。
ターゲット層の侯爵夫人セシリアさんも、意外と積極的に体験に参加してくれた。
私たちも心を込めておもてなしをさせてもらった。
あ、早速魔道具も売れたのよ。
モノはディオさん渾身のトレーニング機材。
騎士さんズの熱い要請で、侯爵領騎士団への導入が決まったのだ。
「――うむ。久しぶりに仕事を忘れて楽しませてもらった。招待、感謝する」
仕事が忙しいため日帰りになる侯爵は、満足げにそう言ってくれた。
「しかし、ひとつ問題がある」
「はい、ご指摘いただければ幸いです」
ユードラさんが居住まいを正す。
「ここの最低滞在期間は1ヶ月だったな」
「はい、そのようになっております」
「それではダメだ。儂が来られぬではないか。
それとも、お前は儂に隠居するまで待てというのか?」
そう言って侯爵はニヤッと笑った。
「他の奴らはどうでもいいが、儂は好きな時に来られるようにしろ。
その代わり、間違いのないやつをここに送り込んでやる。
後で詳しい条件を教えろ」
「……はい! かしこまりました!」
ユードラさんは破顔して、深く一礼した。




