7.一蓮托生(不本意)
ユードラさんがカップを置いて、スッとこちらを見る。
「少し長くなったが、これが前提だ。
それを踏まえて、ダンジョンのダイエットの店、何が問題かわかるか?」
えっと、うん。思いつくことはある。
「ダイエットは王都や都会向きの商売として可能性がある。でもそれによって、ファーレン領が余計な注目を集めるのは困る、ってことですか?
ダンジョン関連だって知られたらマズいですもんね」
「うん、半分正解だ。だがそこに気づけば上等だ。長ったらしく説明する必要もなさそうで助かる。
早く済ませないとデビリンちゃんとの約束に遅れるからな」
そんな約束ねーよ!てか、うちの子に手を出さないでもらえます?
「しかし、いい政治センスをしている。
ミリ君、やはりウチに来ないか?」
「ダメですよ、ミリちゃんはディオと一蓮托生って約束したですから!」
そんな約束もしていません!あと政治センスとかもないです!
「そうか、残念だ。
で、模範解答だが、一番の問題は、ダイエットの店をきっかけに、王都の貴族がビレン領の存在を思い出すことだ。
ビレン領は忘れられたままの方がいい。
法を侵しているわけではないが、長い間掛かって作ってきた節税の方法を知られたくはないのだよ」
なるほど。魔道具で注目されはじめた領が、長年グレーな節税をやってたって知られたら、国は絶対何かやってくるよな。
ダンジョンがらみだったらさらに格好の口実を与えることになる。
そりゃ魔法契約が必要なわけだ。
あれ?でもそれを知ったってことは、わしら結果的に一蓮托生なんじゃね?
ディオさんの想像上の約束が現実になったってこと?
うっわー。めんどくさー。
「どうした、クネクネして。背中でも痒いのか?」
「あ、何でもないです」
まとわりついたコンガラカリから抜け出そうとしてたの!
こっちはただ、自宅を改装してダイエットサロンやりたいだけなのに、がっつり政治経済に引きずり込みやがって。
しかも他の領のことだぞ?
そっちは入口があるだけじゃんか。
ん? そう言えば、うちの領主の男爵ってどこ行った?
一回も出てきてなくね?
「はい! 質問です!」
「何だ?」
「うちのビラン男爵には断らなくていいんですか?」
「ビレンな。まあ糜爛しているとも言えるが。ハッハッハ!」
貴族ジョークはともかく、うちの領主様の粘膜は炎症を起こしているらしい。
「まあ、あいつは問題ない。
農業以外に興味がないやつだからな。
一応当事者ではあるから、次回に顔合わせはしようと思うが、役には立たんから期待しないように」
「あ、はい……」
全部お任せって、それ、もうただのファーレンの属領だよね?
よく知らんけど、それでいいのか粘膜男爵⁉
よく知らんけど、粘膜貴族の誇りとかないのか⁉
「ユードラ、男爵の話はいいです。話を進めるです。次は事業の計画ですよね?
ディオはお腹が空いてきたです」
退屈そうにしていたディオさんの不機嫌な声で、心の中の男爵はあっさり退場した。
うん。ディオさんの機嫌は空腹度と連動するから、お腹減ってるの気づいてた。
ただ、話の内容的に、流れを切ったらわかんなくなるからね。
でもまあ、私へのレクチャーのために知っている話を延々聞かせてしまったし、私も座りっぱでちょっとお尻がしびれてきたから、お詫びも兼ねて家から何か取ってこようかな。
「ディオさん、ダンジョンパン食べる?」
「食べるです!ジャム付きがいいです!」
「後でプール3往復追加するならOKです」
「どんとこいです!」
「了解。てなわけで、ひとっ走り行ってきます!」
話についていけない子爵親子を置いて、私はサッと立ち上がる。
ダンジョンまでの往復はちょうどいい運動だ。
進捗を気にする母さんに「とりあえず順調」と告げ、ダンジョンパンとジャムの瓶を持って商会に戻る。
あと、お姉ちゃん、ユードラさんのサインわかったけど、今そういう状況じゃないから。
応接室では、ディオさんがダンジョンパンの説明を終えたところだった。
「なるほど。これがそのダンジョンパンか」
「はい。食べてもいですよ?」
「うー!」
早速パンを頬張っているディオさんがブンブンと首を振って抗議するけどスルー。
60歳なんだから大人げないことやめてよ、恥ずかしい。
ユードラさんが豪快にかぶりつく隣で、ヴァネッサさんが真剣な表情で、ちまちまとパンをちぎって口に運んでいる。
そうそう。そういう上品さ。私が求めてたのは、その「正統派の貴族のお嬢様感」ってやつなのよ。
どうか母ちゃんに爪の垢を煎じて飲ませてあげてください。
そのお嬢様が、ユードラさんに促され、ダンジョンパンのご感想をお述べになる。
「ごちそうさまでしたー。普通の白パンですねー。
でも、かろりーゼロなんですよねー。不思議ー」
「そうなんですよ。てか、ヴァネッサ様、カロリー知ってるんですね」
「はいー。ディオさんの本を読みましたからー。
画期的な研究だと思いますー」
「当然なのです!」
ディオさんは胸を張るけど、その本が売れてないからこんなことになってるんだからね。
「ふむ。このパンは、ひとつのキーになるな。
どうやって作る?」
「えと、ダンジョンに頼んで魔力でボワンと……」
「ミリ君が頼むのか?ダンジョンと意思疎通ができると?
君はダンジョンマスターなのか⁉」
「あー、はい。
そうです、私がダンジョンマスターです」
もう開き直るしかない。
相手は名探偵。気づかれるのは早すぎだけど、もう驚かないよ……。
それにさ、契約結んだから、そのうちこっちから話すつもりだったし。
この際だから、転生話以外全部ぶっちゃけとくか。秘密にしてることほとんどないけど。
その名探偵はテンションが爆上がりしている。
「そうか! そういうわけか!
温泉もたまたまダンジョンにあったわけではなく、君の意思で作ったのだな!
素晴らしい!」
「いや、そんな大したものじゃないです……」
ちょっと逃げに入る私の手を、ユードラさんはガシっと握った。
「君は知らないようだが、ダンジョンマスターと出会うことは貴族にとって生涯の夢なんだぞ⁉
ダンジョンはいくつもあるが、ダンジョンマスターが外部と交流することはめったにない。彼らはダンジョンのどこかに隠れていると言われている。
どれだけ剣の腕を上げても、金や権力を持っていても、ダンジョンマスターと会うことはできない。我々は奇跡のような幸運をただ待つことしかできないのだよ!
くっ、初代からの夢がようやく……! 」
「そっすか……」
圧が強すぎて引く。
てか、ダンマスってそんな感じなのね。知らなかったよ。
ディオさんもそんなこと言ってなかったから、貴族業界だけの都市伝説なんじゃない?
まあ、ダンマスとして言わせてもらうなら、生まれたてのダンジョンは防衛に徹するしかないから、引きこもるしかないのは当然だよね。
そんでなんとか生き残って成長したらしたで、運営大変だし、復活するとはいっても外に出て死んだりしたら、失うものも大きいのよ。
だって、復活でDP半減だよ?出たくなくなるよね。
まあ他所のことはいいや。
私は私で、安全キープしつつ、たまには外に出て、家族やデビリンとのんびり暮らすだけだから。
だが、ユードラさんのモチベは天元突破したままだ。
歴史的に「ダンマスと友好関係を結んだ領は必ず大きく発展する」らしいのだ。
私にそこまで期待してもムダだと思うよって言っても聞かない。
「よし、わかった!
計画の練り直しだ!
私が完璧な草案を作って来るから少し時間をくれ!」
「あ、はい」
うん。とりあえず帰ってくれるなら何でもいいです。
「行くぞ、ヴァネッサ!
我が領始まって以来の大仕事だ!」
「はーい」
ユードラさんは大騒ぎしながら帰っていった。
「母がごめんなさいねー」
帰り際にヴァネッサさんが囁いた一言がちょっと染みた。




