4.風呂とユードラと私
「あぁぁ、染みるぅ……」
ユードラさんは私たちの傍で肩までお湯に浸かると、深いため息をつき、それきり目を閉じて黙ってしまった。
うん、この温泉の効果すごいよね?わかるわかる。
でも、その前にやることあるんじゃないかな?
そもそも、ここ人んちやぞ?
初対面の私もおるんやぞ?
せめて自己紹介とかしたらどうかな⁉
じゃないとどうしたらいいかわかんないじゃないか!
もうこうなったら、私にできることはひとつしかない。
「んじゃ、私はお先に失礼しまーす。ごゆっくりー」
逃亡を図る私の足首をディオさんがつかんだ。
あっぶねーなおい!
「足首やめて! 転ぶでしょーが!」
「足首しか手が届くところがなかったです!
だいたいミリちゃんが逃げるのが悪いです!」
「悪くない! ディオさんの知り合いなんだからディオさんが対処してください!
私は関係ないです!」
「関係なくないです! ここはミリちゃんのダ、うぐっ!」
ディオさんが突然、盛大に舌を噛み、口を押さえてうつむいた。
あっ、秘密保持契約の魔法だ!
今「ダンジョン」って言いかけたもんね。
すっご! 魔法すっご! 思いっきり噛んだよ!
「ほら! バチが当たった!」
口を押さえたままディオさんが涙目でにらんでくるが、自業自得だかんね!
「うるさいぞ、君たち。せっかくの温泉が台無しだ」
「はあ?」
それまで黙っていたユードラさんがいきなり口をはさんできた。
温厚を自認する私も、さすがにブチ切れる。
「元凶が何言ってんですか!
勝手に乱入して、勝手に入浴して、自己紹介もなしに黙ってお湯に浸かっておいて、静かにしろですって?
領主様だかなんだか知らないけど、ここは私の家です。文句があるなら出て行ってください!」
「お、おう。それはすまん」
意外にもあっさり謝罪が返ってきた。
「そうだな、まずは自己紹介だったな。私はユードラ・クル・ファーレン、この地の領主だ。子爵だが、まあ気軽にユードラと呼んでくれ。
いい湯だった。長旅の疲れが癒えたよ。礼を言う」
「あ、はい。どういたしまして?」
なんか普通に謝られ、普通に挨拶されたので、私は怒りのやり場をなくし、あいまいに頷いた。
うんわかった。この人超絶マイペースなだけで、割といい人だわ。
「で、君は誰だ?」
あ、私の自己紹介まだだった。やばい、お貴族様に先に名乗らせちゃったよ。
「遅くなって申し訳ありません。
私はミリ・フレッカーと申します。
小さな宿で下働きをしているます」
「ふむ。宿の下働きか。今日は休みか?」
「あ、はい。お休みなので、ディオさんの温泉に入りに来ました」
こちとらそんじょそこらの平民ですから。
お貴族様のお目に止まるような者じゃござんせん。
「ん? この温泉は君のものではないのか?
先ほど、君自身が私にそう啖呵を切ったぞ?」
「え?」
あ、言ったわ。やっちまった。
なんかこの流れ前にもあった気がする。気をつけなきゃ。
いや、それより何か言い訳を。
「えと、それは、ディオさんのお手伝いというか、共同経営というか……」
だめだ。何も出てこない。
「ほう。宿屋の下働きの平民の娘が、大商会の共同経営をしていると?」
「えと、それは……」
あああ、またよけいな単語を。
ディオさんにヘルプの視線を送るが、そっぽを向きやがった。
舌噛んだの自分のせいじゃん!
「ふむ。どうやら詳しく話を聞いた方が良さそうだな。
よし、商会の会議室で話そう。
いや、その前にこの施設を案内してもらおうか」
万事休す。
フレンドリーな人物とは言え、子爵様の要請。一平民に断ることはできない。
「ユードラ、ちょっと落ち着くです。あとでちゃんと説明するです。
でも、ここの施設には独自の技術が使われているです。
どうしてもそこを見たいというなら、魔法契約を結んもらうことになるです」
その時、ようやくディオさんが助け舟を出してくれた。
「それほどのものか?」
「はい。それほどのものです」
「……わかった。ではそうすることにしよう」
少し考えて、ユードラさんは魔法契約を了承した。
「え? 契約結ぶですか?」
「うむ。これはぜひ見ておいたほうがいいと、私の野生の勘が囁くんだ」
驚くディオさんに、ユードラさんは断言した。
野生の勘、迷惑です!
「では、施設の案内は契約後に頼むとして、それとは別に確認したいことがある」
「なんです?秘密を知りたいなら、また別の契約がいるですよ」
「そう大層なものじゃない。
いや、大層なものになるかも知れんな。
ディオ、君はなぜそんなに痩せたんだ?
出会った頃に戻ったじゃないか!
その方法が確立すれば新しい商売になることは間違いない。
王都の社交界の女たちなら、いくらでも金を払うはずだ」
おお! さすが名領主。
ダイエット産業の可能性に一発で気づいたか。
ターゲットまで見えている。しかも富裕層。
モニタ3名からコツコツ拡げようとかやってるのとはスケールが違う。
しっかり考える必要はあるけど、これは巻き込むべきなんじゃない?
「ちょっと相談させてください」
私はユードラさんに断りを入れ、風呂場の隅でディオさんとコソコソ話をする。
結果、栄養学とダイエット関連魔道具については、全部話すことにした。
モニタさんに講義してるし、本も魔道具も既に売り出しているから、別に隠す必要もないからね。
栄養学については、もちろん前世由来なのは秘密で、ディオさんの新しい研究結果とする。
それも事実には違いないし、それに基づいた魔道具に至っては完全にディオさんの成果物だから、嘘にはならない。
風呂については、ダイエットに不可欠な運動のために、ディオさんの要請で私が協力したと説明する。
これについては、契約が完了するまで詳細は話さない。
以上をパパッとすり合わせた後、私たち3人は商会の応接室に移動した。
ジュリアンさんがさっと冷たいお茶を出してくれる。長風呂後にぴったりだ。
相手は領主様だから、副会長直々のサーブである。
お茶も高級そうな匂いがする。ラッキー!
ディオさんが話すダイエット成功の経緯は、ユードラさんを大いに刺激した。
この世界でのデータを元にした「ダダリア栄養学」は、もはや私の手を離れているので、特に補足する必要もない。
ユードラさんはさすが名領主と呼ばれる人だけある。
「なんと、芋は砂糖と同じなのか!」とか「かろりー計算というのが重要なのだな」とか、的確な相槌を打ちながら、どんどん理解を深めていく。
「うむ。概略は理解した。
で、私はその計測用の魔道具の噂を広めればいいのだな?」
「ですです。領内だけではどうしても限界があって、ちょうど今無料モニタさんに体験してもらってるところだったです。
あ、でもやりすぎない程度で」
「了解した。で、無料もにたーとは何だ?」
「あ、馴染みのない商品やサービスを無料で体験してもらって、その良さを広めてもらう方法です。ミリちゃんのアイディアです」
「ほう。それは面白い!
社交界ならさらに効果的だろうな。
ミリ、どうだ、私の部下にならないか?」
「え?いや、それはちょっと……」
軽くスカウトされたが、当然やんわりと断る。
いや、でもこの人すごいわ。
頭の回転の速さと決断力。
平民を蔑むような性格でもない。
最初に会う貴族が彼女で良かったかもしれない。
魔道具販売についは心強い味方だ。
でも、だからと言ってまだ全面的に信頼はしない。
特にダンジョン関連は危ないんだよ。
前にディオさんから聞いた話では、貴族にダンジョンを見せると、ダンジョンコア目当てにつぶすか、産出資源目当てに囲い込むかするのが普通らしいからね。
うちには関係ないけど、高レベルのダンジョンには強制的に国が関与してくるみたいだし、ほんと気を付けないと。
ディオさんにお願いして、ユードラさんとの契約はできるだけガチガチに縛ってもらおう。領主様だからどこまでできるかわからないけど。
後日の施設案内を約束して、ユードラさんは次の約束があると急いで帰っていった。
商会の入口でオルテンシアさんと鉢合わせして、しばらく剣談義をしていたので多分ちょっと遅刻したと思う。
ユードラさんの剣は、オルテンシアさんの旦那さん作なんだって。
弓は作ってないのかな?
お姉ちゃんの弓が微妙にバランスが悪いとか言ってたから、作ってるなら今度プレゼントしたい。
ディオさんに聞いたら、「ミリちゃんじゃダメだけど、リリちゃんがおねだりすれば作ってくれるかもです」とのこと。
悔しいけど納得。
じじばば殺しにかけては、リリはもうSランクでいいと思う。




