5.迷惑名探偵ユードラ
いきなりの領主様の登場に乱されることなく、モニタ期間は無事に終了した。
オルテンシアさんは目標値に少し届かなかったが、それは「老人なので運動はもう少しソフトに」という本人申し出の結果だから問題ない。
商会の応接室で行われた打ち上げでは、3人ともに上機嫌でお礼を言われた。
「ありがとうございましたあ!クビにならずに済みましたあ!」
最終日前日にパーティーリーダーと会ったラーラさんは、母さんに抱きついて号泣していた。
よかったね。ほんと。
チェルさんはすっかり懐いたリリの頭を撫でながら、魔道具一式を注文してくれたし、地元のオルテンシアさんも、温泉を目的に会員になってくれた。
3人とも高魔力で、DP収入は15日間で合計610DPにもなった。
現金収入はなかったけど、ダンジョンとしては十分な利益だと思う。
モニタ期間みたいに毎日来ることはなくなるだろうけど、ちょくちょく顔を出してお金とDPを落としてくれると助かる。
そうじゃなくても、純粋にいい人たちだし、第1期モニタとして私も思い入れがあるから、このあとも仲良くしてくれたらいいな。
さて、そちらも一段落し、母さんとリリは忙しくなってきた宿の仕事に戻った。
春の村の仕事を終えた父さんとお姉ちゃんも、ダンジョンに帰ってきた。
そんでもって私は、いよいよ領主様の視察を受け入れることになる。
魔法契約は視察前日に領主のお屋敷で交わした。ユードラさんディオさん私の三者契約だ。
内容としては、「温泉に関する情報全般」を秘密の対象として了承してもらえたのは大きい。
これで万一ダンジョンバレしても、拡散をかなり制限できる。
事前交渉でごり押ししてくれたディオさんに感謝だ。
そして当日。
視察前に集まった商会応接室で、ユードラさんが妙なことを言い出した。
「まあ今から見ればわかることだが、娯楽として私の推理を聞いてくれ」
「……はい。推理です?」
「うむ。
屋敷に帰って、素晴らしいここの風呂を思い出していたんだ。
そうしたら、いくつか疑問が浮かんだ」
……なんか嫌な予感がする。
「私は冬の間王都に行っていた。その間にこの施設は作られたわけだ。
確かにそこそこ長い期間ではあったが、それでもこの施設をゼロから完成させることが可能だろうか?」
「あ、それはですね……」
慌てて答えようとするディオさんを手で制して、ユードラさんは続ける。
「少し調べたのだが、どうも工事をした形跡すらない。
工事したなら誰がどうやって掘った? 掘った土はどこにやった?
それに風呂に入った後に気づいたんだが、魔力が大きく回復したのだよ。
この感覚は覚えがあると考えたら思い出したよ。
若い時に修行で行った南部の火のダンジョンで入った温泉だ。
卵の腐ったような匂いがするお湯だったが、減っていた魔力が一気に回復した。
あそこほどではないが、ここの温泉もなかなかのものだった」
そう言ってユードラさんは私たちの顔を見回した。
ナチュラルに溜めるか、ここで。
2時間ドラマの名探偵の決め台詞前みたいだ。
本質的に役者なのかもしんない。
「そこで私は思ったのだよ。
あの風呂場はダンジョンなんじゃないか、とな
ディオが魔法契約の内容にこだわったのもそのあたりが原因じゃないのか?」
私とディオさんは顔を見合わせるが、何も返せない。
契約書の内容まで推理材料にするとか絶対にアタマおかしい!
「はっはっは!
では答え合わせといこうか。
案内してくれ」
朗らかにそう言ってユードラさんは立ち上がった。
「よくわかったですね」
ユードラさんの前に移動しながら、ディオさんが観念したように言った。
「やはりそうか。
ただ、それでもまだ疑問が残るんだ。
商会の地下に温泉を産み出すほどの魔力溜りができるはずはないのだよ。
そもそもこの領は龍脈から外れているから、ダンジョンがひとつもないんだ」
「……それは今から説明するです」
ああ、もう! なんだこの人!頭切れすぎ‼
案内前にこっちの秘密全部暴いてんじゃん。
天才魔導士のディオさんも完全に白旗上げてるし。
貴族ってこんなのばっかなの?
だから関わりたくなかったんだよ。
でも向こうから乱入してきたんじゃ避けられないからなあ。
この性格だと、ディオさんが鍵を締めてたとしても時間の問題だっただろうし、もうこうなったらたっぷりと利用してやる。
あと、転生者情報は絶対に漏らさない。
過去の転生者みたいに政治まみれの人生とかほんと勘弁。
「この扉に転移陣を刻んであるです」
ディオさんが転移扉の説明をしている。
「そうか、入口の扉自体が転移陣なのか!
これは売れるぞ! 転移部屋がいらなくなるし、何より転移陣の管理が楽だ。破損のリスクが床と圧倒的に違う!
――いや、それは後にしよう。今はダンジョンの話だ。
で、この扉の先はどこなんだ?」
ディオさんが黙って転移扉を開け、ユードラさんを先導する。
風呂場は前回見ているので、奥の扉を開け、洞窟エリアに突入する。
ダンジョン第1階層奥、私がデビリンに保管されたあたりだ。
あたりを見回すユードラさんに構わず、ディオさんはさらに洞窟入り口まで進む。
私たちの目の前に広大な春の森が拡がる。
「おお!」
ユードラさんが思わず感嘆の声を上げる。
「ここがダンジョンの入り口です。場所はビレン領の北の森の奥になるです」
ユードラさんは小さく頷き、黙って森を眺めた。
「――そうか。これは確かに秘密にすべきことだ。
話してくれて感謝する」
しばらく経って、ユードラさんはそう言って私たちに向き直り、しっかり頭を下げてくれた。
ちょっと感動した。
そこから案内役をバトンタッチして、私が猟師宿と第2階層の洞窟ハウスを案内した。
今日のお客さんはハンターさんたちで、父さんたちも含め全員が湖の先の狩場に行っていて顔を合わせることはなかったけど、母さんとリリとデビリンがいたので紹介した。
母さんは実家の領主さんってこともあって少しビビっていたけど、リリは宿のご新規さんとして普通に挨拶をした。
リリの評価基準は「冒険者さんとそれ以外」なので「領主」にも「子爵」にも特に興味を示すことはなかった。かわいい。
意外だったのはデビリンで、ユードラさんが警戒の雰囲気を出すやいなや、押し倒して顔をベロベロ舐めたのである。
あとでリリに通訳してもらったところによると、「剣を抜きそうだったから、その前にいらっしゃいませってした」とのことである。
デビリンの作戦は成功した。ユードラさんは初めて接する人懐こい脅威度Aのモンスターに心を奪われ、帰るまでデビリンのそばを離れなかった。
これは、デビリンから頼めば全部OKしそうだな。
後で作戦会議をしておこう。
視察を終え、私たちは商会の会議室に戻った。
ユードラさんは宿の食堂で打合せしたがったが、お客さん優先なのでお断りした。
「素晴らしい体験だった。改めて礼を言う」
ユードラさんは再び頭を下げた。
「それでだ、君たちはあのダンジョンを使って商売をしたいということで相違ないか?」
私たちは頷く。
「了解した。
普通の商売を始めるならば、こちらがとやかく言うことはない。
だが、ダンジョンが絡むとなるとそうもいかないのだ。
ディオは知っているな?」
「はい。知ってるです。国への報告義務ですよね?
だから、温泉だけ商会の地下とつないでこっそりやろう思ったです」
「そうか。それはすまなかったな」
ユードラさんは苦笑した。
「だが、商売が上手くいけば、噂は拡がるぞ?
今回のもにたーとやらには王都の人間もいたそうではないか。
ならば、早めに対策を練っておいた方がいいと私は思う。
万が一デビリンちゃんが討伐対象になったりしたらどうするのだ!」
「え、そこ?」
「そこが一番大事じゃないか!」
「はあ」
にわかファンだけど、コアちゃん並みの熱量を感じる。
紹介したいと思ったが、ダンジョンコア本体とつなぐわけにもいかないので断念する。
「それでその対策だが、相手はふたつだ」
「ふたつ、ですか?」
「うむ。ひとつは実際にダンジョンがあるビレン領、もうひとつは国だ」
出たよ国。関わりたくなりランキング1位。
「そのあたりを説明したいが、それにはひとつ条件がある」
「条件?」
「君たちも、私と魔法契約を結んでもらいたい」
「え?ヤですよ、そんなヤバそうなの」
私は本能で拒否した。
「そうなると、このダンジョンでの商売を許可できなくなるのだが?
温泉ビジネスも、ダンジョンの未来もなしだ。それでも構わないか?」
「ここ、ビレン領ですけど」
「だが客の入口はファーレン領だ」
ううう……。ユードラさんのいぢわる!
「……1時間ください。考えます」
私は緊急家族会議(+ディオさん)を招集することにした。




