14.ダンジョンダイエットの結末
「ふいいいい……」
温泉で思わず声が出るのは、異世界でも変わらない。
肌に染み込む魔力も温泉の匂いも素晴らしい。
隣でリリもとろけている。
「ミリねえ、気持ちいいねー」
「ねー。ディオさんも作ってよかったでしょー?」
「ですー。最初は変な臭いでびっくりしたですがー、慣れるとこっちもいいものですー」
火山ダンジョンのパーツから作った温泉は、濁りのある少し温めのお湯だった。
湯上りにはお肌ツルツルになるから、多分ちょっとアルカリ性。
実家の近所にあった日帰り温泉に似ている感じで、硫酸塩泉ってやつかもしんない。いや、ダンジョンパワーで作り出しているから、硫酸塩魔力泉か。
温泉は、予定通り旧コア部屋に設置した。
洞窟奥から続く通路は、私が命からがら這って進んだあの横穴じゃどうしもないから、デビリンが通れるくらいまで拡げて、突き当りのドアを開けると更衣室、あとは洗い場と浴室があるだけのシンプルな造りだ。
換気対策としてモグラ穴も少し拡げ、念のためディオさんに毒感知の魔道具も作ってもらった。まあ、魔素回収のため常時ダンジョンで吸収しているから大丈夫だけど、念には念を入れてね。
前世基準で見ても、立派な洞窟風呂と言えると思う。
浴室は少し拡張して、ふたつのお風呂を作った。
メインの浴槽は、予定より一回り大きく、20人くらいまでなら一度に入れる広さになった。
風呂の入口に近い方は、リリやディオさんでも安全に入れるように 浅めになっている。
その隣に、サイズが小さく深い浴槽がもう一つあり、そちらはデビリン専用である。
巨体のデビリンには人間用は浅すぎるし、抜け毛の問題もあるからね。
「ぐふぅ……」
デビリンはとても気に入ってくれて、今も肩まで浸かってうつらうつらしている。
改装費は、洞窟の一部を長方形に凹ませただけなので、予定と大差なかったし、維持費のメインはお湯の供給コストなので、夜間停止することで想定より低い1日12DPに納めた。
「さて、温まったので、ディオは歩いてくるです」
そう言ってディオさんが立ち上がった。
歩くとは水中ウォーキングのことだ。
温泉がいい気分転換になったのか、ディオさんはやる気を取り戻し、入浴毎に30分程度お風呂の中を歩き回るようになった。
消費カロリー的には100kcalくらいだと思うけど、今までほとんど運動してこなかったため、本人的にはかなりのハードメニューみたいだ。
その効果は、10日ほどで表れた。
食事制限と運動。ダイエットの両輪が揃い、やる気も復活したことにより、ディオさんは無事停滞期を脱した。
そこからは順調だった。順調以上と言ってもいいかもしれない。
最大の要因はディオさんのモチベーションが爆上がりし、研究が進んだことだ。
商会の製品である鑑定の魔道具を改造してカロリー測定の魔道具を完成させ、それを使って一日の摂取カロリー上限を1200kcalまで減らしたのである。
栄養バランスにも気を使い、マジックバッグに大量に保管した野菜もしっかり食べた。
お腹が空けばダンジョンパンがあるので、空腹に悩まされることもない。なんてったって安心のカロリーゼロだ。
天才研究者の本気の自己人体実験は、ダイエット開始から91日目、上方修正した目標値のクリアという形で結実した。
ディオさんの現在の体重は45kg、減量幅は脅威の33kg。もはや別人である。
身長が小さいので全く痩せている感じはなく、後半に時間を倍増させた水中ウォーキングによって、体は健康的に引き締まっている。
「ほんとに痩せたわねえ。王都で会った頃よりかわいくなったんじゃない?」
「えへへ。そういうエイダだって現役冒険者みたいでかっこいいですよ?」
往年の体型を取り戻したおばちゃんふたりが、臆面もなく褒めあっている。
そう、どんどんスリムになるディオさんに焦って途中参入した母さんにも、ダンジョンダイエットはしっかり効果を表したのだ。
美人の湯のおかげでお肌もツルツルである。
ダイエットトレーナーとしては嬉しいし、達成感もある。
でも、ダンジョンマスターとしては、喜んでばかりはいられない状況なのだ。
ディオさんがダイエットを成功させて自宅に戻れば、コアちゃんが「ディオさんを逃がしてはいけません!」と言っていた最大の理由、一日41DPの収入がなくなってしまう。
まもなく村の狩猟チームが戻って来るとしても、彼らの滞在DPは温泉増設で増えた運営費で消えてしまうほどしかない。
温泉を停止すればいいんだけど、温泉なしの生活に戻るのはつらい。
いよいよになったらそうするしかないが、それは最後の手段だ。
「ディオおばちゃん、ほんとに帰っちゃうの?」
危機感を共有するリリが引き留める。
「リリちゃん、ディオはおばちゃんじゃないです。ディオちゃんって呼んでください」
「呼んだらずっとここにいる?」
「うっ。気持ちは嬉しいですが、ディオはリムズデイルのお家に帰らなきゃならないですよ。
春になるので、お仕事をしなきゃいけないのです。
栄養学の本とカロリー測定の魔道具をたくさん売るです。
あ、大丈夫ですよ? 温泉にはちょくちょく入りに来ますから、寂しくないですよ?」
「わかった。お仕事頑張ってね、ディオおばちゃん」
「うっ」
リリは意外と厳しかった。
「リリ、残念ね。ディオおばちゃんは忙しって。
で、ディオおばちゃん、その魔道具と本は売れるの?」
母さんがここぞとばかりにおばちゃんを連呼しつつ尋ねた。
「もちろんですよ、エイダおばあちゃん。
新しもの好きな王都の貴族様に高く売りつけるので、すごく儲かるです。
あ、そうだ。ミリちゃん、契約書の確認をお願いするです」
「契約書?」
「はいです。栄養学関連商品の売り上げの分配契約書です」
私は差し出された紙に目を通す。
内容は、特許ライセンス使用契約的なものだった。
栄養学関連商品の製造販売の許諾。商品開発へ協力。販売協力。まあ普通だ。で、その対価は……。
「売り上げの15%!?」
「はい。前にミリちゃんは1割は欲しいって言ってたですが、ダイエットが大成功したお礼に1割5分にしたです。問題ないです?」
確かに、カロリー計算の魔道具の話をしているときに、そんなことを言った記憶がある。
てか、冗談のつもりだったのに、マジ話だったの?
「何言ってんですか!
私は前世の一般知識を話しただけで、魔道具制作には一切かかわってないのにそれはもらいすぎです!
しかも売り上げって、利益でなかったら赤字が増えるだけじゃないですか!」
「ディオが売り出すのに赤字はあり得ないです!
でもまあ、ミリちゃんが心配なら、利益が出てから分配するです」
そう言って、ディオさんはサラサラと契約書を修正した。
「はい。利益の3割にしたです。これなら安心です」
「いや、そんな」
「ミリ、貰っときなさい。
あんたの知識がなかったら作れなかったんだし、ディオはがめついけど真っ当な商売してるんだから、断るのは逆に失礼よ」
「ですです。がめつい商会長の言うことを聞いて、これからも商売のネタを提供するです」
母さんとディオさんに畳みかけられて、私が半分戸惑ったままサインすると、契約書が淡く光った。
契約魔法まで使ったガチ契約が成立してしまった。
なんという棚ボタ!
もしかして問題解決しちゃった?
お金が入ればまた魔石が買えるじゃん。
チートは貰えなかったけど、前世でダイエット失敗しててほんとに良かった!
この契約がダンジョンの大きな転機となることも知らず、私は新たな収入源の誕生を能天気に喜んでいた。




