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ザインは詠唱が終わると、『フライ』を発動して、空中に飛んだ。ワイバーンはザインに向かって火球を吐いた。ザインはそれを右に避けると、ワイバーンの胴体を狙って剣を突き立てた。
「やった。剣で斬ったぞ」
ザインは、一瞬剣がワイバーンの胴体を斬った感触があったが、ワイバーンはその攻撃を急上昇して躱した。ワイバーンの胴体の一部から赤い血は僅かに流れたが、ワイバーンはその傷を気にする様子もなく反転してザインに向かって降下してきた。そして、ワイバーンは降下しながら連続して火球を吐いてザインを攻撃した。ザインはワイバーンに向けて上昇しながらその火球の一つは左に、もう一つは右に躱した。両者は空中でどんどん近づいて交差するとワイバーンの羽からは赤い血しぶきが出た。
「ギイ~、ギイ~」
叫びながらワイバーンはぐんぐん降下していったが、地面に当たる前に急降下して、再び上昇した。ザインは上昇していたが、急に速度が遅くなり、上空で止まるとぐんぐんスピードを上げて頭から落ちていった。ザインは意識がなく胸からも血が流れていた。地面に頭をぶつかる寸前に、
「フライ」
ザインの詠唱の声が響いた。ザインの体を風が包み、ゆっくりと地面に降ろした。
「ふう。ワイバーンに一太刀入れようとした時に、奴の右足に頭が当たり気を失っていたか。その後で左足の爪で胸を引き裂かれたようだな。地面に落ちる寸前で気がついて助かった」
ワイバーンはザインが生きていることを上空から確認すると、火球を放ってきた。ザインは前方に走った。
「胸が痛い」
走りながら出血している。ザインは体が重たくて素早く走ることができなかった。
「ドカ~ン」
後ろの地面が吹き飛んだ。ザインはその爆風で前に飛ばされて、うつぶせに倒れた。ザインは胸を地面に打った。
「グァァァァァ」
ザインは大きな声で叫んだ。ザインは胸を両手で押さえた。衣服の胸の部分と、ザインの両手は血で真っ赤に染まっていた。
「くそ~。このままでは出血多量でもたない。なんとかしなければ」
「ザインさん門に入る前にこれを持って行ってください」
「何ですかこれは?」
「これは万能薬と、回復薬です。門の中では何が起こるのか分かりませんから、お守り代わりに持って行ってください」
「いいのですか。これ随分上等な薬でしょう。こんな高価な物いただけませんよ」
「大丈夫です。これは私が作った物ですから、タダですよ。それに、薬よりザインさんの命の方が大切ですから、危なくなったら遠慮せずにこれを飲んでください」
「ありがとうございます。それでは一本ずついただきます」
「遠慮しないでください。せめて三本ずつ持って行ってください」
「それでは、お言葉に甘えまして三本ずついただきます」
次第に意識を失っていくザインは、アイテムボックスから回復薬を取りだして飲んだ。胸の傷が次第に回復して、傷口がふさがれていった。それと共にザインの青白かった顔色も良くなり、元気を取り戻した。
(ありがとうヒメジさん。あなたのおかげで、再びワイバーンと戦えます)
ザインはその場に力強く立ち上がると、魔法を詠唱した。
「『サウザンドカマイタチ』行け」
ザインが叫ぶとワイバーンの周りに竜巻のような強風が吹いて、ワイバーンをのみ込んだ。ワイバーンはその中心で真空の刃を受けながら全身を斬られていった。ものの三十秒の出来事であったが、強風が収まると、ワイバーンはそのまま頭から地面に落ちた。
「これで、勝ったぞ。さあとどめだ」
ザインは剣を持ってワイバーンに近づいていった。地面に落ちたワイバーンはまだ生きていた。羽は無数に傷つけられてもう飛べそうもない、しかし、ザインが向かってくるのを見て火球を放った。ザインはそれを右に避けると、走りながら魔法の詠唱を行った。
「これで、どうだ『メテオ・ストライク』」
上空から無数の隕石がワイバーンに降ってきた。ワイバーンは避けることが出来ず、隕石が次々に体に当たった。ワイバーンはついに力尽きて目を閉じた。ザインはワイバーンの首まで来ると刀を振り上げて、首を切ろうと振り下ろした。その瞬間ワイバーンのしっぽがザインの背中に当たってザインを吹き飛ばした。ザインは剣から手を離してワイバーンの首にぶつかると、その場に倒れた。ザインはその場から立ち上がろうとしたが、背中が痛くて立てない。体もしびれてきた。
「しまった。ワイバーンのしっぽには毒がある。それをまともに受けてしまった」
ザインは起き上がろうと何度も試みたが、体がいうことをきかなかった。
「体よ、動け。さあ、動け」
いくらザインがもがいても、体はぴくりとも動かなくなった。ザインと同様にワイバーンもぴくりと動かなくなった。ワイバーンの首にはザインの剣が刺さっていた。それがワイバーンの息の根を止めたのは仰向けに倒れているザインからでも分かった。
(僕の人生もここで終わりか。彼女と結婚したかった……したかった……いや、するのだ。絶対するのだ。そのためにここまで頑張ってきた。ここであきらめたら、今までの苦労が全て水の泡になるじゃないか。生きるのだ。そして彼女の元に戻って、結婚するのだ。僕は結婚するのだ。結婚するのだ)
「えええい」
ザインは声を出した。しかし、体は動かない。
(結婚するのだ。絶対結婚するのだ)
「えええい」
ザインは、先ほどより大きな声を出した。しかし、体は動かなかった
(絶対結婚するのだ。僕は絶対結婚するのだ)
「こんちくしょ~。えええい」
ザインはより一層大きな声を出した。すると、右手の指先を少し動かすことが出来た。
(よし、動いた。俺は結婚するぞ)
「えええい」
動かないはずの体なのにザインは気力で上半身を起こした。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
ザインの前身から汗が噴き出てきた。
「やったぞ。もう少しだ」
(俺は、彼女と結婚するのだ~)
ザインは、アイテムボックスに手を突っ込むと、そこから万能薬を取り出して飲んだ。
(できた。これで戻れるのだ。彼女と結婚して幸せになるのだ)
ザインは、三十秒ほどそのままの姿勢で過ごすと、次第に体を動かせるようになった。ザインは立ち上がると、ワイバーンの首から自分の剣を抜いた。そして、生きて帰れることを喜び大きな声で、
「やったぞ~。僕は結婚するぞ~」
叫んだ。
知恵の門に入ったヒメジは、一時間ほど砂漠を歩いたが、モンスターは出現しなかった。その代わり、照りつける太陽と足元の不安定な砂浜がヒメジの体力を少しずつ奪っていった。
「暑いよ~。このままじゃ干からびてしまうよ~」
砂の山を、足をふらつかせながら歩いていたヒメジは足を滑らせて砂の坂道を転げ落ちていった。
「ワァァァァ」
ヒメジは底まで落ちたが、幸い全て砂なので、怪我をすることはなかった。立ち上がると再び坂道を登りはじめた。二十分後なんとか、砂の山に上まで登ると、ヒメジは全方位の風景を眺めた。全て砂漠である。いくら見渡しても人もラクダもオアシスも見つからなかった。ただ、砂、砂、砂があるだけの世界であった。




