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はじめまして。はじめて作品を書いてみました。つたない文章ですがのんびりゆっくりと物語を進めていきたいと思っております。
「ぐ ざ い ~ 」
男は指で鼻をつまむと周りを見渡した。茶色いものが周りに一面に覆われており、ぬるぬるしている。まだ足首までだけなら男は臭い匂いを我慢できたであろうが、仰向けに寝た状態で、全身がその茶色に覆われている。そのため、指で鼻をつまんでも、肌全体からその臭さが染み込んでくる。また、鼻をつまんでいる指も茶色いため、いやでも鼻から匂いが入ってくる。男は慌ててその場に立ち上がった。男の黒々した髪の毛から革靴のつま先まで、全身から茶色いものがしたたり落ち、男が身につけている紺のスーツやカッターシャツ、下着に至るまではすべて茶色に染まっている。
「ここは・・・」
男は自分がいる場所を把握すると、すぐさま立ち上がりそこから離れようとした。男が上を見ると穴があるが、三メートルほどの高さがあり出られそうもない。
「出口はないのかよ 糞・糞・糞」
男はその場で地団駄を踏んで怒り始めた。糞のしぶきが男の足元に飛んで服が更に汚れたが、男はそんなことはお構いなしに、
「なんで、こんな場所にいるのか理解できない」
少しぼやいた。そして、このままその場にいるわけにもいかず周りを見渡した。明かりはなく周りは暗くて、一寸先が闇の状態である。
「人生の終わりがこんな所だなんて最悪だ」
男はどうすることもできないことを知ると、脱力感にとらわれた。そして、走馬燈のように子どもの頃からの出来事を思い返した。
(ハイハイして動いた時、始めて立った時、一人でトイレに行った時・・・)
「そうだ。くみ取り場所を探せばいい」
男は手探りで動き始めた。水洗式とは違いボットン式は茶色いものを取り出す場所が別にある。そこから出られるかもしれないことに気がついたのだ。希望がわくと足取りも軽やかになった。
「どうか、身長が届く場所に出口がありますように」
男は神にでも祈るかのように、希望の言葉を口にしながら前進した。少し歩くと壁にぶつかったが周りは暗くて何も見えない。右を向いて壁伝いに一周することにした。
(出口はどこにあるのかな? 出口よ出ておいで)
希望を持つとかくれんぼをしている子どもを見つけ出すように、出口を探すのが楽しみになってきた。慎重に壁を左手で触りながらゆっくりと五、六歩前に進むと髪の毛に何か触れた。上を見ると天井が数センチメートの間近に見える。そして、斜め前方の天井にはマンホールのような丸い金属でふたをしているのが目に入った。
(これだ)
男は突起物がないか注意しながらおそるおそる両方の手のひらを丸い金属に近づけた。幸いにも男の手のひらに突起物が当たったような感覚はなかった。丸い金属に突起物が無いことを確認すると両手に力を入れて腕を伸ばした。
「ええい」
丸い金属は軽々と持ち上がり、丸い穴の隙間から月明かりが見えた。丸い穴がすべて開くように丸い金属を横にずらすと、男はその穴からよじ登って茶色のものがたまる暗闇から脱出することができた。外に出た男はすぐに丸い穴に金属のふたをすると、新鮮な空気をすった。そして、その場に座り、放心状態になった。
本来なら便所から脱出したことで、めでたしめでたしなのかもしれないが、外に出た男はなぜ自分がここにいるのか、そしてこれから何をすればよいのか見当がついていない。最悪、このまま悪臭とともに地面に倒れて土の肥やしになる可能性だってある。先だって悪臭をなんとかしなければならいと思いながらも、放心状態の男は座ったまま月明かりを頼りに周りを何気なく見渡した。目の前には中世ヨーロッパの城のような建物がそびえ立っている。後ろを振り向くと十メートルほどの幅がある満面と水をたたえた堀がある。堀の外には民家が建っており大きな町を形成していた。よくある異世界に召喚されたのだと思い、しばらく町を眺めていた男は、
「やっぱり、 ぐ ざ い ~ 」
言いながら、まずは体中のぬるぬるしたものをなんとかしなければならないことに気がついた。ゆっくりと立ち上がり、崖になっている堀の壁をゆっくりと降りていった。手足に力を入れて堀の壁から滑り落ちないように気をつけていたが、水面まであと数メートルのところで手を滑らせて足から水の中に落ちた。
「ドボ~ン」
水音がした。幸いなことに水音が小さかったことと夜中であったので、男が堀に落ちたことに気がついた者は誰も居なかった。やがて数秒経ったが、男は水面に落ちたまま姿を現さなかった。男がこのまま息絶えて死んでしまったのであれば、なんと茶色のものをかぶった不幸な主人公なのか。そして、主人公を早々に退場させてしまう血も涙もない作家であろうか。しかし、作家としては、ストーリーを進めるためにこの男にはまだ活躍してもらう必要がある。更に数秒後、男は水面にひょっこりと顔を出して、大きく空気を吸った。
「助かった~。水が深くて命拾いしたよ」
幸いにも男は無傷であった。小学校の時に着衣水泳の学習の時に、立ち泳ぎも一緒に習っていたので、なんとか男は両足を動かして顔を水面上に出していた。男は『ほっと』しつつしばらくその場で立ち泳ぎを続けていると、
「ぐ ざ い ~」
体から悪臭が漂ってきた。
(せっかく水に入ったのだから、体を洗おう)
男は、体中についた茶色のものを両手でこすり始めた。堀の水の色がみるみる茶色になっていった。しばらくこすっていると茶色い物は体からとれてきたが、次第に男の動きが鈍くなってきた。
「つ、つかれた。体がだるい」
体をこすることに夢中になりすぎて、立ち泳ぎをすることに疲れ始めたためだ。周りを見渡した男は、降りてきた堀の反対側に向かって泳ぎ始めた。反対側の堀の壁は坂になっており登り易い。男はそこから平地まで登って少し休憩するつもりである。泳ぐと男の後ろに茶色の波ができた。もし、堀をのぞき込む人がいれば、茶色の大きな三角のマントを着けた男が泳いでいるように見えるだろう。しかし男は周りを気にする余裕はなく無我夢中で反対の堀まで泳ぎ切った。息を、
「ゼイゼイ」
しながらも堀の壁をよじ登り、陸地にあがると倒れ込んでしまった。そして男はそのまま動かなくなってしまった。再び男がこのまま息絶えて死んでしまうシュチエーションではあるが、作家としてはまだ主人公を早々に退場させてしまう気はないので、再度ストーリーを進めることにする。数分後、
(ちょっと眠っていたようだ。これからどうしよう)
男は上半身だけ起こし、自分の体を隅々まで見た。水中で体を洗ったことと堀を泳いだことで茶色のものはほぼとれていた。少し安心した男は次に、男は自分の所持品を確認した。ポケットにあるはずの財布、ハンカチ、携帯、メガネはすべて無くなっており、どこかに落としてしまったようである。
「ない、ない、何にもない」
上着やズボンにあるポケットに何度も手を突っ込んで探したが、どこにも見つからない。
「そんな~。全部落とすなんて、これからどうしたらいいのか。はあ~、ついていない」
落胆しているところに、自分の体に染みついている匂いが鼻に襲いかかった。
「やっぱり、 ぐ ざ い ~ 」
茶色のものの悪臭と新たに堀にある水の匂い、おそらく汚水の匂いが入り交じり、とてもではないが人前に出られない。男は一段と深く絶望感にとらわれた。
(誰か助けて。神様、仏様、・・・後はわからないが誰でもいい。ヘルプミー)
夜中なので大声を上げることはしなかったが、両手を組んで男は心の中で強く願った。その願いが届いたのか、一瞬両手が光り出した。両手を開いて顔面まで持ってくると、右手の前に財布が左手の前にお札と小銭が現れてそれぞれの手に吸い込まれていった。そして男の頭の中で言葉が浮かんできた。
(オール クリエーション)
「なんだ、なんだ」
男は両手の手のひらや甲を交互に見るが、変わったところはない。次に両手を向かい合わせて、
「オール クリエーション」
唱えてみるが何も起こらなかった。
(何にも無いじゃないかよ。でも手に財布とお金が吸い込まれる不思議な現象を見たよな。・・・ん、ひょっとして私は堀に落ちた時、水面に頭を打ったからおかしくなったのかな)
そう考えながら、男は足下をふと見ると右足の革靴のつま先から底皮がはがれている。手でふさいでもすぐにめくれて、もう破棄しかないようである。男は靴を脱ごうと両手を右足の革靴に触れた時、
(オール クリエーション)
再び言葉が浮かんできた。男は、
(右足の革靴を直すように)
祈りながら、
「オール クリエーション」
唱えてみると、男の両手が光り、はがれた底皮がみるみる靴についていく。男は直った靴を脱いで丁寧に見ると、新品同様になっていた。
「ヤッホー 天は我を見捨ててなかった」
男は声をあげて喜んだ後、この現象について考えた。
(なるほど、したいことを念じ手のひらを向けて『オール クリエーション』と唱えれば、それが現実になるのか。ということは、この匂いもなんとかなるかも)
男は両手を頭の上にのせ心のなかで、
(匂いよ、消えろ)
念じながら唱えた。
「オール クリエーション」
男は期待を膨らませて自分の体の匂いをかいだが、
「やっぱり、 ぐ ざ い ~ 」
男は再び考え込んだ。
(したいことを念じるのは間違いない。ただ魔法のように何でもできるものではなく言葉の通りクリエーションつまり創造することができるということかな。それなら、この匂いを材料にして何か作ればいい。それでこの匂いもなんとかなるかも)
男は呪文を唱えた。
(臭い匂いの香水をつくれ)
「オール クリエーション」
男はすぐに体中の匂いをかくと不思議に悪臭は全て無くなっていた。そして、ずぶ濡れであったスーツやズボンは新品のように乾いて綺麗になり、かわりに男の足下には、臭い匂いのする香水が地面にばらまかれていた。




