なんのかんので幸せ………なんすかね?
結局、公女さまに請われるままに男爵家の普段の生活の話とか使用人や従業員の紹介とか、領内の代官に引き合わせたりとか、色々やらされるハメになったっす。何故だか旦那さまにもお教えしてやれって言われて、それでホントに公女さまに常に連れ回されるようになったっす。
そうこうしてるうちに、公女さまは旦那さまについて商売のイロハまで学ぶようになったっす。つうことはやっぱこれ、そういうことっすよね。
「公女さま」
「なあに?というかアントニアと呼んでいいと言っているでしょう?」
いや無理っす。畏れ多くて名前呼びとかホント無理っす。
「もう、構わないと言っているのに。わたくしたちは義姉妹になるのだから」
「………やっぱ、ご主…タイチさまを狙ってるんすね」
まあ薄々分かってたっす。たまにご主人が様子を見に領邸にやってくるたびに嬉しそうにして、いっつもお茶に誘ってらっしゃるっすもんね。
それ見てるの何となく辛いんで、そういう時はそっと離れて終わるまで見ないようにしてるっすけど。
「ごめんなさいね」
なんでか公女さまに謝られたっす。
「貴女が彼に想いを寄せているのは知っているわ」
…………………へ?
「けれども、わたくしも彼のことを好ましいと思ってしまったのよ」
呆然とする自分に向かって、手元のティーカップに目線を落として、申し訳なさそうに謝られたっす。
いやいやていうか!その前に!なんて言ったっすか!?
「そんなに驚くことないわ。貴女を普段から見ていれば彼を想っていることくらい分かるもの」
「そそそそそんなに態度に出てました!?」
そりゃあ小さな頃から歳も近くて一緒に育って、将来は彼の片腕として役に立てるよう励みなさいって教えられて来て、ずっと同じ時を過ごしてれば当然っつうか。
でも態度に出さないようにずっと気を付けてたんすけど!?ご主人は商会の跡取りなんだから、絶対にどっかの貴族のご令嬢と政略結婚するもんだと思ってたし!
それがまさかの公女さま、公爵家だったっつうのは魂消たっすけど、だからなおさら隠したまま墓場まで持って行こうとしてたのに!
「安心なさい、気付いたのは多分わたくしだけよ」
「えっ?他の人は………?」
「心配いらないわ。タイチさまはもちろん、使用人の皆も旦那さまも誰も気付いてないもの」
「そうですか、そりゃ良かっ………いやじゃなくってですね!?」
じゃあなんで公女さまにバレてるんすか!?
「同じ殿方を慕う恋敵だもの、見てれば分かるわ。だからわたくしはね、貴女にもきちんと許可を取りたいの」
「いやいや許可だなんてそんな!?」
「あら、当然でしょう?ずっと傍にいた貴女からすれば、わたくしは突然横から現れて愛しい人を攫う悪女なのですから。恨まれても仕方ないわ」
だから貴女にもきちんとお話して、認めてもらわなければいけないと思うの。
公女さまはそう言って、真っ直ぐに見つめてきたっす。その目がとっても真摯で、強い意志を秘めていて。
それ見て、敵わねえなあ、って思ったっす。それまで誰にも言わずに自分ひとりで抱えて、そう、ご主…タイチさま本人にさえ言ったことのないヘタレな自分なんかじゃ、到底太刀打ちできねえって気付いちゃったっす。
「恨むだなんて、とんでもねえっす」
だから精一杯の笑顔で、公女さま…アントニアさまに告げたっす。
「アントニアさまなら、絶対にタイチさまを幸せにしてくれるって分かるっす」
アントニアさまのお顔が、少しだけ不安げだったお顔が、次第に目を見開いていって頬が染まっていって。
「だから自分からもお願いしたいっす。タイチさまを、商会を、よろしくお願いするっす」
そうして深々と頭を下げたっす。堪えきれずに涙が足元に落ちたっすけど、見られてないことを願うっす。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから半年ほどでアントニアさまはご主人を口説き落として婚約にこぎつけたっす。ご主人はどうにもむず痒そうに、照れ臭そうにしてたっすけど、その割に満更でもなさそうで。
まああんなに綺麗で凛々しくて可愛らしい方から懸想されて、嬉しくない野郎なんていねえっすからね!ホント1回爆発しろっす!
アントニアさまご本人だけでなく、旦那さまも乗り気だったし何より公爵閣下が大喜びで、この婚約を妬んで茶々入れようとしてくる貴族たちを片っ端から排除して回ったらしいっす。しまいには王家にまで認めさせて。………まあ王家には商会からも色々根回しして、いつの間にか“王室御用達”の免状までもらっちゃって、ヨロズヤ商会は我が国一番の大手商会になってたっすねえ。
公爵家との縁組が認められたのって、多分それも後押しになったと思うっす。ていうかそもそも王家には横槍入れる権利もねえっすからね。
それから約1年で、おふたりは盛大に婚姻式を挙げられたっす。自分も侍女として………じゃなかった義妹として、しっかり祝わせてもらったっすよ。
「これでやっと、わたくしたちも姉妹になれたわねディアーヌ!」
「はい、アントニアお義姉さま!」
自分、結局正式にヨロズヤ男爵家の養子になったんすよ。形式上の制限付きの猶子じゃなくって、実子に準ずる、後継者の権利も与えられる養子にしてもらえたんす。
だからご主…タイチさまとも正式に兄妹っす。まあそれでも血の繋がりのない義兄妹っすけどね。
アントニアさまとの仲はすこぶる良好っす。タイチさまとは今までどおり、接し方を変えないでいられる自信はあるし、何よりお義姉さまの旦那様になるんだし、自分も負けないように先に進まないとダメっすね!
「さ、次は貴女よディアーヌ」
「へっ?何がっすか?」
「もう!何がではないでしょう?貴女だって佳い殿方を見つけて幸せにならなければね!」
「うええええ!?じ、自分はいいっすよぉ〜!」
「ダメよ!わたくしたちは皆で一緒に幸せになるのよ!」
「ひえええええ!?」
「それで早速だけれど、公爵家の護衛騎士の彼とかどうかしら?貴女最近よく話してるでしょう?」
あああのそれは剣技とか魔獣との戦闘技術とかの話をしてるだけで………!
「確認したら彼も満更でもなさそうなのよね」
「いや展開が早すぎっす!」
そんな彼がアントニアさまの輿入れと同時に公爵家から商会へ移ってきて、それからずっと自分に甘ぁい目を向けてくるようになっちゃったんすよ!なんなんすかこれ!むず痒いんすけど!誰かどうにかして欲しいっす〜!
義妹兼使用人兼冒険者兼公女さまのお友達、そんなディアーヌちゃんに幸あれ。