27.天体観測の想い人
「別役さん、こっちだよ」
「うん、今、行く」
高3の夏は何かと忙しい。だって、受験生だよ受験生! 毎日新しい知識を詰め込みながら、1・2年で習ったこともしっかりと復習する。特に夏休みなんて、復習の好機だから、進学校でもあるうちの高校は、課外授業をあれこれとしてくれてる。お父さんに頼み込んで申し込んだ予備校の授業もあるし、控え目に言って死にそうだ。それなのに、推薦がもらえそう、と余裕顔の梓ちゃんがうらやましい。
そんな夏休みに、私は学校の屋上にやってきている。天文地学部の天体観測に参加するためだ。
あれから、散々悩んだ(フリをした)私は、天文地学部に入部した。七ツ役くんの言った通り、イベント限定の部員だけど、思ったより温かく迎え入れられた。
そんな私は天体観測はまだ2度目なので、慣れない手つきで部の備品である天体望遠鏡を設置する。今日の最初のターゲットは白鳥座だ。
「二重星って、自分で見るのは初めてだから、すっごいワクワクしてるんだ」
「分かる。写真とか映像で見るのとは違うよね」
「うん、最初にここで月を見せてもらったとき、震えたもん! 本当にえぐれてる!って」
「本当に別役さんって、面白いよね。いつだったかの湿気といい」
「七ツ役くん、ひどくない?」
だってクレーターってえぐれてるんだよ? 本当だよ? すごくない?
慣れた手つきの七ツ役くんのサポートを受けながら、天体望遠鏡を目指す白鳥座のアルビレオに合わせる。はっきり言おう。難しい!
「うぅ……、こっち? こっちでいいのかな」
「別役さん、落ち着いて」
苦労して照準を合わせてみたら、すごい感動した。いや、語彙力なくて申し訳ないけど、本当に感動した、としか言えない。
「本当に黄色と青だ……、銀河鉄道だ……」
「銀河鉄道?」
「宮沢賢治の銀河鉄道の夜だよ! 知らないの? サファイアとトパーズがくるくる回ってるんだよ!」
「ごめん、知らない」
七ツ役くんと以前より親しく会話するようになって分かったことがある。星座の由来になったギリシャ神話とかはちゃんと押さえてるんだけど、それ以外は全然なんだ。っていうか、今の部員たちがほとんどそれだよ!
「時間あったら読んでみて。途中欠落部分があってモヤモヤするかもしれないけど、天文好きなら楽しめると思うから」
そんなことを言いながら、随分と前に読んだ話を思い出した。
内容はうろ覚えだけど、天文のスペシャリストが藤原定家の残した千年ぐらい前の記録から超新星爆発のデータをゲットした、的な。確か、その分野だけにとどまらず、広い視野が必要とか、広い分野での協力が必要、みたいな話だったと思う。まぁ、ガチ理系の人が、平安時代のエッセイなんて読まないよな、と当時は納得してたっけ。
「この間、部室に寄ったときにも思ったけど、天文関係はやっぱり写真集とかギリシャ神話の本に偏ってたよね」
「本当に七ツ役さんって面白いよね。もっと早くうちの部にスカウトすれば良かった」
「え?」
私と場所を交代して望遠鏡を覗きこんでいた七ツ役くんに突然言われ、素っ頓狂な声を上げてしまった。ちょっと恥ずかしい。
「別役さんのおかげで今年の文化祭の出し物も無難に終わったし、もっと早くスカウトしてたら、別のものができてたんじゃないかなって」
「それは買いかぶり過ぎだよ。むしろあの展示良かったよ」
今年の文化祭、天文地学部は星雲の説明展示で終わった。プラネタリウム? 準備期間および資金不足ということで却下されたらしい。じゃぁ、来年に持ち越すのかと言えば、来年はそこまで熱意のある部員がいないらしいので、来年もおそらく展示になるんだろう。
「他にはない、っていう独自性を打ち出すなら、中国の二十八宿をまとめるとかにすればいいんだよ」
「にじゅうはっしゅく?」
私は従姉の家にあった古い少女漫画を思い出しながら、覚えてる限りの名前を連ねた。青龍・玄武・朱雀に白虎、それぞれに7人ずつの……あぁ、懐かしい。
「そういえば、野尻抱影さんの著書で触れてたかも……。聞き覚えがあるような、ないような」
「あとは北斗七星もそれぞれに名前があったと思うよ? 貪狼とか破軍とか」
こっちは比較的最近の少年漫画の知識だ。ちなみに私は廉貞の星を持つ軍師キャラが好きだった。まぁ、持つべきは漫画好きの従姉と兄だね。
「よくそんなの知ってるね。やっぱり元から星に興味はあったんじゃない?」
「違う違う。元々は星の知識じゃないもん」
こんな風に七ツ役くんにからかわれるのは毎度のことだ。あくまで七ツ役くんが地学天文部にいるからこそ、私もこれらの知識を仕入れたんだと言ってもなかなか信用されない。いや、分かっていてからかっているかもしれないんだけど。
「……来週から、申し込みが始まるけど、やっぱり別役さんも受けるの?」
「もちろん!」
七ツ役くんががらりと話題を変えて口にしたのは、気象の名を関する大学なんだか公務員なんだか分からない某難関校のことだ。調べたら東大レベルだって言うし、試験の内容も普通の大学とは一線を画しているので、先生に受験したいと告げたところ、すごく微妙な顔をされた。挙句の果てに「あぁ、記念受験か」とまで。ひどいと思う。まぁ、私も選択問題や作文だけならともかく、記述式の過去問を見たときに眩暈がしたから、先生の方が正しいのかもしれないけど。
「無理に理系大学で頑張らなくても、気象予報士の資格を取るサポートをしてる文系大学もあるよ?」
「だって……、同じ大学に行けたらな、って思ったし」
去年の12月にフられたけれど、諦めてはいない。もちろん、そのことを七ツ役くんも知ってる。知っててこんなことを聞くんだから、ひどい人だよ。でも好き。
「じゃ、さ」
望遠鏡をまた別の星に合わせながら、七ツ役くんが呟く。
「俺があの大学に受かって、君が気象予報士に合格したとする。そうしたらね、就職の面接でこう言えばいいと思うよ。『私のウリはあの大学に行ってる友人がいることです』って」
「……友人、なの?」
「それは、まぁ、これから次第、かな」
これから次第!?
そんなこと考えられないって、私のことをフった人の口から、「これから」なんて言葉が聞けるなんて!
「できた。覗いてごらん……って、別役さん!?」
「だ、大丈夫」
「いや、どうしたの。そんな顔押さえて」
「なんでもない。ちょっと、色々耐えられなくて」
「え? もしかして寒い? 上着持ってきた?」
「大丈夫。大丈夫だって」
私の想い人は鈍感過ぎる。だけど好き。
これにて完結です。お付き合いいただきありがとうございましたm(_"_)m




