143話 『魔王に見つかったらどうなるかの一例』
「僕は今、泥の体では出来なかった遊びを楽しんでいるよ」
泥人形に乗っ取られている桜が、言葉通り楽しそうな表情で弟妹へ語る。
彼女はタピオカミルクキャラメルコーヒーを飲み終わり、次はタピオカトロピカルミックススムージーを飲んでいる。テーブルの上にはチーズケーキとショートケーキとブルーベリータルトとシュークリームとアップルパイ。
泥人形の頃には出来なかった、美味しい物を食べたり飲むという行動に興味深々であるらしい。
既に満腹に近いが、構わず詰め込んでいる。
桜本人が気付いたら、さぞ怒り狂うであろう。
「食べるコトは勿論。笑うコト。眠るコト。些細な全てが面白い。泥のように簡単にこねくり回して変形したりは出来ないけど……でも、そんな不便ささえも楽しい」
そう言ってもりもりと食べる桜に対し、テルミと莉羅は相変わらず警戒の目を向けている。
ただし二人の手にはオレンジジュースのグラスが一つずつ。桜が弟妹の分も注文したのだ。
スイーツがたくさんあるのも三人分のつもり。結局、桜が全部一人で食べているのであるが。
「どうしたんだい。一緒に食べようよ。みんなで食べると仲良くなれる――それはこの地球の人達も同じだよね?」
泥人形は、生まれ故郷で学生達とランチを取っていた時の事を思い出し、小さく微笑んだ。
テルミと莉羅は、言われるがまま仕方なくジュースだけを飲む。兄妹同時にストローに口を付け、同時に吸い、同時にゴクリと飲み込み、同時にストローから口を離した。
「あはは、さすが兄妹だね。仕草がそっくりだ」
と笑われ莉羅は何だか少し気恥ずかしなり、「……むー」と唸りもう一度ストローに口を付け、ジュースを勢いよく飲んだ。
テルミは動じず、ただ『今の桜』の言動を注視する。今は見るしか出来ない。
「もっと、生物にしか出来ない事を色々やってみたいんだ」
桜はお喋りを続けている。
「子供も作ってみたいな。当然出産も。せっかく女性の身体なんだから」
その突然の発言に、テルミと莉羅は大いに慌てた。
「やめてください! 姉さんはまだ十代……いやそもそも本人の意思と無関係に、勝手に姉さんの身体でそのような……」
「じゃあ、桜とテルミで一緒に子供を作ろうか」
「ぶふぉー」
莉羅がジュースを盛大に噴き出し、咳き込んだ。
テルミはハンカチを取り出し、妹の上着を拭く。
兄が拭きやすいように服を摘まみ上げながら、莉羅は無表情で桜をじっと睨んだ。
「悪質な、冗談は……えぬじぃ……!」
「冗談? でもこの星の生物も、血の繋がった姉弟同士で子を成すコトは出来るはずだよね?」
「出来るけど……問題は、生物学的な、トコじゃ……ない……もん」
前のめりになって否定する莉羅の頭を、桜は小さく笑いながら撫でた。
泥人形も桜と共に十八年間この星の常識を学んでいたのだ。問題点が倫理にあるなど勿論分かっている。ただ莉羅をからかっているだけ。
莉羅もそのからかいに気付き、そして「無視する」という宣言を早くも破ってしまった事にも気付き、不貞腐れてまたストローに口を付けた。
「さっきも言ったでしょ? 僕は桜の望みを叶えてあげたいって」
桜は莉羅の髪から手を離し、ふと真面目な顔になる。
「テルミ。桜はキミと子供を作りたがっていた。姉弟なのに。いや桜くらい優秀な女性だからこそ、同じ遺伝子に惹かれているのかもしれないね。とにかく桜はキミに何度も何度も要求していたはずだけど? ふふっ、性行為の寸前までやったコトもある」
「ぶぶふぉー」
莉羅の口から、再びオレンジジュースが飛び出した。
◇
一方その頃。
インモラルな心中をぶっちゃけられてしまった、本物の桜は、
「ぴゅにゃろーぴゅにゃろー(半泣き声)……! こ、この心の保湿クリームである安山岩・タコ世紀末様が……貴様をと、とおさな……」
「天破活殺!」
「もうヤダぴゅにゃろー!」
相変わらず、邪魔者ならぬ邪魔タコ達を蹴散らしていた。
タコロボット達はもう桜にはどうしても勝てない事を悟り、及び腰になっている。
だが邪魔せずにはいられない。それがガーディアンの辛い宿命なのである。
「タコには飽きたわ……早く出口に着きなさいよ。もう! もう! あほんだらボケェ!」
自分の深層心理に悪態を付きながら、先へ進む桜であった。
◇
「テルミはどうだい。桜と子供を作りたいだろ?」
「ぼっ、」
変な質問に、つい噛んでしまったテルミ。
大きく息を吸い、冷静さを取り戻す。
「僕はそんなこと考えていません。姉弟なんですよ」
「へえ。そうなんだ」
首をかしげながら、桜はチーズケーキを平らげた。
フォークを置き、軽く背伸びをし「うーん」と気持ち良さそうに唸る。大きな胸が服に圧迫され、窮屈そうに布が伸びる。
「桜には『望み』が多かった。でもそれは夢とまではいかないものばかり。つまり長期の具体的将来像では無く、漠然とした刹那的な望み」
突然真剣な目になり、『桜』が『桜』の事を語り始めた。
テルミと莉羅は黙って聞く。
「勉強で一番になりたい。スポーツで一番になりたい。格闘技で一番になりたい。乗馬で一番になりたい――同じ望みを長期的な目標、つまり夢として掲げる人もいるけどね。でも桜は違う。単にテストや競技をやっているその間だけ他人に負けたくないと思うだけさ。他の望みは……そうだね、人気者になりたい。取り巻きを引き連れて歩きたい。弟とセックスしたい。そして――これが一番、漠然としている望みなんだけど……」
一寸溜め、勿体ぶって言う。
「ヒーローになりたい」
次の瞬間、「きゃあああ」という悲鳴。
テルミが声の方へ振り向くと、人だかりの中に男が倒れている。
「た、大変です。病人でしょうか……」
「いやああああ!」
「えっ?」
更に、別方向からも悲鳴が上がった。
やはり人だかり。そして先程とは別の男が倒れている。
また悲鳴。
三人目の倒れる男。
悲鳴。次は女だ。
そしてまた男。最後は悲鳴も上がらなかった。
計五人が突然倒れたのである。
彼らは皆、サングラスと大きめの風邪マスクを顔に装着している。
何が起こっているのか分からず、誰を最初に助ければ良いかも判断出来ず、テルミはとにかく最も近い、二番目に倒れた男の元へと向かおうとする。
しかし足を踏み出した途端に野次馬内から興味深い声が上がり、テルミはついそちらへ顔を向けた。
「死んでる……けど……こ、こいつは指名手配中の暴力団員……脱獄犯の山田じゃあないか!」
その台詞に、野次馬達が一歩後ずさる。
死体が脱獄犯であると見抜いたのは、居合わせた刑事二人組、その歳を取っている方だ。
最初に倒れた男を介抱するためサングラスとマスクを取った所で、指名手配犯であると気付いた。
刑事は警察手帳を周囲に見せ、野次馬達に「スマホで撮るな!」と威嚇する。
若い方の刑事が、「もしかして……いや馬鹿な……」と呟きながら、他の倒れた男女の顔をどんどん確認していった。残り四人も全員既に事切れている。
「……先輩! こいつら全員同じ組の奴らですよ。組の代紋入りバッジ付けてる! やっぱりここで落ち合おうとしてたんですよ!」
やっぱり、という台詞。
この刑事達はタレコミの情報を元に、ここで張り込んでいたのだ。
「ぬぁにぃー!? でもそれがどうして一緒に死んだんだよ」
「分かりません! あっ分かった! 俺分かっちゃいました! 自殺じゃないっすか自殺ぅ。逃亡生活に疲れた者達が集まって、毒を飲んだ」
「あっそうか……うん、いやあ俺も今そう言おうと思ってたんだ。俺の方が先に推理してたんだけどなー」
「いやでも自殺なら、こんな中途半端に離れた場所で個々に毒を飲むのはおかしいか。一つの部屋に集まって練炭を焚いても良い訳ですし。となると、暴力団の暗殺者がどこかに隠れていて、狙撃した……」
「お、おおおそうだよなあ。これはね、これは暗殺かもー……な。うん。俺も最初にそう思ってたんだけど、お前が気付くかどうか試してたんだよなー」
「おっとでもでもやっぱり待ってくださいよ。みんな外傷がありません。やはり服毒自殺……」
「うーん。うん。だよねだよね。俺が思ってたのと同じこと言うんだもんなーお前。成長したな」
そこでようやく、近くの交番から常駐警察官達がやって来た。
野次馬達に死体へ触れないよう注意し、現場保存を開始する。
まもなくパトカーや、一応救急車もやってくるだろう。
「桜はヒーローだから」
桜が、ポツリと呟いた。
「重大犯罪者達が集まっているトコを発見したら、手を出さずにはいられないはずさ」
「……あなたが殺したのですか?」
「うん。楽に死ねるよう、心臓を止めてあげたんだ。感知能力で、彼らが凶悪犯だってことはすぐに分かったからね。この感知能力、桜はまだ取得していなかったけど」
桜は横目で、死体と警察関係者達を眺める。
「殺人。強盗。麻薬売買。売春あっせん。その他いっぱい。色んな悪さをしてる人達さ。今日もこれから悪いコトしに行くつもりだったみたい。一人二人なら見逃してもいいけど、五人も集まると……桜なら絶対に見逃さない」
戸惑っているテルミに目線を向け、桜は小さく可愛らしい動作で首を傾ける。
「でしょ?」
桜は涼しい顔で、ブルーベリータルトを食べ始めた。




