魔王(わたし)と勇者(かれ)
とりあえず、完結しました!
超不定期て、文章もぐちゃぐちゃでした……。お付き合いいただいた方、本当にありがとうございました!
「あれ、ここどうなったの」とか「ここの説明されてないわ…」とか、色々不備があると思いますので、足りないと思った部分を見つけたら、番外編を作って潰していこうと思います。すみません…。
もし気付いたことがありましたら、ご一報いただけると嬉しいです。
どこまでも青い空。ほんのり磯の匂いが混ざった涼しい風。眼下に広がるのは、太陽の光でキラキラと輝く海。
わたしが魔王に就任してから、5年。長いようであっという間のようで。でも、この景色を見るとその変化をありありと感じる事が出来る。
以前、黒煙の島と呼ばれていたこの場所は、白垣の島と呼ばれているらしい。人の住む地域からこの島を見ると、岩が白く見えて城壁のようなんだとか。
魔王城の屋上から見ていると、ふと大きな船が島に向かってやってくるのが見えた。船には見覚えのある、ギルドニア国の紋章。思わず口元に笑みが浮かぶ。
人間と共存する世界を作る。
ウィナードさんとの約束を守る為に、雷翔や白亜様、おばば様に協力してもらいながらここまでやってきた。他国と協定を結んだり、友好を深める為に行き来したり、とにかく必死に動いてきたと思う。でも、動いてみると意外な事も沢山あった。
一番大変だと思っていた「島の人から理解を得る」事が拍子抜けするほどあっさり終わったり、逆に書簡のやり取りでは友好的だった国との交渉が中々進まなかったり。
それでも、魔族と人間との交流が公に行われるようになって、まだ数か月に一度のペースではあるものの、島と行き来する船が出るようになって。わたしなりに頑張ってこれたとは思う。
「おい」
ずしりと背中に重みがかかる。
……うん。これはあれだ。
「……重いです」
わたしの非難に動じることなく、むしろ余計に重みをかけてくる、というかぎゅうぎゅう抱きしめてくるジェイクさん。なんだ。なんかいつもよりべったりしてくるんですけど。
「あの、そろそろ準備しないと。久しぶりにウィナードさん達が来るんですよ?」
「余計な奴も来る」
余計? ……あれ、もしかして。
「ジェイクさん……コウガ様が来るからくっついてます?」
「五月蝿い」
……当たりっぽい。
思わず赤くなりながら、肩に乗った頭をぽんぽんと叩く。
「心配しなくても、コウガ様はもうわたしなんて眼中にないですよ。リリアナちゃんを連れてくるって手紙にありましたし」
どうやら、リリアナちゃんは最終的にコウガ様を掴まえる事に成功したらしい。彼女からは勝ち誇った内容の、でも思い切り浮足立っているのが分かる手紙が送られてきて、思わず笑ってしまった。あの一方通行の愛情がどんなふうに変化しているのか、今から会うのが楽しみだ。
でもまあ多分、あっちも同じことを思ってるだろうな。
人間の国で、わたしは「白の魔王」と呼ばれているらしい。そして、いつも「黒の従者」を引き連れていると。
どう考えても、立場はわたしの方が下なんですけどね。まあ、公の場では王位についているわたしが椅子に座って、ジェイクさんが傍に立ってることが多いから、そんな風に言われるようになったんだと思うんだけど。
そんな状況のせいか、世間では『魔王』と『従者』の関係について色々な憶測が飛び交っているらしい。雷翔がにやにやしながら見せてくれた記事には、「従者は魔王に命を救われ、恋情を抑えながら絶対の忠誠を誓っている」とか書かれていて、ご丁寧に挿絵までついていた。(本人たちとは似ても似つかない美女と美形にされていた……)読んだ瞬間、口に含んでいた紅茶を吹き出しちゃうし、白亜様は無言で修復不可能な程ビリビリに破いていた。他にも色んな内容のものがあるぜ、と楽しそうに言っていたけど、耳を塞いでおいた。聞かなくても分かる。絶対碌でもない内容だ。
実際の所どうなのかというと、わたしとジェイクさんの関係は何も変わらないままだ。
名前を握られているわたしと、握っているジェイクさん。所有物と所有者。そんな感じ。でもよく考えてみると、最近抱き枕にされる状況は減ったように思う。代わりにこんな風に抱きしめられたりくっついてこられることが増えたような。……いや、あんまり変わんないか。横になってるか縦になってるかの違いか。
どちらにしろ、ウィナードさんやコウガ様に追及されたところで、「何も変わってないです」と答えるか、この状況を見てあっちが理解することになるでしょう。
「ほら、ジェイクさん。行きましょう! そろそろ船が着きそうですよ」
ぽんぽんと腕を叩くと、思いの外すんなりと離してくれた。
珍しい。と振り向くと、こっちを見下ろす青い瞳と目が合った。
「真珠」
「? はい」
「俺はお前の名をもらっている」
「ええ。そうですね」
「だから、お前ももらえ」
「……は?」
きょとんとするわたしの前で、ジェイクさんが突然跪いた。
さっきまで考えていたせいか、脳裏にあの記事の絵が浮かぶ。同時に、白亜様から「名を差し出すという事は、相手に命を渡すのと同じことだ」と苦言を呈された声が耳の奥で響いた。
「俺の名はジェイク・レイン。この名を真珠に差し出す。お前が俺の物であるように俺はお前の物だ」
心臓がバクバク鳴っているのが耳に響く。
ジェイクさんの名前を受け取れば、わたしはジェイクさんと同じ立場になれる。それは今までの関係が変わるという事。
甘んじる事が出来ていた所有物の立場から、自分からも手を差し出していく立場に。
「受け取れ」
手を差し出される。
相変わらずの命令口調。断る事だって出来る。それを選ぶのは――わたし自身。
もう所有物と所有者には戻れない。断れば、ジェイクさんはわたしに名を返して帰っていくんだろう。そして受け取れば――受け取れば、どうなるんだろう?
「いきなり……こんな風になるなんて、思っても無くて」
「ああ」
「混乱してます。凄く」
「そうだな」
「よく、分からないけど。受け取らないと、ジェイクさんはいなくなる……じゃなくて。受け取れば、ジェイクさんは一緒にいてくれるんですよね?」
わたしの質問に、ジェイクさんがにやりと笑う。
……すごく馴染みのある笑い方。
それを見た瞬間、なぜだかストンと納得してしまった。
この人と離れるのは嫌だ。
伸ばされた手に手を重ねながら、頭のどこかでこれから来るウィナードさん達とコウガ様に何と言おうか考えていた。




