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神華  作者: 栖坂月
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初仕事編 03

「今晩のメニューは餃子でございます」

 大きなテーブルには淡雪よりも尚白いテーブルクロスがかけられ、その端っこに用意された樫の木の椅子にチョコンと腰かけたイツカの目の前に、これまた白い大皿に盛られた餃子が静かに置かれる。

 数は十個、少々焦げているが立ち上る湯気と香りは食欲を誘う。

「うん、美味しそうだ」

「左様でございますか」

 タキシードに身を包んだ完全執事スタイルの響士郎は微笑んでいる。

「でも、これだけ? ご飯とか味噌汁とかないの?」

「それぞれ千円になりますが追加注文なされますか?」

「定食ですらないのか……まぁ餃子なら肉だけとかよりはマシだけどさ。あ、えっと箸は?」

「箸は一本千五百円です」

「そこも金取るのかよっ」

「大切な血税ですので。ちなみに一膳ご注文なら二千円と大変お得になっております」

「最初から二千円って言って!」

 一本の箸など、ただの棒である。

「もういいわかった。手で食べる」

「皇太子ともあろうお方が手掴みとは……落ちぶれたものです」

「誰のせいだよっ!」

 ツッコミで更に腹が減る。これは由々しき事態である。

 ともかく腹を膨らませてから文句を並べようと判断し、イツカは右端の一つを摘んで口に放り入れた。タレがないので皮は味気ないが、それでも溢れ出る肉汁の塩気で十分に美味しい。

 彼の不満はとりあえず解消された。

「美味い」

「左様でございますか」

 響士郎は何やらメモを取っている。

「何書いてるんだ?」

 そう聞きながら二つ目を口に入れる。

「んおっ、何だこれ。プチプチしてる」

「キャビア入りですね」

 言いつつメモが進む。

「きゃびあ? え、それってあの目茶苦茶高い地球産のヤツ?」

「その餃子は二万円になります」

「マジかっ!」

 極めて悪質な罠である。これを焼いた人間は間違いなく人の皮を被った悪魔であろう。

「あ、ちなみにそれ私が焼いたから」

 響士郎の背中からひょっこりと志麻華が顔を覗かせる。

「おいおい、こんな地雷がまだあるのか?」

「心配しなくても大当たりは一つだけよ」

「そうか。まぁ食ってしまったものは仕方がない。諦めて残りをいただくか」

「まぁ、その全てに私の愛情が上乗せされているから、追加料金は発生するけど」

 口に放り込みかけた餃子がピタリと止まる。

「えっと、ちなみに聞くけど、その愛情っておいくら万円だ?」

「三十億円」

「お前の愛情高えぇぇぇええぇぇぇっ!」

 パチリと目が開く。

 白くて高い天井が見えた。

「……夢か」

 悪夢だった。

 頭を抱えて悩まずとも、こんな夢を見た原因はわかっている。昨日志麻華に突きつけられた一言のせいだ。

 お手元金というのは大雑把に言えば皇室関係に使用される生活費を含めた関係者所有の金銭の総称である。皇室予算が国会の承認によって決するのは日本と変わらないので、上限はもちろん存在するものの、公務に当てられる費用以外の内情は公開されていない。むろん私費も兼ねるお手元金も然りである。

 志麻華は、その生活費の内訳すら公開せよと言っているのだ。

 もっとも、餃子一皿で予算を食い潰すような事態など公開するしない以前の問題ではあるのだが。

「ん?」

 悪夢を振り払うように頭を振りながらベッドを降りたイツカは、カーテンの向こうから女性の声が響いてくることに気付く。そもそも目が覚めたのは、この声が原因であるようにも思えた。ある意味、悪夢から救ってくれた恩人である。

 一体誰がと思いつつカーテンの隙間から覗いてみると、目聡く彼の姿を見つけたジャーラと目が合った。

「あ、おはよー殿下」

 遠慮もなければ躊躇もない。ついでに言うと敬意に至ってはないどころか馬鹿にされているような気さえするイツカだった。

「あ、うん、おはよう」

 寝起きの自分を見られることを少しばかり躊躇したものの、無視するワケにもいくまいと判断して窓を開け、寝癖を撫でつけながら挨拶を返す。

 早朝特有の朝露を含んだ秋風が部屋に吹き込み、いささか寒い。冬はまだ先だが、冬支度はそろそろ始めなければならない頃合だろう。

「お早う、ございます、殿下」

 ジャーラの隣に立っているメイド姿の女性が、深く丁寧に頭を下げて挨拶をする。

「あ、おはよう。えっと……シオンだっけ?」

「ありがとう、ございます。お名前、憶えて、くださったのですね」

 彼女は人間ではなくノヴァータと呼ばれる人間型の生活支援型アンドロイドである。見た目には人間と言うよりも大きな人形、というよりフィギュアのような造形であり、二次元から描き起こした三次元モデルに近い。

 ノヴァータは技術的な困難はほぼ克服されているものの、倫理的な側面から一般普及を妨げられているという、いささか不遇な存在である。所有するには登録や資格を必要とし、かかる税金も法外である。そのため個人所有しているのは一部の資産家くらいで、大抵は企業や公共機関に所属している。一般人が目にするのは企業の受付やレンタルサービスによってがほとんどだった。実際イツカも、小学校の頃に企業見学をした際に見かけたことがあるだけだ。直接言葉を交わしたことは一度もない。

 そんなノヴァータが、この上川離宮には四体もいるらしい。ほとんどは裏方でまだ会えていないが、目の前に居るシオンだけは食事の手配などで顔を合わせていた。

 ちなみにではあるが、この上川離宮に勤める人間はイツカ達四人だけである。雑務は全てノヴァータ達がやってくれている。これは彼らが来る以前からずっとだ。

「殿下、ちゃんと眠れてる? ちょっと隈が出てるよ?」

「まぁ、あんまりかな。まだ慣れないし、寝つきも良くないから」

 環境の激変に加えてお手元金という悩みまで手に入れて、今の彼は不眠症待ったなし状態である。

「まだ早いんだから寝てればいいのに」

「いや、もう目が覚めたから」

 ジャーラのお気楽な言葉に曖昧な笑顔でイツカは応じる。二人の話し声、というより朝から元気なジャーラの声に起こされたこともあるが、もう一度寝て悪夢の続きを見るのが嫌だったということもある。

「二人は花壇に水遣りか?」

「そうだよ。ね」

「はい。いつもは、私一人で、していたのですが、ジャーラ様が、手伝ってくださると、おっしゃいまして」

「大袈裟だなぁ。単に私がやりたかっだけなのに」

 コロコロと変わるジャーラの表情と変化に乏しいシオンの表情が好対照で、見ているイツカも思わず癒される。ふと視線を下げて花壇に目を向けると、こういったことには疎い彼には名前もわからない花々の蕾が膨らんでいるのが見えた。

「そろそろ咲きそうだな」

「はい、この時期に、花を咲かせるものを、選んで植えましたので」

「そっか。ありがとう」

 イツカにとっては予想もしていなかったサプライズだったが、彼らがこの上川離宮に来ることはずっと以前から決まっていたことだ。

「いえ、お礼を言われるほどのことでは、ありません」

 彼女にとっては当たり前のことなのだろう。副会長として生徒会に所属していた彼も、自分としては当たり前のことをして感謝されるというのが、嬉しいながらも複雑だと思う気持ちは理解できる。

「そういえばさ、ジャーラ」

「なに?」

 楽しそうにジョウロを傾けていたジャーラが顔を上げる。

「お前って音差――じゃなくて志麻華のパートナーなんだよな?」

「そうだよ。何で?」

「それってつまり、僕にとっての響士郎と同じポジションってことになるよな?」

「そうだね」

「だったらどうして、メイド服を着て身の回りの世話をしたり、講義では僕達の横に並んでいるんだよ。それっておかしくないか?」

 ピタリと、ジョウロの水が止まる。

「それはね、殿下――」

 ジャーラの眼差しに真剣な光が宿る。

「人間には向き不向きがあるの」

「えっと、どういうことだ?」

「私だってね、キョウちゃんみたいに勉強はしたんだよ。そりゃもう頑張ったんだよ。でもね、ダメなものはダメなの。あんなの憶えていられる方がおかしいんだよ。そんな私がシマちゃんを教育なんてできると思う?」

「いや、思わないけどさ」

 釈迦に説法どころか、スベスベマンジュウガニがキリストを相手に人の根源について語るようなものである。そりゃキリストだって鼻で笑うだろう。

「でもね、あんなシマちゃんだけど、何でもできるってワケじゃないの。特に手先が不器用でさ。料理とかいくらやっても上手くならないんよ。だから私はサポートの方法を変えることにしたワケ」

 その結果、メイドになりました。

 それノヴァータがいるから必要ないんじゃないかというツッコミはナシの方向で。

「そんなんでいいのか? まぁ、確かに志麻華は優秀だし、僕みたいにサポートしなきゃいけないってワケじゃないだろうけど」

「殿下、そうじゃないよ」

 ジャーラは、不思議なほど優しく微笑んでいる。その隣に立っているシオンも、表情こそ笑顔と呼ぶには物足りないが、その眼差しは穏やかで優しいものだ。

「殿下は、殿下らしい殿下になればいいの」

「何だって?」

「できないことはできなくていいの。そのために、私やキョウちゃんがいるんだから」

 イツカはいつの間にか、国皇や皇太子を何でも出来る超人のように思っていたのかもしれない。彼らも人間だ。優秀な者もそうでない者もいたが、一人で何でも出来た人間は一人も居ない。

「ジャーラ……そうだな。ありが――」

「だから今日の授業、一緒に居眠りしよう!」

「一人で怒られろ!」

 イツカの顔に笑顔が咲いた。

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