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その彼の名を誰も知らない  作者: 龍華ぷろじぇくと
第二部 第一話 それが偶然の一致だと彼らは知らない
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その紙の真の意味を彼らは知らない

 話は数日前に遡る。

 アンブロシアを求め、名も知らない森深くを探索した僕たちは、あ、いや、僕は付いていっただけなのでカインたちはと訂正しよう。

 探索を終えたカインたちは、一路名も知らない町に戻り、数日の休息を取っていた。


 さすがにアレだけ危険な戦いをしたためか、休息して身体を休めないと冒険に出る気力も失くすらしい。

 血気に逸ると早死にする。と、冒険に出たくてうずうずしているリエラにネッテが何度か窘めていた。

 冒険のベテランに諭されると、リエラも何も言えないらしく大人しく休日を謳歌していたとだけ言っておく。


 僕はする事が無いのでとりあえずアルセの観察をしていた。

 まぁ、元々魔物であるためか、彼女には人間の常識が無い。

 宿屋の棚を引き出し始めると、全て開けて興味を失くして放置。

 かと思えば急に踊り出してくるくる回転。


 リエラが合いの手を入れて可愛いと拍手していると、唐突に立ち止まって首を捻る。

 パタンと倒れたと思うと床を転がりまわりモップ代わりに自分の身体を使って汚れをふき取っていた。

 すぐにネッテに連れ去られ風呂に入れられていたのがなんともアルセらしいというか。


 アルセの次の行動が全く読めないので、見ている分には面白いのだ。

 動くたびに揺れる四葉がまた可愛らしいのなんの。

 リエラと共にほっこりとした気分で眺めてしまう。


 どうやらリエラもこの休日中は暇を持て余しているようだ。

 剣の素振りやカインと対戦しての戦闘訓練は朝夕行っているも、間の時間が暇すぎる。

 幸い討伐したアンブロシアツリーの賞金があるので時折ネッテとリエラがウインドショッピングに出かけている。


 その間、男共はというと、ベッドで昼寝したり武器の手入れしたり、酒場に向って帰って来なかったり。

 で、アルセは基本宿の窓際で日光浴……じゃないな。光合成してるか踊ってるか転がってるかしてるので、宿で放置されていた。

 当然、僕はアルセの子守りである。リエラ以外誰も僕のこと知らないから自称だけどね。

 

 そんな自堕落的な生活を送っていた面々のもとへ、彼は笑顔満面、一週間くらい風呂に入っていない芳しい臭い塗れでやってきた。

 ミクロンという名前の学者である。

 久々に見た。まだ生きてたんですね。


「朗報です。ようやく、ようやく謎の一つが解けましたッ!!」


 と、僕がアルセの腕を使って書いた、かいんのばーかという用紙を持参してきた。

 当然、その紙に謎など一つも無い。

 ただの悪口である。


 でも、日本語で書かれたそれは、この世界では暗号でしかなかった。

 この世界では、日本語という概念が無いのだ。

 僕はなぜかこの世界の言葉を理解しているけど、文字は見知らぬ文字だった。


 どういう組み合わせで言葉として機能するのかすら分かっていないし、これからも覚えるつもりはない。

 面倒だし、僕の頭では習得に何十年掛かるか分からない。

 連絡手段になるだろうけどそこまで連絡取りたいと思う程でもないし、まぁそのうち覚えればいいか程度のものである。


「これは、おそらく宝のありかを示したものです。見てください」


 そう言って懐から取り出したのは、小さく折り畳まれた地図だ。

 おお。そういえばこの世界の地図は初めて見るな。

 アルセ以外の全員が覗きこんだので、僕はリエラの背後から覗き見ることにした。

 これなら万一誰かに触れることになってもリエラのせいにできるし、リエラは既に僕の存在に気付いてるみたいなので問題無し。


 なぜか他の人に僕の存在を伝えようとしないのは不思議だが、リエラが伝えないのなら僕も伝えない方がいいのかもしれないと思ってカインたちには存在を明かしていない。

 地図はまさに見た事も無い地形が幾つも並んでいた。

 その左端の中央付近をミクロンが指差す。


「この町から南西、十五キロの場所にある川がございます。で、これがその川なのですが……」


「マジっすか!?」


 それを覗きこんだ瞬間、僕は思わず叫んでいた。

 何故かって? だって……そこには、かいんのばーかと描かれているように見える連なった川が描かれていたからである。

 え? 何その偶然!?


「おそらく、彼女は自分を進化させるものを探しているのではないでしょうか? アンブロシアの実も彼女自身が食しましたし、その効用で双葉だった頭上の葉が四葉になっています。つまりはこの川のどこかに彼女の成長を促す何かが存在していると思われます」


 何その推理!? おかしいよ。それ、カインをバカにしただけの言葉だよ?

 暗号じゃないし、そんな高尚な意味は全く、これっぽっちも存在していないよ?

 しかし、僕がいくら叫んだところで意味はない。

 なにせ、僕はこの世界で、存在していない人間なのだから。


 姿が見えなければ声も聞こえない。

 ただ、干渉はできる。だから、アルセの身体を使ってミクロン達の前で幾つか書いたのだ。

 何の事はない。どうでもいいアルファベットとか平仮名とかである。

 それをミクロンは必ず何らかの意味があると誤解して曲解してしまったのだ。


 それだけならまだよかった。

 問題は、誰もそれを曲解だと理解できなかったことだ。

 だから、誰もミクロンの的外れ推理に疑問を抱かない。


「なるほど。アルセは自分の成長の為に俺たちに連れて行ってほしいとこの暗号を書いてたのか」


 ちょ、カインさん!?


「アルセが成長かぁ。ちょっと見てみたい気はあるし、行ってみましょうか?」


 ネッテさんまで!?


「ぶひっ」


 概ね肯定の意を示すバズ・オーク。ダメだ、否定する奴がいない。

 一人、この文字を書いたのが僕だと理解しているリエラが笑いが漏れないように彼らに後ろを向いて口を塞いでいる。

 面白いか? 面白いだろう。皆が的外れなことを真剣に吟味しているのだから。


 そう、リエラだけは気付いているのだ。

 意味は理解していなくとも、言葉も交わせなくとも、アルセを使って僕が文字を書いたと言うのならば、ミクロンの持論は全く的外れだということに気付いてしまう。


 だから、真剣に見当違いの方向へ向う仲間たちが滑稽に見えてしまうのだ。

 でも、一人笑い転げると変な人と思われ兼ねないのでリエラは必死に笑いを押し隠していた。

 そんな彼女の努力を知らず、ミクロン達はさらに真剣に話し合う。


「ですが、気を付けてください。この川にはあのゴボル平原を越えなければなりません」


「ゴボル平原……ああ。あの狼モドキどもか」


「旅人殺しのアレね。でも、このメンツなら何とかなるんじゃない?」


「……そうだな。装備や道具をしっかり準備すればなんとかなるか」


 この時、僕は嫌な予感がしたんだ。

 うん、当然、僕が嫌な予感を覚えたからと言ってこの川へ向うのが中止になるはずもなかった。

 だって僕は誰にも見えないしここに居る事すら気付かれてないんだから。

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