その呼ばれた魔物の名を、彼らは知らない
さすがにその日に森に入る気はなかったらしく宿を取って一晩明かし、翌日、装備を整えた彼らは、ついに森へと向うのだった。
オークは性欲が強いとよく言われていたが、バズ・オークは騎士の鑑だった。
アルセを護るように部屋の片隅に座り込み、そのまま翌日まで部屋の警護をしていたのである。
さすがに、カインとリエラがまさかの裏切りを警戒して交代で夜通し起きていたが、杞憂だったようだ。
むしろバズ・オークを見直して騎士だ。とかカインが尊敬の目を向けていた。
森の入口で荷物のチェックを行い、森の奥深くへ向け歩き出す。
この前町に向ったルートを遡るように僕たちが歩いてしばらく、一番最初に反応したのは、鼻の良いバズ・オークだった。
木々のざわめきしか聞こえない森の中、しきりに鼻を動かし構えを取るバズ・オークを見て、カインとネッテが戦闘準備を行う。
索敵までできるとか、バズ・オーク便利すぎ。
「え? なに、ナニ!?」
一人だけ理解できていないリエラは突然動きだした全員を慌てて見ながら戸惑いを浮かべている。この人本当に冒険者向いてないな……
一応、皆に倣うようにアルセソードを引き抜いて構えるがその顔は未だに戸惑っている。
木々のざわめきが止まる。
一瞬の静寂。
目前の茂みが揺れ、何かが飛び出す。
その刹那、いち早く動いたカインとバズ・オークにより剣閃が走る。
獣じみた悲鳴が上がった。
現れたのはアローシザーズ。
しかし、一撃で切り落とされ最後の叫びを上げていた。
もともと戦闘能力は高いカインに、バズ・オークという前衛が加わったのだ。このパーティ、かなり強くなってると思われる。
この森の中でなら十分戦えるんじゃないか?
なんて、思っていたんだけれど……
アローシザーズの断末魔の叫びは魔物を呼んでいた。
その、遅れてやってきた魔物を見て、カインが言ったんだ。
「うん、よし、逃げるか……」
って、頭上を見上げてね。
だから……
今、僕たちは走っていた。物凄く必死に走っていた。
木々をなぎ倒し、追い縋ってくるティラノサウルスのような生物から、必死に逃げていた。
頭に冠を被ったような形をしたトサカを持つ肉食竜だ。
確かに、キルベア程度の相手ならなんとかなるのは分かっていたが、さすがにこんな巨大な肉食獣を相手に戦える戦力はなかった。
滅多にこの辺りにくることはない森の奥地に潜む魔物らしい。
といっても、速度はあまり速くないようで、パンダがのっそりと歩く程度の速度で近づいて来ている。このため追いつかれることはなかった。
時折呪文を唱えたネッテが魔法で攻撃を加えるものの、大したダメージにならない。
「くそっ、あんなの初めて見たぞッ」
「あれ、竜種に入るのかしら? それともリザード種?」
「どっちでもいいですよそんなのっ」
木々が悲鳴を上げて裂ける。
裂けた大木は前に横にと倒れ、一部が化け物により踏み折られる。
逃げ遅れた小動物系の魔物も同時に踏み砕かれていた。
「コ・ルラ」
氷結の一撃、しかし化け物を止めるに至らない。
さすがに足の遅いアルセを走らせるわけにもいかず、僕は小脇に抱えて走っているのだが、これには誰も不思議に思わない。というか思う余裕すらない。
当のアルセは楽しそうにはしゃいでいるのがちょっと癪に障る。
「クソッ、仕方ない。ネッテ、二手に別れるぞっ」
「ちょ、こんな場所で!?」
「俺だけならアレくらい撒ける。お前はリエラとアルセを先導して横に逃げろ。バズ・オーク、皆を頼むッ」
カインの指示に頷いたのは、バズ・オークが最初だった。
ついで、ため息をはいてネッテが頷く。
リエラはやっぱり戸惑ったままだ。この急激な展開に思考が付いて行けないようだ。
この子、本当に冒険者向いてないな。
「仕方ないわね。死なないでよカイン」
「当たり前だろ。まだ伝説になるには早すぎる」
伝説の勇者ってか? いや、確かに勇者っぽい選択してるから何も言えないけどさ。あまりに英断すぎてなんかムカつく。
あ、でも死亡フラグっぽくて本当に伝説になりそうだな。
カイン、君がいたことを僕らは忘れない。アディオスカイン。君は永遠に僕らの心の中にいる。空にカインの幻がキラン。みたいな?
ネッテがリエラの腕を引いて直線上から逸れる。
せっかくカインが囮となるというのなら、僕もそれに乗っておこう。
アルセを抱えたまま、ネッテに付いていく。
それを見たバズ・オークもすぐ隣へと駆け寄ってきた。
背後を見てみれば、ティラノサウルスのような化け物の足がカインを追って行くのが見えた。
どうやら囮役はしっかりと役割を果たしたらしい。
「助かった……かな?」
思わず息を吐く。ネッテもリエラも安堵して互いの生存を確認する。
「あら、そういえばアルセったら、また飛行してたわね」
やば。いや、もうアルセ下ろしたからいいけどさ。
「どうやって飛行なんてしているのかしら?」
「ですよね。まるで人が小脇に抱えたみたいの高さで」
ネッテの疑問にリエラが口を挟む。
二人顔を見合わせアルセを見つめだした。
ああ、なんだろう、この疑われている感じ。僕悪いことしたつもりないのに。
誰か、誰か助けてくれ。僕をこの針の筵から救ってくれぇ。
誰でもいいよ。魔物でも……はちょっと遠慮するけどバズ・オーク、助けてくれ。
バズ・オークは助けてくれなかったが、僕の心からの願いは、なんと叶えられてしまった。
「おや皆さんお揃いで」
叢を掻き分け近づいて来たのは、メガネを掛けたインテリ男、ミクロンだった。




