その最後の爆弾を、彼は知りたくなかった
ルイーズさんを床に寝かせたリカードさんは怒りの形相でバズ・オークを睨む。
予想外過ぎる反応にバズ・オークは慌てるばかりだ。
いや、予想内だったでしょ。僕はもう、お前殺すみたいに襲い掛かって来る程だと思ってたよ。
「おい、クソ豚」
静かに立ち上がり、押し殺した声でリカードさんは告げる。
「ぶ、ぶひ!?」
「お前……私の娘に何をした? オーク風情が、何をしたあぁぁぁぁッ!!」
辰真であれば総長になっているのではないかと思えるほどの怒りの形相。
目からは血涙が……怖いよリカードさん!?
「お、おお、お父さ……ん?」
さすがに初めて見る父の形相にエンリカすらも若干引いている。
リカードさんはゆっくりと歩き出す。
視線の先も向う先も、バズ・オーク。
思わず後退さるバズ・オーク。リカードさんの速度が上がる。
自然、後退していくバズ・オークと追い詰めるように早歩きになって距離を詰めていくリカードさん。
壁に背中がついた瞬間、前からやって来たリカードさんはバズ・オークの両肩を掴んで動きを止めた。
「豚風情が、高貴なる我等エルフに何をした?」
背筋が凍るように冷たい声でリカードさんは怯える豚さんをさらに追い詰める。
血涙美形エルフ、めっさ怖い。
あれだけフォローを行おうとしていたカインとネッテもその形相に止めようとすらできなかった。
「私はな、初めて出来た娘を愛してきた。愛しき娘だ。その成長を見守り、何時かどこぞの男に奪われるのだと知りながら、蝶よ花よと愛でて来た。何時かはこういう日が来る。分かっていたさ。エルフが相手、人間が相手、魔物が相手? 覚悟はしていた。冒険者になると聞いた時、オークやゴブリンの苗床にされるかもと危惧はした、しかし我が手を離れた以上そんな未来も彼女の選択、やむなしと思いもした。だが、だがだ! 嫌々その子を産まされるならば運がなかったと慰めもできる、なぜ、なぜ結婚になるのだ! 前代未聞だぞッ、オークの嫁に自らなりたい!? 貴様一体娘に何をしやがった!!?」
「ぶ、ぶひぶひぃ」
「と、父さんっ、落ちついて、話聞く気ないでしょ、落ちついて、まずは落ちついてからっ」
さすがにヤバいとエンリカが慌てて止めに入る。
しかしリカードは意に介さない。
「殺す、殺して良いよな? オークだものな? お前を殺して私も死のう。エンリカよ、幸せに生きろ。お前を惑わすこのエロオークは私の命に代えて肉塊に変えてやる。そうだ。ルイーズに料理して貰おう。今日のメインディッシュはオークの丸焼だぁっ。はは、はははははっ」
「い、いやぁぁぁっ。正気に戻ってお父さんっ、お父さぁん」
バズ・オークの肩を揺らしながら奇声を発し始めたリカードさん。
自分でも何言ってるか既に理解してないようだ。
余程ショックだったのだろう。なにせ、既に出来ちゃった婚ではなく一子儲けた後の婚約発表だし。娘の結婚だけでも大ショックだっただろうに、相手はオーク、さらに子供を孕んだばかりか既に産んでいる。心の許容量が振り切れてもおかしくはなかった。
泣き叫びながら縋りつくエンリカを邪魔そうに振りほどくリカードさん。バズ・オークの肩から首へと両手が狭まって行く。
そんな絶望的な状況に、僕が何もしてないのにアルセが動いていた。
ネッテの荷物から魔物図鑑を取り出すと、エンリカを更新登録。そして「おー!」といいながらリカードさんへと見せに行く。
待って、アルセさん、それはダメだ。最後の爆弾は僕だけの秘密で……
不意に現れた笑顔のアルセイデス。
その手に持った書物は開かれていて、あるページをアルセは示していた。
煩わしそうに、しかし、バズ・オークの首を絞めるリカードさんは、何かを察したのだろう。
すぅっと、視線をそちらに向けた。
エンリカ・エル・ぱにゃぱ
種族:エルフ クラス:弓使い(アーチャー)
状態:妊娠中
装備:ミスリルの弓、若草色のローブ、エルフの普段着、木の矢×13、矢筒
スキル:集中
乙女の咆哮:気合いを入れる事で相手の威嚇を跳ね退ける。攻撃力増大。
渾身の右ストレート
ドリアードヒーリング
ウンディーネヒール
ノームの一撃
チェイサーアロー:狙った獲物を追って行く矢を放つ。
ストライクアロー:クリティカル率がアップ。攻撃力増大の技。
最後の一矢:矢筒にある残り最後の一矢に必ず必中とクリティカル補正が掛かる。
常時スキル:豚・偽人語理解
魅了耐性・大
命中率補正・中
束縛する女の執念:束縛します。手に入れた獲物は逃しません。
討ち滅ぼす女の妄執:邪魔者には全能力増大して相対します。連続くいしばり補正。致死のダメージを受けても気力でねじ伏せ生き残ります。
くいしばり:致死のダメージを受けても一度だけ生き残る。
母の一念:子供が近くにいる時、敵対者がいれば全ステータスに超上昇補正が掛かる。
種族スキル:精霊魔法Lv3
精霊視
森の民
ああ、見ちゃった……
最初、怪訝な目で見ていたリカードさん。
しかし、ある一点に目が行った瞬間、目を見開いた。
「状態……妊……娠……中?」
呟きが漏れ、バズ・オークの首から力なく手が降ろされる。
力ない足取りでアルセに近づき書物を奪い取り、齧りつくように何度も何度も読み返す。
今、エンリカが手に入れている能力、そして……彼女の状況を。
そして、ふっと、彼の意識が遠のいた。




