その和やかな雰囲気がブチ壊されるのを、両親は知らない
「さぁ、今日は皆さん遠慮なく食べてください。人族や他種族のお口に合えばいいですが」
ルイーズさんの言葉にリカードさんが頷く。
「折角こうして娘が戻って来てくれたんだしね。カイン君、君は酒は行ける口かね?」
「ええ、大丈夫っすよ」
「では、ウチの秘蔵の酒を飲んでくれ。エルフ特製妖精酒だ」
でんとテーブルに置かれたのは妖精らしい何かが入った瓶だった。
液体が並々と注がれている。妖精のアルコール漬けです……
カインは思わずアニアを流し見る。
気付いたアニアは妖精酒を青い顔で見ていた。
これか、アニアが妖精酒にしないでとか言ってたのは……
酷すぎませんかリカードさん、いや、全然気にしてないね。むしろこのお酒は普通にエルフ族に親しまれているお酒らしい。
アニア、君よく生き残ってたね。この村で見つかったらこうなってたかもしれないよ?
妖精酒が注がれる。
思わず受け取ったカインが何とも言えない顔をしている。
そんなカインに気付かず妖精酒を飲むリカードさん。
「これは捕まえた妖精を漬けることで出来るお酒でね。彼らの鱗粉である妖精の粉成分が入った酒なのだよ。滋養強壮と肉体疲労、小さな傷なら立ちどころに回復する効用まであるんだ」
「そ、そうなんっすか……」
楽しげに語るリカードさん。しかしアニアの涙目を見たカインは飲めないでいる。
って、あ、妖精酒に使われてる妖精さん生きとる!?
しかもなんか風呂に使ってるようなリラックス気分で酒の中にいるぞ!?
気付けカイン。今君は妖精に騙されようとしているぞ!!
「おや、どうしたんだいカイン君?」
「い、いえ、高いんじゃないかな……と」
「ふむ。高級と言えば高級だね。何しろ酒になってくれる妖精は交渉で手に入れなければならないからね。それにしっかりと管理しておかないと村長のように抜け出されて悪戯されることもある」
「へ? 管理、抜け出す?」
「彼女とは契約を結んでいるのだよ」
そこで気付いたカイン。妖精酒の中から上半身を乗りだし悪い顔で微笑んでいる妖精と眼が合う。
妖精酒としてアルコールに浸かっていたから死んでるとばかり思っていたのだ。
彼らにはお風呂感覚だったらしい。
「心配して損したよちくしょうっ!」
自棄酒とばかりに一気に飲み干すカイン。
妖精酒から飛び出た妖精がルイーズさんに渡された布で身体を拭きながらカインの周りを飛び交いだす。
「どや? ウチの身体から出た出汁飲んだ感想、どや?」
「言うな。酒が不味くなる」
姦しく飛び交う妖精にぴしりと蟀谷に血管を浮かばせるカイン。しかし、味は悪くなかったらしく何も言い返さなかった。
そんなカインたちは放置して、女性陣はエルフ料理を堪能している。
とても和やかな雰囲気だ。
これからこの雰囲気が壊されるのだと思うと少し哀しく思える。
アルセ達がビスケットを食べている。多分ビスケットだ。
ネフティアと辰真も同じモノを食べているのだが、辰真はどうやって食べるのか分からずアルセを見ながら食べている。
クーフが青い顔のリエラを気遣って料理の質問で気を紛らわせようとしていた。
彼女の頭に乗っている葛餅も少し気遣うようなそぶりを見せている。
そんな彼らの横では、プリカがひたすら幸せそうに食事を堪能している。
本当、食べる姿は一番幸せそうだねプリカさん。その食べっぷり、最高です。カシャッ。
ついでにもう一枚。カシャッとな。
僕はその幸せな食事風景を画像に残した。
きっと、もう二度と見ることのできないかもしれない最後の晩餐のような状態。
僕の心の中に永遠の思い出として刻んでおくよ。
ちなみに、アニアはネフティアの頭に乗っていた。
他の場所に行くとネフティアがむんずと掴むかプリカに羽を毟られそうになるので仕方なく安全地帯がそこになっただけのようだ。
時折ネフティアから渡されたビスケットを両手で持って食べている。
そんなアニアを見付けた妖精酒の妖精が彼女に近寄る。
「おおう、アニアやないか。なにしとん?」
「別に何も。というか、良く妖精酒とかやってられるね」
「ええやん、酒に浸かるだけで食事貰えんねんで」
カラカラ笑う妖精さん。そこに迫る青白い腕。
驚く暇すらなく、妖精がネフティアにむんずと掴まれた。
そして空高く掲げるネフティア。やっぱり、妖精、捕ったどーと声が聞こえる気がする。
「な、なんやのん、ちょっと、握力凄ないか、全然逃げられへん!?」
「がんばれー」
アニアが気の無い応援を送りつつビスケットに齧りつく。
そんな和気藹々とした晩餐会。その幸せな時をブチ壊すため、ついにエンリカが動きだした。
カインとバズ・オークの間にやって来ると、ほろ酔い加減の父親の前で身を乗り出す。
「父さん、母さん、実はその、紹介したい人がいるの」
その言葉が、皮切りだった。
僕らはついに偽りの平和を捨て去ることを決意せざるをえなかった。決して逃れられぬ絶望が今、始まろうとしていた。
マルケ
種族:妖精 クラス:ピクシー
・エルフ集落に悪戯に出向いて捕まった妖精の一人。
リカードたちと契約を結んで妖精酒を作っている。
妖精は基本悪戯好きなので油断すると悪戯してくる。
主人公には何故かエセ関西弁に聞こえる口調で話す。




