後日談・その義理の親子ができたことを、彼ら以外知らない
SIDE:尾道克己
「おいおい、ここからかよ」
転移が終わった。と思った次の瞬間、私の目の前に居たのは矢田君だった。
そうだった、私は転移前、彼にカツアゲされていたのだ。
「他の知り合いは……お前か」
「選択した世界、間違ったかしら?」
転移前と違うのは、私と矢田君の他にシシリリアさんがいることだろう。
まさかここに一緒に来るとは思わなかった。
「それで、お二人はこれからどうするんです?」
「あー、俺は今まで通りだな、けどシシリリア、お前どーすんだ? こっちの世界じゃ戸籍もねーだろ」
「別に、適当に生きるわよ。何か問題あんの?」
「……シシリリアさん、この世界では出生証明等がないと各種保険が適用されなかったり、お金を持っていないと生活がしにくくなるんです。魔物も居ないので魔物を狩ればお金が手に入るということもありません。あとその恰好は少々目立ちます」
「完全コスプレイヤーだよな。写真取られてネットに流されるぞ?」
「グーレイさんの言っていたカフェに向かえば異世界人の暮らし方について学べるらしいですし、一先ず衣類を整えたら家に行きましょうか。しばらくは私がお金を出しますよ」
「むぅ、なんかちょっと面倒そうな世界ね。確かに世界観を理解するまでは矢田か尾道さんと一緒にいた方がいいか」
「そういうことです」
「はぁ、仕方ねェ。おっさん、スマホは持ってるか?」
「はい、仕事で必要になるのでちゃんと持っていますが?」
「アドレス教えておく。なんか用事があったら電話しろ」
なぜか矢田とアドレス交換することになった。
転移前であれば恐々とやっていただろうが、今は普通に交換することができた。
天敵のような存在だが、慣れとは恐いモノですね。
「んじゃ、俺は帰るわ」
踵を返して去って行く矢田。
後ろ手に片手を上げて挨拶を終えた彼は、そのまま人ごみの中へと消えていった。
まずは、安めの女性用の服を調達せねば……あ、金が、ない。
そう言えば鞄、あの中に財布が……
アイテムボックスはどうなって……あ、取り出せる?
親父狩りされて差し出す前だった財布。もう二度と使うことは無いかもと思っていたが、再び使うことになろうとは。
……なけなしの一万円。生活費は貯金を切り崩すしかあるまい。
はて、どれだけ残っていたっけ?
私はそこまでお金を使ったりはしていなかったが、連帯保証人などにサインしたり、訪問販売の高い布団を買わされたりで随分と減っていたはずだ。
身を粉にして働いた金は、悪意を持つ者たちに全て搾取された後。
はは、この世界で生きるには、シシリリアさん以上に私も厳しいな。
なのに、何故だろう。
今いる会社を辞める決意が出来ているのは。
バグさんたちから貰った連絡先を見る。
もしも、新しく生活を始めるのなら、尋ねたらいいよ。そう言って渡された、電話番号。
とあるお店のものらしい。
私と同じように、異世界に飛ばされた、家族が商う店らしい。
きっと、助けになってくれると、転移前に渡された。
「さぁ、行きましょうかシシリリアさん」
「ええ。まずはあそこ? 防具屋?」
「防具ではなく服屋です。店員さんに威嚇とかはしないでくださいよ。あと武器はしまってください。この世界の兵士に追われます。銃刀法違反になりますから」
「よくわかんないけど、武装は解除ね?」
「はい、防具も脱いでください。普通の服は、ちょっとファンタジーっぽいですがまぁ大丈夫でしょう」
この世界常識で言えばクソダサTシャツ並の服装ではあるが、向こうの世界の一般的な服だ。
だいぶ粗い作りの服なのでこっちの世界からすればまさに今時こんな服を着てるの!? と驚かれるだろう。
一先ず服屋に入り、店員さんを呼ぶ。
異世界に行く前ならおそらく呼び止めることすら出来ない小さい声をノミの心臓で服屋の入口に佇む草臥れたサラリーマンが不審者扱いを受けていただろう。
そう思えば、私もまた随分異世界で揉まれたようだ。
こうやって普通の音量で服屋のお姉さんを呼べるのだから。
そんなお姉さんはシシリリアさんを見てまぁまぁとプロの目になり、マシンガントークが始まった。
ついて行けてないシシリリアさんはすぐさま着せ替え人形へと変えられ、幾つもの服を試着し始める。
ついでに下着の方も見繕って貰い、一万円以内でコーデを行って貰った。
うむ、見違えるほどに可愛らしくなった、な。
ヤバい、この姿、援助交際を行っている女学生とさえないおっさんの図にしか見えない……
駄女神さんがシシリリアさんの戸籍作っておくって言ってたけど、本当に大丈夫だろうか?
店員さんに着て帰る旨を伝えて、前の服はシシリリアさんのアイテムボックスに回収して貰う。
さぁ、ここからが勝負だ。職務質問、されないといいなぁ。