その演奏会で何が起こったのかを、彼女は知らない
僕は余韻を楽しむように鍵盤から手を離す。
素敵な演奏でした。とリエラじゃないリエラが告げる。
いや、素敵とか以前にこの会場はどうなってんの?
気が付いたらなんか皆さん号泣してるんですが。
僕はリエラを椅子から立たせてグランドピアノを仕舞う。
演奏が終わったのでリエラが丁寧なお辞儀を一つ。
拍手が鳴った。
鳴り響いた。
咽び泣く民衆たちに見送られ、リエラはゆっくりと舞台を去って行く。
これは、一応スタンディングオベーション起こってたしそれなりに良い演奏は出来ていたのだろうか? だったら嬉しいけど。
リエラと共に控室へと舞い戻る。
部屋の扉を開くと、パーティー全員がそこにいた。
皆がリエラにお疲れ様と声を掛け、演奏が素晴らしかったと褒め称える。
それに笑顔を向けてリエラは……緊張の糸が切れたのだろう。
突然ふっと意識を失い倒れてしまった。
慌てて安否確認を始めるネッテとカイン。
心臓が動いているのを確認して安堵の息を吐いていた。
リエラにとっては胃に穴の開きかねない物凄いプレッシャーだったのだろう。
そのプレッシャーが消えた。
楽になったのだ。
張っていた気が抜け、思わず気を失ったとしても誰も責められはしなかった。
「リエラ、よくがんばったわね」
「本当にな。一時はどうなるかと思ったが、一体何があったんだ? 覚醒でもしたのか?」
「ある意味、覚醒だったわね、プレッシャーのかかり過ぎで一種のサトリ開いてたし」
皆が気の毒な目で長椅子に寝かされたリエラを見る。
そこへ、アメリスがやってきた。
満面の笑顔を湛え、にっちゃんとメイドを伴い無遠慮にやって来る。
おお、今日はアメリスの機嫌が良いせいかそこまでボンレスハム化してないぞにっちゃん。
お腹周りにアメリスの両手がぎゅっと握られて、雪だるま体型が串団子三つみたいな体型になってるけど今までよりはマシみたいだ。
「よい演奏でしたわよリエ……あら?」
「まぁ、余程疲れたのですね。もう寝てしまわれたのですね」
「え? 寝たというかその……」
「まぁいいですわ。とりあえずこれから演奏会の優秀者発表があるから彼女起こしなさい」
「ええ!? さっき気絶したばかりなのに!?」
「大丈夫です、発表は30分の猶予がありますから直前までは寝かしておいてあげてください」
メイドさんが優しい。
それもそうだろう。彼女の目尻にも涙が浮かんでいる。
いやぁ、僕の演奏も捨てたもんじゃないね。
ちょっと恥ずかしい。まぁその功績は全部リエラに持ってかれたけど。
「でも、あなたたちよくあんな楽器持って来れたわね。宮廷楽師があなたたちのことを聞いてきましたわよ。グランドピアノはどこで手に入れたのですかって」
「へぇ、宮廷楽師が? なんでまた」
「なんでもあの楽器は伝承に存在するだけの楽器だそうで、模造品すら現存していないそうなのよ」
え。マジっすかアメリスさん。
それ、伝説級の名器を僕らが持っているってことを全国民に見せつけたってことじゃん。
なんてことしてしまったんだ僕は、これじゃ悪い奴らがリエラを狙ってくるじゃないか!
なんて、心配した僕でしたが……
小一時間後、同じ舞台で表彰式が始まっていた。
第三位はフィオリエーラ嬢、ではなくアカペラで歌った若い貴族のお兄さん。
フィオリエーラは第四位だった。
そして第二位は宮廷楽師。名前はケンネルスというらしい。どうでもよかったけどね。
「最後に、最優秀楽師、リエラ・アルトバイエ。その音楽の神に愛されし旋律は、宮廷楽師ケンネルスをも納得せしめた実力である。皆も異論は無かろう。楽師の聖女よ、舞台上へ!」
気絶から無理矢理起こされたリエラは元のリエラに戻っていた。
そんなリエラは自分の演奏した記憶を失っており、何が起こったのか理解できないまま壇上へあがる。
一番見栄えのする場所に立たされ、全身に汗を流しながら全ての民衆からの拍手喝采を受けていた。
普通に盗賊っぽいいでたちの人たちも涙ながらに拍手送ってるし、これはリエラに何かあるのはこの国では大丈夫な気がする。
万雷の喝采が鳴りやんでいく。
国王の労いの言葉。
リエラはガチガチに緊張しながらひたすらに頭を下げて恐れ多いとばかりにガクブルだった。
聖女じみた顔じゃなくなってるけど、もはや皆そんな些細なこと気にしてないらしい。
惜しみない拍手に送られて、リエラはようやく控室へと戻された。
ついに、リエラの苦行が終わりを告げたのである。
とはいえ、彼女の苦労はまだ始まったばかりだという事を、彼女は全く知らない。
僕は、わかっちゃってるけどね、何しろ宮廷楽師がこれで引退か。とか呟いてたし。
これは国王からオファーが来かねないぞ。どうするリエラ? 胃薬の準備は万全か?




