その回復作業を、彼らは知らない
男は、ふと目を醒ました。
気絶していたのか? 頭を振りながら起き上がる。
視界にまず入ったのは、自分の近くで倒れ伏す人間たち。
一瞬、何処だここは? と思わず呆然とする。
次に視線を移すと、ぼろぼろになって気絶しているツッパリたち。
ネフティアが倒れている。バズ・オークが悔しげに呻いている。クリスタルソードの破片が散らばっている。
そして、青いゴブリンが、今、残っている抵抗者。二人の女性へと向っているところだった。
一人はエルフの女性。震える腕で必死に弓を引き、最後の一矢を放ち続けるエンリカ。
乙女の意地か、その瞳には絶対に倒すという意志が感じられるが、恐怖を感じているのは全身が物語っていた。
もう一人はエンリカが守るように背後に隠している少女。
緑色の少女はかなり不安そうにしている。
いつも笑顔の少女が、自分に対してもずっと笑顔だった少女が、不安げな顔をしている。
俺の、守るべき緑の姫がっ!
そんな思いがあったのだろうか?
彼はその光景を見た瞬間、吼えていた。
「オ、ルゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
やらせるものか。そんな固い意志を持ち、駆け出す。
赤きリーゼントを持つ一人の漢。辰真。
彼は即座にゴブりんへと突撃すると、タックルを行う。
が、ゴブりんはビクともしない。
わずらわしいというように辰真を払いのける。
地面を滑走する辰真。
今の、番長の自分では敵わない。
それを理解して、でも自分以外誰も何も出来ないことを理解した。
やらなければならない。
頼れるのは自分だけ。助けられるのは自分だけ。
己が主と認めた姫を。自分が見ている前でむざむざ殺させるわけに、行くものか。
よろよろと立ち上がりながら、アルセを見る。
アルセも視線に気付き、彼を見た。その視線は、まるで……助けてと言っているようだった。
ソレを認識した瞬間。彼の覚悟は決まった。
途切れていたはずの何かの線が、繋がった。
「オオオオオオオオオオオオオオオ!!」
気合いを入れて立ち上がる辰真。
その身体を光が包み込む。
空気が震える。
震撼する世界に、ゴブりんも気付いた。
そこに、新たな脅威が生まれたことに。
漆黒に煌めくリーゼント。
白くたなびく特攻服。
それは、いつか見た、希望の光。
絶望の中に沈む仲間を守るため。一人の少女を守るため。男は今一度、魔王になった。
魔王、総長の復活である。
僕は、ふらつく足取りでリエラのもとへと向う。今なら……周囲の視線が彼らに向かった今なら……
「ゴブ」
なんだ、貴様は?
ゴブりんがそんな言葉を吐いた。
辰真は答えない。ただ、無言で歩きだし、ゴブりんの前にやって来ると、睨みつける。
ゴブりんも警戒しながらも睨み返す。
凶悪な顔同士の睨み合い。
拳を握るのは、双方同時だった。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「ドルァァァァァァァッ!!」
拳同士が衝突する。
魔王対魔王の激突。
衝撃波が生まれ周囲に烈風を巻き起こす。
両者の立つ地面がべコリと凹みを作った。
それが、闘いの始まりだった。
まるで某格闘漫画を見ているのような攻撃の応酬。
拳を繰り出し避け、払い、蹴りを放つ。
両者一歩も引かない攻防に、周囲のゴブリンたちも、気絶から起き上がった人間たちもただただ見守るしかなかった。
「GURAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「ドララララララララルァ――――ッ!!」
辰真の拳を払い拳を突き返すゴブりん。紙一重で避けた辰真は逆の拳でゴブりんの顔面を狙う。
頭を引くと同時に蹴りを突き出すゴブりん。足で受け止める辰真はさらに拳を打ち込む。
どちらも全くダメージを受けない。
全力の連撃を繰り出しながら、その全てを双方が避け払い、受け流していた。
もはや手を出す事すら躊躇う程の一対一。
他の門が片付いたのだろう。やってきたレディースや騎士団も、あまりの激闘に何も出来ずに見物人になっていた。
その間に、僕はリエラから魔銃を奪って回復魔弾を自分に打ち込む。
つい蟀谷に当ててしまったけど、別に拳銃自殺したかったからじゃない。なんとなく自分に打ち込むならこうだろうと思っただけだ。
ついでにリエラにも打ち込んで、ネフティア、バズ・オークを回復させていく。
全員気絶したままだけど、回復は済んだ。
バズ・オークももう少し意識を保ってくれてれば直ぐに立てたのに、近づいた時には意識なかったし、危なかったのかもしれない。
魔銃をリエラに返し、そこでリエラがまだエンゲージリングを持っていることに気付く。
ふ。いただき!
「ゴブッ」
終わりだ馬鹿め。
そんな言葉が聞こえた。
僕が振り向くと、丁度辰真の頬にゴブりんの拳が突き刺さったところだった……




