その水の価値を彼女は知らない
「瓶? えぇと、これでいいかしら?」
コリータさんが僕が描いた絵を頼りに空瓶を数本持ってくる。
とりあえず部屋にネフティアの柩を取り出して寝かせると、僕はリエラと協力してなんとか柩を開く。空瓶をネフティアの柩に入れてあの水を取り出すことを意識する。
よし、上手く行った。
瓶の中に水が並々入っている。
これで瓶詰め状態で持ち運べるぞ!
「えぇと、なんですかその水?」
リエラはいきなり出現した水にこてんと首を傾げる。
これを知っているのは僕とアルセとネフティアだけ。
実質僕しか知らないと言っても良いだろう。
コリータさんが鑑定を発動させる。
その刹那。
力尽きたようにソファに座りこんだ。
その表情は愕然としている。
予想以上のものを見せつけられたような、何とも言えない顔でした。
そんな顔を見てリエラがさらに困惑する。
「う、嘘でしょ。そ、そんなモノがこの世に存在していたなんて……世紀の大発見なんかじゃないわ。これは神の奇跡よ。死甦水。死人を生き返す復活の薬……だなんて」
死んだ人間はそこで終わり、その絶対条件を覆す神の奇跡。
その霊薬が、今ここに。
コリータさんが腰砕けになるのも分かる気はする。
多分だけど、これがピラミッド内でミイラが生存している理由でもあるのだろう。
死体に少量の死甦水が掛けられれば復活はするけど身体は元に戻らないとかなんだろう。
僕もビックリだったよ。特にネフティアがミイラ少女からフレッシュゾンビになった時は。
彼女の場合は死甦水に浸かってたらふく飲んでたみたいだからな。
折角なので僕はネフティアの絵を描いてみる。女の子の絵は得意です。伝わるかな?
「これ、ネフティアちゃん?」
「ネフティアっていうと……フレッシュゾンビの子ね」
まだ興奮冷めやらぬといった様子のコリータさんに、よく分かっていないリエラ。
どうやら先程の死者復活の希少さを理解できていないようだ。
むしろアルセのせいで驚きに耐性でも付いているのかもしれない。
「もしかして、彼女に使ったの?」
「そういえば、最初に会った時のネフティアちゃんはクーフさんと同じミイラだった気が……」
「なるほど、ミイラにこれを使っても効果があるということね。ミイラに使うとフレッシュゾンビになると。つまり心臓が動いていないのに生きている不死人みたいになるのかしら……」
考え込むコリータ。あまりの衝撃的事実に考えがまとまらないらしい。
「そ、そうね。とにかく空瓶をもっと用意しておくわ。どれ程必要?」
100リットルあるからどう伝えればいいだろう?
とりあえず500ミリリットルのペットボトルを200程?
なんとか瓶を二百描くという面倒な作業で相手に伝える僕だった。
この空瓶、500ミリリットルいれられるらしいからちょうどいいや。重いけど。
他に手に入れたモノは全てクーフの柩に収まっているので僕の出し物はここで終わりである。
コリータさんは魔物図鑑にクリオイーターやスコーピードッグを登録し、リエラに渡す。
二冊目である。
「さっきネッテさんたちに渡した魔物図鑑と同じモノよ。せっかくだからあなたにも渡しておくわ透明人間君。ギルドに持ってきてくれたらこっちで書き写すから、驚くような魔物を沢山登録してね」
僕が貰っていいのでしょうか? まぁ貰うけど。
「それと、死甦水について調べたいの。一つでいいから貰えない? そうね、報酬としてあなたのギルドカードを作成するわ」
僕のギルドカード?
「あなたのというよりはアルセちゃんの、かしらね。あなたの知り合いの魔物たちにもギルドカードを発行するの、元々ギルドマスターと考えていたことなんだけど、これを機に魔物たちの知能に付いて考えだした上の人も多くてね。試験的に始めてみようかと思っているのよ。ほら、近くの町でオーク達が働き始めてさ、彼らもギルド登録出来ないかと相談が来てるのよ」
たぶんバズ・オークの村なんだろうけど凄い進歩だ。
で、アルセのカードを作る際に僕用のもついでに作ってくれるそうで、使う事は無いだろうけど一応パーティー登録してくれているのでギルド仕事を受けて成功させるとアルセのランクと共に僕のランクも人知れず上がって行くというものらしい。で、必要な時はカードを提示することもできるし、万一の時に備えられるのだとか。よくわからないけどくれるものは貰っておこう。
「ああ、そうそう。あの葉っぱ人間なんだけど、種族名がアンダカギオギオとかいう存在だって最近わかったわ」
ついでにどうでもいい情報をくれたコリータさんに別れを告げて、僕とリエラはギルドを後にした。
「それにしても、透明人間さんは本当に凄いですね」
そうでもないよ? どこら辺が凄いの?
聞いてみたいけど彼女に僕の言葉は聞こえない。それが、少しもどかしい。
見えない存在。この世界に本当に存在できているのかすら分からない僕。
僕は本当に、何者なのだろう? そして、この世界で何をすればいいんだろう?
もしも姿が見えていたなら、リエラは僕を好きになってくれたりしただろうか?
エンリカとバズ・オークみたいに、デートをしたり、してくれただろうか?
きっとない。そして、これからも、僕が透明である限り、そんな奇跡は起こり得ない。
「何してくれますのッ! 奴隷風情がッ!!」
なんとなく、自己完結で落胆していた僕は、そんな声に顔をあげた。




