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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。

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デートっぽいこと

 大海原に浮かぶウェンチア島は、四〇〇平方キロの広さがあるそれなりに大きな島だ。

 中心付近に宿屋通りがあり、その周囲に先住民の住む地区が広がる。そして島の外周を囲うように商業地区が広がっていた。

 そこではウェンチア島の特産品を売る商店はもちろん、食事処もたくさんある。海鮮から海の動物の肉料理、海の植物をふんだんに使った野菜料理など。

 食事は、何も店に入るだけではない。アズパイアの大通りと同じように、屋台も多数出店しているのだ。

 そして、今ウェンチア島はお祭り騒ぎである。熱気がすごい。その理由は、ガルゲン帝国から王族がここシーヤックを訪れる予定だというのだ。一両日中にはウェンチア島にやって来るらしい。最終的な目的地は王都ウェネーフィクスらしいと、情報に聡い商人の一人が教えてくれた。

 ガルゲン帝国からの王族とはこれまた大きな客だ。世界最大の大国からの王族の行脚ともなれば、大きな一団となるだろう。ウェンチア島の宿屋が軒並み借り上げられたのも、王族を迎え入れるためだと考えれば納得がいく。まあそのお陰でテイラーとミントに出会えたのだから、運命とは数奇だ。

 魚の串焼きにかぶりつきながら歩く。前を見ながら、ちらりと意識を後ろに向ける。付かず離れずの距離をずっとついてきている六人の集団。一般人相手なら通用するだろう尾行は、太一とミューラ相手には稚拙としか言えない。

 因みに凛は宿屋で留守番だ。無論理由あってのこと。過去二年もの間、取ろうと思えば取れた強引な手段を取らなかったミジックである。その理由はミントに首を縦に振らせればダメージがより大きいだろうと考えているのだと、テイラーが言った。人心掌握に長けると評される通りの陰険さだ。その一因に、テイラーとミントでは大きな反抗が出来なかったことも起因しているはずだ。

 今回、太一たちが大きく反撃に打って出る。あまり考えたくはないが、ミジックが激昂して暴力に訴えて来る可能性も否定できないのだ。それを鑑みて、適切な人選として残したのが凛である。

 Aランク冒険者であるスソラと互角に渡り合った凛の敵となるような者はそうそういない。そして何よりも大きな理由は、放火対策だ。フォースマジシャンである凛ならば、火を放たれても簡単に鎮火できる。この周囲は他の宿屋が密集している上、自身のテリトリーであるウェンチア島で暴れて商売を破壊する気はないミジックが放火という極端な手段を取るとは思えない。それでも念のためだ。因みに凛の心境は、理屈は理解できるが感情は納得いかない、だ。もちろん大事な役目なのは分かっているが、太一とミューラがデートに行くことには変わりない。この一件が片付いたら今度は自分の番、と心の中で拳を握る。全く表に出さなかった上での決意だったので、太一もミューラも気付いてはいないのだが。

 そうして自分達に出来る限りの磐石な布陣を敷いた後で、こうして撒き餌として太一とミューラは自らを街に放った。思惑通りというかなんというか、太一たちが客になったという情報は既に先方の知るところなのだろう。宿を出て少ししてから、ずっとつけられていた。彼らは、最初から気付かれているとは夢にも思っていないだろう。意図的に一度も振り返っていないし、デートのように装っているのだから。


「おっ。このジュース濃くてうめえ」


 ミューラの思考を、太一の声が引き戻した。

 屋台のおばちゃんから買ったジュースは、目の前で焦げ茶色の芋のような植物を機械で搾ったもの。味としては、生搾りサトウキビジュースである。中学の修学旅行で行った時に飲んだ味が思い出された。

 因みにこれは砂糖の材料にもなる。「海の粉雪」と呼ばれるそれは、一つから一グラムも採れないため高級品だ。


「だろう? それはシーフルーツっていうんだ。海の中になる果物だよ」


 恰幅のいいおばちゃんはからからと笑って答えた。

 海の中になるからシーフルーツ。まんまなネーミングだ。思わずそう呟くと、奇をてらうより分かりやすいだろう? と解説され、なるほどと納得した。そのネーミングは旅行客のためにつけられたものらしい。さすがはエリステインきっての観光地だ。初めて訪れる者のことをよく考えている。


「ミューラ。飲んでみろよ」


 差し出されたカップを思わず受け取ってしまった。

 しまったと思ったがもう遅いここで飲まないのはむしろ不自然に見えてしまう今はデートのように見せると二人で話したのだならば彼女に飲み物を分けるというのは不自然ではないむしろ恋人ならばこれくらいは普通にやるだろう。

 ……と高速で頭を回転させるミューラは、飲まなくても不自然でない手段に気付いていない。恥ずかしがる演技をしながら突っ返せば、初心な年頃の少年少女に見えるのだ。おばちゃんが見てる前で間接キスをするのと、イチャイチャする姿を晒すのとどちらが恥ずかしいかは微妙なところだが。

 彼女にとって歳の近い異性の友人は太一が初である。もちろん恋人など出来たことはない。なので、こういうときどんな顔をすればいいのかが分からない。だがこの場では飲むのが自然だと頭は理解していた。

 一方の太一は平然としているし、二人きりにも関わらず不自然な様子をまるで見せない。

 太一とて全く緊張がないわけではない。だが地球にいた頃から女子との会話が苦手なわけではなかったし、何より凛と仲が良かったのでそれなりに免疫があるのだった。


「……っ」


 理屈で感情を捩じ伏せて、ミューラは飲む決意を決める。そして、太一がカップのどの辺に口をつけたか、深い思考に陥ったお陰で完全に失念した。

 太一に「飲まないのか?」と言われる。これ以上引き伸ばすのは不自然だ。

 こういうこと、タイチは気にしないの?

 もしかして、慣れっこなの?

 ちくりとミューラの胸を何かが刺す。それが何かは分からないが、ミューラは無性に悔しくなった。


(……もお!)


 ぐっとカップを煽る。ぐいぐいと流し込む。

 太一が「ちょ」と驚いているが知ったことではない。味わう余裕などない。大した量じゃないし空にして突き返してやる。

 そう思ってすべて飲んだ後で、コップを太一に手渡す。


「……うわあ。全部飲んじまったのか」


 太一はカップをひっくり返して振っている。一滴すら落ちてこなかった。

 彼が何故驚いたか。そして今のやや呆れた声色。その理由がよく分かる。


「……あまい」


 甘味は好物だが、ここまで強いとさすがに辛い。


「あんたあたしの話聞いてなかったのかい。強いからちびちび飲むように言ったじゃないか。彼氏みたいにホンの少しずつ飲むんだよ」

「っ……っっ!」


 聞き間違いでなければ、このおばちゃんは太一を彼氏といった。誰の? 今恋人役をしているミューラの彼氏という意味に決まっている。


「あーあ。やっぱ薄めてもらうべきだったな。興味本意で原液はまずかった」

「そうだねえ。あたしも薄めて渡すべきだったと思ってるよ」


 本来は水と一対一で薄めて飲むのが正しい方法だという。もちろん原液でも美味しく飲めるが、甘さが強いので先の説明の通り一口ずつ飲むのが常識とのことだ。

 口の中を支配する強烈な甘味を水で洗い流しながら、ミューラは運が良かったと思っていた。さっきは自分でも信じられないほどに気が動転していたのだ。

 水をくれた屋台のおばちゃんに礼を言ってコップを返す。その時にミューラにだけ聞こえる声で「ああいう朴念人にはガツガツいかなきゃだめさ。がんばんな」と応援され、せっかく引いた熱が戻ってきた。大きなお世話である。

 そんな他愛もないやり取りを一頻り繰り返し、冒険者という枠から外れて普通に観光地を楽しんだ。これは獲物を誘き寄せるための罠だが、より掛かりやすくするには獲物を油断させることだ。そうしておよそ一時間が過ぎる。素の状態は非常に優れた気配探知能力を持つミューラと、アクティブソナーを常時発動させていた太一にとっては、男たちが徐々に距離を詰めてきていることは筒抜けだった。一度周囲を確認する。人の往来。観光客もたくさんいるし、そこかしこに屋台もある。ここで事を起こす気か。どんな意図があるのか、探る必要があるだろう。

 少しずつだが確実に距離を縮める集団を背に、太一とミューラはアイコンタクトを交わし、小さく頷く。まずは受け身。あくまで巻き込まれた男女だ。


「よう。ちょっといいか」


 そう大して時間経たずに声が掛けられる。

 太一は振り返って驚いた顔をした。肉体的には立派な男が六人。ただの一般人であれば驚くだろう。


「……俺たち?」


 驚く演技とは難しいなと思いながら返事をする。上手く出来ているとは思っていないし、事情を知るミューラから見れば大根役者もいいとこだろう。しかし男たちは太一のリアクションに気を良くしたらしい。稚拙な演技でもターゲットを欺けたなら目標達成である。


「ちょっと話があんだよ」


 向き合う太一と男たち。さりげなくミューラの盾になるようにする。

 往来の人々は何事かと、距離を置いてこちらを観察し始める。

 端から見れば彼女を粗暴な男どもからかばう彼氏の図か。もっともこの光景をアズパイアの住人が見たなら、ミューラから男たちをかばう太一の図になる。太一もミューラも今は武器を帯びていないが、太一はそもそも武器の有無で強さが変わったりしないし、ミューラとて剣が無いと何も出来ないようなヤワな鍛え方はしていない。

 立場と知識が変われば見方が変わる良い例だ。


「話って、なんだよ?」


 怪訝そうな顔のまま、太一は問う。一歩引くようにして小細工も忘れない。


「なあに、大人しくしてりゃすぐ終わるよ」

「ちょーっと、『忠告』を聞いてもらうだけさ」

「忠告?」


 太一の反芻に先頭の男が頷く。


「そうとも。お前らは『海風の屋根』に泊まってるんだよな?」


 黙って肯定する。ほんの一瞬、周囲の空気が変わった。それはほんの些細な変化だったが、注意すれば気付くことができるものだった。


「わりぃことは言わねえ。あそこはいい宿じゃねえよ。今からでも引き払って別の宿にした方がいい」

「もうあの辺の宿は埋まってんだけど」

「そりゃあ気の毒だな。もうすぐガルゲン帝国からお偉いさんが来るからな。その為に宿は借り上げられちまったんだろ。お前らもその話は聞いてるはずだ」

「それは聞いてるけれど……あそこの宿が良くないって、どういうことなの?」


 彼らは殊更勿体振るような間を置いてから口を開いた。


「あそこの主人には盗癖があるんだよ」


 ミューラは自重した。つい反応してしまいそうになったのだ。

 盗み癖とはどういうことか。もしもこれが嘘ならば、テイラー夫妻は冤罪をかけられたことになるのだ。

 しかし一方で、男たちの言葉が言い掛かりであると証明できるものがないのも事実。人柄は信用に足ると太一たちは思っているが、「何故この人が」と思うような、一見そんな犯罪とは無縁そうな人が罪を犯すことは有り得る。何よりまだ知り合ってたった一日。そんな状態でテイラーのことを知っていると言っても「何を知っているんだ」と嘲笑わらわれるだけだろう。

 信頼を壊すのは簡単。だが築くのは大変なのだ。小さな事をコツコツと積み上げて、相手に信用してもらうしかない。太一たちにはBランク冒険者としての信用があるが、テイラー夫妻は太一のパーティーに対して信用をこれから築く段階と言えるだろう。太一たちから持ち掛けた依頼のため状況は特殊だが、そんな事情は当人たち以外は知るよしもないし、関係もないことだ。

 否定したくとも出来ず、かといって肯定も出来ず、太一とミューラは沈黙を選ばざるを得なかった。


「忠告はしたぜ。じゃーな」


 男たちはきびすを返して去っていく。小さくなっていく彼らの姿をしばらく眺めてから、太一は小さくため息をついた。これがミジックのやり方か。肉体的にではなく精神的にダメージを与えるやり方。

 殴りかかってこられた方が楽だ。しかしこうした搦め手でこられるとこうまで厄介だとは思わなかった。しっかりと隙間を狙ってきて、ピンポイントで突かれた。

 ファーストコンタクトはミジック側の勝利だ。


「タイチ。どうする?」

「うーん。奴等の言葉を鵜呑みにする気は更々ないけど、否定するだけのモンも持ってないんだよなあ」


 彼らの素性を聞けなかったが、仕方ないと思っている。そう簡単に尻尾は掴ませないだろうし、惚けられたらそれまでだ。「お節介焼いてるだけ」とでも言われたらそれこそ返す言葉がない。

 さて。どうするべきか。聞き込みをしてみるか。冒険者として聞き込みすれば情報を入手することは可能だろう。しかし太一は探偵などごっこ遊びでしかしたことはない。ミューラも賢い女の子だが、そういった依頼の経験はそこまで豊富なわけでもない。

 本人たちの証言、あの男たちの言葉。そして聞き込みをした場合に得られる情報。それらから判断して結論を出す必要がある。それなら、考えるのに頭数は多い方がいい。ひとまずは凛と合流することで落ち着いた。

 これがレミーアなら、この場で何か案が出ているだろう。予測が外れた時に選べる引き出しの数はまだまだ少なかった。






◇◇◇◇◇






 太一一行がシーヤックで厄介ごとに首を突っ込んでいる頃。

 入城するために列を作る人々を尻目に通行パスで悠々と正門を通過したレミーアは、品格が漂う部屋に通されていた。

 そこは客としてもかなり位の高い者のみが通される一室だ。現職の国王のみが発行を許される通行パスの持ち主を待たせるのに、半端な部屋では国の威信に関わる。まして訪れたのがレミーアとなれば、扱いはこれで普通と言えた。

 相当な年月を重ねた木から削り出して作ったとみられるテーブルの上には、湯気を立てるカップと飾り気はシンプルながらも絶妙なバランスに整えられた味を誇る焼き菓子。VIP扱いである。

 レミーアがここを訪れたのは、王立図書館を使うと知らせることと、太一たちが旅だったことの報告だ。現在は非常勤とはいえ軍属である。事後報告にはなるが一言言っておくべきだと考えたのだ。事前に許可を得なかったのは、軍属である前に冒険者だからである。無論召集されれば応じるが、あまり当てにされても困る。無礼は承知の上でレミーアはその選択をしたのだった。

 ティーカップに注がれた紅茶が無くなりかけている。扉前に控える侍女にそろそろ二杯目を頼もうかと考えたところで、部屋の扉がノックされた。

 侍女がそれに応じ、少しのやり取りの後、扉が静かに開かれた。


「いやはや。お待たせして申し訳ない」


 禿げ上がった頭を撫で付けながら、この国の政治部門におけるトップであるヘクマが入室してきた。レミーアの突然の訪問に、とんでもない大物が顔を見せる。彼が自ら出張るほどの客であるということだ。レミーアは立ち上がって応じる。


「突然ですまないな」

「何を仰る。いつでも良いと告げたのは他ならぬ陛下ですからな。貴殿らが気にすることは何もありますまい」

「そう言って貰えるとこちらも気が楽になる」


 社交辞令もそこそこに、レミーアとヘクマは対面に腰掛けた。

 会話の合間を見計らい、素早いながらも丁寧に出される紅茶。レミーアのカップも新しいものに交換された。相変わらずここの侍女は教育が行き届いている。


「仕事を中断させたようだな」


 宰相が暇なはずはない。それでもレミーアは地位が高い者との面会を望んでいた。どうせなら話が分かる者が面倒がなくてよい。


「はっはっは。これも立派な公務。無機質な紙の束相手よりはよほど重要ですな」

「それなら良かった。復興はいかがか?」

「まあ容易ではありませんな。しかし、簡単に終わっては遣り甲斐もないというものです」

「なるほど」


 この国に居を置いている身としては心強い言葉だった。

 レミーアは他の国に拠点を移しても構わないのだが、一般国民はそうはいかない。

 件の戦ではエリステインの対応に不備が少なからずあったとレミーアは思っている。が、どんな事柄であっても、所詮人間がやること。いかに優秀でも失策は有り得る。歴史を紐解いても、馬鹿げた執政がそのまま失政に変わり滅んだ国はいくつもあるのだ。レミーアとて人に言えないような恥ずかしいミスを犯してしまうことはあるし、今もなお、研究中にはちょいちょい発生している。

 問題はその失敗から何を学ぶかだ。


「せっかく来ていただいたのにあまりもてなしが出来ないのは申し訳ない。早速本題に入りたいのだがよろしいですかな?」


 ヘクマは両肘を膝の上に置き、前傾姿勢となってレミーアを覗き込むように見た。

 いくつか文言が省かれているが、彼がスケジュールにどうにか都合をつけてこの時間を設けたことくらいは説明されずとも分かる。


「私もそのつもりだ。用件は二点。一つは、今日からしばらく王立図書館を使わせてもらうと連絡しに来た」

「ふむ」


 レミーアは王立図書館の立ち入り禁止区域に足を踏み入れることは可能だ。いちいち王家から許可を得る必要はない。それでも前もって報せに来たレミーアに、ヘクマは素直に好感を覚える。


「よろしいでしょう。好きなだけお使いくだされ」

「そうさせてもらおう。そしてもうひとつだが」


 レミーアは一瞬呼吸を挟む。


「タイチたちは、数日前にガルゲン帝国へ旅立った」

「……ほほう」


 ヘクマは身体を起こした。なるほど。軍属の身であるために、一応の報告に来たということか。

 事後報告だったことの意図も、ヘクマは正確に受け取っていた。そう当てにするなと言われているのだ、と。


「旅立ったといえ、別に離別した訳ではない。あいつらの心情的には、旅行というところか」

「旅行ですか!」


 他国への旅を旅行と捉えるあの三人に、ヘクマはなんだか愉快になった。長旅はそんな簡単なものではない。

 今は自由に呼び出すことは出来ないが、彼らとのパイプの、なんと心強いことか。ジルマールは英断だったとヘクマは再認識した。


「一頻り旅を続けたら戻ってくるだろう。まあしばらくは無いだろうが」

「ふむ。仕方ありませんな。軍属である以前に冒険者ですからな。彼等を本当の意味で縛り付けることは国にもできますまい」


 この場合、例えば物理的に縛り付けるというのは無しだ。

 もちろんそんな話をしているのではない。冒険者は、己の行動に責任を背負う代わりに自由を購える。例え身体的に縛り付けたとしても、彼らの心まで縛ることはできないのだ。それは何も太一たちに限った話ではない。


「うむ。そういうわけでな。しばらくはあいつらを頭数に入れずに物事を計算するのが賢明かと思う」

「同感ですな」


 レミーアの提案にヘクマは頷いた。自分の能力と地位に矜持を持っているヘクマだが、一方で優れる者の言葉を聞き入れる柔軟性も持ち合わせていた。まあこの場合は聞き入れるもなにも、それしか選択肢がないのだが。


「私からは以上だ」

「確かに聞き届けました。では、こちらからも少し良いですかな?」

「何か?」

「二点ほど、こちらにもありましてな」


 これから喋るため、ヘクマは紅茶で喉を潤した。


「一つは、タイチ殿、リン殿、そしてミューラ殿に二つ名を与えようかと話が持ち上がっているのです」


 レミーアはぴくりと眉を上げた。


「彼らの意向を考えずに一方的に出ている話ではあるが、一先ずそれは横に置いて」


 一呼吸が挟まれる。


「問題は、タイチ殿に対する適切な文言が出ないことですな」

「ああ」


 それは理解できる。スケールが大きすぎてどんな言葉を当て嵌めれば適切かが分からない。二つ名は、その者が「こんな信じられない成果を上げられる」という指標のようなものでもある。

 そして太一の実力は、単騎で世界を手中に納めることも可能なほど。常識など通用しない。


「うーむ。いざそれを考えると、確かに頭を悩ませるな」

「でしょう? まあこの話は彼等に感謝をしている一部の兵や文官が勝手に言い出していることでもありますがな」


 いつの間にかそれが中央部にも浸透し、受け入れられるかはともかく提案してみようという方向になっているらしい。


「史上最強、とでもつければよいのではないか?」

「……その文言がこれほど似合う御仁も珍しい」


 レミーアは茶化しているわけではなく、至極真面目だ。使い古された陳腐な言葉であることは確か。だが、この国の祖である大賢者レスピラルでさえ、太一には敵わないのではなかろうか。レスピラルは大賢者とも、勇者とも呼ばれる、この世界で知らないものなどいないほどの偉人。

 そのような偉大な存在に比肩すると言われても全く疑問を抱かないのが、太一の凄まじいところだ。


「というわけで、彼らがそれを望むにしろ望まざるにしろ、提案をしてみることそのものに、我々は前向きなのですわ」

「分かった。それはいずれ本人たちに会ってから直接聞いてみるとよかろう」

「そうします。続いて二つ目ですが」


 ヘクマが微妙な顔をする。なんとなく、あまりよろしいことにはなっていないとレミーアは予測を立てた。


「ふむ。何があった?」

「実は、タイチ殿のことは、既にシカトリス皇国、ガルゲン帝国の上層部に露見しているのです」


 レミーアは目を閉じた。ヘクマの言葉の意味をじっくり吟味し、ややあってソファーの背もたれに身体を預けた。


「……やはりか」


 ついにそうなったかと、レミーアは考えていた。

 他の国に太一のことが知られるのは時間の問題だった。内戦で荒れるエリステインのことを、シカトリスとガルゲンが注視していない訳がない。

 その戦が終わった。太一がとんでもない手段で強引に終わらせた。もちろんそれは報告として渡るだろう。


「今のところ両国とも目立った動きは見せていませぬが、シカトリス皇国はタイチ殿に会ってみたい、と」

「そうだろうな」


 太一ほどの力があるなら、興味が沸くのは当然のこと。レミーアとて、太一と全く接点がなくこの話を聞けば、一度会ってみたいと思っていただろう。


「まあ、それについては、本人たちに聞いてほしいと答えましたがね」

「……」


 中々意地の悪い返答をする。レミーアはヘクマの顔を見る。彼は笑っていた。思わず釣られて人の悪い笑みを浮かべた。その言葉には様々な含みが持たされている。額面通りに受け取ることはないだろうが、この言葉でシカトリスも慎重になるはずだ。察しなければならない一番の情報は「エリステインは太一を御しているわけではない」ということ。やるやらないは別にして、エリステインを陥落させることそのものは難しくないと太一は明言したのだ。エリステインと軍事力でそう差がないシカトリス皇国も自ずと知れる。世界一の軍を持つガルゲン帝国でさえ、太一の前では無力だろう。どうやれば彼を御せるのか逆に聞いてみたいところで、打つ手なしと見たエリステイン魔法王国は彼と仲良くやるという選択をしたのだ。

 エリステインよりもシカトリスが上手くやると言うならばそれはそれで仕方がない。ヘクマからはそういった意図が感じられた。


「では、それについては私からタイチたちに尋ねてみよう。シカトリス皇国の女狐が強く望んだなら、会うことになるだろうな」

「女狐とはまた」


 それがシカトリス皇国を統べる女皇を指すことは確認するまでもなかった。かなり過激な発言だが、ヘクマは咄嗟にフォローの言葉がでなかった。本音では同じことを考えているのだ。

 とはいえ、太一と凛は自らを小市民と宣言している。あれだけの力を持っているが、太一たちは決して野蛮ではない。国王ジルマールに対して礼節を保ったのだから。


「とにかく、タイチ殿、リン殿へ伝言お願い致しますか」

「承ろう」


 その後幾らかの雑談に興じ、ヘクマは公務へ、レミーアは王立図書館に向かったのだった。

2019/07/17追記

書籍に合わせて、奏⇒凛に名前を変更します。

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