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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。

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変わらぬ日常。変わる心境。

 感じる草の匂い。
 踏み締める大地。
 久しぶりの感触だ。
 青い空。
 白い雲。
 昨晩降った雨の足跡が、草たちに潤いを与えている。
 太一は空を見上げて、懐かしい感触を思う存分味わっていた。
 マーウォルトの会戦から三ヶ月。
 はるか三〇〇キロ離れたアズパイアでも、少なくない影響があったらしい。物資や食料、人材の面で。
 大貴族が処刑され、それ以外の貴族にも処分が下された。エリステイン魔法王国を回していたのは当然ながら王家のみではない。エリステイン魔法王国の国土面積は、上から数えて四番目に広い。それだけの国土を王家だけで統治するのはどう考えても無理がある。だからこその貴族であり、彼らに権利を貸与して管理を任せることで国として体をなしていたのだ。
 その貴族たちは降格処分が言い渡され、軒並み力が減っている。反逆罪に問われたのだから当然だ。本来は処刑及び爵位剥奪が妥当なところである。しかしそれをやってしまうと国の機能が麻痺してしまう。苦肉の策として、例外的に反逆罪の罪状に執行猶予を設けた。エリステイン復興に尽力し、結果を出せば処刑、爵位剥奪の免除を条件に。
 爵位剥奪と処刑を免れるチャンスがあるとあって、貴族たちは勤勉に、必死に職務に励んでいるという。王家に従わない選択も彼らにはあったが、出来なかった。此度の内乱でどの家も疲弊しきっていた。更にドルトエスハイムという絶対的なリーダーがいない以上、簒奪を企んでも纏まれない。最終的には仲間内で潰し合う形になるのは目に見えていた。
 それでも己の力を過信した愚かな貴族は確かにいて、再度反旗を翻したのだが、結局は王家がろくに迎え撃つ必要さえなく同士討ちで自滅していった。
 家を建て直さねばならない他の貴族たちにとって、その姿はとても滑稽に見えた。同じ轍を踏むまいと皆が自重した結果、それ以上の反抗はなかった。
 そもそもが貴族にとって最悪の罪である反逆罪に問われながら、爵位が未だに手元にあるのだ。失うはずだったものが残った上に命まで助かっている。それをみすみす手放すよりは、がむしゃらにしがみついた方が利口というものだ。
 そういった情報はベラからレミーアを通じて聞いていた。ベラとは文通のようなやり取りをしているらしい。
 マグマのごとき熱意ですがりつかれ、逃れるために思わず了承してしまったという。その時のことは思い出したくないと頭を抱えるレミーアであるが、ベラが相手ともなれば深度の高い情報も手に入れられるとほくそ笑んでいるあたり、やはり敵に回したくない部類の女だった。
 そんなことを考えながら、吹く風に身を委ね、流れる雲に視線をやる。
 のどかである。
 実に見慣れた光景だ。
 冒険者としてなら当たり前の光景だ。

「おいガキぃ。空なんか見上げてお祈りかあ?」

 もしかしなくても太一に向けて放たれた言葉。

(うん。実に日常だ)

 目の前で下卑た笑みを浮かべる盗賊団も見慣れた光景である。
 アズパイアに戻ってから冒険者稼業を再開し、太一たちは積極的に盗賊の討伐依頼を引き受けていた。依頼状にDEAD OR ALIVE と明記されるものを選び、捕縛するのだ。
 「生死を問わないなら捕まえりゃいいよな」という単純な考えから。普通は「生死を問わないなら殺せばいいし楽だな」となるはずだが、そこは太一と奏である。自警団や警備組織に引き渡したところで縛り首なのは分かっている。直接手を下すかそうでないかの違いだけ。命の重みを理解しているからこそ、更なる被害拡大を食い止めるのが急務なのだ。
 マーウォルトの会戦によって混乱した国内において、他者から奪って懐を豊かにしようとする不届き者が格段に増えた。その中には元々の盗賊はもちろん、元冒険者という連中もいる。うだつの上がらない冒険者稼業でコツコツやるよりも、余所様から奪えば楽だと、倫理観を失った輩が相次いだのだ。
 そういった者の相手は自警団たちでは荷が重い場合も多く、腕の立つ冒険者は必然的に忙しくなる。
 アズパイアとユーラフもそれに漏れず盗賊の被害が多発したため、太一のパーティーは忙しい日々を送っていた。
 ずっと考えに没頭していた太一は、改めて盗賊団に目を向ける。
 筋骨隆々で悪い目付きの男たちが一六人。護衛対象の商人の馬車を半円状に取り囲んでいる。一方の護衛組は太一たちパーティーを含めて七人。数的には半数以下、圧倒的に不利に見える。だからこそ盗賊たちも強気なのだが。
 彼らの主張は「積み荷と女を置いていけば皆殺しで許してやる」だ。全く頭の悪さが極まっている。きっとその肉体よろしく頭の中まで筋肉と化しているのだろう。鍛え方が間違っている。いや、鍛え方を考える頭がないから脳筋になったに違いない。まともに相手すればこちらまでバカになりそうである。

「太一、太一」

 奏にちょんちょんと服の裾を引っ張られ、太一は我に返る。

「何だよ奏」
「声。だだもれ」
「声に出てた? どこから?」
「頭の悪さが極まってる、から」

 最初からだった。
 よく見れば盗賊たちは顔が真っ赤だ。
 それに合わせて馬車に乗る商人たちと、護衛依頼を受けた冒険者たちの顔が真っ青だ。顔色の綺麗な対比が出来上がっている。
 ミューラをだけは、額に手を当てて俯き加減に頭を左右に振っていた。
 一般的に「やらかした」状態らしい。ならばその責任は取るべきだろう。
 全員が馬に乗っている。その機動力は厄介だ。まずはそこから削り取ることに決めた。
 太一は肩に担いだ大きめの麻袋を地面に横たえた後、その場からかき消えるように移動した。一般的には縮地と呼ばれる神速の歩法。太一からすれば強化を脚力に多目に割り振れば割りと簡単に再現できるものだ。
 これを極めるために生涯を費やす武術家も多数いるということから何となく申し訳ない気持ちになりながらも、対人対魔物問わず非常に有効なため重宝している。
 目で追うことすら許さない速度は、太一が懐に潜り込むどころか、攻撃を受けるまでその動きに気付かせない。

「ごはっ!」

 側頭部に回し蹴りを喰らい落馬する盗賊一。どたんと地面に落ちる。乗り手のコントロールを失った馬が前足を上げて嘶いた。

「さーてどんどん蹴り落とすぞー」
「なっ! てめえいつの間に……」

 とわめく間に更に二人が落馬した。

「お前らはここで捕らえるけど、馬に罪はないからな」

 だから馬は逃がす。そう告げた声を置き去りにするかのような速度で盗賊たちを次々と大地に叩き落とす太一。もちろん音速には遠く及ばない速度だが、そう錯覚してしまうような速さだった。
 ざっくり数えて十数秒。盗賊たちは皆地面に這いつくばって呻いていた。
 知覚不可能な速さで近寄られて、手加減しているというのが慰めにならないような強烈な蹴りを受けたのだから、すぐに立てと言うのは酷だろう。
 盗賊たちは運が悪かった。彼らは太一たちを知らなかった。ここ最近アズパイアとユーラフ付近にやってきたのだ。
 通常の冒険者の数倍の効率で次々と盗賊を壊滅させていく凄まじい冒険者パーティーがいるという情報は、ここら一帯の盗賊たちが共有する情報だ。いや、正確には共有していた情報だ。冒険者ギルドも太一たちもまだ裏は取れていないが、つい先日ここいらを根城にしていた盗賊たちが全員討伐されたのだ。
 情報を持っていた盗賊が全員いなくなってしまえば、手に入れようがない。
 金と女を求めて意気揚々とこの地にやって来たハイエナは、実は更なる上位捕食者が仕掛けていた蜘蛛の巣に見事に引っ掛かったのだった。

「何やってんの。とっとと縛り上げるわよ」

 美貌と実力、更に金の剣士の名声にものを言わせたミューラが、呆然とする冒険者たちを叱咤する。
 両手を後ろ手に縛られ、更に縄で全員を繋がれた盗賊たち。自殺できないように口には布切れが押し込まれている。
 武器は剥ぎ取られて一所に集められている。そして周囲には三人の冒険者。その中の一人である太一が、適当に見繕った盗賊の一人と目線を合わせるべくしゃがんでいる。
 徐に出された右手に男がびくりと震える。

「俺たちはユーラフに向かってる。自分達の足で歩いてユーラフの自警団に出頭するか、この場に放置されて魔物か野性動物の餌になるか、ゴブリンの巣に放り込まれるか。好きなの選んでいいぞ」

 指折り数えて提示された選択肢には、どれひとつとして救いがない。彼らは愕然とした。自分達は奪う強者のはずだ。それが今、生殺与奪を握られて弱者に成り果てている。

「ひ、一思いに殺せ!」
「嫌だね」

 男の強がりを太一は一蹴した。

「お前ら、抵抗できない相手に散々酷い目に遭わせてきたんだろ? それで人に頼み事とか図々しいと思わないのか?」

 自業自得と言わんばかりの太一の態度。

「早く選べよ。選ばないなら面倒だからゴブリンの巣に放り込む」

 ゴブリンは人間の女を繁殖用にさらうことがある。それは毎年世界のどこかで起きる事件であり、ゴブリンの巣が冒険者の的になる主な理由だが、それだけではない。ゴブリンは人間の男もさらう。繁殖用でもなければ食らうためでもない。動物よりはるかに知識に優れ、簡易ながら社会的な組織も作るゴブリン。男女問わず役目が終われば食料にするのだが、男の場合は狩りの練習に使われる的が主な役目だ。或いはもっと単純になぶり殺しの標的か。殺さぬようじわじわと傷つけていくのだ。その残虐さは、縛り首が慈悲にすら思えるほどだという。それこそが、ゴブリンが討伐対象である理由のひとつだが。

「わ、分かった! ユーラフまで歩く!」

 ゴブリンの劣悪さは知っていたのか慌てて頷いた。
 ふう、と息を吐いて立ち上がりきびすを返す。これから雇い主の商人に盗賊どもを護送すると伝えなければならない。
 幸い道程は半分以上通過しており、明日の夕方前には着くだろう。荷馬車は満杯まで荷物を積んでおり護衛の冒険者は徒歩である。その前提があったからユーラフに連れていくという選択ができた。

「お疲れさま」

 横に並ぶ奏にそう労われる。やはり脅しは慣れない。精神的にも結構疲れる。
 正直、彼らを殺すために街まで守るというのは矛盾していると思う。しかし司法国家出身としては、現地の法できちんと罪を裁かれることにこそ意味があると思うのだ。ミューラとレミーアには効率が悪いと言われた。確かにその通りである。だが、自分の心には嘘をつかないと太一は決めたのだ。やりたいようにやる、と。最終的には太一と奏の考えを支持してくれて、協力も惜しまないと快諾してくれたミューラ、レミーアには感謝してもしきれない。
 今回の護衛では、道中の食事などは依頼者の商人持ちだ。だが盗賊たちに分け与えるほど食事や水分の余剰はないときっぱり言われた。それも当然である。彼は商人でボランティアではない。商人の返答は予想通りだったので、パーティーの持ち物を与える分には構わないだろうと交渉し、了解を得た。太一が担いでいた麻袋がそれだ。
 日が落ちてきたので街道を少し外れてキャンプを張る。
 馬車から少し離れたところで縛ったままの盗賊の口に、パンを一個ずつくわえさせた。

「……なんで飯をくれるんだ」

 昼間太一が脅した男が、そう問いかけてきた。それもそのはずで、彼らは捕まれば死刑が決まっている重犯罪者、盗賊である。普通に考えれば、彼らがどれだけ飢えようと太一らにとっては関係ないはずなのだ。
 パン一個が豪華な食事とはお世辞にも言えないが、何も口にできないと思っていた彼らにとってはご馳走にも等しい。
 だからこそ、当たり前のようにパンを差し出してきた太一の意図が分からなかった。

「俺たちはあんたらを護送してる。ユーラフまでは無事に届ける。水も飯もなしに歩き続けられるほど、この草原は甘かないからな」
「……」

 倒れてもらっちゃ困るんだ、と言って太一もパンをくわえた。
 アズパイアからユーラフまでは街道を一直線。途中で出る魔物や野性動物も、多少武器が扱えればなんとかできないこともない。現に普段はこの街道を行き来するのに護衛の依頼は滅多に出ないのだ。今回この依頼が出されたのは多発している盗賊を警戒してのことであり、事実その憂いは的中したのだ。商人からすれば護衛依頼を出して大正解だった。
 話が逸れたが、この街道を行き来するのは難しくはない。だがそれは十分な準備をした上での話だ。
 前準備も無しに踏破することは不可能である。食糧は狩りをすればなんとかなるが、この辺には小川などの水源からかなり離れているため、水分の補給が出来ないというのは相当にまずい。せめてたっぷりの水を用意しておくのがこの街道を歩く上での常識だ。

「ほれ、水だ」

 麻袋から水の入った皮袋を取り出して回し飲みさせる。縛られたままなので太一に飲まされる形だが、贅沢は言っていられない。
 全員に水を飲ませた太一は、空になった皮袋を投げ捨てた。

「張り番は俺たちのパーティーがやる。見捨てないから安心しな」

 太一はそう言って立ち去る。決して大きくはないその背中を、男たちは眺めていた。





◇◇◇◇◇





 あれからは特に問題も発生せず、見込み時間からはそう外れないうちにユーラフに到着した。もう少しすれば夕方になる。
 久方ぶりに訪れたユーラフは、大分復興してきていた。魔物の大群が残した爪痕も、もう少しすれば見えなくなるだろう。とはいえまだまだ壊れたままの建物も散見される。完全に戻るには今しばらく掛かることだろう。
 無事荷物をユーラフに届けることができた商人は、依頼書に完了のサインを記入して村長の元へ去っていった。
 彼はアズパイアからユーラフへ復興用の資材を届けるべく派遣された商人だ。依頼人はアズパイアの貴族。太一たちに支払われる報酬も、その経費に含まれるのだと彼は言っていた。その経費に盗賊の飲食代を含められないのは当然といったところか。
 道中を共にした冒険者たちと別れ、太一たちは盗賊を自警団の元へ連れていく。何を思っているのか、彼らは素直に太一に従った。暴れるか自殺を試みるか、すんなりと行かないだろうと考えていた太一らにとっては意外な反応だった。
 すれ違う人々が、太一たちが連れている盗賊たちを見てぎょっとする。粗野な格好の盗賊は一般人からすれば恐怖以外の何物でもない。しかしその恐怖の対象である盗賊たちが全員にお縄を頂戴しているのを見て、彼らを引き連れている太一たちに視線が集まった。注目されるのはいい加減慣れてしまったので三人は気にせずずんずん歩く。
 自警団の詰め所は木造二階建て。常時待機している者もいるためそこそこ大きい建物だ。
 その玄関をトントンとノックする。

「なんだ?」

 そう言いながら出てきた壮年の男は、眼前に広がる光景に固まる。盗賊がずらりと並んでいるのだから無理はない。いったい何が……と顔を巡らせ、「ああ、なるほど」といった様子で頷いた。太一、奏、ミューラといえばアズパイアとユーラフを守った英雄。盗賊の一〇人や二〇人、捕縛するのは訳ないだろう。

「盗賊捕まえた」
「こちらで引き取ればいいのだな?」

 太一は頷き、持っていた縄を手渡した。

「では、責任を持って引き受けよう」
「よろしくお願いします」

 奏が頭を下げた。礼儀正しさは相変わらずである。
 自警団の男が建物に入っていく。導線を避けて退いた太一に、声がかけられた。

「あんがとよ」

 思わず男たちに目を向ける太一。しかし彼らは振り返らずに建物に入っていった。

(ありがとう、か……)

 彼らを待つのは死刑である。それが分かっていながら、感謝の意を述べられた。その声色はどこか清々しいもので、どのような心境で呟かれた言葉だったのだろうか。
 自分で手を下さなかっただけで、彼らを間接的に殺すのと同義だ。
 それでもなお感謝をされた。
 盗賊たちの心に宿っていた思いとは何なのだろうか。

「タイチ」

 声をかけられてそちらに身体を向ける。
 奏とミューラが笑みを浮かべていた。

「簡単には分からないと思う。ゆっくり考えよう?」

 私も分からないから、と奏は言う。

「何はともあれ、やるべきことはやったわ。あたしたちは正しいことをしたのよ」

 ミューラがそう励ましてくれた。
 そうだ。間違ったことはしていない。その自負はある。盗賊たちが更なる罪を重ねるのを未然に防いだ。すなわち彼らによって生まれたかもしれない被害者が救われたことになるのだ。

「そうだな」

 すぐに答えが出ないものをこの場所で悩むのは建設的ではない。とりあえず宿をとってゆっくり休める場所を確保するのが先だ。ずっとテントに寝袋だった。宿屋ではベッドで寝るという贅沢が待っている。
 まずは宿へ行こう。それから、明日からのことを詰めよう。やることがなくなった訳ではない。
 そう思って一歩を踏み出したところへ。

「あれ、タイチ君? カナデちゃん?」

 横合いから名前が呼ばれた。そちらに顔を向けると、紙袋を抱えた太一たちより少し年上の少女がこちらを見ていた。
 太一と奏を認めて、彼女はこちらに小走りで駆け寄ってくる。後ろで一本に束ねられた亜麻色の髪が左右に揺れる。

「やっぱりタイチ君とカナデちゃんだ」
「あ……」
「えっと」

 彼女のことは見覚えがある。しかし名前がぱっと出てこない。

「ひどいなー。忘れたのー?」

 人懐っこい笑みを浮かべてクスクスと笑う。取り立てて美人ではないが、笑うと可愛らしい、また少し高めの声も魅力的な女の子。

「メーヌよ。ホラ、娼館で会ったじゃない」
「ああ!」
「メーヌさん!」

 思い出した。アズパイア攻防戦でユーラフに来たときに、太一と奏をロゼッタの元へ連れていってくれた女の子だ。

「久し振りだね。依頼で来たの?」
「そうそう」
「護衛の依頼です」
「へえー。いいなあ冒険者。私もなろうかなー」
「メーヌさんは買い物ですか?」
「そう。日が落ちたらお仕事だからね。その前にご飯食べなきゃ」
「晩飯の買い出しか」
「昼夜逆転生活だから、朝御飯みたいなものだけどねー」

 二時間前に起きたし、と言って、からからとメーヌは笑う。
 ユーラフの住人がアズパイアに身を寄せていたとき、一回話す機会があった程度。彼女の言う通り、会うのは久し振りだった。

「タイチ、カナデ。こちらは?」

 ミューラが尋ねてきた。彼女とは面識がない。常に行動を共にしている訳ではない。メーヌと会ったときは丁度ミューラは別の用事で一緒ではなかったのだ。

「ああ、この人はアズパイア防衛戦でのユーラフの生き残り」
「メーヌよ。娼婦やってるわ。よろしくね」

 娼婦、という言葉に一片の曇りもなかった。金を稼いでいる以上、仕事として誇りは持っていると胸を張った通り、プロ意識故だろう。

「あたしはミューラ。冒険者よ。タイチとカナデとパーティー組んでるわ」

 メーヌはミューラを足から頭までまじまじと見詰めた。いやらしさは無いが、その視線にミューラは右足を引く。

「な、何?」
「あ、ごめんね」

 自分の視線が不躾だと気付いたのだろう、メーヌは即座に謝り、その理由を明かした。

「えっとね。あまりに美人さんなので、ついネットリ見詰めてしまいました」
「ネットリ言うな」
「あたっ」

 ぺし、と奏の突っ込みが入る。頭をはたくと言うよりは触れるような突っ込みだったが、律儀にリアクションを返す辺り、メーヌのノリの良さが窺える。

「ほ、褒めても何も出ないわよ?」

 ボケ混じりだったが、メーヌが下心なしで本音で褒めたことが伝わったのだろう。ミューラは少しほほを染めてそう返した。

「あら、照れ屋さんなのね」
「俗に言うツンデレですな」
「つんでれ?」
「普段ツンツンしてるけど、ここぞというときに照れたり素直になったりしてギャップが可愛い人のことです」
「ッ……!」
「なーるほど」

 太一は無自覚である。
 自分の発言が相手にどうとられるかを考えていない。
 近しい相手ゆえ、油断しているというのもあるだろう。

「変なこと吹き込まない!」
「ぁいてっ!」

 今度は本当にはたいた奏の突っ込みが太一に炸裂した。そこに少しモヤモヤした感情が込められていたことに、太一が気付くのはいつになるだろうか。
 その傍らでは、ミューラが顔を紅くしているのだった。

「ふふ。貴方たち本当に仲間なのね」
「へ? どゆこと?」

 その声色に若干の羨望が含まれていたことに、鋭い奏とミューラも気付かなかった。憂いの感情は本当に一瞬だったのだ。

「何でもないよ。っと。そろそろかな」

 メーヌは来た方向に顔を向ける。そこには見知った顔があった。

「ロゼッタさーん!」
「メーヌ、そこにいたの。……あら」

 名前を呼ばれてこちらに歩いてくる妙齢の女性。太一と奏も良く知る彼女は、歩み寄りながらこちらに気付いたようだ。

「坊やにカナデちゃん。久し振りねえ」

 相も変わらずというか、それだけで男の心を蕩かすような笑みを浮かべるロゼッタ。勘違いすることなかれ、彼女は狙ってやっているのではない。ナチュラルなのだ。

「ロゼッタさん」
「お久し振りです」
「会えて嬉しいわ。……っと、その子は?」
「えっと、タイチ君とカナデちゃんのパーティーメンバーで、ミューラちゃんです」
「そう。はじめまして。ロゼッタよ」
「ミューラよ。タイチがお世話になったみたいね」

 ロゼッタはきょとんとして、それから右手をひらひらと振った。

「そんなことないわ。お世話になったのはむしろ私たち。貴方たちのおかげで、私たちはこうして生きているのだから」

 ロゼッタの後ろでメーヌがうんうんと頷く。
 あの日、ユーラフは破滅の危機を迎えていた。バラダーのパーティーが粘っていたものの、数の暴力の前には穴も生まれる。そこを突かれるのは時間の問題だったのだ。
 結果としては太一と奏がこの街を訪れたことで何とか事なきを得た。しかしあのタイミングで太一と奏がここユーラフに来れたのは、アズパイア防衛隊の必死の掃討戦があったればこそだ。ロゼッタやメーヌはもちろん、ユーラフの住人はアズパイアの冒険者に対して大きな恩義を感じているのだ。
 その最たる恩返しとしてユーラフが選んだのが、一日も早い復興である。命を賭して守った街が元通りの姿になる。それこそ守った甲斐があるだろうと、住人が一致団結しているのだ。
 驚異的な速度での復興には、そんな背景があった。

「今日はここに泊まっていくんでしょう?」

 ロゼッタの言葉に頷く。流石に今からアズパイアに帰る選択肢はない。

「じゃあ、晩御飯に御相判してもいいかしら? ゆっくりおしゃべりしたいわ」
「えっ? ロゼッタさん。お仕事は?」
「坊やたちとお食事してからね」
「でも、今日も指名いっぱいきますよきっと」
「ふふ。今からしばらく、私は坊やの貸し切り」

 語尾にハートがつくかのよう。ロゼッタはパチリとウインクしてみせた。こんなあからさまな仕草がこれほど板につく女性はそうはいない。

「坊や。カナデちゃん。ミューラちゃん。どう?」
「じゃ、一緒に食うか。奏とミューラもそれでいいよな?」
「うん」
「いいわよ」

 太一としては断る理由はない。それは奏も同様で、太一が世話になったことを知っているミューラもやぶさかではなかった。太一の返事を聞いたロゼッタは嬉しそうに微笑んだ。

「メーヌ。そういうことだからよろしくね」
「あ、ずるいですよー!」
「私より稼いだら好きにしていいわよー」

 奏、ミューラだけでなく、この時間帯はいつもなら娼館にいるはずのロゼッタまでも現れて、酒場は一時騒然となった。
 美女三人を引き連れた太一には数多のやっかみの視線が突き刺さったが、太一は図太さを発揮して華麗にスルー。思い出話や近況報告、ロゼッタの「どっちが本命なの?」というからかい発言が飛び出すなど、酒場は夜遅くまで盛り上がったのだった。
四章更新開始です。



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