表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
第三章:ウェネーフィクスの乱

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/257

マーウォルトの会戦 二

「流石は公爵。簡単にはやらせてくれんな」


 情勢は拮抗している。戦闘開始からおよそ二〇分。相手の手に被せるように対応し、相手がまたそれに被せてくる。いたちごっこの様相を見せる戦場は、膠着状態になっていた。

 統率力や指揮能力、状況判断力では誰よりも優れると自負するスミェーラに対して、随分と張り合っている。

 これはスミェーラの自身の評価だけではなく、第三者から見た客観的事実でもあった。

 世が世なら歴史上でも一〇本の指に入る名将と評されるスミェーラである。もちろん歴史家、軍事研究家の全員がそこまで破格の評価をしているわけではないし、批判も当然あるのだが、それでもスミェーラが名将であるという評価に異を唱える者はいなかった。

 二流は相手にされず、一流は褒め称えられ、超一流は批判される。

 その理論に則れば、スミェーラは間違いなく超一流だ。

 そのスミェーラに対して一歩も譲らぬ戦いを繰り広げているドルトエスハイムを「敵ながら天晴れ」と讃えずして何と言うのか。


「左翼! 手薄になってきているぞ! 何をやっている!」


 スミェーラの叱責に、現場指揮官から悲鳴のような声が上がった。

 端から見れば手薄なわけではない。しかし自軍と敵軍の動き、双方の攻撃と防御を見れば、徐々に手薄になっていくだろうとスミェーラには分かるのだ。

 恐ろしく高い基準で示される作戦行動。しかし誰も異など唱えられる訳がない。

 総司令から現場指揮官、部隊長に一兵士のどれをやらせてもスミェーラが王国軍一。出来る人間だからこそ生まれる説得力である。


「ふむ。滑り出しは上々か」

「左様ですな」


 騎士たちを統括するパソスが、今は現場から一時離れてスミェーラが控える本陣にいた。

 もちろん職場放棄ではない。スミェーラに報告があって出向いたのだ。

 今回の作戦行動は敵を進ませなければ達成。最終的には敵の指揮系統を破壊することが勝利への近道だが、大局としては負けなければイコール勝利でもある。

 だが、そんな消極策はスミェーラの望むところではないし、何より烈火のごとき彼女の性質を考えればらしくない。


「敵軍のジャックやクイーンらは役を作ったか?」

「はっ。諜報より、ロイヤルストレートが切られたと報告がございました」


 パソスの報告を聞き、スミェーラは頷いた。


「宜しい。ではこちらもとっておきを切るとしようか」

「承知しました。そのように致します」


 敵軍の動きは速い。持久戦は臨むところの王国軍に対して貴族側は何としても打ち破らなければならない。

 打てる手を次々使い、波状攻撃を仕掛けてくるのは想定通りだ。


「……勝利だけを求めるのなら、とっくに終わっている戦だがな」

「そうですな」


 スミェーラが何を言いたいか、パソスにはすぐに分かった。

 ただ勝つだけなら、敵の総司令部を派手な範囲攻撃魔法で破壊すればいいだけなのだ。

 だが、今回その手は使えない。いや、使いたくない。


「それをやれば、自分の国の不始末を年端も行かぬ子供に尻拭いさせることになる」

「そんなことになったら末代までの恥です」

「うむ。腹を切って死んだ方がマシだ」


 国の存続を考えれば、至極妥当な選択肢。しかしエリステインはそれを是としなかった。例え理解されなくとも、矜持や意地といった類いのものだ。


「私も、非情にはなりきれなかったということか。知らぬ間に彼等には随分と情が移っていたらしい」

「人間味があってよろしいのでは」

「言うじゃないか」


 パソスの言葉にスミェーラは笑った。


「そんな年端も行かぬ子供に求婚をなさったのはどこの閣下でしたかな?」

「いいではないか。恋愛は自由だ」

「まったく……勝ってからじっくりと考えてもらって、返事を頂くと良いでしょう」

「そうするとしよう」


 立ち去るパソスの足音を聞き、スミェーラは前を向いた。

 さあ次はどんな用兵を見せてくれるのか。

 今まで和やかな会話を交わしていたとは思えないほど、スミェーラの頭は見事に切り替わっていた。






◇◇◇◇◇






 太一一行に与えられた任務は二つ。

 一つは遊撃手として支援をすること。進路は決められており、特にどこか手薄なところ、というのを探す必要はない。

 太一と凛、ミューラとレミーアに分けられており、それぞれ別の位置から進行を開始する。

 支援するなら手薄なところからやった方がいいのではないか。素人ながらそう尋ねた凛に対し、パソスは首を横に振った。

 その理由が二つ目の任務に繋がる。

 どうやら貴族軍がとっておきを切ってきたらしい。かなり高いレベルの相手らしく、一般兵では荷が重いとのことだ。その敵は既に戦場に出て暴れ始めているという。確実に倒すならベラ、パソスが出向くべきだが、彼等は部隊の指揮という任務を負っていておいそれと持ち場を離れられないのだ。

 そこで太一たちにおはちが回ってきたというわけだ。王国軍における、自由度の高い強力なカード四枚。この場面で何より重要視されるのは、自由度の高さ。敵のカードの進路にぶつかるように進んでいき、それらを引き受ける。それがパソスを通じてスミェーラから受けた指示である。

 レミーアも含め、四人とも異論はなかった。

 そもそも軍の一兵士に収まるようなスケールの四人ではない。自由にやらせてもらった方がよいということだ。

 最前線を後方から望む総司令部から向かって右側を太一と凛が。向かって左側をレミーアとミューラが進む。

 敵兵士を叩き伏せながら進むペースを変えないレミーアとミューラに、やがて敵の攻撃が少しずつ集中していく。

 敵指揮官がかなり厳しい采配を強いられているのが目に見えて分かる。他の騎士と同じように相対して抑えられる二人ではない。じゃあ先にレミーアとミューラに一極集中して一気にいく、という選択も取り辛い。そんなあからさまな隙を見逃すほど、王国軍は甘くはないのだから。

 実際に騎士と闘ってみてミューラは本気で驚いている。近いレベルの実力だろうと思っていたのだが、実際はかなり有利に闘いを進められるのだ。

 鍔迫り合いから相手の視界に入るギリギリの領域を読みきって、ミューラは自分の左後ろやや上方に火球を生み出す。

 騎士の意識がそちらに向いたことで、その反対側にかすかな死角が生まれる。

 その死角側、この場合は相手の左足の地面を砂に変えた。がくっと足を取られる騎士。ぐらりと傾く身体の方向に、鎧の上から剣を叩き付けた。があんと強い音が響き、衝撃で騎士が崩れ落ちる。剣は鎧よりも硬度と柔軟性が高いミスリル。峰打ちしたくらいではびくともしない。刃を使わないのは、切れ味が鋭すぎて上半身と下半身に分けてしまうからだ。

 作り出した火球は、目の前で崩れた騎士に対してはブラフ。その後ろから向かってきていた応援の騎士に向けて作ったものだ。ミューラはファイアボールを、あえて対処できる速度と威力で二人目の騎士に放つ。

 彼は盾を使ってファイアボールを弾いた。明後日の方向に飛んでいくファイアボールの行く先を確認するいとまも無く、ミューラは騎士の懐に潜り込んでいた。


「く、この……!」

「遅い」


 騎士の後方に、膝のバネのみで跳ぶ。その位置からの攻撃を予測していた騎士の反撃が一拍遅れて通過する。相手の背後を取りながらくるりと体を反転させ、後頭部を打ち抜いた。延髄を狙わなかったのは、同じく相手を殺さないためだ。崩れ落ちる騎士を見て二の足を踏む周囲の敵勢力。

 ミューラは視線のみで彼らを牽制する。その鋭くも冷たい視線に、幾人かが戦意を失ったのを感じた。

 戦場に立つ以上、相手を殺すことに躊躇いを持ったりはしていない。今回はなるだけ死者を減らすよう言われているのだ。クライアントの要望に答えるのは冒険者として基本だ。

 しかしミューラからすればそれだけではなかった。敵の返り血で染まった姿を見せたくない少年がいるのだ。複雑な自分の心をもて余した結果、彼女は「依頼だから」と自分を納得させたりしているのだ。

 戦場で敵を殺さずにやれるうちは、それを貫き通してもいいと考えていた。

 知らぬ間に驚くほど向上していた自分の剣に自信を深めながら、ミューラは己の師匠に目を向けた。

 存在そのもので周囲を圧倒し、敵の攻撃を封じ込めているけた違いの師匠を。

 かつかつとブーツの踵が大地を叩く音だけが響いている。レミーアの周囲は静寂に包まれていた。

 杖を構えるでもなく、スタイルのいい自身の身体を誇示するように、姿勢良く。


「何だ。私も大概顔が売れているのだな」


 レミーアは、近くにいた騎士を適当に選び、無防備に近寄った。

 剣を振ればその美しい肌を容易く切り裂くことが出来る。しかし、近付かれた若い騎士はぴくりとも動けない。しかし彼を責めるのは酷だし、第一周囲の者にそんな資格はない。彼らも動けないのだから。


「ふふ。小僧。私が何者か、答えてみんか?」

「……、ら、」

「ら?」

「落葉の魔術師……レミーア……サンタクル……」


 レミーアは目を細めて口の端をわずかに上げた。


「大正解だ。以後、見知りおき願えるかな?」


 細く長い指先が、兜から覗く青年の顎をつい、と撫でる。ほほを流れる汗を認めて、レミーアは指を離した。

 

「では褒美をやろう。心して受け取れ」


 手を開いて青年の腹部に手を当てる。

 炸裂音が響き渡り、青年は胃の中のものをぶちまけながら倒れた。

 空気の塊を叩き付けるシンプルな魔術。

 シンプルゆえに発動まで極めて高速な、風魔術師にとっては主力となりうる攻撃魔術だ。

 普通は一撃で相手を這いつくばらせるような威力は出せない魔術だが、使い手が使い手である。彼女にとっては威力を分散させずに放つ程度は訳無いのだ。

 倒れた青年には目もくれずに、レミーアは眼前の敵集団に目を向けた。


「……仮にも王国騎士団なのだろう? この程度の束縛、とっとと解けぬのか?」


 広域制圧魔術『メデューサの抱擁』。

 対象を複数取り、体感温度を下げる魔術である。人間は体温が下がれば動きが鈍る。どちらかと言えば理屈ではなく感覚で理解していること。

 水属性で、上級魔術師であれば扱うことが出来るものだ。

 もちろんこれにより敵の行動力が鈍る効果は望める。レミーアが行使している魔術なのだからなおさら高い効力だ。だが、これで行動を完全に止めることは出来ない。

 メデューサの抱擁を行使するときに漏れ出たレミーアのプレッシャーが原因である。存在のみで相手の動きを封じるとはそういうことだ。

 彼ら騎士はその辺の冒険者とは一線を画す強さを誇る。だからこそ、分かってしまうのだ。レミーアがどれほどすさまじいかが。


「まあ、良い。やる気がないのなら蹴散らすぞ」


 やる気がないのではなく、やる気を出させていないのだが。もちろんレミーアもそれを分かって言っている。

 杖を振りかざし、レミーアは詠唱を始める。人の踏ん張りでは耐えられない強風を叩き付けて薙ぎ倒そうと試みる。騎士は一般人とはレベルが違うが、今はメデューサの抱擁が効いているので実力は大幅に下がっている。

 強風ですっころんだ相手に対しては、電撃魔術で麻痺でもさせればよいとレミーアは考えている。先日使用した魔術よりは範囲も劣るが、それでも二〇~三〇人なら一度に麻痺させることは出来ると踏んでいた。

 ふと、レミーアは強烈な魔力の奔流を感じた。そんじょそこらの冒険者とは格の違う強さ。

 もはや条件反射のレベルで対魔防御を行いながら、それでも編み上げた魔術はきちんと発動する。

 そうして放った魔術は。

 途中で打ち消された。


「……ほう」


 凍り付いた自分の右手を見つめる。

 自身の中にとどまる魔力を感じ取り、魔術が発動直前で止まったと正確に分析した。

 この氷は単なる『フリーズ』ではない。魔術の行使を中断させる阻害魔術がメインのものだ。

 魔術とは、適切な呪文を経て精霊から力を借りることで発動するもの。

 術者が使用したい魔術に該当する呪文を詠唱することで、身近にいる精霊に伺いを立てる。精霊が了承をすれば、魔術師は己の魔力を魔術発動の代金として支払うのだ。

 例えばファイアボールなら、付近にいる火の精霊の誰かが。カマイタチ―――正式名称エアカッターならば同じく風の精霊の誰かが応じる。魔力さえ支払えば、応えない精霊はいないようで、魔力と適切な詠唱さえ行えれば魔術は確実に発動する。

 その魔術を阻害する魔術は、確かに存在する。

 レミーアも使用可能な魔術だが、誰にでも扱えるわけではない。

 火、水、土、風のどの属性でも使える。それでも難易度はレミーアも特別と認めるほどだ。その理由は単純で、相手の魔力量と魔力強度を上回らなければ阻害には至らないからだ。

 相手が格下ならば確実に発動出来るが、その場合使ってもあまり意味が無い。格下相手ならば正攻法で攻めたほうが確実かつ早い。わざわざ相手の魔術を封じる理由は無い。

 阻害魔術を使う適切な場面としては、自身に近い相手か、自身と互角の相手と戦闘するとき。勝敗が確実でない相手に対し、勝率を上げるために使うのだ。そしてそこに、難しさが内包される。実力が近い、或いは互角という事は、とりもなおさず魔力量、魔力強度も近い可能性が高い。

 相手がどの程度の魔力を込め、どの程度の魔力強度で放とうとしているのかを正確に読み取った上でなければ、貴重な魔力の浪費に繋がる。レミーアとて、実力が近い相手に対してはよほどの事がなければ阻害魔術を使ったりはしない。それよりもきちんと相手の魔術を防ぐ事に注力し、相手の攻撃パターンを分析してそれに対応したほうが確実だからだ。

 つまり相手は、落葉の魔術師に対して阻害魔術を行使し、そして成功させることが出来る実力の持ち主と言うことだ。


「姿を見せろ」


 レミーアはふっと笑い、顔を人垣に向ける。

 せせらぎのようなざわめきを発する人垣を割って、一人の男が現れた。

 全身を青いローブに包んだ人物。フードの下から僅かに覗く顎に蓄えられた髭を見て、レミーアは男だと判断した。


「落葉の魔術師だな」

「阻害魔術とは愉快な真似をしてくれる」


 低く嗄れた声がレミーアの耳に届く。誰何には答えずにそう告げたことで、言外に肯定した。


「我が名はミストフォロス。これから貴様を殺す者の名だ」

「あいにく、どうでもいいことはすぐに忘れるたちでな」

「……優れたる魔術師が私だということを、証明させてもらおう」


 レミーアは笑みを浮かべたまま、端正な眉を上げる。


「貴様の命、もらい受ける」

「それはそれは。では一つ、いいことを教えてやろう」

「言い残したことがあるなら聞いてやる」

「物心ついたときから八〇年。私はすべての時を魔術に費やしてきた」


 凍り付いたままの右手を前につき出す。そこから、目視できるほどの魔力が奔流となって溢れだした。その魔力はやがて収束していき、小さな輝きとなって空中に留まる。

 ばきん、と。凍り付いた手を握り締め、レミーアはその光を拳に収めた。阻害魔術を悠々と上回る魔力の強さ。

 容赦なき圧力を撒き散らしながら生み出されたのは、人一人は軽く呑み込むほどの巨大な水球。見た目通りの水量とはどう楽観視しても不可能、間違いなく圧縮しているはずだ。あれが炸裂したなら、一体どれだけの破壊がもたらされるだろうか。

 無詠唱で唱えてよいものではない。


「ミストフォロスとやら。出し惜しみすることなく掛かってくるのだ。この私に決闘を挑んだ以上は、あまり失望させてくれるなよ?」

「……叩き潰す」

「その意気だ」


 二人から放たれる魔力が俄に濃密になっていく。


「退け!」

「巻き添えを食うぞ!」


 王国軍、貴族軍両部隊の隊長の悲鳴のような命令が響き、双方が慌てて二人から距離を取り始めた。




 魔力を活性化させて相対する上級魔術師二人を、ミューラは思わず足を止めて眺める。

 師が全開になるなど、アズパイア防衛戦以来、人間が相手では、ミューラが知る限りでは初めてのことだ。

 太一というイレギュラーを勘案しなければ、人間、エルフ、ドワーフと人型種族の中では間違いなく最強クラスの実力を誇る彼女の師匠。

 魔物相手の戦闘は見たので分かる。では高い実力を持つ人間相手ではどうだろうか。

 レミーアがどのような戦いをするのかとても興味がある。後学のため、近くで見学したいと考えるのは普通のことだろう。

 しかしこの場を放り出すわけにはいかない。ミューラがいることで、この付近の情勢は王国軍に有利になっている。ここを離れてしまえば、貴族軍の反撃が始まるのは目に見えている。彼女一人のワガママが通用しないことくらいは考えるでもない。

 それに、どうあってもこの場を離れられない理由が、ミューラにはあった。


「お久し振りね」


 兵士たちに紛れて、しかし隠しきれない特徴のある気配。

 誰に向けたかも分からないミューラの言葉に、その気配の持ち主がピクリと反応した。


「もう種はバレてるんだから、出てきたらどう?」


 相変わらず、顔はレミーアがいる方向を向いている。しかし、意識は完全に貴族軍の一点に向いていた。

 どうやら出てくる気は無いようで、一瞬揺らいだ気配も、今は平静だ。

 それならそれでいい。思い切り罵倒してやるだけだ。


「性格だけじゃなくて往生際も悪いのね。元シャルロット姫直属部隊、裏切り者のミゲールさん?」


 ざわり、と。王国軍側がざわめいた。

 王族の直属部隊といえば、実力も忠誠心も騎士の中でトップクラスの者だけが手中におさめられる名誉である。

 そこには無論のこと王族からの信頼も含まれている。つまりミゲールとやらは、シャルロットの信頼を裏切ったことになるのだ。


「裏切り者? 言葉には気を付けてほしいな。そもそも、俺が忠誠を誓うのはドルトエスハイム閣下ただひとりだ。例えシャルロット様であろうと、俺の忠誠を買うことは敵わん」

「よく言うわ。公爵が下野したら裏切るんでしょう?」

「そんなことはないさ」


 ガチャガチャと金属の擦れる音を鳴らして、一人の騎士が歩み出てきた。

 やはり。

 その気配、背格好には覚えがあった。


「根拠が希薄ね。一度あることは二度、三度とあるのよ」

「なんとでも言うがいい。それよりもだ」


 ミゲールは腰の剣を抜いた。やる気はあるらしい。背後からぶすり、というのは、彼が描くシナリオだったのだろうが。それが潰れた以上、戦うしかないのは明白である。


「よく俺のことが分かったな」


 ミューラは朗らかな笑みを浮かべ、


「だって貴方の薄汚い気配、憎たらしくて一度知ったら忘れられないわ」


 痛烈な毒を吐いた。

 ミューラとしてはここで会ったが一〇〇年目、である。ここぞとばかりに罵倒してやるのだ。それで逆上するならそれまでの相手。まあもっとも、


「お前のようないい女に覚えててもらえるとは光栄だな。ま、ヤるだけの肉人形としてなら魅力的だ」


 そんな安価な挑発に乗ってくるとは毛先ほども期待していなかったが。


「残念だけど、純情を捧げてもいい、って相手には一人しか出逢ってないわ。貴方じゃゲス過ぎてとてもとても」

「そうかそうか。ならばお前が負けたら両手足を切り落として、ぼろきれになるまでもてあそんでやろう」


 口汚い罵り合いは、実は相手が隙を見せるかどうかのジャブの応酬。少しでも頭に血が昇ろうものなら、それがそのままつけこまれる隙になる。

 口を動かしながらも、お互い相手の一挙一投足に神経を張り巡らせているのだ。少しでも心を乱した方の負け。単なるなじり合いは、実は戦う前から勝敗を決めかねないギリギリのやり取り。


「ふふ。やれるものならやってみなさいよ。裏切り者さん?」


 腰を落とし、剣を斜めに構え、剣越しにミゲールを見据えるミューラ。


「やってやろうじゃないか。小娘が」


 剣を両手で持ち、切っ先を地面に向けて構えるミゲール。

 ミューラは攻守ともにもっともバランスのよい構え。ミゲールは王国剣の型の一つ。

 ピイン───

 張り詰める。

 ぎしりと空気が軋んだ。

 数メートルの空間を挟んで睨み合う二人が発する強烈な覇気だ。


「バラバラにしてやる!」


 激しく、しかし綿密に練り上げられたそれは強化魔術。

 相当の熟練度だとミューラは直感で理解。裏切り者であろうと、王族の直属だったのは伊達ではないようだ。


「生まれて来たこと、後悔させてやるわ!」


 だが、ミューラにとってはそれくらいでちょうどいい。並みの騎士では最早相手にならない。ミゲールがどれだけの実力を持つのかとても興味があった。

 土属性の強化魔術を全身に行き渡らせる。無駄の一切無い美しい強化術式を目の当たりにした周囲の兵士たちは、ミューラが今まで手心を加えていたことを知った。

 二人が交わす視線が火花を散らす。ミューラとミゲールには、既に周囲は見えなくなっていた。

2019/07/17追記

書籍化に伴い、奏⇒凛に名前を変更します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ