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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
第三章:ウェネーフィクスの乱

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マーウォルトの会戦 一

アルティア歴四一三八年一〇月二二日



歴史書、絵本から子守り唄にまで出てくる有名な日である




親から子へ


子から孫へ



幾星霜をまたいで語り継がれる




その日



世界の歴史を変える大魔法使いが現れた、と―――











 眼前に広がる一〇〇〇〇もの軍を見下ろすのは壮観である。

 剣や杖の先に嵌め込まれた宝石が朝焼けを乱反射させ、えもいわれぬ幻想的な光景を生み出していた。

 ついに始まるのだ。この国の行く末を決める戦が。

 マルケーゼは剣の柄に手を添え、逸る気持ちを目を閉じることで鎮める。この辺のメンタルコントロール力は流石に国を背負うと自負する大貴族だ。例え若くとも、いや若いからこそ、このような自制心は何よりも大切になる。

 軽く剣を抜き、ぱちんと音を立てて納める。それをスイッチにして、マルケーゼは頭を意識的に切り替えた。


「イニミークス。状況はどうなっている」

「現在八割方、準備は完了しております」

「そうか。王国軍は?」

「先方も同じ程度かと。規模も前情報通りでございます」


 腹心の言葉は、マルケーゼの想定通りであった。ガチャガチャと金属が擦れる音や準備に追われる声がそこかしこからマルケーゼの耳に届いている。

 現在他の貴族も、準備や最終確認に追われていることだろう。だがマルケーゼの陣営は静かなものだ。彼の腹心イニミークスはとても優秀であるし、他にもこういった戦に秀でる者を何人か雇っている。おかげで準備は滞りなく進んでいる。


「……たぎる」

「御自重のほどお願い致します、旦那様」

「分かっている」


 マルケーゼは椅子にふんぞり返るだけの権力の権化ではない。侯爵達の中でもっとも腕が立つ剣士としての顔も持っているのだ。


「だが、戦局が膠着するなら、私も出るぞ」


 マルケーゼの言葉に、イニミークスは深いため息をついた。


「……致し方ありますまい。その時は、お供させて頂きましょう」

「何だ、保護者じゃあるまいし」

「どこの世界に、主を単独で死地に送り出す側近がいるのです」


 全く口うるさい男だ。マルケーゼは本気でそう思い、嫌そうな顔を隠そうともしなかった。だが、それは当人たちにしか分からない信頼の証である。元より他人に理解されようなどと考えていない。


「勘違いするなよ? 私が出る必要のない展開が一番良いのだ」

「承知しております。あくまでも念のため、でございます」

「念のため、か。便利な言葉だな」

「恐れ入ります」


 マルケーゼは笑って正面を見据えた。


「イニミークス。後は任せた」

「畏まりました」

「ミストフォロスとスソラにも出る準備をさせておけ」

「御意」


 彼の背中を頭を下げながら見送るイニミークスは、誰にも悟られぬよう口の端をわずかに上げた。






◇◇◇◇◇






「……姫様。どうしても往かれるのですか?」


 どうにか、といった様子で言葉を紡いだティルメアに、シャルロットは力強く頷いた。


「ええ。皆さんを死地に追いやろうとしているのは、我々王族の不徳が致すところだから」

「しかし……」


 ティルメアは次の句を封じられた。すっと唇に当てられた、シャルロットの白魚のような人差し指によって。


「大丈夫。攻撃が届かない所までにするわ。わたしが下手に出たところで、足を引っ張るだけなのは分かっているもの」


 シャルロットはティルメアの自重しろ、という言外の想いを一蹴し続けている。

 主人がここまで頑なな意志を見せたのはいつぶりだろうか。

 普段身に纏うドレスを脱ぎ、軽くて魔法防御力の高いローブを着込み、その上にマントを羽織る。魔力増強の効果がある虹フラミンゴの羽を使用した耳当てを左耳につけた。

 高貴さを損なわず、それでいて戦場にふさわしい身軽さを実現した、シャルロットの戦闘服だ。


「それでも、わたしが戦地にいることで士気は上がるはずよ」


 それは間違いないため、ティルメアは口を閉ざした。

 戦において重要なファクターのひとつに士気の高さがある。

 どれほど練度が高い軍を率いようとも。どれほど強い兵士が部下にいようとも。彼らの士気が低ければ戦に勝つのは難しい。

 前述の二つの要素も大事だが、それと同じくらい士気を高く保つことも大事なのだ。

 これはスミェーラが言った金言であるため、否定のしようがない。


「お父様が号令をなさるし、お姉さまも救護班に混ざって怪我をした兵の治療をなさるわ。わたしだけ何もしない訳にもいかないじゃない」


 エフティヒアは水属性の高位魔術師。魔力量や魔力強度は水属性の宮廷魔術師部隊隊長に劣らぬ資質を持っている。

 戦闘系の魔術も護身用としていくつか持っているが、彼女がもっとも得意とするのは液体……体液を操作して行う怪我の治療だ。

 水属性を扱えれば誰にでも出来る魔術ではない。

 医学知識として人体の事を良く知っていなければ不可能と言っていい技術である。

 エフティヒアが戦場に後方支援として赴くのはまだ分かる。

 だがシャルロットは。

 強力な時空魔術を扱えるとはいえ、彼女は通常の魔術師とは大分異なる。時空魔術は世界の理をねじ曲げる魔術。基本的にどの魔術も想像を絶するほどに強力だが、発動には時間がかかるのだ。当たれば必殺の魔術もあるにはある。しかしどんなに簡易な魔術でも、発動するまでに五分もの詠唱が必要なのがネックだ。弓につがえて放つだけの矢も、一言二言で撃つことが出来るファイアボールも防ぐことができない。まして今回はやむを得ない場合を除き、敵兵を極力殺めないようにしなければならないと何度も言っているのはシャルロットである。その彼女が、必殺の魔術など使うはずがない。つまり、敵の攻撃に対しては無防備なのだ。間違っても敵の攻撃が届く範囲に立つことは出来ない。

 そんなことを考えていたティルメアをよそに、シャルロットは壁に大事に飾られたスタッフを手に取る。

 彼女の身長ほどもあろうかという、アメジストが嵌め込まれ、白金で作られたスタッフだ。

 時空魔術師である彼女専用の媒体。


「ティルメア」


 温和な笑みから放たれる、威厳。

 シャルロットは賢王ジルマールの血を引く王女である。


「出立の準備が出来たわ」

「……畏まりました。全ては姫様の望むがままに」


 思わず圧倒されたティルメアは、はっとして膝を突き、主に対してこうべを垂れた。





◇◇◇◇◇






 寝て起きて。

 普通ならそれでいつも通りとなるはずの心は、いまだざわついたままだった。

 太一はテーブルの上で組んだ両手をじっと見つめていた。

 昨晩起きた凛暗殺未遂事件。

 思わず我を失ってしまった。

 目の前に立つ暗殺者に、強い憎しみをもって攻撃を仕掛けた。

 キレる、とはこういう事を言うのだろう。

 ワイドショー等では「キレる若者たち」などという特集が、文言を変えて放送されていた時期があった。

 あの時は遠く「自分には関係ねーや」と眺めていた太一だったが、今は「キレる若者」の気持ちが良く分かった。

 自分の思い通りにならないから、とキレるどうしようもない奴も確かにいるだろう。しかし、自分が大切にするものが理不尽に蹂躙されそうになり、思わず「キレ」てしまった者もいたはずだ。

 人によって価値観は千差万別。そうでなければ「十人十色」という至言は生まれていなかったと太一は思う。

 Aにとっては価値が無いものでも、Bにとっては人生で一番大切な宝物である、ということは往々にしてあるだろう。太一の場合、今もっとも大切なのは凛だ。それは、昨日我を忘れてしまった事実が如実に表している。

 凛とミューラに制止され、自分が何をしていたのかをまるで他人事のように見つめた。

 床に倒れた賊。


 ―――何故まだ生きているのか―――


 そう思ったから短刀を拾い上げて振りかざしたのだ。

 そして、そんなことをした自分に愕然とした。

 人を傷つけたくないといいながら、殺さなければ気が済まないと、そんな思いまで抱いていた自分に気付かされてしまった。

 それでも。

 凛を喪うと考えた瞬間、頭の中がふっと真っ白になったのだ。

 ぞわりと何かが背中を這い上がったのだ。

 どうしても、許せなかったのだ。

 もちろんむやみに人を傷つけることを是としている訳ではない。

 だが、守るためにはやむを得ないのかもしれない。

 太一はそう考えた。

 あの賊を速攻で戦闘不能にまで追いやったからこそ、あの夜誰も怪我をせずに済んだということも出来るだろう。

 もしも捕らえようとして下手に長引かせ、猫を噛まんとした窮鼠の牙が誰かに突き立った場合。

 大切な仲間が怪我を負っていたかもしれない。

 怪我で済まなかったかもしれない。

 太一は圧倒的な能力を持っている。

 事強さにおいては、レミーアをして「この国に、太一に勝てるものはおらん」と断言するほどに。

 しかしそれだけの力を持っていても、守れないかもしれないのだ。

 最強という、大仰な肩書きを持つにも関わらずだ。

 これだけの力を持つのに、守りたい者を守れないのでは、いったいどんな意味があるというのか。

 凛を、ミューラを、レミーアを。

 目に映る守れる人がいるなら守りたい。

 そう思ったのは偽りではない。

 しかしそんな決意も、口先ばかりで実が伴っていないのかもしれないのだ。

 守るというのが、これだけ困難だとは思いもしなかった。

 底なしの魔力量。圧倒的な魔力強度。そしてエアリィという上級精霊の力を借りることの召喚術師。稀有で強いと持て囃されて。

 何でも出来る、と思い上がっていたのかもしれない。

 本当に、この戦を乗り越えられるのか。

 いくらでも想定外は起こりえるだろう。

 シナリオどおりに進む物語ではないのだ。

 凛たちは人類最強クラスだとスミェーラからお墨付きを貰っている。

 しかし、万が一はやはりあり得る。

 もっと言えば、騎士や宮廷魔術師はその凛たちのレベルに至っていない者が殆どだろう。

 目の前で人が死ぬさまを目撃するかもしれない。

 守りたいとする意志は固くとも、実行できるのかまったく分からない。

 太一はテーブルにおいた両手に額をつけた。

 まとまりのない思考がぐるぐるぐだぐだと彼の頭を駆け巡る。

 そんな太一を、エアリィは慈愛のこもった、かつ決意が滲んだ瞳で見つめていた。






◇◇◇◇◇






 エリステインから南へ数キロ離れたところに、マーウォルト平原がある。

 拵えられた櫓にスミェーラは立っている。視線の先には、一〇〇〇〇にのぼる兵士たち。整然と物音すら立てずに並ぶさまは、彼等の優秀さをこれ以上ないほどに示している。

 視線を上げれば、一キロ離れたところに同じ程度の規模の人の群れ。

 言わずもがな、貴族軍だ。

 これだけの規模の戦闘は早々起こるものではない。ここまでくればぶつかるのみ。懸念があるとすれば、このところ戦がなかったため、兵士が浮き足立っていないかだ。

 しかしどのみち避けられない戦闘である。一ヶ月前のスミェーラの予測からは随分と早まった。これも太一と凛が王国軍の側についたからだ。貴族側につかなかっただけ、幸運と言うべきなのだろう。

 長かった。この戦が終わった後、エリステインは再建に向けて動かなければならない。スミェーラを含む上層部はやることが多すぎて頭痛に苛まれるだろう。

 だがそれもこの戦に勝った後に起こる頭痛である。

 勝たなければ始まらない。

 やる前から悩むことではないと、スミェーラは全てを心の奥の引き出しに放り込んで鍵をかけた。

 背後に気配を感じる。抑えても隠しきれない覇王の空気。


「陛下。お願い致します」


 彼女の後ろに立ったジルマールに、スミェーラは跪いた。


「うむ」


 ジルマールは腰の剣を抜き払い、天高く掲げた。スミェーラがジルマールに拡声の魔術をかける。


「エリステイン魔法王国英雄諸君! 貴殿らに必達の使命を与える!」


 威厳のある声が、その言葉が。兵士たちの鼓膜を揺らし、そしてプライドをくすぐる。


「貴族らから勝利を収めることはもちろん、再び王都ウェネーフィクスの地を踏みしめろ! 予にその勇姿をもう一度見せに来い! 勅命だ!」


 ウオオオオ、と歓声が地鳴りとなって、櫓ごとビリビリと揺らす。頼もしいことこの上ない光景だった。

 ジルマールは二度頷き、掲げた剣を見事な剣捌きで鞘に納めた。


「スミェーラ将軍」

「はっ!」


 くるりときびすを返したジルマールはいまだ跪いたままのスミェーラに目を向ける。


「この国を、全て任せる」

「畏まりました」


 自分で出来るのなら、ジルマールは全ての指揮を執り、この内乱を鎮めたいと考えている。

 しかし同時に分かってもいる。適任は、自分ではないと。

 軍事に関して、スミェーラの足下にも及ばないとジルマールは考えている。自分よりもその方面で優れた者がいるのなら、自身の権限に近いところで思う存分力を発揮させた方が良いだろう。

 もちろん責任は自分で取る。責任の所在を明確に自分の元に置いた上で好きにやらせる。

 ジルマールが敷く国政執行部は全てその形態を保っているのだ。


「うむ。頼んだぞ」

「はっ。必ずや、御期待に応えてみせましょう」


 頼もしい部下の返事に一度頷き、豪奢な緋色のマントを翻して王は櫓を後にした。

 君主の気配が遠ざかったのを確認し、スミェーラは立ち上がった。

 眼下に広がる頼もしい軍をぐるりと眺める。

 この戦の命運を握るのは彼らだ。


「抜剣!」


 同じく自身に拡声を行い、端まで声を行き渡らせる。

 スミェーラの号令に追従し、一〇〇〇〇の兵士が一斉に得物を抜いた。


「進め!」


 右手を前に突き出す。

 素早く、しかし整然と。

 全体が進軍を開始する。

 一糸乱れぬ一〇〇〇〇の軍の攻勢。これだけで、敵軍の心胆を寒からしめることができるのだと、スミェーラは分かっていた。






◇◇◇◇◇






 王国軍が動き出してから正確に三〇八秒後。

 貴族軍が騎兵隊を配置した左翼側が歩兵部隊よりも突出。整然と揃った足並みで迫ってくる王国軍の隊列に突っ込み、戦端が開かれた。

 飛び交う魔術と響く剣戟。そして両軍兵士が上げる怒号と掛け声。それら全てが混ざって化学反応を起こし、戦場はたちまち轟音に包まれた。


「流石だな、スミェーラ」


 ドルトエスハイムは唸った。認めざるを得ない。統率力では、貴族側は王国軍に二歩以上の差があると。

 密集陣形で進軍していた王国軍は、突出した形となった騎兵隊を半円の中に誘い込もうとしている。攻撃を受けてからの包囲作戦。恐らくは現場指揮官の指令だろう。目を見張るほどに素早い決断だった。

 このままいけば、初手は王国軍に軍配が上がりそうだ。だが貴族軍とてただ騎兵隊を突出させた訳ではない。


「徐々に厚みを増していくぞ。防いでみるがいい」


 白兵戦が起きているそのもう少し奥。多数の魔術が王国軍騎士たちに降り注ぐ。突撃力に優れる騎兵隊をただ突っ込ませただけでは無駄ゴマである。

 もちろんそのバックアップも万全。お互いに打った一手目をイーブンにすること。それがドルトエスハイムの一つめの狙い。もう一つ狙いがあるが、それはもう少し後に発揮される予定だ。

 その間に、両軍同士の先頭がついに交錯した。

 戦はこれからだ。スミェーラとドルトエスハイムの智謀の勝負。

 予想通りの激戦を目の当たりにし、ドルトエスハイムは手に持った杖をぐっと握った。


「始まったな」

「はい。旦那様」


 彼の斜め後ろに控える有能な執事が、恭しく頭を下げたのが分かる。別に気配を感じ取ったりしたわけではない。オールドーならそうするだろうと長年の付き合いで分かるだけだ。


「この戦が……この国の未来を、この世界の未来を変える」

「はい。旦那様」


 ドルトエスハイムは口の端を上げ、不敵に笑った。


「後世の歴史家は、私を笑うと思うか」

「思います」

「うつけと罵られると思うか」

「思います」


 不敬な回答に、しかし大満足のドルトエスハイムは豪快に笑った。


「そうだ。私は史上もっとも愚かな公爵として語り継がれるだろう」

「旦那様のおっしゃる通りでございます」

「だが……それで良いのだ」

「はい」

「誰からも理解されようなどと望んでおらぬ」

「旦那様」

「何だ?」


 初めて振り返ったドルトエスハイムの目に映ったのは、今までと変わらず、彼に敬意を払うオールドーの姿だった。


「旦那様のお気が済むまで、不肖オールドー、どこまでもお供させて頂きます」

「……貴様も愚かよな」

「お褒め頂きありがとうございます」


 茶目っ気たっぷりに放たれた痛烈な皮肉に打たれ、ドルトエスハイムは一層愉快げに笑うのだった。

いつの間にかPVが八桁……

書き始めたときはここまでくるとは夢にも思っていませんでした。

読んでくれる人がいるから、今日も続きを書こうと思えます。



2019/07/17追記

書籍化に伴い、奏⇒凛に名前を変更します。

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