邂逅
殿下のお名前判明。
ここからギルドまではそう遠くはない。数分で到着出来るだろう。
人々の合間を縫って歩く。見知った顔と何度もすれ違った。アズパイアを拠点にして随分たつ。知己もそれなりに増えたのだ。
歩きながら耳に入る声の中には、ちらほらとギルドに停まっている馬車の話があった。何でも有り得ないほどに立派だと。その辺の田舎貴族が使う馬車と比べても、雲泥の差だと。
話を聞く限り考えうるのは、相当に位の高い人物が待っているということ。
あまり待たせていい御方ではない―――そう言っていた青年の言葉は、決して大袈裟ではなかったのだと思える。
それが予想から確信に変わったのは、実物を目にしてからだ。
まるで冗談のような立派さだ。
金銀などの装飾物に彩られているわけではない。アクセントに使われている位で、それらが自己主張しているわけではない。むしろ、そんなものに頼るのは無粋だといわんばかり。取れているのは調和。宝石貴金属は飾りだと言外に告げている。そう思わせる一番の理由は、馬車全体から滲み出す威厳だ。これ見よがしに見せつけるわけでもなければ、声高に訴えることもない。ただ、そこにあるだけ。
これは心する必要がある、と三人は身構える。物珍しげに、しかし畏れ多い、という感じで馬車の周囲を囲む群衆の間を抜けて、ギルドに入った。
「ああ! タイチさん!」
入るなりこの大声だ。
面食らう太一たちに血相変えて駆け寄ってきたのはマリエだった。
尋常でない慌てっぷりである。
「マリエさん。落ち着いて」
どうした、と聞こうと思ったが、口を突いたのはその言葉。それほどまでに、マリエは冷静さを失っていた。
はあふうとあまり意味をなしていないような深呼吸をして、マリエは太一の両腕を掴んだ。距離がかなり近い。マリエの整った顔が目の前にある。
そんなことすら気にならない様子のマリエは、一度大きな動作で唾を飲み込んだ。
「お……」
「お?」
「王女様が、タイチさんたちに会いたいと……!」
「おうじょさまあ?」
凛とミューラが目を丸くして固まった。太一の間抜けな鸚鵡返しを茶化さず、マリエが頷く。
「冗談でもなんでもないんですよ!」
「いや、俺そんなこと……ってひっぱらなくてもいいから!」
「いいから早く来てください! リンさん! ミューラさんも!」
「は、はい!」
「わ、分かったわ!」
マリエの怒濤の勢いに押されて、三人は彼女に連れられてギルドの奥へ進む。案内されたのは見慣れた扉。考えるまでもない、ジェラードの執務室だ。
マリエは今までの勢いを押し殺し、一度大きな息を吐いてから扉をノックした。
「誰だ」
ジェラードの誰何。
「マリエです。タイチさんたちをお連れしました」
「……入れ」
「失礼します」
先程の慌てっぷりはどこへやら。恭しく扉を開くマリエ。それに合わせて、視界が広がって行く。
「突然お呼びだてして申し訳ありません。お待ちしておりました」
ソファから立ち上がった少女に、太一も、凛も、ミューラも、圧倒された。
表の馬車の持ち主だと一も二もなく納得できる。凄まじい存在感。彼女は、本物だ。
悠然と微笑むだけで、ここまでの威厳を見せるとは。
固まる太一たち三人に、ドレスのスカートをつまんで優雅に礼をした。
一朝一夕では身に付かない、高貴な淑女の礼。日本でなら、なりきりコスプレとでも言ったかもしれない。しかし彼女の礼は、そんなにわか仕込みと比べるのは失礼なほど堂に入っている。幼い頃から、それこそ物心つく前から叩き込まれた英才教育の賜物だろう。
「御初にお目にかかります。わたしはエリステイン魔法王国第二王女シャルロット・エリステインと申します」
ボリュームあるやや金も混ざった銀色の髪が、彼女の動作に合わせて揺れた。
「し、シャルロット……姫?」
ミューラが心底驚いている。
「……ご存知なの? ミューラ」
知ってるの? と聞こうとして、凛はギリギリで言い回しを変えた。謎のプレッシャー故だ。
「ご存知も何も……シャルロット姫は、エリステインの象徴のような御方よ……」
ミューラはそれきり言葉を詰まらせた。
シャルロットはふわりと笑みを浮かべる。
「親しい者はわたしを『シャル』と愛称で呼ぶのです。お三方も是非、愛称でお呼びください」
シャルロットでは少々長いですから、とシャルは言った。随分とフレンドリーだ。王族という先入観が覆される気さくさ。だが、彼女にとってはそれが普通なのだろう。そう言うのに一切ためらいがない。
なんでだ。太一は素直にそう思った。親しい者が使用する愛称。知己はなくとも友達の友達をそう呼ぶならまだしも、彼女と太一たちは初対面からまだ数分だ。まして彼女はこの国の王族。そんな気安く接していいものか。顔に出してしまっていたのか、シャルロットの斜め後ろに控えていた若い男が、重々しく口を開いた。
「殿下はお前たちを気遣っておられるのだ。光栄に思うがいい」
「……」
何故だか、釈然としない。
エリステインの人にとっては、彼女は天上人だろう。それは疑いの余地はない。彼女を敬うのに異論はない。日本でだって、目の前に突然現れたのが天皇陛下だったなら、きっと敬うだろうから。
頭では理解できるのに。なのに何故、釈然としないのか。その理由までは分からなかった。
「出すぎるなミゲール」
「は……しかし」
「二度繰り返すつもりは無い」
「……失礼しました」
それを諌めたのは、壮年の男。冷静さと滲み出る苛烈さを兼ね備えている。やり取りをみるに、ミゲールの上司なのだろう。ミゲールはそれきり引き下がった。
細く小さく息を吐き、シャルロットが気を取り直す。
「お見苦しいところをお見せしました。立ち話もなんですので、座ってお話ししたいのですが」
「こちらをお使いください、姫様」
間を置かずにジェラードがソファを薦める。礼を言って腰かけるシャルロット。
「お前たちも座れ」
ジェラードが振り返り、太一たちに座るよう促す。ここはジェラードの執務室だが、彼はシャルロットを優先しているらしい。
シャルロットが腰掛けるソファに座る訳にもいくまい。対面のソファは太一たち三人が座れば埋まる。ジェラードは立っているつもりのようだ。
このまま突っ立ったままだと、シャルロットを上から見下ろす形になる。何となくその位置関係は立場的に落ち着かない。促されるまま、太一たちは腰を下ろした。
向き合うと、改めて彼女の纏う空気を直接浴びせられる。慣れないのは仕方無いだろう。
「本当なら早速本題に入りたいところなのですが、まずはタイチさん、リンさん、お二人に打ち明けなければならないことがあります」
優雅かつ綺麗な姿勢。まるで等身大の人形のようだ。
いやそれよりも。打ち明けることとはなんだろうか。随分と深刻そうな表情をしているが。
「まず、わたしの属性ですが……わたしは、ユニークマジシャンです」
ユニークマジシャン。属性というか、種類は五つ。精霊魔術師と、太一の召喚術師。光属性、闇属性、そして、時空属性。
シャルロットは一度目を閉じ、そして開いた。
「ユニークマジシャンとしての属性は……時空属性」
ざわ、と。太一の心に小さくない波紋が広がる。レミーアが言うには、時空属性には、異なる世界から対象を召喚出来る術式があるのではなかったか。
シャルロットは続ける。
「タイチさんとリンさんは、『落葉の魔術師』たるレミーア殿に師事していると報告を受けています。ユニークマジシャンについても、説明は受けられているでしょう」
報告を受けている? 太一たちの事を調べでもしたのだろうか。
一国の王族が、一冒険者を、何故。
思い当たる節があるのが恨めしい。ふと凛を見れば、その表情が全てを物語る。太一だけがその予想をしていたわけではないようだ。
「タイチさん。リンさん」
シャルロットが、二人の顔を一度ずつしっかりと見た。
そして。
「お二人をこの世界に召喚したのは、わたしです」
ぐっと拳を握るだけで耐えれたのは、予想通りの答えだったから。
彼女が。
この世界に。
自分たちを。
喚んだ。
太一は静かに息を吐いた。
「そうっすか」
それだけ。声に感情が乗らないように細心の注意を払った。
「貴様。何と無礼な口の利き方を……」
「ミゲール」
「……はっ」
ミゲールは、どうやらシャルロットに対する忠誠がかなり篤いようだ。今の太一にとっては、鬱陶しいだけだったが。
「もちろん、目的もなく召喚したのではありません」
「目的ですか?」
この問い掛けは凛。太一と違い、まだ冷静なようだ。メンタルコントロールが上手なため、表面に出ないだけかもしれない。内心は、分からない。
「はい。もう噂ではお耳に入っているかと存じますが、今、ウェネーフィクスは……いえ、エリステインは危機に陥っています」
恐らく、ウェネーフィクスが閉鎖されている事が絡んでいるのだろう。
「二〇年に渡る王家と貴族とのいさかいで、国は疲弊しています。国外に手出しされるのも時間の問題……ですが、我々では最早どうしようもないのです」
ミゲールが苦汁をなめたような顔をする。本当に悔しげだ。一体何に対して悔しさを覚えているかは分からないが。
「それで、俺たちになんとかして欲しい、と?」
重々しく頷くシャルロット。
「いくつか、質問があります」
凛が遠慮がちに手を挙げる。どうぞ、とシャルロットが答えたのを待って、口を開いた。
「まず、何故私たちだったんですか?」
それは当然の疑問であった。
想定内とばかりに、シャルロットは直ぐ様答えを返す。
「それは召喚魔法陣が決定するのです。わたしがタイチさんとリンさんを選んだのではありません」
「……。二つ目。何故私たちは、魔術が使えたんですか?」
「それも、召喚魔法陣が決めたからです。召喚魔法陣は、行使する者が抱える運命を読み取り、それを解決するために必要な力を持った人物を召喚します」
「……ということは、私たちは無作為に選ばれたんですね?」
こくりと、シャルロットが首を縦に振った。
「では、最後です。私たちは」
凛はそこで息をのんだ。口を閉じたり開いたり。聞かなければいけない。しかし、聞きたくない。そんな思いが手に取るように分かる。
そうして数十秒か、或いは数分か。凛が、意を決した。
「……私たちは、元の世界に戻れますか?」
シャルロットは聡明だ。だから、この質問が来ることなど、分かるはずだ。ならば何故俯くのだろう。何故目を逸らすのだろう。
その行動が、答えだった。
戻れない。
凛がソファに身体を預ける。その手が小刻みに震えていた。
太一は、凛の手を握った。
不思議だ。何故こんなに冷静になれるのか。打ちのめされた凛を見て、太一の心が冷えきった。
「帰れない、かあ」
シャルロットがびくりと動いた。それに気付いたが無視した。
「当たり前っすけど、元の世界には家族もいるし、友達もいるんすよ」
太一は上半身を前に傾ける。その視線を感じてるのか、シャルロットは目を伏せたままだ。
「もちろん、向こうに生活がある。俺たちを探して、たぶん大騒ぎになってる」
太一と彼の家族は時間が合わずにすれ違いが多いが、それは不仲を意味するわけではない。むしろいい方だろう。
無論凛もだ。彼女だって家族との仲は良好だ。
ずっと、ずっと意図的に考えなかったこと。考えれば、思い出せば、折れてしまうから。
しかし突きつけられた現実が、背を向けることを許さない。
「俺たちの世界にはね」
太一の言葉は止まらない。
「魔術とかないんすよ。俺たちの世界の人間は特別な力なんて何も持たない」
この世界の人々は、魔術という、特別な力がある。全員ではないが、確かに持っている者が多数いる。
「自分たちの世界で何とかするならいざ知らず、他の世界の力を借りないとダメなのか。魔術なんて力を持つくせに」
どれだけ言葉のナイフで突き刺しただろう。しかし、相手を慮る余裕はない。
「俺たちね。この世界に着いた瞬間、死にかけました」
思わず、といった言葉に、シャルロットが顔をあげる。そして太一に射抜かれて固まった。
「腕の立つ冒険者が助けてくれなきゃ。ここのギルドマスターが口利きしてくれなきゃ。レミーアさんが保護してくれなきゃ。俺たちはこの世界じゃ生きられなかった」
何の力も持たない者を生かすほど、この世界は甘くはない。
「さっき、自分達じゃどうしようもないから俺たちを喚んだと、姫様は言ったんすよ?」
確かにシャルロットはそう口にした。
「そうやってこの世界に喚ばれた俺たちが、何故死にかけなきゃならない」
「……」
「雑すぎるっしょ。扱いが。で、喚んだ張本人と会ったのは二ヶ月も経ってから? 断りもなしに喚ばれたんすよ? 喚ばれて頼み事されて、きちんとそれを達成したって帰れないのに、問答無用で。それどころか、喚ばれた瞬間死ぬ思いまでして。それに対する言い訳すら、今の今まで一切無い」
何か言ってくるかと思ったが、シャルロットはだんまりだ。その後ろに控える壮年の男もしかり。ミゲールが、こちらを睨むように見ていたが。
論外だ。王族がここにいる以上、彼を相手する意味はない。
「姫様の願いを叶えたら、俺たちは用済みすか?」
「……っ! そんなことはっ!」
「じゃあ、何をしてくれるんです?」
「それは……」
考えていたことを口にしようとして、太一も凛も、そんなことを望んでいないと気付く。
衣食住の生涯の保証と、一生かかっても使いきれない程の莫大な報酬。
この世界の住人でない彼等に、それが一体どれだけの価値があるのか。
「……元の世界に帰る可能性を探って見付けてみせる、とか。そんな気休めすら、言ってくれないんすね」
「あ……」
「いいっすよ。協力します。何でも言ってください。姫様の願い、叶えるよう、努力するっす」
話は以上。そう言わんばかりに、太一はそれ以上、シャルロットを見ようとしなかった。
凛を促し、立ち上がらせる。
「二日。二日したらまたギルドに来るっす。準備がありますから」
「あ、あの……っ」
太一はそれきり踵を返し、執務室を出た。
シャルロットのすがるような言葉を、意図的に無視して。
出てきた途端にフルボッコ……
プロットとはいえ、不憫な……
愛称は最初「シャルル」でした。
ISのボクっ子とカブってると気付いたのは一昨日のこと、慌てて変えました。
そんな経緯もあったりしつつ。
読んでくださってありがとうございます。
2019/07/16追記
書籍化に伴い、奏⇒凛に名前を変更します。




