異世界に来ました1
さて、ここから本編!
勢いとは恐ろしい…
太一が最初に感じたのは、ほほを撫でる優しい風。ここ最近は縁遠かった、自然のかおりを含んだものだ。
特に何か変な事にはなっていないらしい。突如襲ってきた不可思議な現象も、どうやら無事に終わったようだ。
恐らくあれはドッキリだったんだろうなあ。流石はテレビ、変なとこに金かけやがる。
太一が現象に対する考察はそんなところだ。一五才の知識と人生経験ではその程度が限界だ。尤も、長く生きていれば分かるようなものでも無いのだが。
……そんなことを考えられる程度には冷静になってきた思考。そして、掛けられた重さと温もりに気付く。
それを確かめるべく目を開けると。
目をぎゅっと強く閉じ、制服を握り締めた凛が、太一に寄りかかっていた。
何だか良い香りがする。凛って柔らかいんだなー……等と不謹慎な思考に駈られる彼を責めないで欲しい。太一も健全な男子高校生。思春期真っ只中なのだから。
「……凛?」
太一の声にぴくりと肩を揺らし、恐る恐る目を開ける凛。
これまでに無い至近距離で視線が交わる。
不安げだった凛の表情が、少しずつ驚愕に染まり。
「何どさくさに紛れて抱きついてるのよっ!」
「理不尽ッ!?」
突き飛ばされた。
視界が空転したおかげ?で、赤く染まった凛の頬に気付かなかったのは、幸か不幸か。いつもならそれに突っ込むイケメンは、側にはいない。
その違和感に気付いたのは、お互い以外が視界に飛び込んできたからだ。
「……」
なんだこれは。
そんな一言すら出てこない光景に、言葉を失う太一と凛。
晴れた青空は親しみなれた空そのもの。そこにぽっかりと浮かぶ白い雲もまた然り。
違和感の正体は、三六〇度の大パノラマで広がる光景。
見渡す限り、地平線まで伸びる大草原。
日本に住んでいて、地平線など拝む機会があるだろうか。いや無い。
むしろ、地球上を探したところでこれと同じ光景に出会える地域は一握りだろう。もちろん、太一と凛にはこんな景色に見覚えはない。
これが旅行なら、想定を上回る壮大さに感動で言葉を奪われるだろう。だが今二人が言葉を失っているのは、予想の斜め上を行く展開に思考がストップしてしまっているからだ。
「なあ凛」
「何」
「俺の顔殴ってくれ。どうやら立ったまま寝てるらしい」
「それなら私の頭を先に叩いて。今すぐ起きたいから」
普段の何気ないやり取りも、阻むものの一切無い開けた土地に、吸われて消える。
辺りを一度見渡して気付いてしまっている。ここには、太一と凛しかいないことに。それを認めたら終わりな気がして、二人は再び黙り込んだ。
呆然としたまま顔を落とせば、地面に生える草は見慣れないものばかり。近所の空き地に生える雑草とは毛色が全く違う。土の色は変わらない。が、掘り起こした土の中から顔を見せたのは、凡そ見たこともない虫だった。
太一の脳裏に、考えたくない仮定が生まれる。頭から振り払おうにも、こびりついて離れない。
今の太一は挙動不審そのものだ。いつもならそんな太一にぐだぐだと突っ込みを入れる凛も、気付いていて黙っている。太一の尋常じゃない表情を見てしまったからだろう。
どれだけ、そうしていただろうか。電波など届くはずの無い携帯の時間は、一八時を回っている。約一時間、こうしていたらしい。
「太一」
「ん?」
掛けられた声に思った以上に平静に答えられた自分を心の中で褒める太一。
「座ろう? あそこに良さげな石があるよ」
凛が指す指先を追っていくと、なるほど椅子にするにはちょうど良い石がいくつか。地べたに座っているより余程いいだろう。
側に転がっている学生鞄を拾って、二人並んで歩く。
平素の太一と凛からすれば考えられない程に近い距離感だが、いきなり見知らぬ土地に放り出された不安がそうさせるのだ。またそれを茶化す余裕などあるはずがない。
こんな所でも、一人ではない、というのはかなり頼もしい。二人でいれるからこそ、ここまで落ち着いていられるのだ。
向き合う形で腰を下ろした太一と凛。少しして、凛が太一の横に座り直した。他にも石はいくつかあるのだから、それは不安の現れと言える。そして、そんな事にすら気付けない二人の心理もまた。
「これ、何だと思う?」
太一が切り出した問いに、凛は首を左右に振った。
「分からない。分かりたくもない……」
「そりゃそうだ」
努めて出した明るい声が虚しく散る。
「太一は?」
「え?」
「太一は、どうなの?」
「……」
色々はしょった問い掛けだが、その意図が分からない訳じゃない。
一度小さく吸って吐く。多分だけど、と前置きし、太一は視線を地面に向けた。
「ここは、地球じゃない」
「……」
凛からの返事はない。
それは目を逸らしていた現実。認めてしまえば、もう戻れないような気がして。
しかし、無知な子供の振りで現実逃避は出来ないくらいには、太一も凛も大人に近かった。
「……どうしよう?」
「人、探してみるか」
「見渡す限り草しかないわよ? 当てが外れたら?」
「そこまで責任取れねえよ。ここで待ってて人が一切通らなかったら?」
「……それも責任取れないわね」
留まるのも躊躇われ、動くのも躊躇われる。視界に映る景色はどこまで行っても同じ。地図なんてあるはずもないし、運良く持っていたとして。今どちらを向いているのか、どちらに歩けばいいのか、方角すら分からない。
八方手詰まりである。
何も出来ないという現実を突きつけられ、途方に暮れる太一と凛。こういう時にかけられるのが追い討ち。所謂泣きっ面に蜂である。
がさりと草が揺れる音。そして何だが不穏な気配。振り返った二人が見たのは……鋭く長い牙を生やした、人の倍は背の高い馬だった。
太一君のチートはもう少し先です。
後凛ちゃんもそこそこチートです(笑)
2019/07/16追記
書籍化に伴い、奏⇒凛に名前を変更します。