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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第二章:元高校生は冒険者として生活してます。

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引き金

食事中の方は一服するか、食べ終わってから読んでください。
 逃げ出したフェンウルフに剣を投げ付ける。外れたが、動きを止めることが出来た。
 ミューラがすかさず地面から石の槍を作り出し、フェンウルフを腹から串刺しにした。

「ふう。これで何頭目?」
「さあ。一〇頭は行くんじゃないか?」

 地面に突き立っている鋼の剣を引っこ抜く。
 この剣は今朝買ったものだ。ずっと使っていた鉄の剣を修理に出そうとして「こりゃあ直せない。どんなモン斬ればここまでヤレるんだ?」との言葉を武器屋の店主に頂戴した。どんなと言われても、魔物と木くらいしか斬っていない。かかる負荷が強すぎたのだ。
 直せないなら仕方がないと、買い換えを決意した。幸いと言うべきか、使う機会の無かったお金はたっぷり残っている。アズパイアでは最高級の鋼の剣を買っても、懐はちっとも痛まない。
 因みにこの剣、ミューラは振り回すことが出来ない位には重い。太一の強化があってこそだ。普段から一〇〇のうち五の強化を強いられるが、あれからまた魔力操作の精度や効率が上がったため、負担らしい負担は無くなっていた。

「確かに数多いね」

 奏がひい、ふう、みいと指折り数え、一三と答えた。午前中に森に入ってまだ三時間。ゴブリン討伐の時は往復で片手で数えるほどしか見なかったフェンウルフなのに。

「魔物ってこんな急に増えるもん?」
「うーん。あたしが知る限り、そんな例は聞いたことないわね」

 太一の疑問を、ミューラは否定する。やはり異常らしい。
 北の森に棲息するゴブリンとフェンウルフ。ゴブリンの繁殖力は周知の通りで、コロニーの周囲は凄まじい勢いで乱獲される。それはフェンウルフとて対象になるほどだ。その一方、コロニーはそう数が多いわけではなく、別コロニーの行動範囲に干渉しないようにコロニーは作られる。ゴブリンの行動範囲はかなり広いため、必然的に分布も広くなる。先ほど一つ、ゴブリンの群れを見付けた。ひとまず太一とミューラで素早く耳を切り落とし、回収した後に奏が地面に大穴を作る土属性魔術でコロニーごと埋め立ててやっつけた。ゴブリンを討伐しての報酬も、コロニー一つ分ともなれば見逃すには惜しい額である。
 一方、フェンウルフの生態は普通の野獣と変わらない。言ってみれば獣が魔力を持ったのがフェンウルフだからだ。
 彼等が狩るのは他の獣や人間。単独で行動しているゴブリンもターゲットとなる。
 基本的には単独行動の狼だ。個体の大きさは狼を二回りほど大きくしたもの。Eランクの冒険者平均よりも多少劣る程度の強さだ。太一たちの敵ではない。一人で闘っても余裕で勝てる相手に三人がかりで攻撃を仕掛けるのだから、受けるフェンウルフにしてみれば悪夢そのものだ。
 ペースは並の冒険者たちと比べても速い。出会ったら瞬殺。いくらフェンウルフが弱いとはいえ、出会い頭に一撃必殺はそうそう出来るものではない。。
 彼らにとって幸運なのは、太一たちが積極的にフェンウルフを狩っていないことか。今は森の奥を目指して歩き、特に寄り道したりはしない。奏のソナー魔術にかかっても、方角が進行方向から著しく外れるなら見逃している。
 ムラコ茸は北の森を真っ直ぐ奥に向かって進入し、木の高さが中層に差し掛かるエリアに生えるという。まだ見る限り木のたかさは低い。もう少し歩く必要があるだろうとミューラは言った。

「……うっ」

 代わり映えのしない森を歩いていると、ふと、太一が鼻を押さえて顔を青くした。
 かなりの悪心を覚えている顔。尋常ではない様子に、奏とミューラは驚いた。

「太一!?」
「どうしたの!?」

 二人にジェスチャーで大丈夫と告げ、太一は胸を押さえ木に手を当てて蹲った。
 二度、三度と大きくえずき、ようやく収まった吐き気に太一は安堵する。苦しさから目尻に滲んだ涙を袖口で乱暴に拭い、太一は二人に向き直った。

「……悪い悪い。とんでもない悪臭がどかんって来てな」
「悪臭……?」

 言われてにおいを嗅いでみるも、二人は何も感じない。

「ああ。嗅覚だけ魔力強化出来るかと思ってやってみたんだけど、想像以上でさ」

 思い出したのか、再びおえ、とえずく太一。奏とミューラは呆れるしかない。
 奏のソナー魔術も大概だが、太一の嗅覚も人外である。しかも理知的な奏の手段と違い、随分と原始的でもあった。

「腐敗臭だ。向こうで何かが腐ってる」

 有り得ない。
 ミューラは絶句した。
 ここで息絶えた生き物は、腐る前に何かしらの生き物に亡骸を喰われる。
 魔物も獣も、人すら例外ではない。
 北の森で死亡した者の探索は不可能として、ギルドですら請け負わないのだ。

「どうする? 大分よろしくない事になりそうだけど、行ってみる?」

 太一の予想は外れることはないだろう。死体の残らない北の森に漂う腐敗臭。どう転んでもいいことはなさそうだ。

「……行ってみようか」

 大分ためらったものの、奏が太一の提案を承諾した。その方向で行くというなら、ミューラとしても否やはない。
 確認する方向で纏まり、太一の先導で森を進む。鼻栓が欲しい、と本気でごちる太一に、二人は覚悟を決める必要があると強く思うのだった。
 進むこと数分。奏のソナー魔術が、何かの影を捉えた。

「……フェンウルフ? でも、それにしては大きすぎる……」

 ソナー魔術に集中している奏は、じっと一点を見つめたまま歩く。どうやら奏の探知限界距離の更に遠くから臭いはしたようだ。
 気にかけるべきは腐敗臭だけではないらしい。珍しく方向音痴を発揮しなかった太一に連れられて。三人はやがて少し拓けた場所に出た。拓けたといっても、メリラがあった所ほどではない。北の森の中では比較的、という程度だ。
 それを見た瞬間、奏は自分達の周りに空気の渦を作り出した。辛うじて、腐敗臭の直撃を避けることができた。

「くっ……。これが理由か……」

 太一が顔をしかめる。直視できない。人が二人、木の枝に刺さっている。滴る液体がなんなのか、考えたくもなかった。
 百舌鳥のはやにえの如きそれは、人の希望を丸ごと削ぎ取る悪魔のオブジェ。

「奏、ミューラ。見るなよ……」

 と気遣う太一も、一度目を向けた後、見ることは出来ていないのだが。

「……手遅れ」
「見ちゃった……割とバッチリ……」

 顔を真っ青にしている二人を振り返って。
 太一の背後からぱきりと枝が折れる音がした。
 振り返ったその先にいたのは。

「魔物!?」

 太一の声に、弾かれたように戦闘体勢を取る奏とミューラ。あの盗賊の一件で、自分達が思っている以上に心が強くなっていたらしい。そんな二人だが、戸惑いは隠せなかった。
 シルエットはフェンウルフ。だが、その色と大きさが違う。フェンウルフの倍近い巨躯に、真っ赤な体毛。見た目は間違いなくフェンウルフなのに、まるでその印象を抱かせない。

「なんだ……こいつ……」

 燃えるような赤だからこそ、黒い瞳がとても目立つ。これは何なんだ。答えのでない問い。

「グオアアアアア!!」
「……っ!」

 鼓膜が破れるかと思うほどの咆哮。黒曜馬など比べ物にならない、凄まじいプレッシャーだった。





◇◇◇◇◇





 同日同時刻、某所。
 光が一切無い部屋に、三つの気配があった。男か、女か。若いのか、年配か。それすらも分からない、暗い、暗い部屋。

「冒険者が三匹、C地点に入った」

 男とも女とも取れる中性的な声が、淡々と告げる。

「C地点か。あそこはレッドウルフを配置していたはずだな」

 答えたのは、重たい声の男だった。

「作戦に支障は?」

 問うたのは老いた女の声。

「少々痛手だが、問題ない。残りで十分代替出来る」

 その答えは、二人を安堵するさせるに足るものだったようだ。それ以降、男と老婆から言葉はない。

「見せてもらうとしよう。あのカシムが煮え湯を呑まされたという、若者たちの腕前を」

 誰かが、にやりと笑ったような気がした。





◇◇◇◇◇





 フェンウルフもどきの突進は、桁外れのスピードだった。

「うわっ!」

 あっという間に太一の元まで走り寄り、突進の勢いを乗せた頭突きで、彼の小さな身体を吹き飛ばした。
 魔力強化が出来るようになった太一が受けた、最初の直撃である。
 油断があったかも知れない。それでも、太一が直撃を受けるなど全くの予想外だった奏とミューラは本気で驚いた。
 彼の身体はピンポン球のようにふっとんでいき、木を数本薙ぎ倒して止まったようだ。バキバキと木が悲鳴をあげる。
 会心の手応えがあったらしい紅のフェンウルフは、再び咆哮した。奏とミューラは油断せぬように構える。太一を吹き飛ばしたあのスピードは、かなりの脅威だ。
 残りの獲物を狩ろうと二人に向き直る魔物。奏はいつでも魔術を撃てるようスタンバイが済んでいて、ミューラもまた相手の攻撃をいなし、カウンターを叩き込むべく剣を握る。
 これが人だったら、猛烈な攻撃に仲間を吹き飛ばされたにも関わらず、全くと言っていいほどに心配をしていない二人に違和感を覚えるだろう。
 その種明かしは、攻撃を受けた本人が自ら行った。

「おーあぶねえ。間一髪だ」

 パンパンと埃を叩きながら、太一が瓦礫から姿を現した。
 あの瞬間。太一から発せられた、これまでで一番強い魔力の活性化を、奏とミューラはしっかりと感じ取っていた。あれほどの魔力を身体にまとった太一がダメージなど受けるはずがない。
 現に、太一はピンピンしている。

「タイチ、平気?」
「問題なし。それより、こいつ相当速いな」

 それは太一への攻撃を見てよく分かった。
 今までの相手とはレベルが違う。
 とはいえ、負けるとは思わなかったが。無傷の太一を見て警戒する赤いフェンウルフ。スピードが武器なのだろうから、撹乱でもするべきなのだ。立ち止まっていては持ち味が半減してしまうのに。
 ただ、それならそれでよい。
 たとえ意思疏通が出来る相手だとしても、わざわざ教えてやる義理はない。
 太一が自身に施した魔力強化は六〇。相手がいる上での割合では最高だ。奏とミューラが仕掛けないのは、それが太一からの「俺がやる」というメッセージだと思ったからだ。

「どこのどいつか知らないが、ふざけた事するじゃねーか!」

 衝撃と、何かが砕ける音。
 彼を注視していた奏とミューラ。辛うじて、初動を追うことが出来た。
 赤いフェンウルフは身体の真ん中がくの字に折れている。真横からの猛烈な一撃だった。
 悲鳴すら一瞬。血ヘドと唾液を撒き散らしながら、魔物は数メートル地面を転がった。
 赤いフェンウルフが戦闘不能に陥ったのは明らかだった。背骨をへし折った。もう立ち上がれないだろう。
 あのまま放っておけばじきに息絶えるだろうが、闇雲に苦しませるのも趣味ではない。腰の剣を抜き払い、赤いフェンウルフに近付く。激痛に苦しむ魔物に見えぬように、延髄目掛けて剣を振り下ろした。
 びしゃりと拡がる鮮血と、動かなくなるフェンウルフ。振り返って、奏とミューラに言った。

「あの木、焼き払ってやろう」

 この世界では土葬が主流。太一はあえて日本で行われる火葬を選んだ。死んでまで辱しめられたあの二人の冒険者を考えれば、この方がいいと思った。
 太一の意図を汲んだ奏が、火球を三つ作り出す。
 ミューラには流石に分からないだろうが、明確な理由があると察したのだろう、無言で奏に追従する。
 どん、と爆発が起き、激しい炎があっという間に木を包む。ひょろりと背の高い遺体と
、饅頭のように丸い遺体が、明滅する炎に溺れていく。
 全てが灰になり、火が消えるまで、三人はその場で見守り続けた。





◇◇◇◇◇





「二一秒」

 暗闇に通った声に男と老婆の感嘆の溜め息が漏れる。

「レッドウルフ相手に二一秒も持たせたか」
「なかなかだの。カシムが苦しんだのも納得じゃ」

 満足げな返事に、しかし中性的な声の主は。

「レッドウルフが、二一秒で狩られた。闘ったのは三人のうち一人だ」

 仏頂面を浮かべていることが容易に想像出来る声色で告げる。
 空気が、暗闇ごと凍りつく。

「想像を遥かに上回る……手を打たなければ」

 返事など期待していなかったのか、続けてそう呟く。
 太一の圧倒的な戦闘力が、彼らに最後の引き金を引かせる事になったのだった。


一話遅れましたが、たくさんの応援ありがとうございました。

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