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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
第二章:元高校生は冒険者として生活してます。

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それぞれの気持ち其の二

キャラが勝手に動いて気付いたら出来上がってました。

こんな執筆はそうそうできません(笑)



作者の後書きが悪くて色々反響ありましたが、いい意味で予想を裏切れたら幸いです。

「ラケルタさん」


 来客だと言われてロビーに降りてみれば、ラケルタがテーブルについて手を振っていた。


「今日は来客が多いわね」


 そう呟いて、ミューラが腰を下ろす。それに凛も続いた。


「ごめんね、急に押し掛けて」


 ラケルタは謝った。凛もミューラも、特に気にすることでもないため首を左右に振る。単なる社交辞令だ。


「リンちゃん。気分はどうだい?」


 彼も気にかけてくれていたのだ。感謝の気持ちを抱いて、凛は微笑んだ。


「ありがとうございます。昨日よりは楽になりました」


 それは建前ではなく本音である。一晩休み、ミューラにそばにいてもらって、本当に楽になった。

 何より、太一も同じく辛い気持ちであると考えると、自分ばかり悲劇に浸るわけにもいかない。

 運ばれてきたお茶を一口飲んで、凛はほっと息を吐いた。


「わざわざ足を運ぶほど心配だったのね」

「そうだね。やっぱりじかに会わないと分からない事もあるしね」


 ミューラのそれは、トラップだった。少し意地悪に言ってみて、ラケルタがどう対処するかを見たのだ。それに対して彼は臆することなく踏み込んできた。

 分かっていないのか、それとも。

 彼は、ミューラをじっと見ていた。口の端が軽く上がっている。


(……このタヌキ)


 ミューラは心の中で毒づく。彼がどういうつもりでここに来たのか察した。いや意図的である事を考えると、察する事を余儀なくされた、といったところか。

 凛はまともな精神状態ではない。今は自分が防波堤にならなくては。ミューラは静かにラケルタを警戒する。


「タイチくんはバラダーが引っ張り出したんだよね。リンちゃん。僕と気晴らしに出掛けないかい?」

「ラケルタさんと、ですか?」


 彼はこくりと頷く。面食いな少女ならこのお誘いには一も二もなく乗るだろう。彼はとても整った顔立ちをしている。背も高く、適度に鍛え上げられてもいる。客観的に評して、男前度はかなり高い。ミューラはその誘いには乗らないが。


「ありがとうございます……。でも……」


 と、言い淀む凛。恐らく脳裏には太一がよぎっている。ミューラから見てもかなり分かりやすい凛の好意。それを考えれば、いくらラケルタがカッコよかろうと、その誘いに乗らないのは当然だとミューラは思った。

 その反応は分かっていたのか、ラケルタはさほど落胆した様子を見せずに背もたれに寄りかかった。


「そっか。残念」

「……ごめんなさい」


 ただ、何だろう。ミューラは違和感をぬぐえない。ラケルタがかなり頭脳明晰なのは、昨日の炭坑探索の時に分かっている。その彼にしては、随分と無策。言ってみたかっただけなのか。

 ミューラは直後、自分の読みの浅さを悔やんだ。


「タイチ君はバラダーが色街に連れていったよ。今頃よろしくやってるんじゃないかな」

「なっ……」


 思わず声が出た。これがラケルタの奥の手。凛の心の急所を効果的に突いた。

 恐る恐る凛を見れば、彼女は青い顔をして俯いていた。はっきり言って、盗賊たちが目の前で惨殺されるのを見たときよりも酷い。


(やられた……リンっ!)

「リンちゃん。君も少し気分転換した方がいいよ」

「……」

「行こう。いいところを知ってるんだ」


 ラケルタは立ち上がり、馴れ馴れしく凛の手を取った。促されるまま立ち上がる凛。

 あれだけ強い少女が、今は消えそうなほどに弱々しい。


「じゃあミューラちゃん。夜までには戻るよ」

「ちょっ……」


 咄嗟に言葉が出てこなかった。

 それが大きなミス。ラケルタは凛を連れて出ていった後だった。


「……もう! 何やってんのよあのバカ!」


 だん、とテーブルを強く叩く。周囲の視線が集まるが、気にする余裕はない。最近はいつも一緒だった異世界出身の少年の顔がはっきりと浮かぶ。

 力なく椅子に座り、ミューラは両手で顔を覆った。


「何やってんのよバカタイチ……。早く……戻ってきなさいよっ……」


 悔しい。

 ミューラは、嗚咽をこらえるのに苦労した。

 溢れる感情をもて余す。何故こんな気持ちになるのか、ミューラにはその理由が分からなかった。






◇◇◇◇◇






 ロゼッタがぎしりと太一の横に腰かけた。肌をが触れ合う距離。しなやかな指先が、太一の胸を撫でる。背筋がぞわりと震えた。


「素直に、身体で感じるまま委ねるの。それが一番いいのよ?」


 ロゼッタが耳元で囁く。

 頭が痺れて思考回路が焼けつく。

 このまま、すべてを委ねてしまおうか。

 彼女は相当に慣れているようだ。であれば、きっと何もかもが、万事上手く行くだろう。


「緊張なんか、感じる余裕ないわよ。ふふ、覚悟しててね?」


 もう何も考えたくない。

 ただ、この女性ひとに、されるがままになってしまおう。

 そう考えたところで、脳裏にある人の顔が浮かんだ。

 こちらを見ていたのに、悲しげに顔を背けるその人。

 その人は、太一にとってどんな人だった?

 彼女を悲しませて、自分は胸を張れるのか?

 いや。

 そんなことはない。

 誓ったのは、そんなに安いことではない。

 刹那的な欲望に囚われて、見失っていいものじゃない。


「……凛」


 そう呟いたのと、ロゼッタの指が太一から離れたのは、同時だった。


「……?」


 何で止めたのだろう。随分と盛り上がっていたはずだ。少なくとも、太一の気持ちは別にして。

 そう思ってロゼッタを見てみる。

 彼女は、姉のような優しい笑みを浮かべていた。

 日本にいる姉も優しかった。あの笑みに一体何度癒されたことか。

 異世界に来てから、感じる余裕すらなかった、激しい郷愁だった。


「私はね、これでも男を虜にさせる自信があるわ」


 開いた胸元を正しながら、ロゼッタは言う。


「でも坊やは、私に迫られながら、他の女の子の事を考えてた」


 どくんと、心臓が強く胸を叩く。


「何でわかるのか、って顔してるわね」


 からかうような口調で、しかしどこまでも優しい笑みで、ロゼッタは続けた。


「坊やが私に隠し事するなら、後三〇年は歳を重ねてきなさい」


 くすくすと笑う。

 その数値があまりにもリアルで、太一は無条件に思う。

 ああ。この人には、絶対勝てない、と。


「ふふ。私ほどの女に迫られながら考える子なんだから、よっぽど好きなのね」

「……好き?」


 自分で自分をいい女と言うロゼッタ。とても似合っていた。

 ぼけっとした顔でおうむ返しする太一。ロゼッタは「なるほどね」と頷く。


「気付いてなかったのね」

「えっと。ちょい待ち。好き? 誰が?」

「坊やが」

「誰を?」

「リンちゃんって子を」

「……マジで?」

「マジで」


 信じられない。

 一体何が信じられないかというと。

 凛を好き。

 それが、すとんと腑に落ちたからだ。


「そっか。俺凛が好きなのか」

「そうよ。坊やはリンちゃんが好きなのよ」


 諭すようなロゼッタ。太一は彼女に向き合い、頭を下げる。


「ごめんロゼッタさん。俺、貴方とは寝れない」

「いいわよ」


 彼女の仕事を奪ってしまった。

 その思いから謝ったのだが、ロゼッタは微笑んだまま、それを受け取った。


「え?」

「バラダーさんが言う通り、まだまだね。いい? 商売女を買ったからって、気持ちいい事するだけが時間の使い方じゃないのよ?」

「……?」


 良く分からずに首をひねった。


「つまり、買った女とどんな時間を過ごそうが、買った男の自由ってこと。たまにいるわ。女に酒を注がれたい、って言って私を買って、本当にお酒だけ飲んで帰る人も」

「へえー」


 そうなのか。

 それは全く知らなかった。


「だからね、私と寝ないのも坊やの自由。気にする事は無いわ」


 個人的にはウブな坊やは好きだけど、とぺろりと舌を出すロゼッタ。かなりエロい。思わずぐらりと来るほどに。


「さて。どうするの、坊や。時間はたっぷり余ってるわよ?」

「そうだなあ。……折角だから、ダメ出ししてくれない? 今までの俺を」


 太一が何を言いたいのか、ロゼッタは即座に理解した。そして今度は小悪魔な笑みを顔に乗せる。


「いいのかしら? おねーさんの採点は激辛よ?」

「の、望むところ!」



 三時間後。



「おいロゼッタ。一体どんだけサービスしたんだ?」


 憑き物がとれたような太一の表情を見て、バラダーが問う。


「うんと。目一杯。最大限」


 楽しそうにロゼッタは笑う。バラダーは乾いた笑みを張り付けた。彼女がどれだけ達者かは身をもって知っているからだ。


「そ、そうか。男になったか。良かった、のか?」

「そうね。剥けたのは一皮どころじゃないんじゃないかしら?」


 ロゼッタが太一に向ける視線に気付く。まるで、最愛の弟を見るような。

 当の太一は、ロゼッタとひとときを過ごして雰囲気がガラッと変わり、娼館の娘達に囲まれている。あれだけ頼もしい少年はそうはいないからだ。


「ロゼッタさん」

「なあに、坊や」

「次はいい報告持ってくるよ」

「ふふふ。楽しみにしてるわ」


 サムズアップする太一に、右手を顔の横で小さくひらひらさせるロゼッタ。

 一体この数時間でどんな魔術を使ったのか。

 バラダーには皆目見当がつかなかった。






◇◇◇◇◇






 数時間前まで遡る。


 何故ここにいるのだろう。凛はふと周囲を見渡した。

 太一が色街に行った。

 その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。

 その後の事は覚えていない。気付いたら、ここにいた。


「リンちゃん。水しかないけどいい?」

「あ、はい」


 ラケルタが差し出してきた木のコップには、水が七割ほど入っている。

 酷い顔だ。

 水面に映る自分を眺めて、正直にそう思った。

 目尻から頬を撫でる。

 涙の跡。

 自分が涙を流した事すら、気付いていなかったらしい。


「泣いてたよ、リンちゃん。ショックだったんだね」

「えっと……」

「ああ、ごめんごめん。困っちゃうよね」


 苦笑いを浮かべるラケルタ。何故彼は、自分をここに連れてきたのか。

 正気だったら、ここに来る前に帰っていただろう。


「あの……」

「ああ、ちょっとでいいんだ。僕の話を聞いてくれるかい?」

「はあ……」


 頭が働かない。言われるまま、凛は頷く。


「君は、タイチ君が好きなんだよね」


 不意に言われてかっと顔が熱くなる。

 断定された。隠せていなかったと言うこと。


「それが君の秘密だね」


 当たり前のように言う。

 この期に及んで、まだ太一が好きらしい。


「じゃあ、次は僕の秘密だ。リンちゃん。僕は、君が好きだ」

「……えっ?」


 何を言われたのか分からない。

 ふと顔を上げる。ラケルタが、すぐそばに来ていた。


「僕は、君をタイチ君に取られたくないな。君のことを放って、色街なんかに行っちゃう彼には、負けたくはない」

「……太一は」


 そんな人じゃない。

 その言葉が、言えなかった。

 凛を放置して色街に出掛けた。それは事実だからだ。


「君を大切にするよ。タイチ君よりも、大切にしてみせるよ」


 ラケルタの手が、凛のほほに触れる。

 私は、どうしたらいいのだろう。

 私は、どうしたいのだろう。

 凛はぼんやりと、正面の壁を見詰めていた。



もう一つ続きます。次回で、それぞれの気持ちシリーズは終わる、はずです(笑)


2019/07/16追記

書籍化に伴い、奏⇒凛に名前を変更します。

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