十五
「安心なさい。この場でドンパチやろう、というつもりはありません」
とアンテは言う。
それを信用できるとでも思うのか――
思わずそう反発しそうになったものの、考え直す。
実際に、アンテからは敵意はもちろん戦意すら無いのだ。
今のところ言動と態度が一致しているわけで、下手に藪をつついて蛇を出す必要はない。
信用できない、と口走ったせいで「ならこの場でやろうか」と戦闘に陥る方が不味い。
イニシアチブを取られているのはもはや仕方ない。
相手の方が上手だった。
ここはそれを認めて、相手をして満足してもらいお引き取り願うのがいいだろう。
「わらわたちの心臓にたどり着きなさい。辿り着いた暁には、わらわが立ちはだかりましょう」
そうアンテは笑う。
彼女が笑っていて穏やかな分にはそれでいい。
「分かったわ。急所を探せばいいのね?」
「ええそうよ。見つけられるものなら、ね?」
という挑発的な言葉が、嘘であることは探らずとも一目でわかった。
嘘である、本音ではない、ということを隠すつもりはないらしい。
必ず探し出せ、という意味を込めて言っていそうだ。
いつまでも待っているのはごめん、ということなのだろう。
探せ、ということは、今後も隠れてはいる。
だがそれも、アンテ自身がやりたいことではないということだ。
つまり誰かへの義理立てで隠れているだけで、彼女自身はそれをまだるっこしいと感じている。
「絶対探してみせる。その時は改めて、尋常に」
快活ではあるものの、決して大きなことは言わない凛の、威勢のいい言葉。
その言葉に、アンテは嬉しそうに笑った。
実力者である彼女に面と向かって宣戦布告をしてきた者などいなかったに違いない。
それほどまでに、強い。
少なくとも、精霊魔術を使えなかった以前の状態であれば、太一に任せる以外の選択肢が無いほどに。
「その意気やよし。わらわも小細工なしで参るとしましょう」
凛とミューラから戦意を感じたことでどうやら満足したらしく、アンテは立ち上がると。
「では待っています。せいぜい、わらわを失望させないことね」
そう言い残して、アンテはふわりとわずかに浮かび、その場から消え去った。
次の瞬間、既に気配はもちろん、そこにいた痕跡すら何一つ残っていなかった。
「……ふう」
彼女の存在感を受け止めていた凛が、大きく息を吐いた。
ミューラもまた、剣の柄から手をはなし、身体から力を抜く。
がっぷり四つ。
真正面から正面衝突。
今後必ず出会うことになるだろう。
その時に、背後から襲われる心配が減っただけでも大きな収穫だ。
肌感でしかないが彼女は精霊魔術を行使して全力でかかってなお、勝てるかどうかは未知数。
だからこそ、不意をうたれるのは面白くなかった。
面白くないで済めば御の字。
場合によってはその一撃でほぼ間違いなく決まってしまうだろう。
だからこそ相手の興味を引き、正面から正々堂々とぶつかり合うことができないかと考えたのだ。
その辺凛とミューラで打ち合わせは一切していなかったが、考えたことは一緒だった。
これが成功しなかったら、アンテの隙を窺い不意を打たねばならない。
いったいどこまで隠れおおせるのか。
そんなことをするくらいなら、まともに戦う方がいい。
まだマシ、というレベルではあるのは間違いないけれど。
堂々と相対していた凛とミューラ。
「どうやら、あの女があたしたちの敵みたいね」
「すごい迫力だったね……」
しかし凛は、勝てない、とは言わなかった。
無論簡単に勝てるとは思っていないし、一歩間違えば負けることも十二分にありえると承知している風ではある。
しかし、どうあっても勝てないのと。
勝てる可能性が残っているのとでは。
雲泥の差だ。
あれだけのプレッシャーを放つアンテ。
彼女に迫るだけの実力が無ければ、勝ちの目など存在していない。
「さて、とんでもない相手が敵にいるわね」
ミューラが腕を組む。
正直な所感をいえば、これまでで一番かもしれない。
無論、凛とミューラが相対する相手としては、だが。
純粋な強さでいえばアルガティには及ぶまい。
アルガティと同じレベルでないことを感謝せねばならないくらいだろう。
「そうだね。とすると……」
「ええ。覚悟はしておいた方がいいわね」
「そうだね」
アンテを見つけること。
そして、この事件解決のための手がかりを探すこと。
アンテに辿り着くための戦いが始まったのを、凛もミューラも感じ取った。




