十四
今日も今日とて捜索を続けて何も見つからず、ついに日がとっぷりと暮れてしまった。
もう今日は切り上げよう――そう話して、路地裏をショートカットしながらいつもの宿への帰り道を進んでいるときのことだった。
バッと素早く動いた。
知らない声。
知らない気配。
警戒するのは当たり前だ。
凛は杖を構え、ミューラは剣の柄を握っていつでも抜けるようにした。
ローブの女も一瞬の遅れをもって戦闘態勢に入った。
刹那漂う緊迫感。
凛、ミューラ。
二人ともAランク冒険者相当の実力者。
いずれ劣らぬ実力者の二人が醸し出す戦闘の空気。
そのプレッシャーは相当なものだ。
普通の者ではしゃべることもままならないほど。
スラムの者相手ならばまず使わない全力の警戒だ。
にもかかわらず。
「うんうん、悪くないわね」
ハスキーな女の声は、とても満足げだった。
二人からの戦意を浴びてなお、むしろ心地よさそうにそう言ったのだ。
「……誰なの?」
警戒心を解かないまま、凛はその人物に声をかけた。
ちょうど月が雲に隠れていて姿が見えない。
その結果、月の明かりが無い現状、周囲は暗い。
気配でどこに誰がいるかは分かるが、姿が見えない。
火の魔術で明かりはともせるのだが。
動くのはためらわれた。
お呼びではない三人目が、それほどに異様な空気を発していたのだ。
そのタイミングをはかっていたのかどうかは定かではない。
間違いなく空気など読んでは無いだろう。
なのに、まるで演出家のように月の光が部屋に差し込んできた。
部屋の中が柔らかい夜の明るさに包まれる。
招かれざる三人目。
彼女は、道端に置いてある木箱に腰かけていた。
足を組み、その膝に肘をついて顎を乗せ、怪しげな笑みを浮かべて凛とミューラを見つめていた。
「ふふふ。わらわはアンテというのよ」
妖艶な言葉が耳朶を打つ。
アンテと名乗った女は、二人から戦意を叩きつけられているというのに、相変わらず平常心のままだ。
濃い緑色の長髪を無造作に後ろに伸ばしており、全身を軽鎧で包んでいる。
戦闘しに来た、というわけではないだろう。
警戒心マックスの凛たちに対し、アンテはまったく動じていない。
「アンテ……」
「で、そのアンテさんがどんなご用事?」
ミューラがそう声をかけると、彼女は楽しそうに口の端をあげた。
「ご挨拶よ。わらわの敵になるという者の、ね」
その言葉は純粋な喜色に満ちており、馬鹿にする意図は感じられない。
そう思うのも、このアンテという女が、凛とミューラよりも間違いなく格上だろうからだ。
実際に戦って肌で感じたわけではない。
アンテの戦いを目撃したわけでもない。
だが分かる。
このアンテ、強い。
「へえ、敵なの?」
「そうよ。この紫色の結界。これはわらわのところでやっているものだわ」
「……!」
唐突なネタばらしに思わずたじろいでしまう。
どういうことだ。
まさかの、だ。
敵側の、それも雰囲気的には間違いなく重要人物がこうして姿を見せるとは。
普通なら迂闊、と、ともすれば敵を馬鹿にしてしまいそうなところだが、凛もミューラも、とてもではないがそんな気にはならなかった。
それはとりもなおさず、彼女の存在感故だ。
(これは……)
先ほど感じた強い、という感想に間違いはなさそうだ。
強敵だ。
間違いなく。
敵の目の前にわざわざ出てくるこの胆力。
圧倒的な自信が無ければここには来ない。
そして自分の経験上、自信というのは往々にして根拠があるもの。
それは凛もミューラも同様だ。
精霊魔術師となり、出来ることが増えてより強い敵とも戦えるようになった、ということこそが自信。
そう、身に覚えがあるからこそ、分かるのだ。
アンテの身体から満ち溢れているのが自信だということが。
単独でやってきても、この場でどうこうされることはない、という確信があるのだろう。




