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十五話

 調査を開始して一か月が経過した。

 探索の森も順調である。

 第二拠点の周囲に広がる巨大な森。

 この森の探索はほぼ完了していた。

 出会う魔物や動物は、第二拠点の方で把握していない種類についてはすべて狩猟して持ち込んだ。

 それらはすべて調査用であり、資源として狩った魔物は多数。

 食用の肉として、調合用、装備品などの素材として。

 物資は現地調達が基本となる第二拠点としては、かなり在庫が潤ったようだ。

 一か月の成果なので、かなりの量にはなっているのは間違いはない。特に食肉などは狩りすぎても消費できず腐らせてしまう問題があるが、その辺りの保存については十分に考えられているようで問題ないとの事。

 まあ、わざわざ世界を渡るようなバイタリティ溢れる彼らだ。ただ食べ物が「腐る、腐る」と嘆きながら眺めるだけでいるはずがない、というのも納得の話である。

 森の調査は先日終わり、現在太一たちは二手に分かれて山の調査を開始していた。

 その山の中腹。

 太一とミューラは、現在手近な岩に腰かけて水分補給などの休憩を行っていた。

 魔力強化による疲労軽減もあって見かけ以上に疲労体勢が強い太一たちであるが、疲れないわけではない。

 こうした適度な休憩は、引き続き探索を行うために必要なプロセスである。

「結構登ったわね」

「ああ、あんなに小さく見える」

 太一とミューラが見下ろした先。

 森の中には木の壁に囲まれた拠点が見える。

 また荒野を見渡せば、砦が見えなくもなかった。肉眼で見ようとするとかなり小さく、何かがあるか、というのが辛うじて分かるかどうかだ。

 視力を強化すればその限りではないのだが。

 砦があると認識しているから見えるが、認識していなかったら見えないのだという。これは山から森の中の第二拠点が見えた、と話した際にフィリップから教えてもらったことだ。

 理由は単純。

 隠蔽の範囲だから。

 そこにあることを認識し滞在したこともある者にはさすがに効果はないが、それがあると想定すらしていない者には効果てきめんなのだとか。

 ここに赤の他人がいたとして、太一とミューラが拠点や砦の事をいっさい喋らなければ、同じ光景を見ていてもその者にはまったく見えないそうだ。

 しばし休んだところで、再び探索を開始する。

 周囲を探り、地形を覚え、地図に書き込みながら進む。

 邂逅した魔物はすべて戦って強さや特徴などを確認する。

「ぃやあっ!」

 裂ぱくの気合がミューラの形の整った唇から放たれる。

 出会った山羊のような魔物に対する、ミューラの斬撃から蹴りにつなげるコンビネーション。

 かなり強烈な蹴りに吹っ飛ぶ魔物。

「いらっしゃーい」

 魔物が吹っ飛んだ先には太一。

 上からたたき落とすように殴りつけた。

 地面に激突した山羊型の魔物は、そのまま数度痙攣して動かなくなった。

 仕留めたことを確認し、角を切り取る。

 この魔物は既に第二拠点に持ち帰って調査が行われているので、持ち帰るのは一部のみだ。

「うーん……今日は既存の魔物ばっかだな」

「そうね」

 既に山に入るようになってから数日が経過している。

 日を追うごとに少しずつ奥に進んでいるが、出会う魔物は同じ種類ばかりである。

 これがお金稼ぎに来ているならそれでもいいのだが、調査となると、というところだ。

 探索して未知の場所が詳らかにされていっているので成果ゼロと言うわけではないのだが。

 それに。

「魔物のレベルが全体的に高いな」

「そうね」

 太一とミューラだから戦えているが、間違いなく個人でAランクは必要だろう。

 倒した魔物の素材を集めながら進んでいるが、どの魔物も手ごわい。

 戦っているのが太一とミューラだから問題なく進めているのだ。

 おそらく、別の場所の探索を行っている凛とレミーアも同じような感想を抱いているところだろう。

「今日も大漁大漁」

 素材はなかなかの量が手に入った。

 これならばまた、拠点の足しになるはずだ。

 森で得た素材もそうだが、特別どうしても必要なものはない、というレベルだとレミーアは言う。

 他に代用可能な素材について心当たりがあるようで、本当に用立てすべき時が来たら都度取りに行けば十分だ、ということだ。

 ならば、自分たちの分の確保に躍起になる必要はない。手に入れた素材は、記念に一種類ずつ確保して後はフィリップにすべて売却している。

 日が落ちた頃、太一たちは森の中の第二拠点に帰還した。

「あ、太一」

「お前たちも戻って来たか」

「ああ、凛、レミーアさん」

「少し早かったんですね」

 素材を兵站部門に提出し、目録を受け取ってフィリップのところに向かうと、彼女たちも報告を行っていた。

「ああ、戻られましたか」

 フィリップが太一とミューラを出迎える。

 ミューラはそれに応じながらも、彼の前に兵站部隊が用意した目録を差し出した。

「今回もご苦労様です」

 フィリップはそれを手に取ってざっと上から下まで目を通すと、満足げに頷いた。

 成果は十分。

 この第二拠点にいる面々ではどれだけ時間がかかるか分かったものではない。

「どうやら順調だったようだな」

「ああ。あそこにいる魔物ならな」

「リン、山の西側は相変わらず?」

「うん。そっちが出会う魔物と変わり映えしないかな」

 それぞれが山に対して抱いている感想を話し合う。

 同じところを四人で探索するのも効率が悪いので、二手に分かれて山に登っていた。

 森の奥に進んだ先にある、例の毒トカゲが寝床にしていた湖。

 その湖を左右から回り込んで、行きついた先にある山から登ることにしたのだ。

 それなりに大きい湖なので、そうすることによってある程度の距離を空けて登ることができる。

 今登っているのは一つ目の山。

 山と言うより山脈と称するのが正しいだろうか。

 複数の山が連なった連峰である。

「それでは、本日の分も取り決めの通りに」

「ああ、頼んだ」

 都度報酬を受け取る、というのは辞退した。

 現金は持ち歩いてはいるし、この拠点も砦でも使えるものの太一たちはそう使うことがない。

 物々交換でどうにかなってしまうし、何より太一たちが必要な物資は提出した素材から差し引かれることになっている。

 セルティアから引き上げるときにまとめて手渡される。

 そんな調子で山を調査して数日。

 既に数度立ち入り、徐々に奥へと探索範囲を広げ、既に山を二つ越えている。そうなると当然日帰りも難しくなり、泊りがけの調査に切り替わっていた。

 そんなある日。

「……ん?」

 ふと立ち止まった太一を見て、ミューラが首を傾げた。

「どうしたの?」

「シルフィが、人がいるって」

「!」

 表情を引き締めるミューラ。

「人ってどんな?」

「シルフィの印象は、冒険者っぽいってさ」

「そう。方角は?」

「あっちだ」

「……行ってみましょうか?」

「そうだな」

 この山に踏み入っている点から相手もAランクであることを考慮し、かなり距離を取って止まる。

 風上、更に標高の高いところ。できうる限り見つかりにくいところに陣取った。

 視線を軽く向けてみる。そして対象を確認してすぐに引っ込んだ。

 じっと見るとみられていると思われるためだ。

 相手の察知能力、探知能力を舐める気はない。慎重に慎重を重ねるのだ。

 下手な動きをしてバレてしまっては、何のためにレミーアに師事しているのかわかったものではないからだ。

 様子を見た限りの印象で言うと、何かを探している様子。

 警戒もしている。一瞬であったので、太一たちには気付いていないようだ。

 ミューラと太一はアイコンタクトで認識を確認し合う。

 ここまで来たのだ。接触してみよう、ということで二人の考えは一致している。

 しかしそれを、こちらだけの判断で決めて動いてしまうのは尚早だ。

「凛とレミーアさんに伝えてみる」

「ええ」

 小声でのやり取り。その後、シルフィに頼んで声を凛とレミーアに届けてもらう。

(ふむ……接触してみるのも良いかもな)

(そうですね)

 状況を報告すると、凛とレミーアからはそのように帰ってきた。

「分かった。友好的に接してみる」

「情報を集めてみます」

(頼んだぞ)

(二人とも、気を付けてね)

 情報を集めるには接触してみるのがいい。太一とミューラの認識と、凛もレミーアの認識は同じだった。

 報告を終え、太一とミューラは少しばかり、どういう話をするかか簡単に打ち合わせをした。

 そして、姿を見せて二人連れ立って近付いてみることにする。

 相手方に必要以上の警戒をされてしまうと誤解を招く。

 見晴らしの悪い場所で急に後ろから近いてしまった状況とはわけが違うのだ。

 太一とミューラに敵意がないと示すために、遠い位置から気配をまったく隠さず歩いていく。

「よー、狩りは順調かい?」

「まあまあだ」

 気配を隠さず武器を収めたまま歩いたことで、狙い通り最低限の警戒しかさせなかった。

 若い三人組の冒険者。

 男、女、男の組み合わせだ。

 男の一人目は盾と片手剣のオーソドックスなスタイル。

 女は弓矢とサブウェポンに少し刃渡りが長めの剣鉈。

 男の二人目は杖を持った魔術師スタイル。

 バランスの取れた編成のパーティである。

「そうか、それは何よりだ」

「そっちは何か用なの?」

「まあ、用と言うほどのことではないのだけど」

 自分たちも同じ領域ですべきことをしていること、そのうえで干渉する気も邪魔をする気もないことを伝えに来たとミューラは話す。

 納得した様子で三人は頷いている。

「俺たちはこの辺りの調査に来てるんだ。そっちは?」

「オレたちは素材集めだな」

 仕事について聞いたのはそれだけ。依頼主がどうとか、何の調査に来ているとか、そういうことにはもちろん突っ込まない。

 突っ込んだ結果、逆に突っ込まれると面倒だ。

 ならばいらぬことには手を出さないのが吉というもの。

 依頼主が秘密裏に依頼を出した可能性を考えれば、触らぬ神に祟りなしというところだ。

 それはともかく、知らずトラブルが起きる前に、お互い認識しておいた方が避けられるというのが太一とミューラの趣旨。

 太一とミューラが伝えたのは、要約すると話をしてお互い邪魔をしない、時には救助も請け負える、ということ。

 持ちつ持たれつ。喧嘩や争いいがみ合うことにあまり価値はない。

 お互い仕事にまい進できるようにしつつ、困った時はお互い様の方針で行こう……。

 ということを伝えたのだ。

 聞いて全く不思議なことではない。互いに同じ領域で仕事をする必要があるのだ。

 こうしてコミュニケーションをとるのは全くおかしなことではなかった。

「二人か?」

「後二人いるわ。諸事情で別行動だけれど」

「そうか。ここは危険だぜ、二人ってのはいささか不用心じゃないか」

「ちょっと、他所のパーティの事情に口出さないでよ」

「それもそうか」

「二人でもどうにかなってるからな。でもそろそろ合流して帰ろうかと思ってたところなんだけどな」

「この辺りの土地勘がなくてね。自分たちがどこにいるのか見失ってしまったのよ」

 太一とミューラとしては、Aランク冒険者が対処するような魔物が普通に闊歩するこの土地でその言い訳は少しばかり苦しいと思っていた。

 しかし、それ以外に言い訳が思いつかなかった。

 下手に言葉を重ねるよりも、自分たちがドジを踏んだという方が信ぴょう性があると考えたわけだ。

 ここを歩けるにしては用意が不十分な気がすると思われているようだ。

 一方、土地勘がないところで奥地まで行くと、上級冒険者でも迷うことがあるのはまあ起こることだ。

 それは準備をしてきても同じこと。

 決して他人事ではない

 強敵と戦っていたら、気付いたら意図せぬ方向に移動してしまい、自分を見失う結果に陥ることも普通にある。

 誰にでもおこることなのだ。

 三人は太一たちの言い訳を「明日は我が身」と思ったようだった。

 実際は当然、太一たちが迷うことはない。レミーアと凛はそんなドジを踏まないし、ミューラも同様。太一は方向音痴なところがあるのでやや怪しいが、迷ったら空を飛んで地形を確認すればいいので何気に一番迷いにくいのだが。

「そういうこともあるか」

「今後どうするかは決めているの?」

 三人に問われ、太一とミューラは用意していた通り回答する。

「ああ。一応それは決めてある」

「そんならいいけどな。俺たちも素材集め終わってねぇからな、あと一匹倒さなきゃ帰れねぇ」

「へえ、どんな魔物だ」

「こういうやつだ」

 魔術師の男が話す魔物の特徴。それは太一とミューラが何度も倒してきた、フォレストタイガーのことだった。

 ただし色が違うので、おそらくは森ではなく山で生きるのに適応したのだと思われる。亜種、といったところか。

「ああ、それなら向こうで見たぜ。遠かったし、狩りが目的じゃないからスルーしたけどな」

 こっそりとシルフィに場所を確認してもらいながらそんなことを言う。

「そうか。良かったら案内してくれないか」

 案の定、彼らは喰いついてきた。

「ああ、いいぜ」

「いいのか、横取りはしたくないんだが」

「構わないわ。こっちはスルーした魔物だもの。襲われない限りは倒すつもりは無かったのよ」

「それならいいんだけどね。じゃあ、案内頼みたいのだけど」

「準備はいいのか?」

 三人が間髪入れず頷いたので、太一は先導するように歩き出した。


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