十四話
戦果を携え、太一たちは拠点に戻ってきた。
紫の毒リザードだけではなく、それが排除されたことで集ってきた大量の魔物を狩ることになった。
それらは貴重な素材や資料になるのは間違いない。
ないのだが、さすがに数が多くすべてを持ち帰ることはできない。
なので種類ごとに比較的状態がいい死体を一体ずつ確保。それ以外は討伐したことが分かるように部位だけを。冒険者の流儀と経験に従い、ここなら討伐証明部位になるであろう箇所を切り取った。
更に食肉が可能な魔物についてはできうる限り確保を行う。
そして最後に。
件の毒リザードは巨体なので、一体の頭部を切断して確保し、それ以外は湖から離れたところに埋葬した。湖が毒に侵食されてしまわないように。
それらすべては、太一が土の魔法で石の箱を作成してそこに格納した。それぞれ個室を作って、だ。
細かいそういう操作は太一にとってはたやすい。
毒リザードはもちろん、それ以外の魔物や動物の血が不用意に混ざったり、分別しやすくなるようにしただけである。
箱は全部で二つになり、どちらもかなり巨大になってしまった。太一の身体よりもかなり大きい。
だが、これを持って帰るのは別に難しいことではなかった。
「じゃあ、俺はこれを担いで飛ぶから」
石の箱を二つ重ねて固着させ、下から持ち上げる。
バランスが難しいが、ミィの力で膂力もアップしている太一ならば持てないことはない。
「うむ」
凛たち三人は、往路と変わらず森の中を進む。
三人についていくように飛行速度を落とし、中に格納したものが急な動きで攪拌されたりしないように丁寧に。
帰還するだけ。目標を探しながらではない。
なので、太一たちは往路よりも速いスピードで進んでいく。
行きと同様、散発的に襲ってくる魔物や動物を処理しながら進むこと数時間。
明け方前。
松明が灯り夜間警備が行われる第二拠点にたどり着いた。
「おお! 帰還されましたか!」
既に太一一行のことは第二拠点全体に周知されている。
なので、毒トカゲを討伐に行ったことも全員が知っていた。
森の中から現れた凛、ミューラ、レミーアの姿を見て、門の上の足場にて周辺の警戒を行っていた警備隊員が喜びの声を上げた。
「して、あの巨大な……」
当然警備隊員も、夜空を飛ぶ巨大な構造物には気付いている。空を飛ぶ魔物もいないわけではない。
しかし明らかに襲撃の速度ではない。
空を飛んで襲撃してくるなら、最初からかなり速い速度で矢や魔術の弾幕の中を突っ切ってくるか、矢が届かない場所に嘲笑うかのように滞空して様子を見るか、といった行動をとるのだ。
あんな狙い撃ってくださいと言わんばかりのゆっくりとした速度で迫ってはこない。
なのでいつでも弓を射れるようにしながらも、様子を探っていたというわけだ。
「ああ、問題ない。あれはタイチだ」
「そ、そうですか……」
先に拠点にたどり着いたレミーアが警備隊員に告げ、警戒の必要が無いことが分かると、弓に番えた矢が外された。
警備隊員にとっては、脅威でないことが分かったという安堵よりも、あんな巨大な構造物を持って飛んでくるなどとんでもない、という驚きが強かった。
「今開門しますので、少々お待ちを」
「ああ」
警備隊員が、近くに控える別の隊員に指示を出している。
少し待つと、高さは三メートルほどの両開きの門が開く。
凛、ミューラ、レミーアはその門をくぐって中に入っていく。
少し遅れて、太一は門の上の警備兵と話せるところまで近づいた。
さすがにサーチライトなどは無いので、たいまつの光が届くところまで近づく必要があったのだ。
「このまま壁を越えようと思うんですけど、いいですか?」
巨大な石の箱を担いでそう告げる太一の姿は若干シュールで、警備兵は思わず苦笑いした。
「そうですね。タイチ殿が潜れる門はありませんので、そのまま壁を越えて直接中に着地してください。正規の手続きではありませんが問題ありません」
「了解です」
そう言ってくれるのはありがたい。
太一は飛んだまま壁を越え、中央の広い場所に降りる。
ちょうどそこに凛たちも立っていたので分かりやすい。
「よっと」
手に持っていた石の箱を、落とさないように丁寧に地面に置いた。
重ねるための固着を解除し、もう一つを少し離して置く。
「このまま待つぞ。今呼びに行ってもらっているからな」
なるほど、と頷いた。
ならば、開けるのは少し待った方がいいだろう。
血は抜いてきたが、応急処置なのですべて抜けたわけではない。
不用意に開封すれば血の臭いがまき散らされてしまう。
その現場に責任者がいるのといないのとでは大きな違いだ。
恐らく来るのはフィリップかテニズ、あるいはテニズと同格の者が来るだろうとあたりを付けて待っていると。
こちらに向かってきたのは、普通の服に剣だけを腰に差したフィリップだった。
部下の侍従を一人引き連れてやって来た彼は、太一たちの横にある大きな石に驚き、しかしすぐにそれを引っ込めて笑顔で四人を迎えた。
深夜に差し掛かったところで、ややもするともう床に入っていたかもしれない。
それを叩き起こしたかもしれないのでそこは少し申し訳ないが、朗報であるのでいいだろう。
「よくぞ戻られました。首尾は良かったということですね?」
「うむ。件の毒リザードは討伐してきた」
「おお……」
昨日出て行って、翌日の夜には戦果を挙げて帰ってくる。
これまで自分たちが悩まされていたことをたった二日で解決されたことに複雑な思いもあろうに、フィリップは気にした様子もなく嬉しそうだった。
そればかりか。
「して、そこの箱は……」
尋ねてきてはいるものの、ある程度察している様子である。話が早いと、レミーアは歓迎した。
「これは戦果だ」
事情を説明するのにも、まずはこれを見てもらってからがいい。
実物を見てからの方がより説得力が増す。
「この石が……?」
それはそうだ。
パッとみて、切り出した石の塊にしか見えない。
これが戦果と言われても、首をかしげてしまうのは納得のリアクションだ。
「ああ。これは箱になっていてな。開封するにも、ここで権限を持った者がいた方がいいと思ったのだ」
「なるほど」
一気に納得の色を顔に浮かべるフィリップ。
箱はかなり大きいので、誰かが見ている前で開けてもらえた方がいい、というのは納得だ。
こんな巨大な箱を作り上げたこと、これを二つも持ち帰ったこと。
フィリップの常識にはないことなのだが、彼はそれをすっぱりと無視している。
そういうこともあるだろう、と完全に棚上げしたのだ。
「承知しました。では、開けてもらえますか」
「了解です」
太一は片方の箱の側面、上半分を開封した。
「……!」
血の臭いが立ち込める。
「やべ」
太一が腕を振ると、風が舞い上がった。
すると、臭いが収まる。どうやら風の魔法で臭いをそのまま上空に逃がしているらしい。
夜半過ぎ。半数以上は眠りについている現状、フィリップにとってはありがたい配慮だった。
さて、と気を取り直して開けられた箱の中を中止するフィリップ。
そこに納められていたのは、巨大な爬虫類の首。
紫色の鱗をまとった首だった。
「これが……」
かなりの大きさ。
斥候部隊が言っていた毒リザードで間違いあるまい。
「改めてみると、とんでもない大きさですな」
フィリップは驚きと畏怖、そして感嘆の思いがこもったセリフをため息とともに吐き出した。
彼が日々詰めている天幕と比べられるくらいの巨躯を誇る、という報告だった。
それは全く見当違いではなかった、ということだ。
「うむ。実際に見たが、かなりの大型であった。して、こちらなのだが」
レミーアは続いて、もう一つの箱に目を向ける。
太一が地面を操作し、箱の天辺に向けて階段を作り出した。
それなりに幅があり、数人であれば並んで登れる階段だ。
簡易な手すりもついており、足を滑らせて落ちる危険も低い。
こんなものを一瞬で築き上げるそのすさまじさはさておいて。
「口頭で説明しても良いのだが、それは腰を据えたい。まずは見てもらった方が早いだろう」
レミーアがその階段に向かいながら言う。
問いたいことはあれど、ものを見てから考える、というのは同感だったフィリップは、太一たちと共に階段を登った。
そして蓋が太一の手によって開封される。
「……! これは……」
そこには、数多の魔物の素材が、小分けにされてたっぷりと詰め込まれていた。
「これらは先の毒リザードを仕留めた直後に集まってきてな。かかる火の粉を払うために討伐したのだ」
「……なるほど。それは確かに、これを見てから話をした方が間違いなく良いですな」
納得である。
フィリップの立場から言えば、それを口頭だけで説明されても、疑いたくはないがにわかには信じられなかっただろう。
しかしこうして現物を見せられれば、信じるほかない。
もし自分たちが報告を受ける側であったら現物があった方が説得力が増す、という観点で、これを見せるために持って帰ってきたのだ。
そこには肉が食糧になる魔物はなるべく五体満足で詰められている。
そうでない魔物は討伐部位だけだったり、加工できそうな素材だけになっているあたり、冒険者の経験からそれらをより分けたのだろう。
つまり、実際にはここにある素材の数以上の魔物と戦闘を繰り広げたということだ。
「大枠は理解しました。では、天幕の方で話を伺いましょう」
フィリップは太一たちにそう言って、後ろの侍従に指示を出した。
「よし、ここは任せる。私の代わりに指示を出して処理してくれ。隊長クラスが来たらその者に任せて天幕に戻るように」
「かしこまりました」
そういったことはよくあるのだろう。
まだ若い彼は、特にうろたえた様子もなくフィリップの命令に敬礼を返した。
「では行きましょう」
「ああ」
フィリップに連れられて天幕へ。
そこで、討伐時に起きたことを重要なポイントだけかいつまんで説明する。
毒リザードは湖の畔にいたこと。
精霊魔術を使って倒したが、手応え的には普通の魔術でも倒せただろうこと。
そのことから、魔物ランクとしてはA相当ではないか、ということ。
毒リザードが実は後二体いたこと。それは首を持ってきた毒リザードよりも一回りから二回りほど小さかったこと。
一体目を倒したことで、縄張り争いが可能になると思ったのか他の魔物が次々と現れ始めたこと。
あまりに数が多く、スタンピードほどではないが似たよう現象だったため放置するのは得策ではないと現場で判断。
間引きもかねて討伐したこと。
当初の目的だった毒リザードは生態系の頂点だったが、他二体は小柄だったのでひるまなかったのではないか、という推察。
そうでなければ、多少身体が小さいくらいで他の魔物が争って勝てると判断したりはしないはずだからだ。
周辺の掃討が終わったころには既に。
侍従を向こうに置いてきているため、メモはフィリップ自身がとっている。
毒リザードを討伐できたことは好ましい。
しかし懸念すべき点が二つもあった。
ひとつは、毒リザードが他にも二体いたこと。
これは報告にはなかった。
状況と身体が小柄だったことから番と子供ではないかとフィリップはあたりをつけた。
しかし、数日間に渡って観察と調査を行った斥候たちからはそのような報告はいっさいなかった。
「どうして今になって出てきたのでしょうな」
「推論で良ければ聞くか?」
「ええ。是非」
レミーアはあくまでも仮の話、という前提で自身の考えを話した。
「単純に考えるなら、外敵から身を守るため普段は巣穴にこもっていたということだろうな。身体の大きい毒リザードは脅かされずとも、身体が一回り二回り小さい毒リザードは徒党を組む魔物に狩られる可能性があった。ゆえに引きこもっていたが、番の片割れが倒されたことで出てきた、というところか」
痛打を与えた際に、毒リザードに盛大に吼えられた。
恐らくはそれが呼び水になったのではないか。
最初から全部で三頭いると分かっていたら、そんな叫ばせるような真似はさせなかった、とレミーアは締めくくった。
「なるほど……」
筋が通っている話である。
そういうことなら分からないでもない。
「もうひとつ、何故スタンピードまがいのことが起きたか、ですな」
「うむ、そうだな」
当初スタンピードもどき、と判断したのは、戦闘中故じっくり考えている暇などなかったからだ。
だから知りうる中で近しい現象を割り当て、何故それが起きたかを簡単に推察して仮の結論としたに過ぎない。
そしてフィリップの懸念も理解できる。
魔物同士の縄張り争いという現象自体は、別に珍しくもなんともない。
不可解なのは、そこに多種多様な強さの魔物が一堂に集まったことだ。
石室の中に、そこまで強くなく与しやすい魔物の素材が混ざっていたことに気付いた。
縄張り争いは、近い実力同士の魔物でないと発生しないことがほとんどだ。
大体は、勝てないと分かっている相手に魔物が襲い掛かることはないからだ。
戦えば負ける相手との縄張り争いになれば、弱い方が引くことが殆ど。
だというのに、強きも弱きも関係なく一堂に集まった。
これが不可解なのだ。
一体、どういうことなのか。
「ううむ……気になる点はありますが、判断材料が少なすぎますな」
「私もそう思う。あの毒リザードの首を調べてみるほかなさそうだな」
「そうですな」
レミーアの言葉にフィリップがうなずく。
何か手掛かりがあればいいのだが。




