十三話
シルフィの案内で、森の中を進んでいく。
どうやら道のりの六割ほどを消化したようだ。
第二拠点の周辺はそれなりに人の手が入っているので歩きやすかったが、ここまでくるともはや自然そのもの。
文明に身を置いて生きる人間を受け入れる環境ではない。ここに溶け込むにはよほどの慣れが必要だろう。
実力は当然だ。むしろ前提条件になる。
周囲には野生動物、魔物の気配も普通にある。
ここに生きるそれらに相対して生き延びられる力があった上で、更に慣れが必要、ということだ。
何度となく襲われ、撃退してきたが、魔物はもちろん野生動物もかなり強い。
魔物に対抗できるだけの動物なので、当たり前と言ってしまえばそうなのだが。
「ふむ、まだまだかなり遠いな」
半分は消化したがまだまだ距離がある。
太一のその言葉を聞いて、レミーアは腕を組んだ。
そろそろ日が暮れる。
全員疲れているわけではないが、夜の森は完全に自分たちの領域ではなくなってしまう。
行軍はこの辺りで切り上げるのがいいだろう。
「じゃあ、少し拓けたところを探しましょうか」
「そうだな。よし、ミューラ」
「はい」
師に何を求められたのか即座に理解したミューラは、地面に手を当てて探ってみる。
ミドガルズに、「一番近い拓けた場所」を探してもらうのだ。
「あっちの方にありそうです」
はっきりと明確には受け取れないものの、大まかな方向は把握できる。
ミューラの案内に従い、方向を変えて進む。
ほどなくして、拓けた場所が進行方向右斜めに見えてきた。
少しずれたが許容範囲内。
全く見当違いの方向でもない。精度はこれから追及すればいいのである。
「よし、じゃあちゃっちゃと作っちゃおうかね」
腕まくりをした太一は、拓けた土地に手を向ける。
すると地面の土がせりあがり、瞬く間に四角い箱が出来上がった。瞬時に土は石に変化し、簡易な小屋の完成。
中に入ると、三つの部屋。
部屋の一つには寝台が三つ。もう一つは居間と寝台。
水回り……簡易な身体を清めるためのユニットバス。
なお、トイレは深く掘った穴に落として埋める方式だ。間に合わせなのでさすがに水洗まで用意する気はなかった。気はなかった、というだけで、やろうと思えば用意できるのは付け加えておくとしよう。
扉はあるが、魔物や動物の襲撃に対処するため窓はなし。なので明かりは自前で用意する必要があるものの、たいまつなどはあるし、場合によっては周辺から集めてきてもいい。
太一は簡単に作り上げたが、ミューラとしてはもう目を丸くするしかなかった。
当然ながらその強度は折り紙付き。この壁を破って侵入できる者などそういない。
「うむ。これなら安心して寝られるな」
「寝床は硬いけどな」
「森の中で見張りがいらぬというだけでも充分だ。これで文句を言えばバチが当たるというもの」
その通りだ。
寝床など、どうとでも工夫はできる。
森の中で一夜を明かすというのがどれだけ危険なことかはよく分かっていた。
その警戒が要らないというだけで、ゆっくりと身体を休めることができるのは間違いない。
更に水浴びまでできて、用足しさえ危険が無い。贅沢極まりないというものだ。
そう。
第二拠点で土地だけあればいい、というのは、太一の力ならば家の一軒くらいの建築はわけが無いからである。
まだ第二拠点には家を建てていないので、毒トカゲを退治して帰還したら改めて建築する予定だ。
そちらの家なら、水洗のトイレを作ってもいいか、と思う太一である。
また、他の人員のために家を作ってやっても構わないか、とも思っている。
相当大きな屋敷でも作らない限り、魔力などそこまで多量には消費しないのだから。
自分たちの居場所を考えればこれ以上ない立派な家で寝られるので、凛とミューラは張り切って周辺の森に散り、一夜を明かすための採取を始めるのだった。
◇
一夜明けて。
ちょうど朝食を終えたところだ。
寝台に草や葉っぱを敷き詰めることで、毛布だけでもだいぶ良く眠ることができた。
部屋の壁は相当分厚く作ったので、保温性も抜群。
唯一いえるのは明かりがないので昼夜問わず家の中はまっくら、という点だが、そんなのは太一以外の三人が火魔術を扱えることだし誰も気にしない。
「さて、片づけたら行くとするか」
狩った動物の肉と食べられるきのことデザートの果物という朝食。
食べられるものと食べられないものの判別は、出発前に第二拠点で教わっていたので、問題なく採取と狩りができたのだ。
昨晩も似たような食事だったが、野営において温かいものを食べられるというのは最高の贅沢と言える。
食後の一休みをしたところで、誰ともなく立ち上がって準備を済ませる。いちいち号令など必要ない。
今日で、標的のところまでたどり着けるだろう。
「よし、じゃあ片づけるか」
全員が出たところで、太一が一晩世話になった家に手を向ける。
どうやら昨晩のうちに魔物や動物が近づいてきていたようで、家の周囲には人ならざる生き物の足跡がいくつもあった。
家自体には傷一つないので、攻撃を加えられたのか、ただ見かけないものを不思議がって見に来ただけなのか分からなかったが。
一晩の宿となった家は、その形を瞬く間に崩していき、やがて完全に土と同化した。
まるでそこに、最初から家などなかったかのように。
「では……ブリージア」
レミーアもまた、ミューラと同様に細かい情報までは受け取れない。
大雑把なものになってしまうのだ。
ただ、今回は巨大な生き物がいる方角が分かればいいので、レミーアとしては探索の実験にはおあつらえ向きだった。
出発時に太一が案内を行ったのは、さすがに距離がありすぎてレミーアでは精度が低くなりすぎて分からなかったからだ。
半分の道程を進んだ今ならば、レミーアでもじゅうぶんに分かる。
「あちらだな」
昨日野営を決めた場所まで戻ればいい、とはいえそれでは訓練にならない。
方角を変える時点で近くの木に傷はつけてあるため、少し時間をかければ戻ることはできるのだが。
レミーアが指し示した方向に従って進んでいく。
太一がこっそりシルフィに確認したところ、合っているとのことだ。
よほど見当違いな方向に進まない限り、太一は口を出さないことに決まっている。
すべての戦闘や探索が、凛、ミューラ、レミーアにとっては実地訓練の機会となる。
それを奪ってしまうのはあまりにももったいない。
レミーアの先導に従い進んでいく。
散発的にやってくる襲撃をやり過ごしながら進むこと半日弱。
ついに標的目前までやってきた。
夜が近いようで、わずかに暗くなり始めたところか。
太一たちの現在の居場所は森の中。
もう少し歩いて森を抜けた先は拓けており、湖があった。
「……あれだな」
何を指しているのかは考えるまでも無い。
湖の畔にいるのは、体色が紫の巨大なリザード。
かなりの巨体、と斥候部隊からの報告にあったとおりだ。
立派な体躯を誇っている。
どうやら寝ているようだ。
太一たちに気付いた様子はない。
「ふむ、好都合か?」
と、レミーアが言った声が聞こえたのかどうか。
リザードは目を開けて動き出した。
さすがに小声も小声だったので、聞こえてはいない様子である。
周囲を観察している様子を見せているが、こちらには一切視線を固定したりはしない。
それと同時に、こちらには気付いていないだろう、という楽観的予測に基づいて動くつもりもない。
凛もミューラも同様だ。
かのリザードは巨体と麻痺毒という強力な武器を二つも携えているのに、狡猾に狩りをするのだと聞いているからだ。
気付いていない様子も、そう見せているだけでブラフの可能性も捨てていない。
斥候たちもこのくらいの距離で観察していたそうで、その際は一度も攻撃をされたことはないそうだから気付いていない可能性の方が高そうだが。
「狡猾なのはそうなんだろうけど、自分の力に自信もあるんだろうな」
物陰に隠れるのでもなく、巣を作るのでもなく。
ただその巨体を湖畔に横たえて寝ていた。
つまり自分が強者であるという自覚があるか。
「あるいは、身体が大きすぎて隠れる場所を用意するのが大変だからしてないとか?」
凛は太一の言葉に付け加えた。
「そんなわけ……いいえ、意外とありそうね」
見た感じ、シカトリス皇国で戦ったアスピラディスに勝るとも劣らない体長だ。
それだけの巨体を隠す場所の用意は大変そうである。
だからやっていない。
なるほど筋は通っていた。
「さて、ヤツに暗闇に紛れて、などは無意味だろうな。ならば、待っても今仕掛けても変わらないだろう」
「そうですね」
「はい」
リザードに限らず、魔物は五感に頼らないことがままあるのだ。
もちろん視覚や聴覚、嗅覚も鋭敏なのだろうが、それ以外の感覚も優れているものだ。
であれば、視覚だけ奪っても無意味という結論になるのは必然だろう。
凛、ミューラ、レミーアは改めて作戦の再確認をしている。
既にいくつかのパターンについては、ここにたどり着くまでの道中で決めている。
その最終確認というわけだ。
そして当然、太一はそれには参加しない。
戦闘にもだ。
太一が手を出すときは、問答無用であのリザードを倒す場合のみ。
「……よし、始めよう」
まず動くのはレミーア。
火球を湖の上空に生み出し、それを落下させる。
あれは着弾して炸裂するタイプの『ファイアボール』だと、太一は見抜いた。
その魔力の動き。
そして湖面の爆発。
リザードは一気に警戒態勢に入った。
続いてミューラ。
リザードの片足を中心に直径五メートルほどの穴が開き、足を取る。
そして凛が、氷の矢で胴体に大穴をうがった。
即死には至らなかったようだが、大きなダメージになったようでリザードが大音声で叫んだ。
「……っ。広すぎるわ」
「私も、あんなに大きくするつもりはなかったのに」
もっと範囲を抑えるつもりだったようだが、狙い通りの制御はできなかったようだ。
「では、私だな」
レミーアが風のギロチンを落とす。
リザードの首を一撃で吹き飛ばし、幅一五メートルにもなる亀裂が地面に走った。
「過剰だな。まあ、仕方あるまい」
想定よりずいぶん大きくなってしまったが、これもまた経験である。
ともあれ、戦った感触としては。
「ふむ、精霊魔術がなかったとしても、勝てない相手ではなかったな」
手ごたえとしてはそんな感じだ。
強さとしてもアスピラディスなどにそうそう
精霊魔術の練習だったのでそちらを使っただけである。
それで済むかと思ったのだが……。
「むっ」
「ん?」
「これは……」
三人が何かに気付いたように周囲を見渡す。
太一はずっと周辺の様子も共に探っていたので気付いていたが、そこは探知範囲の違いなので仕方ない。
『GYAAA!!!』
更に二体のリザードが現れたのだ。
今しがた三人が倒した個体に比べ、一体は一回り小さく、もう一体は更に二回りほど小さい。
「なるほど、つがいだったのね」
それぞれが別の方向よりやってきたことから、あの叫び声を聞いた瞬間にこちらに駆け出してきたのだろう。
「どうやら、それだけではなさそうだぞ」
「……本当ですね」
そう。
このリザードとそのつがいは、この周辺の食物連鎖の頂点に君臨していたのだろう。
それが倒された。
他の魔物や動物にとってもチャンスが巡ってきたということだ。
つまり、これから起こるのは。
「……縄張り争いか。しかし、好戦的だなぁ」
とはいえまだ二体もリザードは残っているのだ。
おそらくメスとその子供なのだろうが、それでもそこまで力は変わらないはずなのだが。
普通ならば、オス一頭が倒された程度でその生態系が崩れたりはしない。
そういう常識を持っていた。
しかし、ここではそれは通用しないらしい。
それはこの世界全体でのことなのか、それともこの地域のこの森だけのことなのか。
ここの魔物の生態について知らないので判断はできないが、事実として魔物や動物が集結してきている。
「リン、ミューラ。乱戦になるぞ」
「はい」
「分かりました」
魔物や動物は四方八方からこちらに向かってきている。
「……森の中で戦いにくいなら、平地に出るのもありだろう」
レミーアは杖を構えつつ言った。
そう、森の中というのは障害物もあまたあり有利に事を運ぶこともできるが、足かせにもなってしまう。
そうなるくらいならば平地で戦うという選択も十分ありだ。
「うーん、俺もやるか」
さすがに数が多い。
最初の訓練という目的は達した。
「おかわりとこの縄張り争いは想定外だもんな」
こうして集まってきてしまった以上、さすがにこれを逃すのは拠点にとっても良くないだろう。
ある程度間引くこともできるのだから、それをやらない手はない。
凛とミューラ、そしてレミーアが森から飛び出していく。
その二人を追って、太一も森から出るのだった。




