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十二話

 慌ただしい時間がようやく落ち着いた。

 凛が予想した通り、あの騒ぎは斥候部隊が帰還したために起きたものだった。

 全員大きなけがは無かったものの、調査にはかなりの時間を要したものだ。

 具体的には持ち込んだ保存食を使い切り、食料を現地調達しなければならなくなるくらいに。

 集められた理由は斥候部隊の帰還に伴うもの。彼らが帰還してから二時間ほど経過した頃。

 凛、ミューラ、そしてレミーアはフィリップに呼ばれて彼の天幕にやってきた。

 その二時間で報告を聞き、フィリップを中心に内容を整理しまとめたのだろう。

「……と、以上が斥候部隊からの説明になります」

 フィリップの部下の青年が報告書を読み上げる。

「ご苦労」

 フィリップは事務処理を担当する部下を後ろに一歩下がらせた。

 どうやらそれですべてのようである。

 文官が読み上げたのは、斥候が得た成果を編纂したものである。

 彼らが見てきたのは、かなり大きな四足歩行のリザードらしき魔物とのことだ。

 体長は少なくともフィリップの天幕以上。この天幕は奥行きで一〇メートルはあるので、相当な大きさだ。

 鱗のようは肌は紫色。

 肋骨は鎧の変わりでもあるのか肌に露出している。

 前足と後ろ脚はまるで大木のよう。

 背中には左右に穴が二つあり、そこから毒が時折噴き出ていた。

 目は正面にひとつだけ。

 口は縦にはそこまで大きく開かないが、横には非常に大きく開く。

 そこからはまるで槍のごとき強固な舌が矢のように打ち出され、食糧らしき肉食獣の死骸をたやすく貫通して一息に口まで運び、丸ごとばりばりとかみ砕いて喰らったという。

 その肉食獣は凶暴さと優れた身体能力、そして森に適応した生態から、この第二拠点でも要注意とされているフォレストタイガーである。

 少なくともそんなフォレストタイガーをものともしない強さを誇っていることは間違いない。

 毒を吐くところは観察できなかったということだ。

 口の端から毒の煙が時折漏れていたので、毒を吐くのは間違いないようだ、フォレストタイガーは毒を使うまでもない相手のようで、どのように吐くのかは判明しなかったと。

 毒液を吐いてくるというのは分かっている。他にパターンはないのか、ということだが、どうやらそこまでは分からなかったとのことだった。

「ふむ。残念だが、それ以上を求めるのは酷というものか」

 肉体的にもボロボロだったが、とくに精神的な摩耗具合がすさまじかった。

 さすがにこれ以上はのぞめない。

 誰一人かけることなく、怪我もせずに帰還したことをフィリップは心から喜んでいる。

 そんな状況であるから、斥候部隊の成果にもう一押し欲しかったものの、それを言葉にするのは避けるレミーアだった。

「なるほど、話を聞けば聞くほど、厄介ですね」

「そうね、特に身体の大きさね」

 毒というポイントに目が行きがちだが、単純に大きな体躯というのはそれだけで脅威だ。

 パワー、スピード、タフネス。

 分かりやすくシンプル。

 だがそれが強い。

「この天幕よりも大きいだろう、とのことだが……」

 レミーアはくるりと、今自分がいる天幕を見まわした。

「そうですな。最低でもこのくらい、実際は一回りではきかないくらいに大きいとみるべきでしょう」

「ああ。私も同意見だ」

 何せ、遠目からしか見られなかったというのだ。

 斥候としての直感で、これ以上近づけば見つかる、というギリギリまで近づいた。

 仮に気付かれていたとしても、同様にそれ以上近づいていたら、外敵ということで排除対象となっていただろう。

 そう考えると、調べてきた内容はほぼ満点に近いのではないか。レミーアはそう考えていた。

「ふむ。……おそらく、私たちでも排除は可能だろう」

「本当ですか!?」

「このようなことで嘘は言わぬよ」

 同時に、簡単ではないというのが話を聞いただけでも分かった。

 この毒の魔物が過小評価されているかどうかにもよるが、実際は思っていた以上に厄介、ということは往々にしてある。

「ただまあ、楽勝、とはいかぬが」

「それは当然でしょうな。我々も楽観などできませぬ」

「タイチがいれば楽勝になるのだがな」

「それほどですか……」

 それはそうだろう、という凛とミューラの表情が、レミーアの言葉に信ぴょう性を持たせた。

「私たちで戦うことも考えないでもなかったが……」

「……?」

 さきほどからにおわすような発言が続いていることに、フィリップは首をひねる。

 何かの伏線なのか。

 何を示唆しているのか。

 その答えは、すぐに示された。

「入りますよ」

 天幕の入り口をまくって、太一が姿を見せた。

「あ、おかえり太一」

「ああ。ただいま」

 なるほど。

 フィリップはそう納得した。

 どんな手段を使ったか分からないが、太一が戻ってきたことを察していたらしい。

「ご苦労様でした」

「無事に届けてきましたよ」

「それは何よりです」

「これをどうぞ」

 太一はごそごそと懐を探り、書面を取り出してフィリップに渡す。

 緑色の紐で結われているそれを見て、間違いなく砦のものだとフィリップは理解した。

「ありがとうございます」

 フィリップはそれをほどいて中に目を通す。

 書いてあることはシンプルだ。

 定期報告が出来なかったことに対するおとがめはないこと。

 第二拠点に迫る脅威を取り除くことに全力を尽くすこと。

 毒の生物に関するすべての指揮決定権を第二拠点に持たせ、砦からの干渉はしないこと。

 定期報告の再開は、脅威が取り除かれてからでよいこと。

 それらがカイエンの名前で記載されていた。

「……これは実にありがたいことですな」

 まさに欲しかったもの。

 フィリップではできなかったこと。

 努力はしたのだ。

 どうやったら砦と連絡が取れるか。

 何度も検討を重ね部下と協議もした。

 あらゆる方法を模索はしたが

 努力はしたが、どうしても無理だったのだ。

 それを、太一はここに来てから半日足らずで、たった一人で達成してしまった。

 空を飛んだのを目の当たりにしたときは夢でも見ているのかと思ったフィリップ。

 しかし今、この手には砦のカイエンからの書面がある。

 フィリップの常識にないのだが、しかし目の前のこれは現実だ。

「なるほど……これほどのことができるのならば、毒トカゲなどものともせんでしょうな」

 普通に歩けば片道二日かかる距離を、たった数時間で用事を済ませて往復してしまう。

 これだけの力があるのだ。自分たちでは及ばないことでも、きっとできてしまうのだろう。

「であろう?」

 レミーアはフィリップに頷いて見せる。

「タイチ。例の毒の生き物の件、姿かたちが分かったわよ」

「マジか」

「うん。それで私たちもここに呼ばれてたんだ」

「なるほどな」

 凛とミューラが、先ほど話を聞いた毒の生き物の特徴を太一に共有する。

 話を聞いた太一は。

(……だってさ。該当するやつ、いるか?)

『……ちょっと待ってね』

 心の中でシルフィに問いかけて、数秒後。

『見つけた。こいつかな』

(どうだ?)

『言うまでもない、ってとこかな?』

(そっか)

 シルフィとやり取りをしていると、凛もミューラも理解している。

 本当に数秒にも満たない時間ではあったが。

「見つけた」

「……は?」

 フィリップの素っ頓狂な声。

 まあ、仕方ない。

 太一と関わるとこうなる。

 経験則で分かっていたことだ。

「まあ、見つけられるんですよ、俺は」

「……了解しました。そうなのでしょうね」

 フィリップは、太一が空を飛んで行くことのできる力の持ち主であると思い出した。

 そして、空を飛べるというフィリップの理解の及ばない人物なのだから、そういうこともあるだろうと考えることにした。

「……ふう。相変わらず理不尽だな」

 自分でも見つけらないかと挑戦したレミーア。

 結局うまくいかなかった。

 太一がさらりと行っている索敵。

 いざ自分でやるとここまで難しいとは、と思い知っていたところだったのだが。

「そこは頑張ってもらうとして。所感としては、俺なら問題にならないそうだ」

「うん、知ってた」

「そうよね。タイチでダメな相手なんて、そういるはずがないもの」

 ミューラの言う通り、太一でダメな相手が出てきてしまうと、どうしようもなくなってしまう。

 ただ、そんな敵はごく少数。

 滅多なことでは出会わない。

「と、いうわけで、倒すだけならすぐにでも討伐可能です」

「そ、そうですか……」

 常識にないことが目の前で繰り広げられる。

 しかも連続で。

 もうフィリップは限界だ。

 頭がショートしそうだった。

「今日はもう夜になるので、明日にでも討伐に行こうと思います」

「……分かりました。では、お願いします」

 フィリップは考えるのをやめたようだ。

 もう任せてしまうのがいいだろう、という判断だ。

 これを受け入れるには、少し時間が必要だったのだろう。

 今すぐにはいそうですか、とシンプルに受け止めることは、できそうなかったのだ。

「タイチよ」

「ん?」

「まずは、私たちで対処できるかやってみたいと思う」

「分かった」

 やりたいというなら、やらせてみるのがいいだろう。

 太一とて、三人が懸命に努力に努力を重ねているのを知っている。

 最近はむしろ、その姿に触発されて後押しされるように、太一の方も自主トレーニングに精が出るようになってきているのだ。

 毒を吐くオオトカゲは、鍛えた力を試すいい試金石になるだろう。

 凛とミューラを見る。

 二人とも、太一を見てうなずいた。

「なら、俺からはやばくなるまでは手出しはしない」

 だから任せる。

 そういうと、三人は頷いた。


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