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十話

 アルガティは特に言葉を発することもないまま、太一から数歩離れて真横に並んだ。

 何か用があるのだろう。

 けれども問いかけに応えないので太一からはどうすることもできない。

 話す気が無いのならばそれでもいい。

 いまではない、など考えているのかもしれない。

 だとするのなら、無理に訊こうとも思わなかった。

 改めて屋上から見える景色を眺める。

 赤茶けた荒野。奥の方には、遠いためかうっすらとしているものの山々が見える。

 反対に目を向ければ、そちらも同様にうっすらと山脈が。

 空を飛んでいるときに分かっていたが、この砦は山脈と山脈に挟まれた谷に作られているようだ。

 いや、谷というのは少々語弊があるかもしれない。

「どっちかっていうと、盆地かな」

 ぽつとこぼす。

 四方が山で塞がれていないかもしれないが、まあ些細なことだろう。

 どちらにせよ、ここはかなり厳しい環境というのは間違いない。

 こうして人が拠点を構えていること自体が偉業と言えるだろう。

「少年」

「ん?」

 どうやら話す気になったのか。

 周辺を見渡して得られる情報をなんとなしに整理していると、アルガティの方から話しかけてきた。

 彼との会話を拒むつもりはない太一はすぐに返事をする。

「どうやら、強敵に出会ったようだな」

「ああ……」

 アルガティが言っているのは、北の海のことだろう。

 やはり知っていたか。

 シェイドの側近だというアルガティ。

 彼が知らないはずはないと思っていた。

 どんな手段でもいい、シェイドが太一たちの行動を観察できないはずがないと思っているし、何かトピックがあればアルガティにも共有されているだろうと予想していた。

「辛うじて引き分けた」

 辛うじて、だ。

 太一がシルフィ、ミィに引き続き、ウンディーネと契約していたからこそ、仮面の男の撤退まで持ちこたえられたと言える。

 本当に強かった。仮面の男が風と火の二柱だけだったから渡り合えたようなものだ。

 魔力に関する素質で負け、そして経験値に至っては圧倒的に劣っている。

 これでエレメンタルの契約数が互角になったら、太一に勝ち目はないのではないか。

 そう思えて仕方ないのだ。

「シェイド様よりお聞きした。少年への憎悪をすべての理由と糧にする相手であったとな」

「そうだな」

 太一をずいぶんと憎んでいる様子だった。

 何故そこまで憎まれているのか、その理由を知ることはできなかった。

 仮面をしていたので人相までは分からず、相手が男であること、そしてそこまで年が言っていないことは分かった。

 それだけ、ともいえる。

 困ったものだ。

 間違いなく再戦するだろう。根拠は無いが、必ずもう一度戦うことになると太一は考えていた。

 その時に果たして勝てるのか。

 きっと、あの仮面の男は実力を上げてくる。

 太一は今後、火のエレメンタルとの契約を目指す。

 それを成したとき、更に強くなれるだろう。

 だが、仮面の男もまた、エレメンタル四柱を揃えてきたとすれば。

 前回のように精霊の契約数でのごまかしは効かない。

「実力アップが必要だな、少年?」

「……ああ」

 その通りだ。

 そこが一番の悩みどころだ。

 凛たちは自分の限界を突破している。

 チャンスを得ようとし、それに飛びつき、挑戦し、手に入れた。

 言葉にするとたったこれだけになってしまうのだ。彼女たちの努力の結晶が。

 凛たちは一段上のステージに行った。

 では、太一は?

 確かに太一のステージは彼女たちと比べても遥か高いところにある。

 ただ、仮面の男のステージはそんな太一と今でさえ同じくらいの高さであり、更に高いステージがすでに数段見えている。

 太一の方は、上のステージはもう一段、更に二段目があるかどうか、というところ。

 ステージを登り切った時に、高さに差が出てしまう。

 さて実に困った。

 実力アップが必要だな、というアルガティの指摘はごもっとも、その通りだ。

 だが、太一には具体的にどうすればいいか、案が出てこない。

 ただやればいいというものでもない。

 せめて効果が出そうだ、と自分で思えるやり方でなければ。

 そのアイディアが出ないから、悩んでいるのだが。

「実力アップにはどうするか、その方法の見当がつかぬ、でよいな?」

「そうなんだよなぁ」

 頭の後ろで手を組み、はあ、とため息。

 多分、これで幸せが少し逃げて行った。

 アルガティは太一を見てふっと笑うと。

「まず、少年は認識を改めよ」

 と言った。

「何?」

「少年はすでに、ひとつ手段を持っているではないか」

「……なんだって?」

 どういうことだ。

 そんな手段がどこに。

「……あ」

 そうか。

 ユグドラシル。

 太一たちが世界を超えるために一役買ってくれた、世界樹。

 そういえばユグドラシルは、「一度だけなら召喚に応じる」と言ってくれた。

 確かに、一回の戦闘に限れば、太一は大幅なパワーアップが可能になる。何せ契約精霊が五柱になるのだ。

 これはとても大きなプラスだ。

「そうだ。ユグドラシルのやつめの力は、決して我に劣るものではない。少年にとっても大きな手助けとなるであろうよ」

 ありがたいことだ。

 そしてこれまで失念していたのは、ユグドラシルに対してとても失礼なことだった。

 太一は心の中で、念入りにユグドラシルに謝罪した。

「だがこの手はあくまでも切り札という扱いにすべきであろうな」

「ああ、俺もそう思う」

 一度きりのカード。

 切ってしまえばそれで終わり。

 となれば、最後の最後、後一押し、というところで切るべきカードだ。

 その性質的にあてにはできない。ユグドラシル頼みで行くときっと破綻する。そんな気がするのだ。

 後一押し、という状況までは自分の力で持っていく必要がある。

「そこにたどり着くまで、が問題なのだな」

「ああ……」

 きっとここがターニングポイントだ。

 太一自身のパワーアップに望みがあるのかどうか。

「良かろう」

「……何が?」

 ふいにアルガティが呟いて、屋上から出ていこうとしている。

 そのセリフがあまりにも脈絡が無さ過ぎて、太一は思わず素っ頓狂なセリフを吐いてしまった。

「我の方から、シェイド様にかけあってみるとも」

「いいのかよ?」

 精霊魔術師になる修行はウンディーネが主導した。

 しかし、その修行を許可したのは、世界の管理者であるシェイドだ。

 シェイドがダメと言えば、凛たちはいくら修行しても精霊魔術師になれなかったと言える。

 ウンディーネは、凛たちのレベルアップはシェイドにもプラスになるからきっと許可するだろうという確信があったと言っていた。

 だから、事後承諾という形でシェイドに認めてもらい、更に凛には世界で唯一無二のギフトまで与えてくれた。

 今回の太一の件も、シェイドに手を打ってもらうと、アルガティはそういっているのだ。

「問題ないとも。シェイド様も、少年とあの仮面の輩との戦いぶりを観戦して、憂いておられたからな」

「……そうかい」

 少し気まずい。

 ふがいなくてすみませんねぇ、という悪態が出そうになるのをどうにか飲み込んだ。

 凛たちに協力してくれたことで、太一のシェイドに対する印象はかなり緩和されている。

 利用すると彼女は言っていたが、単に利用するだけではない、というのを行動で示してくれたからだ。

 ただ。

 太一たちの意思を無視してこの世界に呼んだことを、まだ消化しきれていないだけである。

「仮面には少年をぶつけることになりそうなのでな。我らとしても、負けてもらっては困る」

 だが、とアルガティは言う。

「着の身着のままで結果を出して来い、と放り出したところで、望む成果など得られぬものよ。物事は準備の段階で結果の大部分が決まるからな」

 そういう話は、かつて太一も聞いたことがあった。

 誰かが言っていた。

 勝負は準備段階で八割が決まるのだとか。

(あれ、七割だったかな? まあいいか)

 七割でも八割でも、大部分が決まる、というくくりに入るから、意味としては通じる。

 テレビかラジオか、そういったものを流し聞きしていた時にふと耳に入ってきたものだ。

 だいぶ薄れていた記憶を引き出せただけよかったというものだろう。

「ただし、シェイド様が示されるのはおそらくその道筋のみだ。そこを歩くのは少年である。それをゆめゆめ忘れぬようにな」

「ああ、それはもちろんだ」

 道を用意してくれるだけでありがたい。

 ひな鳥のように口を開けて餌を待つだけ、なんてことをするつもりはない。

「ふ、分かっているならば良い。ひとまず今のところは、目の前のやるべきことに集中するのだな」

「ああ。助かるよ」

「これしきのこと、どうということはない」

 アルガティは屋上から階段を降りようとして。ふと立ち止まって振り返った。

「シェイド様の修行を乗り越えた暁には、満月の夜に万全の我が挑戦状をたたきつける。我にその成果をぶつけてみるがいい」

「げ、覚えてやがったか」

「くっく、無論である。負けっぱなしは性に合わぬ。勝ち逃げは許さぬからな」

「……くそ、避けられそうにないかぁ」

 シェイドにかけあってくれるという負い目があり、太一はアルガティとの再戦が確定したことにため息をついた。

 光は見えた。それは大きな収穫だ。

 それをもたらしたのは、かつての敵、アルガティ・イリジオス。

 この吸血鬼の王。下手をしたら仮面の男よりも厄介かもしれないと、今更ながら気付く羽目になった太一であった。

 せめてもの救いは、この男には太一の命を取るつもりはない、ということだろうか。



 準備ができたと呼ばれ、太一は司令室に戻った。

 そこでは先ほどと変わらずカイエンとジーラスが待っていた。

 アルガティはいない。

 先ほどの話から察するに、シェイドのところにでも向かったのだろうか。

「お待たせいたしました」

 カイエンの執務机の上には、書き終わったであろう書面。緑色の紐で結ばれている。

 どんなことが書かれているのだろうか。

 覗くつもりはもちろんないが、それはそれで気になるのが人情というものだ。

 特に表情を隠していなかった太一。

「特別なことは書いていませんよ」

 どうやら内容を秘匿するつもりはないらしい。

 太一の表情を読み取ったカイエンは笑う。

「かいつまんで説明しますと……向こうに任せる、こちらへの報告は落ち着いてからでいい、可能であればこちらからも追加の人員を送れるよう努力する……ということです」

 そういうことか。

 妥当なところではないだろうか。太一もそうする。まあ、組織運営や政治には精通していないド素人の意見ではあるのだが。

「あちらのフィリップの方が状況と空気感を分かっているでしょうからね。我々が知らぬところから指示を出してもいいことはありません」

「あー、そうかもですね」

「そうなのです。特に空気感、これがとても重要です。現場で流れている空気を肌で感じること。これがあるとないとでは指揮の精度に大きな差が出ます」

 やはり現場にいることが一番大事だ。

 実際に戦場にいるからこそ、どうなっているのかが分かる。

 もちろん例外もあるだろう。現場の大勢に流されない位置にいるからこそ、ということもあり得る。

 だが、やはり現場にいることに勝るものはないはずだ。

「確かに。俺もそう思います」

 太一自身の感情も少し混じってしまうが、太一が指示を受ける側だとすれば、その場にいない者に頭ごなしに命令などされたくはない。まして戦場を知らない者になどなおさらだ。

 その場にいない者に何が分かる。

 現場で汗と血を流してもいないくせに。

 そもそも武器をもって命のやり取りもしたこともないのに訳知り顔で。

 等々。

 同じ冒険者だからこそ、その気持ちはよくわかる。

 そしてカイエンも同じ。

 彼も戦うことは既に分かっている。

 実際に戦うところを見たわけではないが、大剣を背負っていた時の立ち居振る舞いはまさに戦士のそれであった。

 少なくとも飾りで武器を背負っている者には出せない洗練された身体の動き。

 武器を装備すれば、心構えが自然と戦士のそれに変化するのだろう。

 こうして話していると物腰は非常に柔らかいのだが、いざ戦場に立てば大剣を振り回しながら縦横無尽に戦場を駆け巡るのだろう。

「でしょうな。戦場の空気を分かっていない者が出す命令はどうにもずれていますから」

 目の前のジーラスも、この場にいないウーゴも同様だ。彼らについては武器も分からないが、戦えることは分かっている。でなければ、セルティアには来れなかったのだから。

「じゃあ、これは間違いなく届けます」

 太一は目の前の書面を手に取り、こちらに来た時と同様、紛失しないようにしっかりと所持した。

「ええ、頼みます」

「第二拠点のこと、よろしくお願いしますよ」

「分かってます。できる限りを尽くします」

 絶対に、とは言わない。

 絶対などないから。

 そんな言葉に信用などない。

 敷地内から出て、いざ森へ。

 それほど時間はかかっていない。

 移動時間も含めておおよそ二時間というところか。

 かなりの節約だ。

 この仕事をやってみて改めて思うのは、何が何でも連絡役を押し付けられないようにしよう、ということだ。

「うん。ちゃんと、線引きしないとな」

 一度でも引き受けてしまうと、なし崩し的に何度もやる羽目になるだろう。

 今回は緊急事態だったから特別。

 そういう扱いにせねば。

 逼迫した事態以外ではメッセンジャーはやらない。

 そんな少しずれた考えを浮かべながら、太一は空に飛びあがる。

 行きと同じ門から出て同じ方角を向いたまま飛べば目的の第二拠点からそうずれたところにはいかない。

 近づければ、上空から見られるので迷うことはない。

 向こうはどうなっているだろうか。

 まあ二時間でそこまで大きくは変化していないだろう。

 しかしそれも根拠があるわけではない。迅速に戻るに越したことはない。

 再び空の旅である。


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