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八話

「うん、いつ見ても違和感しかないな」

 上空に浮いていた太一は天を見上げてそうつぶやいた。

 空は相変わらずオレンジ色と紫色のマーブル模様。

 昼間はこの色のまま明るくなり、夜はこの色のまま暗くなる。

 世界が変われば環境も常識も変わると、分かってはいた。

 この世界の住人にとってはこの空の色が普通なのだ。

 常識の違いだと分かってはいても慣れるまでは時間がかかるに違いない。

「っと、あっちだな」

 森の中ほどに切り拓かれた場所が見える。

 そこには物見やぐらや高い木製の壁が建てられているのがうっすらと見える。

 もしかせずとも、そこが現在開拓中の拠点だろう。

 それらもそこそこ背はあるが、樹木自体が平均的に高く、森のかなり奥の方にあるため、地上からは見て取ることができないのだろう。

 だからこそ、こうして空を飛んで確認する必要があったともいえる。

 浮遊を止めて着地する。

「あった?」

 砦がある拠点を出てから四時間弱。

 ここまで強化をして進んできた。

 徒歩で進むとおおよそ二日の道のり。

 これがただの旅ならばのんびり進んだが、今回は移動に時間はかけられない。

 すでに行程の半分は進んでいるだろう。

 地図上で見た森もすでに見えてきている。

 太一たちだけならばもっと高速で移動することもできたが、今回は案内および仲介役もいるのでそこまでの速度は出せない。

 本来なら太一たちだけ

 やってもらうことは周辺の調査

 非常事態であることを考え、砦からある程度の役職についている者が同行している。

「ああ、あったよ。あっちだ」

 太一は指でまっすぐ森の一角を指した。

 森を分け入ったその先に、拠点があるのだろう。

「何か異変は見受けられたか?」

「いや、煙が上がってたりとかはなかったな」

「そうか」

「それは重畳です。参りましょう」

 案内役を務めている中年の男、砦の守備隊長アドリアーノ・ゲンデルは太一の報告にほっとした様子で頷いた。

 太一がこうして空に飛んだのは休憩時間の最中。

 太一たちもそうだが、特に案内役の男のスタミナに配慮する必要があった。

 彼がいなければ拠点に到着した際に面倒なことになるのは目に見えていた。

 再び移動を開始する。

 赤茶けた土を踏みしめ、自然の様々な香りがする風の間を縫い、森の前へ。

 ずっと荒野だったのだが、ここから先は下映えの植物も生い茂っている。

 歩きにくくなるのは間違いあるまい。

 踏み入って進むこともできるのだが。

「ここを歩きやすくするのはやめといた方がいいかな?」

 ミィの力を使えば、地面を整地するなどワケは無い。

 ただ、勝手にやるのもどうかと思う。

 その思いが口をついて出た。

 ただの呟きだったのだが、アドリアーノはそれを拾っていた。

「そうですね。確かに歩きにくいのですが、森に住む魔物たちに対するバリケードにもしているそうなので」

「そういうことですか」

 確かに追われたとき、直線距離で四足歩行の魔物と追いかけっこなどしたくない、そう考えるのは当然だ。

 太一も魔力をいっさい持っていなかったころを思い出せば、きっとぞっとしなかったに違いない。

「それに、獣道ができるのを避けるために、定期連絡部隊はいくつものルートを確保しているそうです」

 道がならされればならされるだけ、通りやすくなる。それは人も、人以外も同様だ。

「では、参りましょう」

 案内役の男が右にしばらく移動してから森に突入する。

 ここが道のひとつのようだ。

 これを即座に見分けるのは無理だろうなあ、と太一は思う。

 違いがすぐには分からない。

 まあ、ひとまずそれは置いておいていいだろう。

 アドリアーノについて、森の中に分け入っていく。

 歩きにくいことこの上ないが、未開の森の探索はすでに何度も行っていること。

 ここでもこれまでの経験が生きてくる。

 周囲に気を付けながらも進んでいく。

 さすがに移動速度は荒野の時に比べて格段に落ちたが、それも仕方のないことだ。

 そうして歩き続けること更に三時間。

 進んだ距離的には大したことはないが、森の中なので仕方のないことだ。

 平地のように進めるはずがない。

 それでも平均よりも確実に速く、森の中の移動が終わった。

 太一たちの前には、周囲の木を伐採して築かれた壁が現れた。高さは軽く一〇メートル近くあるだろう。

 これを築くにはどれだけの労力を要したのだろうか。

 重機などはないが、強化魔術を使える者がそのかわりとなって築いたのだろう。

 その入り口に立ったアドリアーノが声を張り上げた。

「砦より来た! 砦守備隊隊長、アドリアーノだ! 門を開けてくれ!」

「……確認した! 少し待て! 開門せよ!」

 門の上に設えられた足場から声が聞こえた。

 こちらを見下ろし確認していたのだろうが、既に引っ込んでしまったようで誰がいたかは分からない。

 やがて門が開いてゆく。

 高さは三メートルほどの両開きの門。背の高い馬車などでは通れない大きさだが、この森を馬車では通貨できないのでその辺りのことは考慮しなくていい、という判断だったのだろう。

「良く来てくれた!」

「テニズか!」

 アドリアーノと門の中で待ち構えていた男は知己であったらしい。

「無事でよかった」

「定期報告ができなかったからな。やはり、砦から派遣されてきたか」

「それはそうだろう。何があったのかと向こうでも話題になってたぞ」

「心配をかけて済まなかったな。定期報告部隊は出せなかったか、拠点は無事だ」

「そのようだな。何よりだ」

 笑顔で握手を交わしていた両者だが、ふとテニズが真剣な顔に戻した。

「っと、それは後でもいいな」

 デニスがアドリアーノの後ろに立つ太一たちに視線を向ける。

「ああ。彼女たちについても説明したい。シュトルフ大隊長はいるか?」

「大隊長は天幕の方にいるよ」

「そうか。それは話がスムーズでいい」

「ということは味方、でいいんだな?」

「もちろんだ。それらも含めて大隊長に説明する」

「分かった。客人方、俺はテニズ・ジョンソン。第二部隊隊長だ」

「ああ。丁寧に済まんな」

 テニズに案内され、拠点の中を歩いていく。

 見渡すとテントばかりで、時折小屋のようなものが建てられている。

 どうやら何より柵、いやもはやあれは壁と言ってもいいだろう。魔物がはびこるこの森だから、何より壁を重視したようだ。

 まあそれらももちろんだが、それよりも。

「……ずいぶんと物々しいな」

 この拠点の中を歩きながら、抱いた感想はそれだ。

 誰も彼もが厳しい表情を浮かべ、完全武装したまま歩いている。

 もちろんここが森の中にある危険と隣り合わせの拠点、というのを考慮した上で常在戦場の意識を忘れずにいる、というのは正しいことだろう。

 だが、それにしたって張り詰めすぎだ。

 常に集中していられる者がいないように、この緊張感を保ち続けるのは精神衛生上良くないのではないか。

 浮かんだ疑問を隣を歩く凛にもぶつけると、彼女は同意見と言うように頷いた。

 どうやらそう考えていたのは太一だけではないようである。

 案内された天幕は、他のテントに比べてずいぶんと広い。

 まあ、このテントが、ここで活動する者たちの行動指針を決める場所だ。

 総隊長とやら以外にも、多数の働き手がいるのだろう。

「ああ、テニズさんじゃないですか」

「ご苦労」

 天幕の前、入り口に立っている守備兵が笑顔を浮かべてテニズに声をかけた。

「総隊長ですね?」

「ああ。この時間、緊急の案件が無ければ書類仕事をしているはずだが」

「そうですね。いますよ」

「そうか。ならばいい。第二部隊隊長、テニズ・ジョンソン、失礼する」

 テニズはそういうとそのまま門番の青年の横を通過し、天幕の中に入っていく。

「段取りを整えてきますので、少しだけお待ちください」

 アドリアーノは太一たちを外に待たせて天幕の中に入っていった。

 テニズもそれに続く。

 アドリアーノたちとしては、太一たちをしかるべき場所にて待機させたいところだが、切羽詰まっている様子を見るとそんな余裕などないことは一目瞭然だ。

 ならば、客を待たせるのには少々不適切でも、この場で待ってもらった方がいいという判断だった。



 相変わらず中は殺風景としている。

 まあそうだろう。ここは仕事場だ。装飾品など不要という判断も理解できる。

 総隊長という役割を担っている以上、もしも対外的な仕事があるとしたら、この野営用の天幕の中もある程度飾る必要があった。

「テニズか」

 一番奥の執務机に、書類に半ば埋もれかけている男がいた。

「会議は今日の予定には無いぞ。それどころじゃないのは分かってるだろう」

 そう返事が飛んできた。

 時間などない、と言いたげな声色である。

「予定はないし、お前がてんてこ舞いなのも分かってるさ。だが、第二部隊隊長として緊急報告を行いたい」

「何だと?」

 テニズの言葉が気になったのか、そこでようやく男が顔を上げた。

 そして、一瞬固まる。

「……テニズ、とアドリアーノ」

 良く顔を見知った第二部隊の隊長と、ひさしく顔を合わせていない砦の守備隊隊長。

 彼からすればひさしい顔が、この拠点の二番隊隊長に連れられてやってきたのだ。

「疑問も手放せない仕事もあるだろうが、いったんすべて横においてくれ」

 総隊長である男から発せられる若干の困惑を受け、テニズは頷いて言う。

「アドリアーノ」

「ああ。……何よりも先に、この書面に目を通してほしい」

 挨拶も旧交を温めることもせず、アドリアーノは書面を取り出して総隊長に差し出す。

 彼はそれを受け取って一通り目を通すと、ひとつ唸った。

「そうか……」

 総隊長の男はペンを置いて立ち上がり、首をこきこきと鳴らした。

「そこのソファに。おい、飲み物を人数分頼む。ついでに外に待たせているお客人を案内してくれ」

「はっ!」

 側にいた若い侍従に命令を下す。

 侍従が駆け足で天幕を出ていった。



 全員がソファに腰かけて少し。

「改めて、私がここの責任者のフィリップ・シュトルフです。総隊長などと呼ばれていますが別に軍隊ではないので、必要以上に畏まらなくていいですよ」

 お茶が運ばれてくるのを待って、フィリップが挨拶を行った

 テニズはもちろんアドリアーノも知己のようなので、主に太一たちに向けたものだ。

 太一たちも挨拶を済ませると、改めて急遽会議が始まる。

「だいたいのことは、カイエン司令からの書面で拝見しました」

「目的としては、セルティアについて直接この目で見ること。それに伴い、我々の仕事を手伝ってくださるとのことだ」

「……なるほど」

 フィリップの言葉を受け、テニズは神妙な顔つきで頷く。

「重要な御客というのは分かった。だが……」

 テニズの懸念は分かるとばかりにアドリアーノは口を開く。

「彼らの実力だな?」

「ああ」

 疑っているような態度ではない。

 砦からここまで来れる時点で、ある程度の実力はあると分かっているようである。

 ただ、実際に見たわけではないから判断がつかない、ということだろう。

「騎士の平均レベルでは相手にならん。カイエン司令、ジーラス、ウーゴ両副司令も確認済みだし、もちろん私もこの目で見た」

「そうか」

 それを受けて、フィリップは改めるように太一たちに向き直った。

「本当であれば、やっていただきたかったのは南側陣地周辺の森、および山の調査になります」

 重労働だ。

 なかなかの大仕事である。

 南側陣地周辺の森の探索というが、それなりの位置までは探索班が調べているという。

 ただ、どうしても深く侵入するのは危険の方が勝り、そこまでは行けていないのだとか。

「生えてる植物とか動物とか、そういうのだな」

 どこに何が生えているのか。その辺りはかたっぱしから採取して欲しいらしい。

 世界が違うため、アルティアにはない植生もある。それらの研究は陣地の専門家たちで行うので、ひとまず採取だけすればいいとの事。

 また、魔物および動物についても対象だ。

 どんな魔物、動物がいるのか。良く遭遇する種、しない種。強い種、弱い種。その分布。

 まずはもろもろの調査ということになるか。

 すべきこと自体はそう難しくはない。

「ええ、その通りです。ですが……」

 それは、大きな問題が発生していなければ。

 通常業務がこなせている状態での話だ。

「週一度の定期連絡が行えていない現状、それらは後回しになります」

 日常のルーティンがこなせない異常事態。

 まずはそれをどうにかしなければならない。

 フィリップは第二拠点に現在第一級非常事態宣言を出しているという。

「その理由ですが、毒です」

「毒、とな?」

「そうです。毒を持つ生物がこの近辺にいることが分かったのです。たびたび、この第二拠点にも接近していることも判明しています」

 まだ姿ははっきりと分かっていないが、毒の種類は分かっているという。

 毒に冒されると身体がしびれる効果があるそうだ。

 何故それが分かったかというと、第二拠点の近郊で狩りをしている様子を観察した者がいるのだ。

 生い茂った草むらの向こうから毒液が飛び出し、鹿型の動物に当たった。鹿は驚いて飛び跳ねたが、すぐに動きが鈍りその場で倒れてしまった。

 その鹿はしばらく死ななかったようだが、完全に動けなくなっていた。

 毒に冒されたことを考えるとかなり長い時間をかけて、ようやく鹿は絶命した。

 それを待っていたのだろう、草むらから鋭い舌が伸びて鹿を突き刺すと、その生物が潜むと思われる草むらに引きずられていった。

 そのことから、その生物の毒は麻痺毒。即座に死亡するような毒ではないが、相当強力なものであることは確かなようだ。

 むしろ全身麻痺によって即動きが取れなくなってしまうことを考えれば、毒自体に即死効果の有無は関係ない。

「生物と呼称しているのは、正体を見たわけではないからですね。魔物の可能性が高いとは思っております」

「そうか。魔物だろうと動物だろうとその生物が脅威であることには変わらんな」

「そういうことです」

 更に言えば、定期報告を担っていた部隊は身体能力とスタミナ、探知能力、更に戦闘能力にも優れる斥候集団。

 よって、総隊長フィリップの現場判断により定期報告を取りやめ、その毒生物の調査に派遣しているとのことだ。

 姿を見せない魔物を臆病と断じることはできない。

 慎重かつ狡猾な性質の可能性もあるのだ。

 姿や手の内を見せてしまえばそこから対策もされてしまうと、本能で理解している可能性もあるのだ。

 そして。

「この生物の異変に気付いたのはつい先日です。なので、定期報告によって砦に連絡することはできなかった」

 現在定期報告もせず第一級非常事態としているのは、その生物によって森の生態系に異常が生じ、魔物や動物の動きが変わるのを警戒してのことだった。

 魔物はもちろん、動物にも脅威となる種は存在する。そう、下手な魔物より危険な生物だ。

 もしもそれらが毒生物を脅威とみなし行動範囲を変化させているのだとすれば。

 いつどんなきっかけによって、魔物の異常行動が起きるか分かったものではない。

 今は大人しく狩りをしている毒生物だが、もしも大量にこの地にやってきたとすれば。

「最悪、スタンピードの可能性も考慮せねばなりません」

 フィリップは、その毒生物とそれによる影響をかなり脅威に思っている様子だった。

 そんなことは起こらない。

 そんな想定はありえない。

 フィリップはこの第二拠点に居る全員の命に責任を負う立場。

 そんな楽観的にはいられないのだろう。

 なるほど、そのような事情では、定期報告などできるはずがない。

「今は、その斥候が帰還するのを待っている段階か?」

「そうですね。じきに帰還すると思うのですが」

 情報を欲している。

 距離があって支援を求めても即応できない砦への連絡よりも、今この地にいる者たちを優先する施策を選んだということ。

 自身の選択の是非を誰かに聞くつもりは無いのだろう。

 この事態が収束すれば、おのずと判明する。

 それよりも今は、この危難を無事に乗り越えることだと。

「では、この非常事態に向けて、私たちをうまく使って欲しい」

「よろしいのですか?」

 カイエンからの依頼というか頼みである。否やなどない。

「無論だ。問題解決を通じて、私たちはこの地、セルティアを見に来たのだからな。といっても、私たちが何をできるか知らなければ、采配のしようもない、か」

 レミーアが言ったことは、当たり前といえば当たり前のこと。

 料理人に大工を頼むわけにはいかないし、鍛冶師に医療業務をさせるわけにもいかない。

 何ができて何ができないのか。

 それを知らねば采配のしようもない。

「簡単にだが、説明しようと思う。よろしいかな?」

「お願いします」

 レミーアとしても、自分たちの得意分野に関連する仕事を振ってもらった方がやりやすくていい。

 馬鹿正直に手の内を明かすのは本来ならば避けるべきことだが、この地にいる以上その辺はすでに割り切っているのだった。

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