六話
太一は、ミューラと型通りの訓練をを行った。
剣を振るう。
打ち合う。
避ける。
特にそこに戦術などはない。
あるのは、予定通りの動きを覚えることだけ。
打ち合うときは打ち合い、打ち合わないときは打ち合わない。
予定調和の動きともいえるだろう。
最初はゆっくり。そして徐々に速く。最終的には全力の六割から七割あたりまで出す。
身体を動かし、感覚を確かめるのはちょうどいいメニューだ。
一方、レミーアは身体を解している。
これは珍しく、魔力の通りの確認などを行うのが通例だ。
どこを通っているのか把握できるか。まんべんなくいきわたっているか。
流れによどみはないか。そして、問題なく操れるか。
まずそれらを確認してから別のメニューに移ることが多いのだが。
今は魔力操作の向上を目指し、常に魔力操作の訓練を行っている。常にウォームアップしているようなものだった。
それは凛も同じ。
彼女が行っているのは、つまるところ準備運動だ。
これは所属していたテニススクールでやっていたルーティン。身体を伸ばしたり回したりして解していくもの。
凛もまた、魔力操作能力の向上を目論見、レミーアほどではないにしろ常に意識している。
なので今更といえば今更だった。
キィン、と、剣を打ち合う音が響く。そのまま鍔迫り合いになったところで。
「ん? あれかな?」
太一がぽつりと言った。
それを聞いたミューラは、訓練場の入り口の方に顔を向ける。
すると、向こうの方から集団が近づいてきていた。
ある程度バラけているので固まって行動しているわけではないようだが、
訓練をしていたため感覚が研ぎ澄まされているので、気配には鋭敏になっている。
ただ、安全がある程度以上確保されている場所で、常に遠くまで索敵をしているわけではない。
もっと近づいてきていれば気付けただろうが、今回は目視の方が速かったわけだ。
「おはようございます。もういらしていましたか」
遠巻きに彼らがやってくるのを見ながら訓練を続けていると、声を掛けてくる者が。
集団の中の一人としてやってきた、この陣地の司令官のカイエンであった。
「ああ、この土地に不慣れなのでな。早めの行動、というわけだ」
「そうでしたか」
カイエンはひとつ頷くと、半身になって背後を見た。
思い思いに準備を始める戦士たちの姿。
「今回は彼らが模擬戦闘訓練を実施いたします。まあ、私もですが」
「む、そうか」
カイエンも訓練を行うという。背中に背負う大剣は、飾りではないらしい。柔らかい物腰だが、武器の方は豪快かつ苛烈なものだった。
「ええ、ここではどのような身分であろうと、有事に遊ばせる余裕はありませんので。私も前線に出て戦いますからね」
エリステインでも騎士団長が強いというのはあったが、彼らとてよほどのことが無ければ指揮に集中する。
ただ、ここでは後ろに控えているだけではだめということだろう。
「それもそうか」
納得できる。
この地には、万を超える兵士などいないのだ。
戦える人員は全員が戦わなければ厳しいということだろう。
つい先月対峙したセルティアからの刺客も、少数人員だった。
今訓練場にいる人数は、ざっと見た限りで四〇人ほど。カイエン曰く、現在総数の四割ほどがここにきているという。
むしろこの陣地にいる人員の方が、あの呪術師たちよりも多いくらいだ。
「さて、長々と話していても意味がありませんね。さっそく始めるとしましょう」
特に開始の合図などは無いが、周囲では相手を見つけた者たちが各々散り始めていた。
中には三つ巴の訓練を行うようで、三人で連れ立っていく者もいる。
「私はあちらで素振りでもしながら体を暖めますので、皆様もご自由に」
「分かった」
レミーアは頷いた。
こちらへの視線はいくつも感じていた。
自分たち同士でやってもいいのだが。
「一手御指南願えますか?」
一歩前に出てきたのは、昨日太一たちを案内したメラクであった。
「なら、あたしが相手するわ」
ミューラが先んじて一歩前に出た。
メラクの得物は、ミューラと同じ片手剣。
一番わかりやすいと思ったのだ。
メラクの目は四人のうち特定の誰かに固定されていたわけではないので、ご指名したい相手がいるわけでもなさそう、というのもあったが。
「受けていただきありがとうございます」
やはり、昨日の彼の目は錯覚ではなかった。
初対面の翌日に実施されたこの模擬戦訓練。やはり大方の予想通り、彼のような者を説得するために設けられた場であった。
年下の少女相手でも偏見はなく、問題は無いらしい。
この地に踏み入れた者に性別など関係ないというのは、訓練場で自らの研磨に勤しむ者たちを見れば分かる。
少し離れたところで、ミューラはメラクと相対した。
剣を抜き、構える。
特別扱い。
納得するのは難しいことだろう。
セルティアに対抗するためのこの陣地には、ろくなバックアップがない。
軍だって、兵站の維持には苦心している。地続きの位置関係であってもそうなのだ。世界をまたぐこの地での兵站の困難さも察しがつかないようでは何をかいわんやだ。
むしろアルティアと唯一繋がるこの地こそがバックアップをする場所だ。
矜持をもって、文字通り命を懸けてきているはずである。
余所者がいきなり来てVIP待遇では、理解はしても納得はいくまい。
特別扱いを受けるに足る戦力であること。
力が全てだというこの陣地において、もっとも簡単なのは己の力量を知らしめること。
やはり太一たちのことは気になるのか、こちらに向けられる視線の数は多い。
ならば。
メラクにも思惑や想いはあろう。
だが、ミューラにとっても好都合。
彼には申し訳ないが。
(……ねじ伏せさせてもらうわ)
メラクが剣を抜いたのを確認し、ミューラもまた剣を抜き、構える。
模擬戦訓練というTPOに則った加減こそするが、最終的に出し惜しみはしない予定だ。
メラクの装備は右手にオーソドックスなブロードソード、左手に小型の盾。
特別尖った部分が無いかわりに、隙も少ない武器構成。
「行きます!」
メラクはぐっと踏み込んで、突進した。
ミューラは半身になって、振り下ろされる剣を防いだ。
強化魔術は当然、お互いに行使している。
メラクの力はかなりのもの。ミューラも膂力を大きく強化して受け止める。
ぎり、と鉄が噛み合い、耳障りな音と共に火花がわずかに散る。
今度はミューラの番。
力のベクトルをわずかに変えてメラクの剣を少しだけ逸らした。
それだけで十分。
左手で短剣を抜く。
切っ先を突き出すようにまっすぐ前に振り上げた。
剣と盾の位置関係から、防ぐのは難しい。
「っ!」
メラクはバックステップで距離を取った。
(そう、そうするしかないわよ、ね!)
追う。
逃がさない。
メラクが飛ぶと分かっていたからこそ、彼の着地とミューラの踏み込みは同時だった。
ミューラは剣を振る。
我流ながら騎士とも互角に切り結ぶことができる技量を惜しみなく披露する。
メラクはミューラの剣術を剣と盾で防ぎつつも反撃を試みる。
数合の攻防の後、二人とも距離を取った。
(まだこのレベルなら余裕なのね)
周囲の者たちも、この程度ならばできて当然という顔をしていた。
まずは様子見。
ミューラはCランク冒険者が相手のつもりで戦った。
ならば次はBランク冒険者……平均的な騎士が相手のつもりで戦うことにしよう。
「ふっ!」
今度はミューラから……踏み込む直前、火球を放った。
魔術を使っていいのは確認している。ほかに訓練に来ている者も行使していたからだ。
眼前まで迫った火球を盾で跳ね除け、迫るミューラの剣を片手剣で打ち払おうとする。
「くっ!?」
気付いた。
ミューラすれば気付かれた、というのが正しいか。
メラクの剣をからめとって弾き飛ばそうとしたことに。
自然と、剣と剣が触れる時間は一瞬になる。
金属と金属がぶつかり合う音が連続で響くも、そのやり取りを嫌ったメラクが距離を取ろうと画策する。
逃がれたいようだと、ミューラは気付いた。
ならば、手伝うとしよう。
火球を掌に生み出し、それを地面に叩きつけた。
ドォン、と地面が揺れ、メラクの声も姿も、爆音と爆炎にかき消された。
直撃はさせていないが爆発に巻き込まれてノーダメージはあり得ない。
もちろんミューラも爆風に巻かれているが、自分が放った魔術だ。
ミューラの腕前ならどうとでもできた。
黒煙の中からひらりと舞うように出てきたミューラに一瞬遅れて、メラクが吹き飛ばされて地面を転がった。
ところどころ火傷を負いすすけている。
やはりノーダメージとはいかなかったようだ。
「はやく治療した方がいいんじゃない?」
これは模擬戦だ。
相手を倒すことが目的ではないし、ましてけがやけがを負わせるためでもない。
大事なのは、実戦に即した中で取り組んできた課題の成果を確認し、新たな課題を見つけるためのもの。つまり今の自分を見つめる機会なのだ。
もちろん負け癖がついてしまうのは良くないのできちんと勝ちを狙うのも大事なことである。
勝ち負けは一番重要なことではない、ということだ。
相手がけがをしたためギブアップなどで明確な勝敗がつかずに終わるのも、模擬戦ならばままあることだった。
もっとも、今この瞬間においては違う。
明確に勝ったとも負けたとも言っていないが、間違いなくミューラの勝利、メラクの敗北となった。
この地に来る資格を得られる者ならば分かったはずだ。
あの瞬間、追撃を仕掛けようと思えばいくらでも仕掛けられた。
ミューラにとってはあれはただの牽制、目くらまし、体勢の立て直しの一手段でしかない。
それでダメージを受けるような相手なら、ミューラにとっては格下となる、と。
もちろんそれは、戦っていた本人が、観戦していた者よりも間違いなく。
「……ええ、そうします。お相手、ありがとうございました」
「こちらこそ、いい勉強になったわ」
ミューラは武器を鞘に納めて踵を返す。
メラクは歯ぎしりをして、しかし湧きあがった感情を抑え込む。
そのまま剣を鞘に納め、しっかりとした足取りでその場を去った。