五話
陣地の西側。
そこにある平屋の家。
それが滞在場所として割り当てられた。
「ここは陣地の西区画で、人員が生活する区画になります。そして、こちらが皆さんの宿泊場所となります」
案内薬のメラクは、家の前でそう言った。
態度も口調も穏やかだが、目が笑っていない。
ここまで来れば嫌でも気付く。
先ほどの顔合わせの時に感じた、強い感情が込められた視線。
外には誰もいなかった。
あの場で待っていた四人のうち、三人は立場ゆえに必要な感情は発露したものの、個人的な思いに起因する感情はまったく見せなかった。
あれはおそらく、このメラクからだったのだろう。
「家具などは一通り、食料は一週間分を見積もって用意してありますので、自由にお使いいただいて構いません。何かありましたらお申し出ください」
「助かる」
「明日になったら何かしらのご連絡をさせていただくことになるでしょう。それでは、ごゆっくりお休みください」
そつのない挨拶をして、メラクは去っていった。
この地の司令官に選ばれるだけあって仕事ぶりは文句のつけようがなかった。
だからこそ。
目立っていた。彼の目が。
まあ、それならそれで構わない。
多少やりにくくとも、やるべきことはたくさん出てくるだろうから。
「さて、入るとするか」
石造りの殺風景な家だが、最低限の機能は備わっていた。
リビングとダイニング、水回り、そして個室が三つ。
部屋割りは必然太一が一部屋、残り二部屋をどう割り振るかだが、これも特にもめることなく、凛とミューラで一部屋、残る部屋をレミーアが使うことになった。
個室は、見た感じ四畳あるかないかというところか。
ベッドと小さなテーブルがひとつ。
ベッドはそれなりに幅があるので、凛とミューラならば寝られるだろう。
食糧はキッチン横の食糧庫に収められていた。
これだけあれば、一週間前後は確実に持つだろう。
食糧自体は、アルティアで見かけたものとそう変わり映えしない。
セルティアの食料があるかと少しだけ期待してもいたのだが。
考え方を変えれば、食べなれたものを食べることができる贅沢である、ということもできる。
思った以上に量もあり、またバリエーションも豊富だ。
これが敵地最前線であることを思えば、これ以上を望んではばちがあたるというもの。
「特に問題はなさそうだったな。あ、浴槽作って水張っておいたぞ」
「おお、済まんな」
浴室はシャワールームだった。
意外と床面積があったので、五右衛門風呂的な浴槽なら作ることができたのだ。
少々窮屈な体勢での入浴になるが、無いよりはマシである。
床面に通り道を作り、地面の奥の方から少しずつ抽出して形成。
ミィの力もだいぶ使えるようになったので、特に困ることもなかった。
本当なら、シャワーがあるだけありがたい、と思うべきだろう。
平均的な庶民の生活では、浴槽どころかシャワーすら毎日浴びるのは贅沢と認識されている。
「この陣地をざっと見渡した限りでは、贅沢な家が割り当てられたと思います」
「そうだな」
アルガティらのバックアップがあっても、ここはアルティアとは別の世界。いくら表裏の関係とはいえ、簡単に行き来はできない以上、すべてに万全にいきわたらせることはできない。
現に、陣地にはこうした建物は半数以下で、無数のテントが張られていた。
テントを使用する者たちは、おそらく共同の水場を利用しているのだろう。
翻ってこの家は部屋数も多く、プライベートも確保され水回りもじゅうぶん。
このこぢんまりした家でも、陣地では豪邸と言えるのだ。
故に、四人とも口にはしないが、今後起こりそうな問題は予測できる。
「問題、とまでいくかは微妙だけどな」
「そうかも。ひと悶着、くらいかな」
案内役のメラクの目。
あれは、太一たちにこの家を使わせること……もとい、アルガティから特別扱いを受けていることに納得していない目だった。
あまり放っておくと不和の種になる。
早晩それを取り除くに越したことはない。
集団を預かる者であれば、そう考えてもおかしくはない。
例えば太一がここを預かる身だったとしたら。新参者を特別扱いすることになったことに、先住者たちが不満を抱えた。これは頭痛の種になりうるので、はやめに除去したいと考える。
「そういうの、取り除けるならそうした方がいいよな」
「うむ。何かしらが起こると考えておくのが良いであろうな」
ここの司令官は、その辺りに気付かないような愚鈍な人物ではなさそうだった。
「とはいっても、私たちにできることはないかも?」
「そうだな。俺たちは明日すぐに仕事を振られてもいいように、ゆっくり休んでおこうぜ」
「そうさな。というわけで飯にしよう。ミューラ、手伝え」
「分かりました」
ミューラとレミーアが並んで台所に立つ。
ここで考えていてもどうなるかは分からない。
なるようになるだろう。
アルガティがどんな仕事を任せてくるか分かったものではない。
できることとできないことがあるのは伝えてあるが、言われた以上は精一杯やる所存であるのは偽りのない本心だ。
そのためには、きちんと食事をとり、風呂に入ってリラックスしてよく休む。
これもまた、身体が資本の冒険者として大事なことである。
◇
翌朝。
やはり予想していたことが起きた。
朝食を食べ終え一服している最中、逗留している家に訪問者があった。
やってきた男は、本部からの使いだという。
彼の用件は、今から一時間後、交流のための模擬戦訓練を行うのでぜひ参加してほしい、というもの。
応じたミューラは、その場で了承の返事をした。
太一たちに聞くまでもない。
全員の同意というか考えは確認済みだ。
一番手っ取り早い手段である。
「シンプルでいいな」
「そうだね。分かりやすい」
太一と凛などは、まだるっこしいことにならなくてよかったと笑っている。
「うむ。ああだこうだと考えなくて良いのは歓迎すべきことだな」
レミーアも賛同している。
あれやこれやとかかずらうことになっては、どのような支障が出るか分からない。
無論そうなるとは限らないし、面倒が発生しても影響が無いように最大限努める。
とはいえ、そういった要素など、無いにこしたことはない。
訓練場は、陣地の南側にあると言っていた。
遠くからでも一目で分かるらしいので、案内も不要とのことで各自来てほしいとのことだった。
(西側は、人員の生活区画。あたしたちが来た小屋は砦を挟んでちょうど反対側、ということは砦は中央、小屋は東側かしら。そして、南側に訓練場、ね)
まだ陣地の説明を受けていないし、見てもいないので、分かっているのはそれだけだ。
おおよその推測ができるのは西側と中央の砦周辺だけで、後は不明。砦の周りにはいくつかの建物が密集して建築されていた。それらは中央の砦にかかわる建物群だろう。ミューラたちは詳しく知る必要のないものだ。
東側は小屋以外に何があるのか、南側は訓練場だけなのか。北には何があるのか。
ざっと整理した感じでは、分からないのはこのくらいか。
これから知る機会はあるはずだが、そこまで重要でもないと思われる。
基本的にこの家と本部を行き来する生活になるはずだ。
「それでは各々、いつでも出られるように……といっても、問題なさそうだがな」
身だしなみは整え終わっている。
そこまでの準備は現状いらない。
何をするかが分からなければ、本格的な準備などできはしないからだ。
そんなに広くない家、武器は部屋からとってくればいいだけ。
「ただ模擬戦するだけなら、武器取ってくるだけだしね」
「そうだな」
太一と凛は気楽に構えている。
特別緊張はしていない。
今更と言ってしまえば今更である。
ミューラは軽く肩をすくめた。
「じゃあ、お茶を淹れなおすわ。飲み終わるくらいには、頃合いになってるかしらね。レミーアさんもいかがですか?」
「もらおう」
「分かりました」
一度使った茶葉だが、再利用。
ここでは物資を浪費はできない。
お茶を飲むことさえ、贅沢の類だ。
むしろ固い黒パンと塩のスープでだって文句は言えないどころか、食事があるだけありがたいまである。
ここの四人はおいしい料理も知っているが、冒険者故に非常食にも慣れている。
お茶どころか白湯を出したところで誰も何も言わない。
お茶のおかわりが薄くなったところで、どんな文句があろうか。
台所で魔道具に手をかざし、水を薬缶に入れる。
シャワーがあることからうすうす分かっていたが、この家の水回りは魔道具で賄われている。
つまり、利用者の魔力が残っている限りは、水を供給できるというわけだ。
お湯を沸かし、茶葉から二度目の抽出。
飲んでみたがやはり薄味だ。
だが、うまい。
少なくともミューラは十分これで満足できる。
意外と重要視されるのが、冒険者は安い舌の方がいいということ。
これはランクが上がっても同様だ。
もちろん、稼げるようになれば高くておいしい食事にもありつける。
同じことは商人や騎士にも言えた。
たとえ大商人の会頭や騎士団長クラスであっても、夜営するとなれば物資節約のために質素な食事を摂る。
気を楽にするため、特に中身のない会話を続けることしばらく。
全員が二杯目のお茶を飲み終えたあたりで、時間までちょうど三〇分ほどとなった。
「さって、んじゃいくか」
時間ギリギリになって突っ込まれる隙を与えるのも面白くはない。
なので待つくらいでちょうどいい、ということになったのだ。
それぞれ武器を手に取り、家を出た。
そのまままずは砦の方に向かい、到着したらそこから南に向かう。
西区画を斜めに突っ切ってもいいのだが、それは時間がある時にすればいい。
特別迷うことはないだろうが、今は確実に着く方が大事だ。
歩くことしばし。
体感では一〇分ほどだろうか。
ざっくり、一キロ弱歩いた計算になる
「ああ、確かに分かりやすいね」
凛が言った通り、柵で囲われた二〇〇メートル四方の土地。
柵の切れ目のそばには小屋が建てられており、その扉の横には「訓練場管理事務所」と書かれていた。
だが、凛がそう判断したのは、小屋や看板、土地を見たからではない。
訓練場ではすでに二〇名ほどが各々の鍛錬に精を出していたからだ。
ある者は剣の素振りをしたり、またある者は魔術の訓練をしたり。
ひたすら外周を走って体力づくりをする者も。
メニューはそれぞれだが誰もが真剣に取り組んでいたからだ。
案内が不要、というのはこういうことかと納得できた。
まずは事務所に行けばいいだろう。
そう思って扉を開ける。
カウンターには男性一名。
そして奥にある机では女性が一名、それぞれ仕事をしていた。
「何か御用ですか?」
「私たちは、昨日こちらの陣地に来た者です」
「ああ」
「今日の模擬戦訓練に参加してほしいって言われたんだ」
「はいはい、連絡は来ています」
男性はわきに避けてあった書類を確認すると、太一たちを見てうなずいた。
「まだ開始までは時間がありますね」
「ええ、余裕をもって出てきたから」
「なるほど……」
どうしようかなと呟きながら、男性は顎に手を当てて少しだけ考え込む。
「では、そちらの休憩スペースでお待ちいただくか、もしくはアップをされていても結構です」
「了解した。身体を暖めているとする」
「はい、分かりました」
冒険者としていついかなる時でも戦えるように準備しておく。
それは間違いなく正しい。
冒険者だけではない、騎士や兵士であってもそうだ。敵はこちらの事情など勘案してくれないのだから。
そういう理屈で準備運動なしで訓練を行ったこともあった。
もちろんそれは、必要だからやったこと。
実戦に即したメニューとしてだ。
ただ、基本的には準備運動をしてから望むべきである。
それは言わずもがな、余計なけがを避けるため。
準備運動なしの訓練は滅多に行わない。
今回も、要は実力のお披露目会のようなものと捉えている。
そこでけがをするなどバカバカしい。
身体を暖めておくのが、ここでは正しい選択だろう。




