幕間~ミューラ~
幕間二つ目。
メインヒロインなのに出番少なかったミューラちゃん救済です。
昼下がり。日が差し込む窓際で読書をするのが、あたしの日課。修行に明け暮れる日々に潤いを与える安らぎ。
今日のお伴は、独りで戦う魔術師少女と、王子という身分を隠して旅を続ける剣士様との甘く切ないラブストーリー。
……今笑ったの誰よ? 髪の毛チリチリにするわよ?
コホン。
こういう話は大好きだ。
現実にありえないシチュエーションだからこそ、読む価値があると思っている。
現実が悪いとは言わない。あたしだって、生きているのは現実だから。でも、たまにはこういう清涼剤もいい。
これを読んだら、午後からまた修行だ。今日は火の魔術の特訓だ。炎を長時間燃やす事が出来れば、継続的ダメージを見込めるし、バリケードにも使える。森と共に生きるエルフは、火属性とは相性が良くない。ならなんであたしの属性は火なのか。今もってその理由は解明されていないのだけど。
でも、そんな事は言い訳でしかない。与えられたものがあるだけ、感謝すべき。
至福の読書タイム。そばに用意しておいたドーナッツをくわえた。太陽の高さを確認。もう半刻位は読書を堪能出来る。
ここ最近は修行していても、レミーアさんに見てもらう回数は目に見えて減った。どうやら自分である程度こなす段階まで来たのだろう。自分の成長を客観的に見れて嬉しい反面、ちょっぴり寂しさもある。
もう! そこはもっとぐいっと行きなさいよぐいっと! 女は行動力よ!?
……師であるレミーアさんは書斎にこもって出てこない。恐らく今日は夕食まで出てこないと思う。
見られていないときこそ、その人の性根が露になると、いつぞやか読んだ小説に書いてあった。全くもってその通り。あたしも自分を律しないといつまでも読書しちゃうし。
さて。もう少しだけ、読んだら修行の準備をしよう。
そう思ってもう一口ドーナッツを食べようと思ったところで、玄関に人の気配。
はて。
この場所を知っている人間はかなり少ないはずだけど。
間をおかずに、やや乱暴に玄関のドアが叩かれる。ノックというには少し下品だ。
「ここがレミーア氏の家で間違いないか!」
再びノック? の音。
レミーアさんの書斎はこの程度の騒音では中に音を通さない。仕方ない、あたしが相手するしかないか。ドア壊されても困るしね。
「レミーア氏! 貴殿が家から出掛けぬというのは知っている! 応対してくれたまえ!」
「はいはい。今出ますよ」
やる気のない声が出たのは不可抗力。折角の読書タイムだったのだから。
ドアを開ける。
立っていたのは長身の優男。身なりから察するに、恐らくは貴族。後ろに控える従者らしき初老の男性が、あたしの予測に説得力を持たせた。
「随分待たせるのだな。偏屈と呼ばれるだけはある」
……殴っていいかしら?
「まあ、良いだろう。わたしはガルレア家が三男、コセイ・ガルレアだ」
「はあ」
「聞こえなかったのか? ガルレア家の者だと言っている」
「それが何か?」
「……ガルレア家の人間を玄関先で立たせたままとは。貴様がレミーア氏でなけれは罰を与えているところだ」
……やっぱ貴族か。居丈高な態度から大方予想はついてきたけど。
まあ、このお坊ちゃんが何を目的に来たのかは大体分かる。
「貴様が開発した魔術、わたしがもらい受けてやろう。光栄に思うのだな」
礼儀を知らないのはあんただ。……とは教えてあげない。こんなやつに出す親切心は持っていない。あたしの予測、大当たり。そこだけは褒めたげる。
「さあ、早く差し出すのだ。本来わたしとこうして直接会話するだけでも代金を払うべき名誉なのだぞ」
どうしよう。困った。
レミーアさんは呼べない。あの人はこういう輩が大嫌い。問答無用で吹き飛ばしてしまうだろう。上手いことお引き取り願う方法、何か無いかな。
「む……よく見たら貴様エルフか。まだ年端もゆかぬガキだが……許容範囲か。わたしの元へ来るといい。貴様は妾として置いてやる。これ以上無い名誉だろう」
顔は、まあ、六五点。中身、一点。
決めた。こいつ、ボコす!
一名様、お帰りです!
「ふふ。エルフを見ただけで年齢が分かるなんて、優秀な慧眼なのね」
「……何?」
「あたしが開発した魔術は、その辺のボンクラに扱えるものではないわ。解っているのかしら」
「何だと!?」
あーあー。こんな安い挑発に乗っちゃうのか。扱い易くていいけど。
「まあ、折角遠路はるばる来たのだし、教えてあげない事もない」
「……先程の無礼は魔術に免じて不問としてやる。さっさと言いたまえ」
「ただで教えてもらえると思っているの?」
「何? ……貴様、何を言っているのか分かっているのか?」
無論です。
「ええ。簡単よ。あたしに勝てたら教えてあげるわ。悪い条件じゃないでしょ?」
どんなに適当にあしらっても、負ける気がしない。こいつの魔力はショボい。まだEランク冒険者の方がデキる。
「今から『ファイアボール』を撃つから、何とかしてみなさい。それができたら、あたしと戦う資格があると認めてあげる」
「き、きさ……」
コセイの口が止まる。あたしが本気で撃つと分かったのかな。
「がんばんなさい? 死んでも知らないわよ?」
「後悔させてやるぞ!」
フラグいただきましたー。
『ファイアボール』
発射。避けない……否、避けられない。軌道を変える。掠める。ファイアボールは空の彼方に飛んでいった。
びびり方が余りに憐れだから、描写は控えてあげよう。まあヒントをあげると、尻餅と水溜まり。
因みにレミーアさん相手だったら、今の一瞬でコセイは四回死んでいる。あたしが相手だったことに感謝して欲しいくらい。
「はい、不合格。お引き取り頂ける?」
「……っ、き、きさ……こ、ころ……」
殺すつもりだったとでも?
まさかあ。そんな事思ってないわ。ほんの少ししか。
「はいはい。早く帰ってね。それとも」
腰の剣を抜いて、コセイの鼻先をちょん、とつつく。
「それでもやるっていうなら、相手になるわ。魔法剣士のあたしに勝てる根拠があるのなら止めないけど?」
「ひっ! ひいいい!」
剣メイン、魔術メインと普通は分かれるのだけど、あたしは両方メイン。あたしみたいなのは結構珍しいらしい。両方やれた方がいいに決まってるよね。
情けない声を出してコセイが去っていく。彼の後ろに控えていた従者さんが恭しく礼をした。
分かってて止めないとか、手を焼いてるのね……。
ちょっとだけウサが晴れたあたしは、戻って読書を再開する。
その後、気持ち良さからつい寝てしまい、修行をすっぽかしたのは忘れさせてほしい。
全く、みんなあいつのせいだわ。
太一、凛と出会う前の話。
この出来事があったので、面倒は全て避けようとミューラがレミーアを騙ったのでした。
そんなお話。
因みにミューラは前衛後衛どちらも出来るオールマイティー。
器用貧乏は禁句です。
1000000PVありがとうございます!!
恐ろしい数字になって、かなりビビってます……
もっと頑張らねば!