四十一話
派手に海面が吹き飛ぶ。
とんでもない威力だ。
あの吸血鬼の真祖、アルガティ・イリジオスと同等か、ともすればそれ以上かもしれない。
今の攻撃ひとつとっても、そう思わせるに足る攻撃力。
その一瞬後のことだった。
太一を中心にすさまじい火球が生み出される。
その火球は圧縮されて爆発。
しかし、水の防護膜、風による熱遮断、金属のシェルターの三重の防壁は破れなかった。
黒煙から太一が無傷で現れると、仮面の男は愉快そうに笑った。
「ヒッハハ! やるじゃないか! ならこいつはどうだ!」
無造作に炎がばらまかれる。
太一はその機動力でもって全ての炎を回避し、仮面の男に接近する。
「はあっ!」
「くそがっ!」
太一の拳が前腕で受け止められる。
加減などしていない。
風のスピードに土のパワー、そして水によるエネルギーの内部浸透。
その全てを合わせた一撃だったのだが、完全に受け止められた。
「失せろ!」
「ちっ!」
仮面の男と太一の間で空気が炸裂し、太一は強制的に距離を取らされた。仮面の男も吹き飛んだので、かなり開いている。
現在は、様子見の状態ながらも時折全力の攻撃をお互いに叩き込み、防いでいる形で戦闘は推移している。
ここまで戦ってきたが、仮面の男は風と炎を使ってきている。
つまり風の精霊、火の精霊と契約していることになる。
他にも契約している可能性も否定はできないが。
まだ仮面の男が隠している属性があるかもしれないので、太一はそちらへの警戒も解いていない。
じっと目をこらしてみる。
ぼんやりと、二柱の輪郭が見えた。
それぞれ薄い緑の光と、薄い赤の光をまとっている。
それらが風の精霊と炎の精霊なのは間違いない。
「チッ。やっぱムカつくぜ。お前は三柱と契約してんのか」
ふと、仮面の男が手を止め、苛立たしげに吐き捨てる。
先ほどまでは、太一から全力の攻撃が飛んでくることに喜悦の表情を浮かべていたが、今は一転、不快そうだった。
ある程度の威力の攻撃に時折混ぜている全力の攻撃。
このことから、太一が様子を窺っているだけで手を抜いていないことは仮面の男も分かっているのだろう。実際仮面の男も同じようなものであることだし。
戦況は互角。一方が有利にも不利にもなっていない。
互いの思惑が作り出した膠着状態。
束の間であろう空白の時間。
そこで、仮面の男は不満を口にした。
太一がシルフィ、ミィ、ディーネと契約していることが気に入らないらしい。
契約している精霊の数が気に入らないということは、仮面の男が契約している精霊は太一よりも少ないのだろう。
姿は見えないし、名前も口にしていないので、どんな精霊かは分からない。
ただ、力だけは間違いなくエレメンタルに匹敵する。
エレメンタルとそれ以外には明確な格の違いが存在することは、誰より太一自身がよく知っている。
「そういうお前は、二柱なのか」
「ああそうだよ。クソ、お前に劣ると思うと虫唾が走るぜ」
地面を蹴るような動作。
本当に悔しいらしい。
そしてその悔しさは、太一が気に食わないという悪感情から出ているものだろう。
「なんだ、オレが下だと分かって良かったな?」
「そんなこと思ってないから安心しろよ」
下手に暴発されてはたまらないので、少しなだめる方向に出る。
そして、仮面の男が契約している精霊が二柱だったからといって、なめるつもりは毛頭なかった。なので、今の言葉は本心だ。
契約精霊が多ければ手札がそれだけ増える。
それは純粋に戦闘力アップに繋がるだろう。
では、例えばトリプルマジシャンがクアッドマジシャンに実力で劣るのか。
まったくそんなことはない。
実例が近くにいるではないか。
そう、レミーアと凛である。
確かにもともとのスペックの差はあるだろう。
(仮に、手札の数でスペックの差が埋まってるとする……)
凛はレミーアとの模擬戦闘で一度も勝ったことはない。
スペックで互角であれば、後は技術力、経験値、洞察眼、戦術、心構え、知識……ありとあらゆるものが判断基準になる。
レミーアにはない現代の知識が、凛にはある。これは凛にとってはアドバンテージ。
けれども、それ以外のほぼ全ての要素でレミーアに劣っている。
そしてそれは、太一と仮面の男にもいえるのだ。
「けっ。どうやら、おべんちゃらじゃねえみてえだな」
「……」
太一は油断なく構えを取りつつ、沈黙をもって肯定した。
ここまで当たってみた感触を、頭の中で整理する。
(恐らく、俺と仮面じゃ、ヤツの方が魔力量は上だな。魔力強度はちょっと俺が上……いや、ちょっと程度の差しかないならトントンでいいか)
見栄を張る必要性を感じない。
ここで見栄を張って、正確な分析ができないのでは意味が無い。
(んで、スペックの差は俺が一柱多い分で相殺されてるとして……)
技術力。太一が多少劣るが、まあそう離れてはいない。この差が勝負を分けることもあるが、太一次第でどうとでもひっくり返せる程度の差しかない。
洞察眼。これもまあ、似たようなもの。
戦術。今はまだお互いノープランで戦っているため判断はできないので保留。
心構え。仮面の男には隙がまれにある。それは太一憎しの感情が表に出ているからだろう。今のままなら隙は無い事もないので、そこを丁寧に突いて通せれば効果は見込めるだろう。が、太一は現状、そこに希望を見出すのは非現実的だと考えている。
知識。これも未知数。ダイヤモンドが燃えることは知っていたようだが、それだけでは判断ができないのでこれも保留。
そして最後、これが一番問題だ。
経験値。
ここまで軽くぶつかってみた感触では、戦闘の経験値において、太一は仮面の男に劣っている。それも、割と無視できないレベルで。
先ほどの心構えの隙だが、太一は割と遠慮無く突いていた。
しかしそのいずれも、仮面の男に後一歩のところでやり過ごされてしまっていた。
こうすればこう来る。ああすればああなる。それをまるで身体で分かっているかのように。
(わざと隙を作っているようにしか思えないんだよな)
そう、つまり誘いだ。
自分には隙があることを自覚して、その上で放置する。
少し頭の回る敵ならそこを見逃さずに絶好のタイミングで突き穿とうとするだろう。
それを見抜けるのならば、敵の攻撃を分かりやすい形に誘導することも不可能ではない。
それができるだけの経験値を積んでいると思われる。
まあ、太一を憎む感情に狂っているので、そこまでは考えていない可能性もある。ただ、あまり楽観的にならない方がよさそうだ。
これらのことから。
(やべぇ……割と真面目に、俺の方が下じゃねぇか。ウンディーネがいるから誤魔化せてるに過ぎないぞ)
冷や汗が流れるのを止められなかった。
特に最後の経験値。これがまずい。
ここはもっとも顕著に差が出やすいところだ。
太一とて、経験の密度には自信があったが、それをもってしても仮面の男には劣ると理解したのだ。まあ、劣るからといって太一の経験が無価値になるわけではないのは理解している。
幾度となく拳を打ち合い、魔法を放ち合いながらも考える。
もはや、様子見もいつまでも続けられない。
仮面の男がそろそろ本腰を入れ始めたのだ。
いよいよもって、太一も全力を出さねばならないと改めて気合いを入れた……ところで。
「くそ、ここまでかよ。せっかく面白くなってきたのによ」
突如、大きく仮面の男が距離を取った。
これから、と思ったのは太一も同じだ。
しかしどうやら、仮面の男は距離を取ったまま動かない。
ここまで、とは、この戦闘をここいらで切り上げるということで間違いないらしい。
「パーティはこれで中断だ。撤退しなきゃいけなくなったんでな」
「……そうかい」
正直ありがたい。
その思いを表面に出さないようにするのに多少ではない苦労を要した。
「後一回攻撃したらこの領域から強制転移だとよ。大方の目処がついたからここでのオレの役目は終わりだそうだ。しかたねぇから、こいつを最後にするぜ」
仮面の男はそう言い終わると同時に、すさまじい勢いで魔力を高めていく。
これは、太一も気を引き締めなければ相当まずい。
回避が成功すればいいが、出来なかったときの手も考えておかなければならないとなると、同様に撃ち返せる準備をするべきだ。
半拍遅れで、太一も魔力を高めていく。
「ああ、そうだ……それなりに楽しませてくれた礼に、ひとつだけ教えておいてやるよ」
「なんだよ?」
お互いに魔力を高め合うさなか、仮面の男はそんなことを言った。
「あのチビ女皇な。三〇〇年は生きてるババァだけど、ありゃあオレんとこの不老長寿薬の実験の結果だぜ」
「……!」
唐突に明かされた情報。
まさか、そんなことが。不老長寿などという……と考えて、ここがファンタジー世界であることを思いだし、考えるのをやめた。
間違いなくその薬はオーパーツだろうが、別に存在していても不思議では無い事に気付いたのだ。
「あれで実験が成功したから、試薬だったもんの効能が認められて、本格的に作られるようになったのさ。長く生きることと、長く生きても狂わねえこと。それが実証される必要があったわけよ。モノがモノだけにさすがにそう数は作れねえけどな」
なるほど、有意義な情報だった。
しかし何故そんなことをいきなり話し始めたのか。
「オレも使ってるんだよ。不老長寿の薬ってやつをな!」
「!!……!」
顔は分からないものの見た目や声から、太一とそう年は離れていないと思っていた。しかし、二人の間に横たわる経験値の差。その理由が、分かったような気がした。
「さぁて、無駄話は終わりだぜ」
仮面の男がかざした手には、巨大な火球が生み出されていた。
太一が選択したのは水属性。
気休めのつもりで炎への対抗魔法として選んだ。
ゲームなどでは水は火に強い、という設定がされていることが多い。ただ、この世界では術者の力量次第で多少の相性差などどうとでもなるので、必ずしもそうはならないのだが。
「さあ、喰らえ!」
仮面の男が火球を放つ、その直前。
(なんだ……今……)
太一は違和感を覚えた。はっきりと、捨て置けない何かがあった気がしたのだ。
しかしその原因を探る暇は、今はない。
迫る火球に対し、太一もまた圧縮した水の塊を撃ち出した。
二つの魔法は中間地点で激突。
そのまま爆発した。
太一の視界が真っ白に染まる。
まるで巨大爆弾でも炸裂したかのような爆発の規模。
召喚術師同士が術を撃ち合うとこうも威力が高くなるのか。これは、太一をして初の経験だった。塞がれる視界。目を焼く閃光。襲い来る爆轟。全身を打つ衝撃。
その全てに耐えるため、太一は念入りに防御を施した。
やがて爆発が収まる。
すると互いの魔法が相殺し合った瞬間に転移が行われたのか、既に仮面の男の姿はどこにもなかった。
周囲を見渡しても、気配を探っても、ここいらの領域にはいないという結論になるだけ。
「くそ、とんでもないやつだったな……」
このままでは勝てない。
スペックに加えて経験値などの差が大きい。
仮面の男は勝負は預ける、と言った。
つまりまた戦うことになるのだろう。
その時までに、太一は更なる実力向上と、火のエレメンタルとの契約をしなければ。
仮面の男からふっかけられた戦闘だったが、向こうの都合でここを去って行った。
太一はそれに救われたかもしれない。
まさか召喚術師になってまで、あれほどの敵がいるとは思わなかった。アルガティ以上かもしれない。
再戦は避けて通れないと、太一の勘がそう言っている。
凛、ミューラ、レミーアが現状に危機感を覚え、限界突破に挑んだ。
太一はウンディーネと契約したことで更なる戦力アップをしたことで、心のどこかで油断していたのかもしれない。
鈍色の空にたち上る黒煙を見上げながら太一は思う。
限界突破は、太一こそが挑まなければならないのかもしれない、と。




