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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
五章 北の呪い
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三十四話

 どこまで行くのだろう。

 凛がそう思ったところで、ウンディーネが止まった。

 海岸沿いをずっと歩いてきて、光景が変わっていた。

 拠点としているキャンプは海岸沿いで、砂浜がすぐそこにある。

 今いる場所は、一言で言うなら崖の上。

 崖の縁から見下ろすと数十メートル下に海面が見えた。

 ここからはもうベースキャンプは見えない。


「ここでよろしいでしょう」


 ウンディーネが振り返る。

 崖の下を覗いていた凛は、ウンディーネに向き直った。


「私に、伝言があるって……太一じゃなくて?」


 太一が出会ったという、闇の精霊シェイド。

 この世界を管理している精霊で、シルフィードにノーミードと契約した太一が、手も足も出ないどころか逃げることさえできないと思わせられた相手。

 エレメンタル・ウンディーネが様付けで呼ぶような大物が、凛個人に伝言があるという。

 いったい何があるというのか。


「ええ。あなた宛です」

「……内容は?」


 聞いてみたい。それは間違いなく本音だ。

 聞きたくない。それも間違いなく本音だ。

 だがここまで来たのは、聞いてみたい、の方が強かったからに他ならない。

 ここを聞き逃すと後悔する気がしたのだ。


「シェイド様が、諦めなかったあなたに褒美としてギフトを与えると仰せです」

「褒美? ……ギフト?」

「はい。あなたが手にした精霊魔術師……そのひとつ上に、挑戦しませんか?」

「ひとつ、上?」

「はい」


 精霊魔術師のひとつ上。凛には召喚術師しか思いつかない。

 まさか。

 凛が思い浮かべることを予想していたのか、ウンディーネはそれは違うと首を振った。


「シェイド様が仰るには、レア度は召喚術師以上だそうです」

「召喚術師よりもレア……それは?」

「ふふふ、そうですね。もったいぶるつもりはないのでお教えしましょう。シェイド様があなたに与えたギフトは、精霊憑依です」

「精霊憑依……?」


 聞いたことがない。

 言葉の通りなら、精霊を身体に憑依させるということか。


「何故レアなのか。それは、シェイド様があなたのために精霊憑依を作成したからです」

「作った……作った!?」


 思わず大きな声を出してしまった。

 信じられない。

 シェイドは、精霊憑依を凛のために作ったというのか。

 呆然としてしまった凛の肩を、ウンディーネが軽く叩いて気付けをした。

 目を丸くしたままの凛に、微笑みかけるウンディーネ。


「あなたのことを褒めている、と言いましたね? たいちさんとの力の差は歴然。普通に考えれば追いかけよう、などと思えないほどに離れています。それでもあなたは、彼と共に歩くためにどうすればいいか、諦めなかった。シェイド様は、現実を突きつけられてなお、下を向かなかったあなたに敬意を表すると仰っていました」


 その結果が、凛に精霊憑依のギフトを与えるということのようだ。

 諦めない。

 凛は特別なことをしていたつもりはなかった。

 確かに巻き込まれてこの世界に来たのは確かだし、太一の強さに比べて己が足手まといなのは間違いない。

 けれども、全てを太一に任せて自分は戦いのないところでただ漫然と暮らす、そんな真似ができるはずがない。


「それでいいのです。だからこそ、シェイド様に認められたのですから。……さて、アヴァランティナ」

「はい、ウンディーネ様」


 凛の隣にいたアヴァランティナが、ふわりとウンディーネの前に移動した。


「もう分かっていると思いますが、あなたが対象ですよ。りんさんが挑戦する場合は……」

「はい。そのときは、全力で協力します」

「いいでしょう。さてりんさん。いかがしますか?」


 やる?

 やらない?

 考えるまでもなかった。

 精霊魔術師になるのだって、限界突破して強くなるために挑戦したのだ。

 その上で、闇の精霊シェイドが手ずから与えられたギフト。

 それをもし物にできれば、更に実力が上がるはずだ。


「もちろん、やるよ」

「そう言うと思いました。……ここからは、精霊魔術師としての制御と共に、精霊憑依についても挑戦してもらうことになります。険しい道になりますが、がんばってくださいね」

「うん。絶対にものにしてみせるよ!」


 気合いを込める凛。ウンディーネは期待通りの返事を聞けて満足そうだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「とはいえ、精霊憑依は唯一無二のもの。さすがに何の手がかりもなく到達するのは不可能だとシェイド様も仰せです」


 上がったテンションを落ち着けた。

 ウンディーネの話は聞き逃していいものではない。

 精霊魔術師の力は、使いこなすための訓練こそ必要だが、使うこと自体に困ることはなかった。

 しかしウンディーネがいう精霊憑依は、シェイドが作り出した世界初のもの。

 字面から想像することはできるが、何の説明もなしにやれるとは思えない。


「そうですね……口で色々と説明しても良いのですが、ひとつ体験してみますか?」

「まずやってみるってことだね?」

「あなたとアヴァランティナの相性はかなり良好ではありますが最高ではありません。しかし、最高でないとはいえアヴァランティナ以上に相性がいい精霊を探すのは一苦労どころの話ではなく、誇張抜きで生涯をかけて探すことになりかねないのです」


 そのような猶予も余裕もないでしょう? と聞かれ、凛は当然とばかりに頷いた。

 それに、相性最高の精霊を見つけることができたとしても契約してくれるとは限らない。


「……」


 凛はちらりとアヴァランティナを見る。視線を感じた氷の精霊は小首をかしげた。

 ウンディーネがアヴァランティナ以外の精霊の話を出したが、彼女は気にしていないようである。

 試練の時に言葉を交わし、そして自分を選んでくれたアヴァランティナ。

 彼女以外の精霊など考えつかない程度には、思い入れと感謝を抱いている凛である。


「それでは、まずはやってみましょう。かなりきついそうなので、気をつけてくださいね」

「うん、分かった」


 ウンディーネが手を凛にかざす。


「では、アヴァランティナ?」

「はい」


 特に何か術があるわけではないらしい。

 世界で唯一なのだが、あっさりとしたものだ。


「では、いきますね?」

「いいよ」


 凛の目の前に移動したアヴァランティナがかすかに輝く。

 そして、ゆっくりと凛の胸元に近づくと、身体の中に溶け込んでいった。


「……」


 アヴァランティナの姿がすっかり見えなくなった。

 振り返っても姿はない。

 本当に身体の中に入ってしまったようだ。

 憑依という言葉通りである。


「まずは第一段階は成功ですね」


 ウンディーネがひとつ頷いた。

 それはどこで判断しているのだろうか。

 当人である凛にはさっぱり分からない。


「どこで判断してるの?」

「ああ、そうですね、そこもお教えしておきますか。あなたには見えないかと思いますが、うっすらと水色に輝いています」


 そう言われて自分の身体をためつすがめつ見てみるが、凛にはやはり分からない。

 しかし、成功はしているらしい。

 分からなくても、まあウンディーネがそう言うのならいいだろうと、今は考えないことにした。


「それでは……氷の力を使おうとしてみてください。かなりきついですから、くれぐれも全力を出さないように。しかしあまり弱くても、というところです。全力さえ出さなければ、さじ加減はお任せしますね」

「えっと、うん」


 かなりきつい。

 その言葉に少しおののきながらも、凛は右手のひらを適当な岩に向けた。

 発動する魔術は『フリーズ』のより殺意が高いもの。標的を凍らせた上、閉じ込めた氷で圧壊させる魔術だ。

 ばきん、と激しい音と共に岩が完全に氷塊に包まれる。

 倒木は間を置かずに粉々に押しつぶされた。

 それだけに飽き足らず、その周辺までもが凍り付いていく。

 先ほどの『フリージングランス』と比較しやすいように、発動するために込めた魔力は同じくらいだ。

 精霊魔術と同じくすさまじい威力だった。

 なんとなく精霊魔術よりも強い気がしたが、それは『フリージングランス』を撃ってみないと分からないだろう。

 撃ちながら同じ魔術を使えば良かった……と一瞬考えたものの、すぐにそれどころではなくなってしまった。


「あぐっ……」


 ぐらりと視界が揺らぐ。足から力が抜けた。

 立っていられず膝を突いてしまった。

 魔力は使った分が減っているのが分かる。威力が上がったからと、極端に持って行かれたわけではない。


「く、あ……あ……」


 全身を襲うとんでもない倦怠感。

 それが少し和らいだところで、右手にとんでもない激痛が走った。

 見ると、長袖の肘から先が真っ赤滲んでおり、指先から流れた血が落ちている。

 持ち上げているだけで痛くて辛い。だらりと重力に任せてしまいたい。

 しかしこの傷で地面に触れさせたくはない。

 膝を突いた状態からゆっくりと座り込もうとして、倦怠感によって身体のコントロールが効かずにどすんと座り込むことになった。


「~~~~~っ!?」


 その衝撃が腕に響く。

 こらえきれずぽろぽろと落ちる涙を拭う余裕もなく。

 凛は痛みに苛まれながらも袖をまくった。


「く……ぅ……。……こんな……」


 肘から先の皮膚が裂けてボロボロになっていた。

 しかもなかなかに深い裂傷だ。

 これが、精霊憑依の代償というのか。

 凛は左手でポーチからポーションを取り出す。

 これだけ深い傷となるとかなり沁みるが、背に腹は代えられない。

 しかしこの傷なら手持ちのポーションで痕が残ることもなく治療できる。

 あまりの倦怠感と激痛に苛まれてそこまで頭は回っていないが、やるべきことはひとつ。

 まずは傷を治すことで頭がいっぱいだ。倦怠感と激痛のダブルパンチは耐えられない。


「うあああ……っ!」


 二の腕を握りしめ、治癒に伴う痛みに耐える。

 実際には十数秒、しかし凛にとってはそれ以上に長く感じる時間をこらえ、ようやく完治した腕を見やる。

 傷は残っていない。


「はあ……はあ……はあ……」


 傷は治ったのに痛みが残っているかのように感じる。

 肩で息をしながら、幻の痛みと倦怠感に耐える。


「アヴァランティナ」


 ウンディーネの呼びかけに、氷の精霊がふわりと凛の身体から飛び出した。


「……大丈夫、ではないですね」


 地面が垂れた血で染まっている。

 更に倦怠感が抜けていないことがありありと見えており、ボロボロである。


「……いかがでしたか?」

「ほんとに、きつかった……」


 まさか術を使っただけでこれだけ体力を持って行かれ、更に傷までつくとは思っていなかった。


「少し、待ちましょうか」


 ウンディーネの気遣いを受けて、凛はありがたく休むことにした。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「そろそろいかがですか?」


 しばらくしてようやく疲れも取れてきたところで。


「もう大丈夫。ありがとう」


 待っていてくれたウンディーネに感謝を述べ、凛は聞く姿勢を整える。


「いえいえ。それでは、先ほどの精霊憑依についてお話をしましょう」

「うん、お願い」

「結論から申し上げますと、リンさんの倦怠感と右腕の傷、これは精霊憑依によって発揮される力に身体の方がついていけていないために起きたことですね」


 身体がついていけていない。

 だから、体力を奪われたあげく、身体が耐えられずに傷ついた。


「精霊魔術師の魔術は精霊が発動するのに対して、精霊憑依は自分の身体を媒体にするため、術の強度に身体が対応できなかったことです」

「……」

「精霊があなたと一心同体となって術を放ちます。中継を必要としない分精霊魔術よりも出力はかなり高くなりますが、反動がダイレクトに己に返ることになるのです」


 だから体力が奪われ、放った魔術の反動がそのまま身体に返ってきたということか。

 召喚術師、精霊魔術師、そして普通の魔術師のいずれも、精霊から力を借りて放つ。


「精霊が使う力を自分で撃つことになります。それに耐えうるように対策をしなければなりません」

「そっか……」


 自然の化身である精霊の出力がすさまじいことはよく分かっている。

 それを生身で撃てば耐えられない、というのは納得がいく話だった。当たり前の話だ。大自然と称されるものを、人の身で受け止めきれるわけがない。

 まずはそこを耐えられるように工夫をしなければならない。

 パッと思いついたところでは、強化魔術である。


(けど、『精霊憑依』状態じゃ強化魔術は多分使えない。だから、精霊魔術で強化して……)


 と、さっくり考えたところで凛は顔を上げる。


「ふふ、さっそく試したいことができたようですね」

「うん」

「それは何よりです。シェイド様曰く、精霊憑依でできることは精霊魔術の比ではなく、手札の数はともすれば召喚術師以上にもなりえるとのことです。あなたの発想如何ということでしょう」

「そうなんだ。それは楽しみだね」

「ワタシも分からないことだらけです。共に良くなっていきましょう」


 アヴァランティナが言う。

 きっと辛い鍛錬になるだろう。

 しかし、その先に得られるものが大きいとなれば、その辛さも耐えられそうな気がする。

 がんばろう、と決意する。


「けれども、長々とここで研鑽にいそしめるわけではありません。タイムリミットを設けます。そこまでに精霊憑依の芽がでなければ、精霊魔術師としての訓練に切り替えますので、それは認識しておいてくださいね」


 ウンディーネの言うことはもっともだ。

 時間はあるが、暇ではない。

 ということは、効率よくテキパキと進める必要がある。

 そのためには試行錯誤の積み上げだ。

 それは分かる。こなすべきは数だと。

 しかし先ほどの倦怠感と激痛が思い起こされ、背中に汗がにじんでしまうのは抑えられない凛であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 凛のチート感がより強くなった。 [気になる点] 凛にここまでの覚醒イベントがくるなら、太一が4大精霊全てと契約したら、同じように覚醒イベントがあるのかな?魔術が全部使える上に、精霊憑依をす…
[気になる点] 目が出る→芽が出るの誤字かと思いました。
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