三十話
模擬戦闘が終わり、現在は鍛錬を行っていた。
「リン。制御がぬるい。毛の先ほどしか変わっておらんぞ」
「む、うぅ……っ」
レミーアから指摘されるも、凛のほうもいっぱいいっぱいだ。
今凛が行っているのは、基本中の基本である魔力操作だ。
イメージとしては、これまでがゼロから一〇〇まで四刻みの調整だったとすれば。
それが、現在はゼロから一〇〇までを二刻みでの調整になったと考えてもらえば良い。
より高い精密さでの制御を言い渡されているわけだ。
「ミューラ、お前も緩いな。どうしたその程度か?」
「く……う」
ミューラもまた苦戦している。
魔術師とはなんぞや、という点について、レミーアの主張は一貫している。
魔力制御能力にはじまり魔力制御能力に終わる、だ。
「お前たちの腕前ならば、この域に達すれば世界がまた変わるぞ」
と、レミーアが再びデモンストレーションを行う。
今凛とミューラができる魔力操作よりも、はるかに精密だ。
誤解がないように言えば、実際に数字に表すことができれば、その差は微々たるものであるのは間違いない。
しかし、その微々たる差が凛やミューラがいる領域では非常に大きい。
たったこれだけの差によって勝敗が左右される。そういったことも普通に起こりうるのだ。
先ほどの模擬戦闘、凛が捨て身の攻撃を仕掛け、カウンターにより戦闘不能判定になりながらも、ミューラを肉薄させるまでにいたった。
しかし、後少しで刃が届くかというところで、知覚外からの攻撃を剣を持つ腕に受けた。当たった魔術は『エアカッター』だと思われるが、切断力を極限まで減衰させたのか、縦に内出血しただけだった。
これが実戦なら、レミーアの攻撃はミューラの腕を切り飛ばす威力で放たれていたことだろう。
肉薄したとはいえ凛が戦闘不能……本来ならば腹部を貫通する致命傷だったので大敗というところか。
まあレミーアの評価は、「それでなければ止められない相手ならば、最後の手段としてはなしではない」だったが。
それよりも論点とすべきなのは、勝負の決め手になった、ミューラが気付けないレベルで気配が隠蔽された知覚外からの攻撃だ。
「あの攻撃は、魔力を絞った結果だ」
と実践つきでレミーアは説明した。
その魔力制御力は、一見凛、ミューラとも大差はない。
しかし見せつけられた当人たちにとっては穏やかではいられなかった。
「そろそろお前たちも、このレベルの魔力制御ができるようになってもらわんとな」
というのが、魔力制御の修行で一段上にチャレンジしている経緯である。
精霊魔術師への全く新しい道を開拓するわけではなく、これまで歩んできた道の延長線上にある壁をぶち抜く挑戦だ。
新たな領域に足を踏み入れられるとなればやらない理由はないし、何より良い気分転換である。
「こらリン、力で押さえつけようとするな。そういうことではない」
うまくいかないからと無理矢理やろうとしたところを窘められたり。
「ミューラ。それでは変わっておらんぞ。糸を細くする感覚を持て」
あの手この手で試してはいるものの、一向に変化が出せなかったり。
かつては魔力の操作ができるようになるまでにとても苦労した記憶がある。
現在やっていることはその修行のさらなる洗練を目指したものであり、本質的には同じことだ。
体感では、当時よりも技術がある状態で取り組んでいる現在の修行の方が数段難易度が上のように感じられる。
それからさらにしばらく取り組むものの、いまいち掴みきれなかった。
「ふむ、いったん休憩とするか」
二人とも行き詰まっていることを見て取ったレミーアが、そう告げた。
「……ふぅ」
知らずこわばっていた身体をほぐすように、ミューラが力を抜いた。
力を抜いたことで、力が入っていることにすら気付いていなかった有様だった。
「これは先が思いやられるわね……」
こうまでうまくいかない修行はそう多くない。
レミーアに師事し始めた当初、『魔封剣』の習熟、そして今回の三度目だ。
それ以外の修行は、ミューラに才能があったのか、運良くとっかかりを素早く掴めたのか、ここまで難しいと感じることはなかった。
「ぷはっ」
息まで詰めていたのか、強く空気を吐きながら凛が脱力した。
まあ仕方がないことだ。ミューラも気持ちはよく分かる。
このような難題に挑むとなれば、いっぱいいっぱいになってしまうのもさもありなん、というところだ。
少し息が荒くなっている凛を見て、ミューラは怪訝そうな顔をした。
うつむき気味の彼女は、息を整えながらも目を丸くしていたからだ。
「……リン?」
声をかけるも、返事はない。
凛は肩を小さく上下させながらも、そんなことは気にならない様子で口元に手を当てた。
「……どうした?」
その普通ではない様子に、レミーアもまた凛を見つめた。
凛はやおら顔を上げると虚空を見据えた。
「もしかして……」
外野の声が耳に入らないほどに、自分の思考に没頭しているようだ。
どうやら何かに気付いたらしい凛。
ひとまずは彼女が満足するまでは待ってみようと、ミューラとレミーアは静観することにする。
凛はしばらく一点を見据えていたがそこには当然ながら何も無い。
そう思うのはミューラとレミーアで、凛は何かがあるように感じているようだ。
すると、凛が魔力を練り上げ始める。
彼女の能力からするとそこそこの量を練り上げ、それを無造作に放った。
凛を中心に広がっていく魔力の波。ちょうど凪いだ水面に石を投じた時に生じる波紋のように。
果たしてそれに何の意味があるのか。
ミューラが固唾を呑んで、レミーアが興味深げに見守る中、どうやら凛の中で結論が出たようだ。
「……やっぱり」
何かを確信したように頷くと、凛は虚空を見据えたまま、
「そこ、いるよね」
と言った。
「……!?」
「リン、お前、今なんと?」
「そのあたりに、精霊がいると思います」
驚愕を隠しきれないレミーアに訊かれて、何も無い虚空を指さして答える。
そのあたり、と言われても、何も見えないレミーアためさっぱり分からない。
「……ふむ、今魔力を広げたが、それで分かったのか?」
「はい」
何故唐突にそんなことを言い出したのか。
直前に凛がしたことは、魔力を練って、魔術にはせずにそのまま放ったことだ。
それの使い道といえば自分の居場所を相手に知らせることくらいか。
圧縮されてもいないので武器にもならない。ただ、魔力を放出しただけだ。
凛が持つ手札のひとつ、ソナー魔術の前身といえるだろうか。
ソナー魔術との違いは隠蔽が施されているか否かである。
敵の位置および存在を探るためなので、隠すのも当然だ。
「そうか」
凛に言われたとおり、レミーアも魔力をそのまま放ってみることにした。
あれこれと考察するより、やってみるのが手っ取り早い。
何の意図も持たせず、魔力が広がるように放つ。
その最中、そういえば先ほどの凛が脱力した際、魔力操作のために溜めていた魔力が拡散したことを思い出した。
もしかすると。
その予測を裏付けるように。
「……なるほど。広げた魔力が、何者かに遮られる。何もないはずの空中で、不自然にな」
やってみて理解した。
何故、凛が「いる」と言ったのかを。
レミーアの様子を見ていたミューラも慌てて同じ事を試し、「本当だわ……」と目を白黒させていた。
「お見事です。見つけられましたね」
と、そこに響いたのは水のエレメンタル・ウンディーネの声。
三人が思わず顔を上げると、水が集まって形をなし、ウンディーネへと変化した。
「見つけられた、というのは?」
「ふふ。皆さんが自力で精霊を見ることができる方法を、です」
見つけられた、というが、まだまだ姿を見るにいたっていない。
魔力が遮られたことからそこに何かがいるののは分かるが、まだ姿は見えていない。
まだそんな状態だというのに、ウンディーネは。
「これで課題はクリアといたしましょう」
そう言うのだ。
「何も、肉眼で視認できるだけが、「見える」状態ではございませんからね」
「なるほどな……確かに、目には見えないが、そこにいることは分かる」
「そういうことです。皆さんは、魔力で精霊を見ることができるようになった、そう解釈してください」
まあ、それはこの島ではウンディーネが調整しているから魔力で精霊を見ることができる。この島から出れば同じようなことは起きないが、それは言わなくてもいいと判断したウンディーネである。
もしもこの後の課題もクリアできれば、この島の外ではより明確に精霊の存在を感知できるようになるのだから。
「それではお三方。お待ちかねの、次の課題を出すとしましょう」
緊張の一瞬。
それぞれ度合いはあれど、三人からそれを感じ取ったウンディーネ。
まあ、ウンディーネは焦らして反応を楽しむ、といった趣向は持ち合わせていないため、さっさと内容を明かすことにした。
「次は、皆さんと契約してもいい、という精霊を探してください」
「精霊を探す?」
「そうです。精霊ならどの子とでも契約できるわけではございません」
精霊と一個人である以上、当たり前の話だった。
「精霊との相性、精霊の好みとは何か、を模索し考えて頂く課題となりますね。大丈夫ですよ、先ほど皆さんがクリアした課題に比べれば、難易度は幾分下がるとみていますので」
他ならぬエレメンタルが言うのならば、その認識で良さそうだ。
というより、思い込みで課題を必要以上に強大に見てしまわないように、気をつけた方がいい。
精霊を見つける、という課題も、気付くまでに時間はかかったが、気付いてしまえばなんてことはないものだった。
今回も、そういう発想の転換というか、頭を柔らかくする必要があることなのかもしれない。
それはつまるところ気付いてしまえばなんてことはない、という課題である可能性も捨てきれないということだ。
慢心は良くはないが、はじめから困難だと萎縮するのも避けたい。
「ここまで来たのだ、是非とも笑ってここを出たいものだな」
「そうですね」
「はい」
課題をクリアし、精霊魔術師への道を一歩進めたことに勢いを新たにする三人。
「是非、がんばってくださいね」
ウンディーネは微笑みながら激励する。
(……面白いこともあるものですね。やはり、この世界の住人ではないからでしょうか。数奇なものを、持っているようです)
彼女の今後について、ひとつ知る機会があった。
その面白い可能性にウンディーネは口の端をかすかに上げる。
是非とも全員揃って課題をクリアして欲しいものだ。
その結果見せられるものはきっと、ある意味では自分のマスターよりも、レアかもしれないからだ。
それは彼女のみならず、この世界の住人にとっても、新たな世界として大きな糧となることだろう。




