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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
五章 北の呪い
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二十九話

 昼を回った頃、太一は首都プレイナリスまで歩いて一〇分ほどのところに着地した。

 太一はそのまま街道に出てプレイナリスの正門に向けて歩いて行く。

 街道の人通りはまだ閑散としている。

 首都の問題はもう改善しているが、まだそれが他国に知れ渡るのには時間がかかる。

 まだ冬が終わっていないこともあいまって、ここが賑わうようになるのはしばらく後になるだろう。

 正門にたどり着くと、太一はギルドカードを提示した。


「戻ってきたか」


 調査に向かうときも正規の手続きで街を出た。

 その時の門番兵が立っていたのだ。

 基本的に王や貴族などの命令、許可がなければ、太一は空を飛んで街を出る、街に入るといったことはしない。

 リヴァイアサンのときは、イルージアから許可、というより命令を受けたために空を飛んで海に出たのである。


「陛下からの依頼を完遂してきた」


 そう、今回の調査は、イルージアの依頼で行った。

 調査する価値があると最初に判断したのはイルージアではないが、イルージアが出した依頼というかたちで処理したのだ。

 もろもろの面倒を避けることができるのはもちろん、何より話がはやいというメリットがあった。


「そのようだ。この後は?」

「ああ、一度家に帰るよ」

「承知した。この後騎士団の者がそちらが滞在する家に向かうはずだ。外出せず待っているように」

「分かった」


 簡単なやり取りだけして、太一は正門を通過した。

 途中、露店などでクロに与えるものを購入し、帰路につく。遅れた昼食を串焼きなどで適当に済ませつつ。

 王直々の依頼なので、本来は城に向かうべきだ。

 しかし、イルージアには「直接の報告は不要である」との言葉を頂戴している。

 太一から情報を受け取った騎士団の者から報告を受けて、直接話を聞くべきかどうかを判断する、ということで合意が取れている。


「ただいまー、っと。やっぱいないか」


 帰宅するが、やはり凛たちは帰っていなかった。

 まあ、泊まりがけでの修行になるとあらかじめ分かっていたので、驚きはない。

 まずは待たせていたクロの世話だ。


「よう、クロ。ただいま」


 クロはブルルと鳴いた。

 買ってきたクロ用の食べ物を渡してやる。

 この国に来てからほとんど構ってやれていないので、そろそろ遠乗り的なことをしてやるべきだろうかと考える。

 全力で走らせてやるのも悪くないだろう。

 この空き時間、ダラダラしていても誰にも咎められないので、自分との戦いでもある。

 クロにブラッシングを施して部屋に戻る。

 そんなとき。

 玄関ドアのノッカーが鳴らされた。


「……ああ、来たのか」


 太一は玄関に向かい、ドアを開ける。

 そこに立っていたのは第九騎士団の中隊長、マルグリッド・ラミタールだった。彼女の後ろには部下と思われる騎士が二人立っている。

 太一と顔見知りであるという理由から、彼女が派遣されたのだろう。


「いらっしゃい、マルグリッドさん」

「ああ、夕方という時分に済まない」

「気にしないでください」


 どうせ太一一人。

 夕飯は適当にどこかの定食屋で済ませようと思っていたので、準備に追われたりはしていない。


「貴殿が受けた依頼についての報告を受けに参った。……ところで、夕食はこれからかな?」

「これからですね」

「それはちょうどいい。では、こちらで手配する故、食事をしながら話を聞かせていただけるか? 無論、こちらで持たせてもらう」

「いいんですか」

「もちろんだ。遠慮などしないでもらえるとありがたいな」

「じゃあ、ありがたく」


 ごちそうしてくれるというのなら、ありがたく受けることにする。


「うむ。……例の店、席を確保しろ」

「はっ!」


 マルグリッドが振り返り、部下に言う。

 二人のうち一人が命令を受け、太一に敬礼すると去って行った。


「では、準備ができたら声をかけて欲しい」


 と言っても、太一の準備など財布と冒険者ギルドカードを携帯するだけだ。


「すぐ終わるんで」


 テーブルの横に無造作に置いていた荷物から財布と冒険者ギルドカードを取り出して、それで終わりだ。


「済みました」

「そうか。では、行くとしよう」


 歩き出したマルグリッドについてゆくこと、おおよそ一五分。

 案内されたのは上級市民街の皇城にほど近いところにあるリストランテ。

 ぱっとみて、明らかに貴人や大商人が使う格式高い店だと分かった。少々金を稼いだ程度の商人では、高額の支払いが問題無かったとしても門前払いだろう。

 建物の外見からして、つくりの質が相当に高く、上級貴族の館にも劣らない。


「お待ちしておりましたマルグリッド様」


 訪れたマルグリッドを見て、ボディガード兼案内役だろう店員がへりくだっている。


「席は用意できているか?」

「はい、すべて滞りなく。では、ご案内いたします」

「ああ、頼む」


 マルグリッドに続いて店内に入ると、予想通り装飾のひとつから客にいたるまで、やはり高級感に満ちあふれている。

 ウェイターの先導で案内されたのは完全な個室。


「それでは、ご要望通りに順次持って参ります」

「ああ、頼む」


 席についた太一とマルグリッド。

 それを確認したウェイターが一礼し、退室していった。


「見事な店ですね」

「この店は国営でな。時折陛下も気分転換にとお食事に参られるため、この店を利用できるのは貴族のみだ」


 なるほど。

 イルージアも使う店ともなれば、色々と立派なのは当然か。


「故に、店としても格式という点については特にこだわっている」

「それはそうでしょうね」

「ここの個室内での会話は個室の外には漏れない。なので、高位貴族が会談をすることもあるほどだ」

「……そんな店の席を取っちゃっていいんですか?」

「構わぬ。貴殿はこの国にとっての恩人であり、こたびは陛下より直接依頼を賜った人物だ。特別扱いをせねば方々のメンツが立たないのでな」


 なるほど、と太一は頷いた。

 まあ、特別扱いといえば、もはや珍しいことではなくなっている。

 何せ王城での宿泊から、皇帝の執務室での密命といったことはこれまでも経験していた。

 それと比べれば、高級料理店など今更と言えば今更だ。


「料理についてはコースではなく、適当に調理が済んだものから持ってくるように注文してある。作法などは特に気にせず、気楽に愉しんでもらいたい」

「気遣いありがとうございます」


 そういうことなら、マルグリッドの言うとおり太一も気軽に食べられる。

 作法についてはレミーアから教わっているので、最低限レベルではあるができる。

 けれども気にしなくていいと言うのならそれに越したことはなかった。


「さあ、せっかくだ。食べようか」

「じゃあ、いただきます」


 並べられたカトラリーにも使う順番がある。しかしそれらはこの場では無用とばかりにマルグリッドが率先して適当に手に取っている。太一もそれに倣い、気にすることなく食べたいものから手をつけていく。

 どの料理もさすが高級店というべき味だ。

 最初に来た皿があらかた空いて、次の料理群が運ばれてきたところで。


「……そろそろ腹もこなれてきた頃だと思うが」


 マルグリッドからそう切り出され、太一は頷いた。

 空腹がある程度満たされるまで待ってくれた彼女のの配慮をありがたく受け取っていた太一である。


「改めて、報告を聞かせていただけるかな?」

「分かりました」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「そうか……そのような怪物がいたのか」


 古竜が発見した敵の拠点は既に空き家であったことは分かっていた。

 それをしらみつぶしに探して改めて何も無いことを確認した。

 そこまではいい。

 マルグリッドの感覚になるが、太一の探索方法と敵拠点の広さを話に聞いた限りでは、騎士団で探索調査を行うとすれば三日では足りなくなるだろう。

 人数と船での移動時間、探索にかかる時間と調査隊の維持にかかる物資、その全てを金銭的コストとして頭の中で簡単に算出したマルグリッドは、頭痛と驚愕を同時に覚えた。

 その金額の半分を太一に渡しても釣りがじゅうぶんに来るレベルである。

 まあ、どんな報酬を渡すのかはマルグリッドの主上であるイルージアが決めるのだが。


「かなり強かったですね」


 何も無いことが改めて分かっただけでも収穫としては大きい。

 太一がいなければ、代わりに騎士団に調査命令が下っていたことは明白だったのだ。

 そして、イルージアが太一に依頼を出したことで、騎士団員が救われたことになった。


「合成生物か……聞いたことがないな」


 マルグリッドは首をひねる。

 後ろ足は二本だが、鋭い爪が生えた前腕は通常の位置に二本、その後ろから更に二本生えた熊。四本とも金属の腕輪をはめているところが、野生のものではないと訴える。腕輪からは短い棘がついた短い鎖が取り付けてある。更に背中からは同じく真っ赤な山羊が生えているうえ、尻尾がサソリの尾に変化している熊。

 およそ聞いたことがないというのも当然だ。

 太一はキメラ、キマイラというものを知っていたからだが、その前提知識がなければおぞましい、と表現する他ないだろう。


「強いというのは分かる……だが、具体的にはどの程度強いのだ?」

「そうですね……」


 戦った所感を述べる。

 レミーアやスミェーラといった、この世界の人類最高峰の人間が、戦えばまず殺されるレベルの強さである、と。

 それを聞いたマルグリッドは険しい顔をして腕を組んだ。


「それは……。我が国の軍は精強であると自負しているが、そのキメラとやらにぶつけるわけにはいかないな」


 そう、ぶつけても無駄死にに終わるだけ。

 太一に倒してもらうしか方法がない。

 物理的に不可能なのだ。


「そういうのがまた出てきたら、俺がやるしかないかなって思います」

「ああ。及ばない心苦しさはあるが、そのようなことは言っていられぬからな」


 太一としても、それで人死にが出ることまでは望まない。

 マルグリッドを始めとする騎士達が普通なのであり、太一と、あのようなキメラを創造できてしまう連中が異常なのだから。


「詳細は以上か?」


 全てのことは伝えた。これ以上話すことはないので、頷く太一。


「報告は私の方からあげておくとしよう。ないとは思うが、陛下が直接の説明をご所望されたら、対応を願う」

「分かりました」


 イルージアに呼ばれても、話す内容はマルグリッドに伝えたことと変わらない。

 実際にその目で見た者の話を聞きたい、と思うかも知れないということだろう。

 まあ、ないと思う、とマルグリッドが言うとおり、可能性としては低そうだ。


「さて」


 マルグリッドが話を変えようとする。

 太一が報告途中に持ってこられた料理第三弾もあらかた食べ終わり、食後のお茶を飲んでいるところだ。

 余談だが、太一は元から健啖であるものの、マルグリッドも騎士というハードな仕事をしているからか、その細身な身体の割にはよく食べる方だった。


「なんです?」

「陛下からの仕事が終わった今、貴殿には特に課せられている仕事はないと認識しているが、間違いはないか?」

「そうですね」


 やること自体はある。

 どれもおろそかにはできないが、仕事と言うわけでもない。

 そう言う意味では、課せられている仕事はない、というのは間違っていなかった。


「では、私から提案があるのだが、いかがか?」


 ふむ、と顎に手を当てる太一。

 とはいえ、深く考えるにはいたらない。


「内容次第ですけど」

「無理なことは言わないよ。では……」


 その後は和やかな雰囲気のまま、報告会という名目の会合は終了した。


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