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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
五章 北の呪い
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二十八話

 結局、とっかかりが掴めないまま一日目が終わり、二日目も陽がくれようとしていた。

 今日も収穫はなし。

 その現実から目をそらしはしないものの、滅入る気持ちは抑えられない。

 凛はいったん、今回の修行にあたって構築した拠点に戻ることにした。

 地形の起伏もあいまって、外周を一周するにはそれなりに大きな島だが、行動しやすい範囲で歩く分には移動はそれほど苦ではない。

 ほどなくして、焚き火の揺らめきが見えてくる。

 偽の星空の元だが、昨日ぶりの景色である。


「戻ったか」


 レミーアが鍋をかき混ぜながら様子を眺め。


「おかえり、リン」


 ミューラが具にするらしい干し肉や、野菜らしき葉物を切っていた。

 横の皿の上には保存の利くパンが三つ、真ん中で切られた状態で置かれていた。

 どうやら、凛がやることはなさそうだ。


「ごめんなさい、準備全部やらせてしまって……」


 凛は謝りながら空いている丸太に腰掛ける。


「気にするな。もうできるからな」

「ええ、こちらも準備が終わったわ」


 レミーアが鍋の上で小さな木の実をナイフで削りながら投入しながら言う。

 香り付け、つまり仕上げなのだろう。

 できあがったスープをカップによそい、差し出された。

 凛はそれを受け取ってひとくち。


「……おいしい」

「そうか。それは何よりだ」


 料理趣味のレミーアが作っただけあって、味は複雑ながらも深みがあって非常に美味だ。

 しかも、昨日出されたスープとは味付けも具も違う。

 限られた中でこだわって調理されているのがひとくちで分かった。


「はい、リン。こちらもできたわ」

「ありがとう、ミューラ」


 ミューラが手渡してきたサンドを受け取った。

 食事というのは、日々の活力にとても重要なものだと改めて再認識した。

 食事を摂って、一休み。

 もう後は身体を拭いて寝るだけだ。お湯は魔術でいくらでも用意できる。これもまた、普通の冒険者ではなかなか整えられない恵まれた環境と言えるだろう。


「さて。二人とも、どうだったか」


 レミーアが皮切りとして尋ねる。

 二人の顔色を見ておおよそ予想はついていたのだろうが。


「まぁ、そうだろうな」


 つまり、二日間近い時間をかけて、成果一つ得られていないということだ。

 ウンディーネからは、自分たちで見つけることに意味があると言っている。

 やはりこの手探り状態を今しばらく続ける必要があるとわかり、凛は明日はどうしたものかと頭を悩ませた。

 隣ではミューラもまたうまくいっていないという顔をしているので、彼女も悩んでいるようだ。


「今日のところは寝るとしよう。きちんと睡眠を取らねば活力にならんからな」


 ベストコンディションを保つためにはよく休むことも仕事。

 ここには外敵はいないので見張りもいない。

 ゆっくりと睡眠を取れるこの環境は、確かに修行にはうってつけなのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「さて三人とも。本日は模擬戦に鍛錬といこうか」

「え?」

「え?」


 朝食を摂った後のこと。

 レミーアの言葉に凛とミューラは目を丸くした。

 師の発言が考えなしにされたことなど、凛もミューラもついぞ見たことがなかった。

 ここはそれを聞いてみるのが先決である。


「私も含め、視野狭窄に陥っている気がしてな。それに今後戦闘があることが想定される。一度肩慣らしをしておくぞ」


 気分転換というところか。


「そうですね……確かに、あたしもちょっと焦っていたかもしれません」

「ここで一息ついておくのもいいかもしれませんね」

「うむ。では決まりだ。さっそくやっていこう」


 三人は草原のど真ん中に移動した。

 ここならば拠点からもそこそこ距離があるので、流れ弾の方向にさえ気をつけていれば問題はない。


「では始めよう。まずは、そうだな……二人同時にかかってくるがいい」


 レミーアはそう言って杖を構える。

 そういえば、レミーアとの訓練試合を二対一で行うのはずいぶんと久しぶりだ。

 これまでは一対一ばかりだったのだ。

 数の上では凛とミューラが有利。

 凛が弟子入りしてからこれまでの間、結構な時が流れた。

 その間かなり実力を上げ、強敵との勝負を経て強くなった自負がある。

 そして、もともと資質の上ではそう離れていない。

 凛だけではなく、ミューラもそうだ。なので、普通ならば勝てるはずなのだ。格上であるグラミに、二人で挑んで勝ったことがあるように。


「来い」


 レミーアが言う。

 それでも。

 杖を右手で持ち、左手を添えて悠然と立つレミーアに、勝てる明確なイメージが作れない。

 しかしそんなことばかりいっていられない。

 自分たちも成長しているのだ。

 凛は一度だけ、ミューラと目配せをした。

 細かい作戦など、レミーアには通用しない。聡明なレミーア相手に作戦を隠し通せるはずがなく、中盤くらいまでに必ず狙いを見破られて、くさびを打ち込まれてしまうだろう。

 ならば、コンビネーションで攻めた方が間違いがない。

 ミューラの穴を凛が、凛の穴をミューラが埋める。

 それを繰り返して仕掛ける波状攻撃。

 とにもかくにも、まずはミューラの接敵だ。


『ファイアアロー!』


 二人同時に炎の矢をレミーア目がけて放ち、それを追うようにミューラが駆け出した。

 例えば先に凛が距離を詰め、ミューラが相手の牽制を行う、というのは二人にとっても常套手段だ。ミスリルの剣を携える剣士が近寄ってこずに、後ろにいるはずの魔術師が、『雷神剣』を手に接近戦をしかける。

 これは初見殺しといってもいいが、逆に言えば知っていればどうということでもないものだ。

 裏をかこうと欲を出せば、レミーアはそこを確実に突いてくる。

 だから、そういう手はまだ使わない。

 凛は『雷神剣』を生み出して走る。……そしてすぐにそれをミューラの背中目がけて投擲した。

 まず炎の矢は、空間を真横に走った風の刃で切り裂かれる。

 ミューラが走りながら突如加速した。

 レミーアの目から逃れるために。

 それと時を同じくして、凛もまた『雷神剣』を手に今度こそ走り出す。

 走っていたミューラがレミーアの右足下に潜り込んだことで、接近する『雷神剣』と、下から攻めるミューラに対応するレミーア、の構図ができあがった。

 ミューラが剣を振り出す。

 『雷神剣』の着弾までは幾ばくもない。

 序盤としてはこれ以上ない出来。

 さてレミーアはどうするのか。


「うむ。これくらいでなくてはな」


 レミーアはするりと『雷神剣』の射線から身体をよけると、杖を巧みに操ってミューラの剣を軽やかにいなした。

 目標を失った『雷神剣』は、むなしくも明後日の方向に消えていく。

 そして。


「では、こうしてみよう」


 彼女の身体を中心に、空気が爆発。


「っ!?」


 剣を逸らされて僅かに身体のバランスを崩されていたミューラに、それを耐えきる力はなかった。

 さらに、走っていた凛もまた、前方から襲い来る突風との正面衝突を強いられた。

 まずい。たった一手とは。

 だが、これ以上はやらせない。

 風なら凛も使えるのだ。


「く……っ!」


 突風に逆らわず、自分を避けるように気流を操作。

 ……とまあ、高度なことをしているように見えるが、実際に凛が使ったのは『エアロアーマー』である。

 自身を中心に渦を巻く風のバリア。

 それによって、突風が後方に流されていく。

 そのまま『雷神剣』で切りつけるのは好手とは思えない。レミーアに、凛の付け焼き刃の剣術ともいえない技が通用するはずがないからだ。それが効果的なのは、ミューラが隙を作ったからこそ。

 吹き飛ばされたミューラが体勢を立て直す時間が必要だ。


「これで!」

「む」


 凛は手にした『雷神剣』に炎をまとわせる。そしてそれを、地面に思い切り叩き付けた。

 眼前での爆発。

 『エアロアーマー』があるので、凛は無事。

 レミーアにもこの程度でダメージは与えられない。

 しかし、瞬間的に目は殺した。

 まあ、魔力で感知されてはいるだろう。

 それでも視界を奪うというのは、とても有効な戦術であるのは間違いなかった。

 そのまま爆風の勢いを利用して、凛が跳び上がる。

 まずは右手、次に杖を持った左手をそれぞれ黒煙に向ける。

 放つのは火球二発。


「はっ!」


 爆発が二度。

 ワンテンポ遅れて、三度目。

 体勢を立て直したミューラが、追撃の『フレイムランス』を放っていた。

 感謝も心配もなしだ。レミーアはよそ見をしていい相手ではない。

 そんなことをすれば、ミューラはきっと「目をそらさない!」と凛を窘めるだろう。

 空中に立ち止まり、凛はその様子を注意深く観察する。

 直撃したはずだ。

 それは間違いない。

 しかし同時に、あの程度でダメージを負ってくれるとも思えなかった。

 何せ、レミーアは偽者とはいえ相性の悪いスミェーラに一対一で勝利した傑物だ。

 今もって、敵わないと思わせる相手だ。

 この程度の攻撃に、素直に当たってくれるのならば、『落葉の魔術師』などという二つ名は与えられない。

 そういう信頼があった。


「悪くないな」


 果たして、その信頼に、レミーアは応えてくれた。

 さてどうしたものかと頭を抱えたくなることではあったが。


「悪くない。さあ、次だ」


 黒煙を吹き飛ばし、現われたレミーアはまったくの無傷だった。

 そうだろうなと思う。


「ふむ、リンよ、面白いことをしているな。見事だ」


 しまった、と凛は苦笑した。

 見せるのではなかった。

 降りておくべきだった。

 レミーアに、新たな手札を加えさせてしまうかもしれない。

 一方、ミューラはふぅ、とため息をついた。

 模擬戦とはいえ、レミーアと戦って手札の出し惜しみなど出来るはずが無い。

 おそかれはやかれ見せることになるのは間違いなかった。それが今だっただけの話だ。

 相手を傷つけないように注意する模擬戦だから、弱い攻撃だろうと直撃があれば致命傷という前提で戦ってはいるので、実践とは違い全ての攻撃が牽制になる。

 それでも、レミーアに攻撃を当てられるビジョンが凛にはなかった。それはミューラも同様だ。

 戦闘巧者にして強者であるレミーアを相手に探っていかなければならない。

 実力は間違いなく上がったといえる凛とミューラだが、それでもなお、師・レミーアの壁が高いことに違いはなかった。


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