二十三話
空を飛びながら、太一は古竜にぶつけた質問の答えを思い出していた。イルージアが協力を承諾した後も続いた話し合いの一幕である。
質問というのは、呪術師を見つけた時点で、古竜が何故解決しなかったのか、だ。
それについて古竜は、解呪を行うため『竜の秘薬』を作る必要があるのが主な理由だと語った。
(製薬にはかなり時間がかかる、って言ってたな)
呪術師を排除しても、中継地点として利用されるまでに呪いに冒されていては、自力での解除は不可能。
あそこまで呪いが進行していては、呪術師を排除しても呪いは更に悪化の一途をたどると古竜は言った。
リヴァイアサン、ティアマトのように竜としてもずば抜けた力があるわけでもない竜ならばなおさら。
パスがリヴァイアサンとティアマトに繋がっている以上、速やかな解呪は必須。解呪には竜に起きた異常を治療する『竜の秘薬』が必要とのことだった。
その薬を精製出来るのは古竜と呼ばれる竜だけで、更には、「さて作ろう。はい完成」とはいかず、かなりの時間を製薬に要するとも。
(しかも、その薬は作り置きしておけないってんだから厄介なシロモノだよな。まあ、竜に効くような状態異常を治せるんだから当然か)
外傷に対して自己治癒力を促進させる魔法回復薬とは、その質も次元も違う。
なればこそ、古竜という高い格の竜が、時間をかけなければならないのだろう。
そして主でない理由としては、古竜の燃費が悪いことが挙げられた。
古竜が戦った場合。呪術師を排除した後、『竜の秘薬』を製薬出来るようになるまで回復するのに相応の時間がかかり、そうすると着手が遅れる。
(かといって、呪いをかけられた竜を殺せば解決するわけじゃないんだもんなぁ)
リヴァイアサンとティアマトの眷属なので気が引けるが、最終手段として呪われた眷属竜を殺すことも一度は検討された。
しかし、古竜の見立てでは、それをすると竜が溜め込んだ呪いが世界に拡散するという。仮にも竜だ。その器に溜め込まれた呪いが拡散したら、どんな被害が出るか分かったものではない。そうでなくても、他にもよろしくない事態が引き起こされ、「素直に解呪しておけば良かった」と後悔してからでは遅い。
よって、一度は上がった検討も、古竜の言葉で却下となったのだ。
古竜は現在、『竜の秘薬』製薬の最終仕上げと、現在太一が向かっている北の島にいた呪術師たちが今どこを拠点にしているかの捜索を行っている。
理由は精霊やリヴァイアサンらが動くと目立ちすぎるためだ。
戦闘力もだが、そういった特殊能力の方向にも長けているのが古竜、ということなのだろう。
「おっ、もうすぐだな」
太一はいったん推進力を解除してその場に滞空した。
太一がいるところから北東方面。二つの山が連なる島が見えた。その山は島の西側に存在している。
「あの島が見えてきたら、そこから北北西に目標の島があるってことだけど……」
磁石確認した方角を、視力を強化してみる。確かに島らしきものが見えた。
「あれか」
「うん。間違いないね。あれだよ」
太一の横に現われたミィが肯定する。
「海の場所から考えても、あの島が正解ですね」
この北の海を主な拠点とするウンディーネもミィに同意した。
「よーし、もう少しだね。いこっか、たいち」
「ああ。あとちょっと。頼んだ」
「オッケー」
再び風を受けて、空の上を突き進む。
余力を残すため、ここまでもここからも、スピードは控えめだ。
後は目視できている島に降り立つだけなので、周囲さえ警戒していれば、ぼんやりとしていても問題は無い。
太一の思考は、違う方向へ進む。
今頃修行のために海底神殿に向かっている、凛、ミューラ、そしてレミーアのことだ。
三人が行う修行のプロデュースはウンディーネ。
内容は、限界突破だ。
あの場で言い出したのは凛だが、報酬としてそれを願い出た彼女を、誰も止めなかった。
つまり、凛と同じ気持ちは、大なり小なりミューラもレミーアも抱いていた、ということだろう。
(……)
思うところが無いわけではない。
今以上に強くなる。つまり、今以上に強大な敵の相手も可能になる。
「……はぁ」
近づくにつれ、大きく見えてくる目的の島。
それを視界に収めながら、太一は片手でくしゃりと髪を掴む。その表情には苦いものが浮かぶ。気持ち、スピードを落とした。
(ったく……どんだけ上から見てたんだ、って話だよな……)
これまでくぐり抜けてきた様々な敵との戦闘。
その中には、太一でなければ対処出来ない敵がいた。
ただ……。
それらとの戦闘を見せられるだけの三人が、一人で戦地に飛び出す太一を見てどう思うか。
太一は、そこから目をそらしていた。
実質的に、太一は三人にこう言っていたのだ。
足手まといだ、と。
レッドオーガ、ツインヘッドドラゴン辺りから明確になった。
強敵は、太一が処理する、という役割分担が。
きっと、凛はあの時からずっと心の中で燻るものを抱えていたのではないだろうか。
ウンディーネへの申し出は、ダメ元に近いものだったのだろう。
そこで、掴めそうな藁がちらつかされたのだ。
一も二も無く飛びつくのは当然。太一が凛の立場だったらきっとそうする。
「三人がパワーアップするのは、メリットが大きいしな……」
ドライなことを言えば、凛たちが強くなることで、自分の身を守りやすくなる。
それは太一が身をもって実感している。
相対して感じる死の気配、その範囲が小さくなればなるほど、死ににくくなるということ。
喜ばしいことだ。
謝るか?
受け取ってもらえるだろうか。
結局答えは出ないまま。
太一は島の上空にたどり着いた。
「ここか」
そのまま空を飛びながら外周をぐるりと一周。
その島は、南側が海抜が低く、北側が高い地形をしている。
南側には砂浜はなく、ごつごつした岩が無数に存在するので、船で直接接岸するのは困難だろう。かなりの確率で座礁することになりそうである。
なので海から来る場合は、ある程度の沖合に船を停泊させて、小舟で上陸する形になるのだろう。
北の崖はかなり高い。
魔法を使えない状態で飛び降りることになったら、海面に叩き付けられてまず間違いなく即死してしまうだろう程度には。
その北の壁の中程にあるもの。
空を飛んでいるためすぐにそれを見つけることができた。
やはり、この世界で空を飛べるというのは圧倒的なアドバンテージだ。
太一が見つけたのは、崖の一部から断崖絶壁を降っていく道。
その道を辿っていきつく先は崖の内側に潜っていくことができる洞窟の入り口が。
空を飛べる者でない限りは、その道しか通ることはできない。
通路は壁に直接掘る形で作られているが、途中は吊り橋のように木材で作られている。
恐らくは、いつでも落とせるように、と思われる。
こんなところまで敵が来る確率などごくわずかだろうに、過剰にも見えるほどの念の入れようだ。
それだけの強い警戒をして保護すべき施設、敵方にとっては重要な場所だった、ということだ。
「ふむ」
入り口に降りたって、中を眺める。
燃え尽きたたいまつがうっすらと見える。そのため中は真っ暗だ。
気配を軽く探ってもぬけの殻なのは分かっている。
恐らく重要なものは持ち去られていることだろう。
「さて、んじゃあ、いってみるか」
足を進める。
床から壁、天井にいたるまでごつごつした岩の状態だ。
「崩れないようにはなってるね」
ミィが岩肌を眺めていう。
補強自体はされているようだが、足下はお世辞にも歩きやすいとは言えない。
段差や出っ張りはそのままだ。その辺りには一切気を遣っていないことが丸わかりだ。
罠については岩の様子なら手に取るように分かるミィによって問題は無い。
これはもちろん、土が元になっているなら人工物でも関係は無い。
「しかし暗いな」
シルフィによる空気の流れとミィの土の位置の把握によって、暗闇だろうと歩くことは可能だ。
しかしそれはそれとして、視界が塞がれているのはやりにくい。
太一はいったん外の光が届くところまで引き返し、荷物からたいまつを取り出して火をつけた。
「よし、オッケー」
煌々と燃えるたいまつを見て、太一は一つ頷いた。
他に改めて用意するものはない。
それを確認し、改めて洞窟の奥に足を向けるのだった。