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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
五章 北の呪い
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十九話

 海に衝撃が走り、海面が白む。


「っ!」


 太一はその方向に勢いよく振り返る。

 次いで、大きな水柱が立った。

 そこは、太一がいる場所からそう離れてはいない。

 さすがにこの距離では、シルフィの空気による探知よりも、太一自身の魔力感知の方が効果的だ。

 それでも、さすがに大きく潜られている現状、大雑把な位置を把握するのが限界だった。

 急いでその場所に急行する。

 リヴァイアサンとティアマトが激しくもつれ合い、ぶつかり合っているのが見えた。


「さすがだ! 引きずり出したか!」


 潜られる前にと、太一はこの距離から風の砲弾を数発放った。

 ともすればリヴァイアサンまで巻き込むかもしれないが、潜られるよりはマシだ。

 しかし、太一にとっては後一歩。

 ティアマトにとっては間一髪で、再び海中へと潜行する。

 今度はリヴァイアサンに食いつきでもしたのか、両者ともにだ。

 風の砲弾たちはわずかに竜の身体をかすめ、海のかなたにむなしく飛んでいった。


「くそっ!」


 ティアマトが、太一の攻撃をどれだけ警戒しているかが分かる。

 視界の端で、役目を果たせなかった砲弾が海面に着弾、海面を盛大に吹っ飛ばした。

 それに一切構わず、二頭の竜が潜行した場所、その真上に一発、威力を重視した砲弾を放つ。

 先ほどよりもより強く撃った一撃は、海面を更に深くえぐった。

 しかし。


「……ダメか」


 すでに太一の攻撃が影響しない深さまで潜ってしまったのだろう。

 気付いてから、撃つまで。

 すべてに遅滞はなかった。しかし距離があったのと、ティアマトの行動の方が徹底していた。

 また、リヴァイアサンに託す時間が始まった。






 リヴァイアサンとティアマトはもつれ合うようにしながら潜行していく。


『ぐ、くおおっ!!』

『おおおおおっ!!』


 馬鹿力と形容していいパワーで、ティアマトがどんどんと深海に潜っていく。

 リヴァイアサンも必死に抵抗するが、その速度を減らすことしかできない。

 驚愕はすさまじいものの、これが現実。

 リヴァイアサンは受け止めるしか無かった。

 その上で、ティアマトに攻撃を加え続ける。

 決して小さくはないダメージ。

 しかし、ティアマトは、止まらない。


『ぬぅっ……いつ、このような力をっ!』


 番いではあるが、今は相手の身体に巻き付き、爪を突き立て、牙を突き立て。

 海竜としての力で水流をも操作し、抗う。

 海の中以外ではそれほど強くは無いリヴァイアサンだが、海の中では無類の強さを誇る竜なのだ。


『いつまでも、下に見ていられると思うな!』


 ティアマトは、海を特別苦手にはしていないが、リヴァイアサンのように得意というわけでも無い。

 パワー、スピード、タフさ。どれをとっても、リヴァイアサンとティアマトはそう離れてはいない。

 しかし今は、相手のフィールドでリヴァイアサンを圧倒していた。

 どこからそんな力がわいてくるのか皆目見当がつかない。

 いや、思い当たる節はひとつ、あった。


(封印解除の妨害のためか……!)


 ティアマトは封印解除を邪魔のために行動する。

 恐らくは、解除までもう少しなのだろう。

 させまいと、妨害を突破するために力が上がっている。

 呪いが、そうさせていると、リヴァイアサンは予想した。

 この得意な海中で、押されっぱなしなのが説得力を持たせている。

 だが。


『我はリヴァイアサンである! 甘く見るとは何事か!』


 噛みついていた口を離す。

 その行動に、ティアマトが驚いた。

 自分から拘束を解除するとは。

 リヴァイアサンはそれに構わず真下に向けてブレスを放つ。

 水のブレスである。

 その推進力は、さすが海竜、その最上位だった。


『ぐ、ぐおおおおおお!!』


 潜るどころか、わずかながらにティアマトが浮上する。

 ティアマトを拘束せんと絡みついていたリヴァイアサンも、また。

 渾身の力を込めたブレスだ。

 長くは撃てない。

 しかし、それでも構わない。

 封印が解除されるということは、すなわち。


(あの御方と、かの召喚術士が、契約するということ!)


 海底神殿が破壊される前に、それが成せば良いのだ。

 もはや力で押さえることも敵わないとなれば。

 できることは、時間稼ぎ。


『ぐ……っ』


 一撃で首都プレイナリスを半壊せしめるだろう威力のブレスが終わる。

 すべての力を振り絞ったリヴァイアサンは、ティアマトを拘束しきれず振り払われた。


『愚かな! 稼いだ時間は、一瞬だったな!』


 海面に向かってゆっくりと浮上しながら、リヴァイアサンは笑う。


『それだけあれば……十分である』

『ほざけ!』


 深海に向けて加速しながらも、ティアマトは首の一本をリヴァイアサンに向け、ブレスを放った。

 追って来れなくするためだ。

 三つの首から撃った時と違い威力は三分の一だが、弱ったリヴァイアサンには有効打となりえた。

 海中で爆発。海面が吹き飛んだ。

 リヴァイアサンがどうなったかの確認もせずティアマトはどんどんと進み、ほどなくして海底についた。

 神殿は目の前だ。

 後は、それを破壊すればいい。

 そうすれば、試練に向かったという三人の娘はこの深海に放り出される。

 ここは、人間が生身でいられる場所では無い。


『終わりだ!』


 ティアマトはその巨体でもって体当たりをしかけた。

 海底神殿は大きく揺れ、表面が欠けた。


『ちっ、頑丈な。しかし、時間の問題よ!』


 崩壊まではあと少し。

 攻撃を続ければいいと、再び体当たりをしようとして。

 洒落にならない水の魔力に、ティアマトはぞわりと危機感を覚えた。






 海面が吹き飛び、リヴァイアサンの姿が見えた。

 大きな傷を負ってはいないものの、ダメージは小さくなさそうである。

 何より、力を使い果たしているように見えた。

 もはや海面に引っ張り出すことは出来ないとみて、時間稼ぎのために全力を振り絞ったのだろう。

 つまり、ギリギリの時間稼ぎが勝負を分けると踏んだということだ。

 歯がゆい。

 リヴァイアサンの選択、そして凛、ミューラ、レミーアが間に合っていること。

 太一には、それを信じる以外にない。

 ここで見守ることしか出来ない太一には、何かを言うことはできない。

 何かを言う資格があるのは、実際に行動している者のみだ。


(間に合え……間に合ってくれ!)


 こうもままならないとは。

 太一の力は異常。並び立つ者などそういないと断言できる。

 しかし、万能では無い。

 まざまざと見せつけられた。

 三秒の時間が、一〇分にも二〇分にも感じられる。

 焦れに焦れ、太一の感覚では頭がおかしくなるのではないかというほど長時間待って、ついに。

 待ち人が、来た。


『お待たせいたしました。たいちさん』


 声をかけられる直前から、察知していた。

 その、すさまじい存在感を。

 これぞ、四大精霊と言わんばかりだ。


「やっぱ、エレメンタルはそうでなくちゃな!」


 太一はそう言いながら振り返る。

 シルフィ、そしてミィと変わらぬ力の奔流。

 聞かずとも分かる。

 無事に、封印が解除されたのだろう。


『では、契約を。呪いをはねのけるのは、即座にはできません』


 呪いを解いている間に、海底神殿が破壊される可能性もあると、ウンディーネは言っている。

 だから。

 自分の力でそれを止めろと、彼女は言っているのだ。


「待ってた! じゃあ、水の精霊ウンディーネ! 俺に力を寄越せ!」


 太一は、精霊と契約するのに必要な、命令口調でウンディーネに向かって叫ぶ。


『かしこまりました。マイマスター』


 それを受けてウンディーネは微笑んで優雅に一礼すると、太一の真横で待機する。


「よし。早速だけど、海底神殿まで、海を割れるか?」

『ふふふ。難しいことではありません』

「そいつは重畳!」


 太一は右手を、海に向ける。

 そして、気合い一発。

 割と容赦なく魔力を提供している。

 今日はそこまで魔力を使っていないので、太一は全く元気な状態だ。


「割れろっ!!!」


 焦った太一からの魔力供給は、量や強度を考えずに大雑把に思い切り投げ渡された形だ。

 ここまでの魔力は必要なかった。はっきり言って過剰な魔力供給である。

 しかし、せっかく契約したのだ。

 ウンディーネにとって、彼が契約した精霊はこんなこともできるのだと、太一に示す良い機会でもあった。


「ぐ……」


 魔力が大きく減る。

 負担が大きい。

 しかし、効果は、劇的だった。

 海が、長さ数十キロ、左右の幅数百メートルに渡って左右にずれていく。

 海が割れる。

 もちろん、決して浅くは無い海底までもがバッチリと見えている。

 これほどの効果だ。魔力の消費が大きいのも当然だった。


『お、おお……』


 海の王リヴァイアサンでも、ここまでのことは出来ない。

 これよりも小規模で、真似事ならば可能だが、

 これだけの距離を、海底まであますことなく割るなど、想像の範囲外だ。


「見つけたぞ! ティアマト!」

『ちぃっ! 化け物め!!』


 眼下に、ティアマトが見える。

 突如海水がなくなったことに驚いたティアマトは、潜るためにたたんでいた翼を広げ、落下する前に浮いていた。

 しかし、することは変わらない。

 海底神殿を破壊してしまえばいいのだ。

 まだ距離はある。

 海水がなくなるまでは、ここは数千メートルの深海だった。

 距離にして一キロ以上離れているのだ。


『しかし、間に合うまい……っ!?』


 海底神殿に再度攻撃を加えようとしたティアマトだが、動きを止められたことに気付き、驚きの声を漏らす。

 左右にある海の壁。

 その先はまったく変わらない、海の日常。

 そこから太い水が複数本縄のように伸びてきて、ティアマトを縛り付けたのだ。

 更に、上空からは風が圧力となり飛ぼうとする身体を押さえつけ、海底の岩がまるで鎖のようにティアマトの両手足、そして翼の付け根に巻き付いた。

 どれもこれも、あらがえない。ひとつひとつが、まるで大山を背負っているかのように強大だった。

 ティアマトの巨体と、リヴァイアサンを振り切ったパワーをもってしても、全く。


「海水が唯一の敵だったんだ。それが無くなった以上、もう、お前に勝ち目は無い」


 太一は、すでにティアマトの真正面、同じ目線の高さに降りてきていた。

 ブレスを撃とうにも、首さえも固定されていてまるで動けない。

 磔にされているようなものだった。


『おのれ……』

「おとなしくしてろ」

『……うむ。もうすぐであろう』


 見れば、リヴァイアサンが海の壁から顔を出し、太一とティアマトを見ていた。


『貴様っ。無様な私を笑いに来たか!』

『異な事を。すぐだと言ったはずだ。待っておれ』

『何を……』


 リヴァイアサンの言葉が謎だったのか声を荒げようとしたティアマトだったが、直後その身体があわく輝き出す

 それはリヴァイアサンも同様だった。

 程なくして光が収まる。


『お、おお……力が、溢れるようだ……』


 リヴァイアサンから発せられるプレッシャーが、倍……いや、それ以上にも感じられる。

 これが本来の彼の力か。

 力を使い果たし、徐々に回復し始めた段階だというのに。

 そして。


『戻った、な……』


 ティアマトがそんなことを言い出す。

 もちろん、警戒は解いていない。


『ティアマトよ。呪いはどうだ』

『うむ……頭がすっきりしたわ。しかし、確かにかつての状態ではあらがえなかったであろうよ』


 ティアマトが目を細めると、身体の中からじわじわと黒い煙が出てきて、塊になっていく。


『正気に戻ったか』

『ああ……』

「んで、これが呪いってやつか」

『そうだ。……しかし、そなたはすさまじいな。万全の力でも如何とも出来ぬとは』


 ティアマトが、太一を見ながらそんなことを言った。


「正気に? 大丈夫なのか、リヴァイアサン」

『ああ……問題なかろう。何、これで血迷ったことをするならば、その首撥ね飛ばしてしまえ』

『そうさな。この呪いにいいようにされていた過去があるゆえな、信用しろとは言えない。だから、怪しいと思ったらとどめを刺すが良い』

「……」


 救いたかった相手を、殺しても良いとリヴァイアサンは言う。

 懇願してきたにしてはずいぶんと割り切った返答だが、裏を返せば自信があるということなのだろう。

 そうまで言われては、太一としてもこのまま拘束しておくのはしのびない。

 最後にウンディーネを見ると、彼女は優しい微笑みのまま頷いた。


「分かった。じゃあ……」


 太一は拘束を解こうとして、その前に呪いを消し飛ばすことにした。

 ティアマトを遠ざけ。


「ミィ」

『はいよぅ!』


 威勢の良い返事。

 もちろん、竜たちには聞こえていない。

 ただ。

 その呪いを覆うように、黒い球体が現われた。


『……!』

『なん……!』


 その球体が急速に収縮して、最後に消失する。

 そこに存在していたはずの、呪いと共に。


『なんだ、その術は……』

『呪いが、消えた?』


 首だけ海から出しているリヴァイアサンと、拘束されたままのティアマト。

 少々絵面だけは間抜けだな、なんて失礼な感想を抱きつつ。


「開発中の魔法だ。なかなか難しくてな、やっと周囲を巻き込まないように出来たんだ」


 太一は内容を明かさずにそれだけ言った。

 竜たちにとっても想像の埒外の魔法。

 それが向けられていたら確実に死んでいたことだけは分かった。

 竜たちの様子を見ていた太一は、ベルトに固定してある短剣に意識を向けた。

 これを渡してきたあのドラゴンから、話を聞かなければ。

 まだ、この件は終わっていないのだ。






 太一たちがいた場所から、はるか北。

 流氷が無数に浮かび、気温は零下四〇度を軽く下回る極寒の地。

 そこに、ローブを羽織った人物がただ一人。

 その人物は、宙に浮かせている一メートルほどの大きさの水晶を無言で見つめていた。


「解いたか……つまり、ウンディーネと契約出来た、ってことだ」


 その声は、若い男の声だった。


「面白くなってきた。そうでなきゃつまらないからな」


 その水晶には、太一、リヴァイアサン、そしてティアマトが映っている。


「まだ終わりじゃないぞ。お楽しみはこれからだ」


 雪をはらんだ強い風が吹きすさぶ。

 すると、そこにいたはずのローブの人物は、水晶と共にきれいさっぱり消え去っていた。

ここでいったんひと区切りとさせてください。

この続きは現在調整および執筆中につき。。

少しお時間いただけると幸いです。

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